第61話 蘇る
「うー・・うん?あれってもしかして?」
〈城、ですね。ここは王都なんでしょうか〉
走っていると、その方向に大きな建物が見えてきた。御伽噺に出てきそうな城だ。
オレンジ色に染められている所が見える。
早く、よく見たいためスピードを上げると、はっきり見えてきた。
ちょうどいい場所まで行って立ち止まる。
ボロボロだが、形が残っているのが凄い。そしてそのボロ具合がまたカッコイイ・・・気がする。
「おぉ、格好いい」
〈ケィレリーム城・・・ですね〉
レヴィンはそこまで知ってるのか、流石だ。
ケィレリームの『ケィ』の発音が中々難しい。字にするとそうでもなさそうなんだけど。
「ってことはここはケィレリーム国?」
少々ぎこちなくなってしまったがまぁいいだろう。
すぐに「そうですよ」と返事が返ってくる。レヴィンの知識に底はあるのだろうか。
〈えぇと、橙色が多い国ですね。自然とよく調和した国・・・でした〉
レヴィンの言葉を聞いてぐるりと街を見回すが、あるのは残骸だけで、草木なんて一本も無かった。
多分これ、リーディがやったんだろうなと思うと結構ゾッとする。
僕には幼い時から魔法があるけれど、リーディは数年しか触れてない。
全く。何があってあの魔法を生んで、あの力を得たんだろう?
よく一人でここまで・・・・。
まぁ、起こってしまったものは仕方が無いかと諦めた。
「ちょっと城を散策してみよう!」
〈私はあまり、オススメしませんが・・・〉
おや、反対されるのは久しぶりだ。
「でも何で?特に気配も無いけど・・・・」
〈いえ・・・少し悪い予感がしたもので。行くなら全員で行ったほうが、宜しいかと〉
マスターが行きたいのなら止めはしませんがと言うが、僕はレヴィンに従って城に行くのは後回しにする。
レヴィンは僕の長年の相棒だ。今は相棒の意見を尊重しよう。
「じゃあ後で行こうか」
〈・・申し訳、ありません〉
レヴィンが謝る。城に行くのを止めたのを気にしているのだろうか。
「何で謝るのさ。たまには我がまま言ったって別に僕は怒らないし捨てないよ」
〈ありがとう、御座います〉
「気にしなくていいんだよ。気楽にやっていこう!」
〈ふふっ、マスターらしいですね〉
レヴィンが笑った。人間の姿がないから顔が見えないのが少々残念だ。
「そうかなぁ・・・?さて、何処へ行く?」
そう僕が提案すると、レヴィンの赤い石がチカチカと光る。
〈あら、ソーミィさんと、星武さんから連絡が入っています〉
あちらで何か進展があったらしい。
『おーい皆ぁ~。まっすぐ南に行ったところにゾンビと木兵がいっぱいいるよー。ただ、数が尋常じゃなくってね。
今は私と星武で倒してるんだけど、ちょっと体力的に厳しいかな。誰か増援お願い!』
ソーミィの声の後ろで戦闘音が響いていて、プツッと切れるとまた別の声が聞こえる。
『こっちは西よ。南に近いから私達が向かうわ。他の3人は引き続き捜索をお願い。西には何も無かったわ』
『了解。東は殲滅したけど偵察程度の木兵が居たから、私達が居るのバレてるし、目的もここに居るはず。
東はもう少し探して何も無かったら南か北へ合流するね』
マーレとアールが喋る。
「ふぅん。・・僕らはもうちょっと北を探そうか」
〈そうですね。まだ城しか見ていませんし、左にでも行きます?〉
「ん、そうだね。行って何も無かったら一応合流しよう」
レヴィンも「はい」と赤い石を光らせた。
「徒歩もいいけど、空の旅もいいよね」
ふわりと体を浮かせ、城の真ん中あたりの高さまで上がって周りを見回す。
〈たまにはちゃんと歩かないと、太りますよ?〉
「大丈夫。僕の体重は変わらないから」
特に太ったりもしないし、痩せたりもしない。
大食いしてもいいし、食べなくても構わない。
〈身長も変わりませんね〉
「ぐっ・・・・」
レヴィンがボソッと呟いた一言は僕の心に突き刺さった。
〈・・・えっと、マスター、年齢はおいくつで?〉
「えっと・・・18だっけ、19だっけ。忘れちゃった」
まだ未成年だと思う。
まぁその辺は気にしなくていいんじゃないかな?
