1、メイドは、坊ちゃんを壊した全てを許さない
伯爵家の屋敷、西棟。人の寄りつかないその一角に、リュート坊ちゃんの部屋がある。
早朝、その重厚な扉の向こうから、何かが激しく砕け散る音が響いた。
私は小さく溜息をつき、部屋の主の姿を思い浮かべる。ここ数日、彼はひどく荒れていた。部屋の調度品に当たり散らし、片っ端から破壊の限りを尽くしていたので、先ほどの音も、おそらく花瓶か何かが砕けたのだろう。
私は一度だけ天を仰ぎ、形式ばかりのノックをする。
「入ってくるな!」
鋭い拒絶が返ってきたが、構わず扉を開いた。
案の定、床には高価な青磁の花瓶が、生けられていた百合の花もろとも無惨な破片となって飛び散っていた。充満する百合の香気。その中心で、肩を上下させ、荒い息を吐くリュート坊ちゃんと目が合った。
「……この花瓶、先週新調したばかりですのに」
呆れ声を隠しもせず、私は手慣れた動作で部屋の隅から箒と塵取りを取り出した。
「うるさい! ローズ、お前は黙って片付けていればいいんだ!」
「はいはい、片付けておりますよ。――いつもなら、とっくにご一緒に登校している時間ですのに。せめて私が制服に着替える前に済ませていただきたかったですわ。そんなに力が有り余っているのなら、今から学園へ向かって剣術で発散なさってはいかがです?」
膝をつき、鋭い破片を拾い上げる。私のすぐ傍らで、坊ちゃんは苛立たしげに乱れたシルキーホワイトの髪を掻き上げた。
「行かないよ! ……あいつらが浮かれているような場所に」
「……左様ですか。では、足をどけてください。怪我をしますよ」
塵取りを差し出すと、彼は忌々しげに一歩下がり、アイスブルーの瞳で私を睨みつけた。
「……フン、今日はお前一人で行け! 僕の代わりにカール殿下のところへ行って、文句の一つでもぶつけてこい!」
「それは名案ですね。『私の主人が殿下の不誠実な対応に腹を立てて引きこもって困ります』と直訴してまいりますわ」
「ついでに、カミユには石でも投げつけてこい!」
威勢よく吐き捨てる主を背に、私は最後の一片を回収してパンと手を叩いた。
「では、仰せの通りに。坊ちゃんの馬をお借りしますわ。……坊ちゃんは寝不足のようですから、私が帰るまでベッドで寝ていてくださいね。ちゃんと、寝ているんですよ?」
「別に眠くない!」
恨みがましい視線を受け流し、私は部屋を後にした。馬車ではなく馬を選んだのは、一刻も早く用を済ませて帰宅するためだった。
屋敷の門を出て、愛馬を走らせていると、ふとこの屋敷へやってきた日のことが脳裏をよぎった。
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