「別にタバコ吸う訳でもないし、お酒もまぁ、2年ぐらい経てばいいでしょ」
〈年齢も覚えてないって事は、誕生日も覚えて無いんですか?〉
「当然!」
空中で胸を張って威張る。
長い沈黙の後にヒュウ、と冷たい風が吹いた気がした。
〈・・行きましょう、マスター〉
「うん・・・」
少し心が折れそうになったが、気を取り直して進むと、大きな建物が見えてきた。
「何だろ、これ?」
〈教会、神殿?でしょうか・・・城同様古びていますが、形は残っていますね〉
地味なようで派手な白いその建物はボロボロだが、神聖な雰囲気が漂っている。
「さすがに所々崩れてるねー・・・。でも大分残ってる・・・どれだけ堅かったんだろ?」
〈中に入ってみます?〉
レヴィンが少しワクワクしているのか、声が明るい。
行くところも無いし、時間もまだ余っているだろうから中に入ってみよう。
もし崩れたとしてもレヴィンさえ守れば僕だから大丈夫だろう。
「じゃあ行ってみようか」
地面に降りて扉の無い入り口を潜る。
所々穴の開いたドーム状の屋根から、日の光が差している。
部屋は仕切られておらず、広いそこは白い石で統一されている。
一番奥には祭壇のようなものが飾られている。
穴の開いた屋根で明るいそこは、神聖な雰囲気が漂っている。
「綺麗だね」
〈そうですね。もしかしたら、ここの住人が皆集まって、祈りを捧げる場所だった、のでしょうか〉
なるほどね・・・。
「ここ結構広いから、入れるかなぁ?」
〈この広さなら、大丈夫じゃありませんか?〉
ぐるんと見回す。体育館より広いかな・・大丈夫そう。
僕は見回したとき、チラッと見えたものが気になったのでキョロキョロと探してみる。
するとあっさり見つかった。
僕の右の方にある、色あせた木で出来た十字架。
橙色に塗装されていたらしいが、もう塗装が剥げすぎててよく見ないと分からない。
奥の祭壇と少し欠けた柱以外他に何も無いので、十字架だけ浮いている。
「なんでこんな所に?」
〈大分、無理矢理挿してますよね、これ・・・〉
確かに根元部分の床はヒビが入っている。
力任せに挿し込んだのだろうか。
屈んでコンコンと床を叩く。
白く冷たい、大理石にも似たその石は硬い。
「・・・結構硬いなぁ。どんな怪力で挿し込んだんだろ?」
軽く叩いたけど、逆に手が痛くなっちゃった。
〈それに、しても・・・静か、ですね〉
「そうだね」
レヴィンのノイズが酷くなってきた。
広い部屋に、声が響く。
「・・どうする?」
〈・・・・す〉
・・?
「ノイズに混ざってて良く聞こえなかったから、もう一回お願い」
レヴィンはチカチカと赤い石を点滅させる。
紡がれた言葉にノイズは一切無いが、声がいつもより機械らしく感じる。
〈申し訳ありませんが、謎のエラーにより強制終了されます。
もしかすると、クラクサスによる物かもしれませんのでご注意を。
いざと言う時に力になれず、申し訳ないです・・・マスター〉
レヴィンはそう言うと、普段はしないプツッと電源が切れる音がし、動かなくなった。
「レヴィン?」
呼びかけるが、いつもの声は聞こえない。
突然の出来事に中々付いていけない。
静寂さが逆にうるさくすら感じる。
急に一人になったことに僕は結構焦っている。
通信も出来ないし、クラクサスの攻撃だとしたらきっと周りも連絡が通じないんじゃないかな・・・。
「どうしたもんか・・・」
僕は一人呟いた。
考える間もなく、集合場所に戻ればいいのだが、問題はそこじゃない。
僕が作った笛が、そわそわと勝手に動いているのだ。
仕方ないのでローブの中から笛を取り出し手に持つ。
「どうしようか」
手の中でガタガタと暴れる笛。
吹けって事なのだろうか?
そう考えたとき、ピタッと笛が止まった。
「いや、そんなまさか」
さっきよりも暴れる笛。
腕ごとガタガタと持っていかれる。
・・・そこまで言うなら吹いてやろうか。
ついさっきまで何の変哲も無い笛だったのだが・・・。
僕が作ったものは主張が激しいのは何故だろうか?
何がどうしてこうなったのか。
色々考えながらも、大人しくなった笛を口元に当てる。
息を吸い込んで、適当な音を出す。
前に吹いたものよりも大きく、澄んだ音が出た。
これに僕は気を良くして、楽しげな曲を奏でる。
目を瞑り、次のフレーズを考え、考えた物を音に出す。
笛の音色の良さを活かしながら早めで明るい曲を。
何処かで見た、あの時の思い出の様な。
その曲も後が続かなくなり、ふと思い出たものを音に出す。
先ほどのものとはまったく逆で、静かでどこか寂しい曲。
何故かポンポンと出てくる曲と、知らない思い出。
掠れててぼんやりとしか思い出せないが、少女と青年、後僕・・だろうか。
ニコニコと笑顔なはずなのに、悲しくなる。
気付いたら頬が濡れていて、目を開けると視界がぼやけていて見えない。
目に涙が染みて痛い。
また目を閉じて、曲を奏で続ける。
背中に違和感を感じたときには、もう『僕』の意識は無くなっていたのかもしれない。
懐かしい香りに驚いて目を開けて、笛を口から離して、僕は叫ぶように名前を呼んだ。
「──ポプラリス!」
ちょこちょこ溜めていたのですが、この位は出しても平気かなーと。
次話からはエピローグまで一気に駆け抜けたいです。




