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007 ☆覚醒

「運転手を抜いても7人やぞ。そんなけおって1人に負けるってなんやねん」


 海斗に負けて這々の体で戻った手下に激怒する大堂。

 だが彼は「情けない」と嘆くだけでそれ以上は責めなかった。


「夏野が突っぱねるのは分かっていたが負けるのは想定外やったな……。見せしめのはずが逆に舐められるきっかけになってしもた」


 普段であればこのような事態は看過できない。

 今日中に自分で出張って片を付けるところだ。

 それがこの場を離れることになろうとも。


 しかし、今はそれどころではなかった。

 海斗のことを後回しにしてでも解決せねばならない問題がある。

 だから彼は「もういい」と手下を解散させた。


 大堂はホテルに入り、ロビーのソファに座ってスマホを見る。

 眉間に皺が寄り、「いかつい」と称される強面がますます怖くなった。


「こらどうにかせんとあかんな」


 スマホの画面には電卓が表示されている。

 計算結果は「8」となっていた。

 小数点以下は切り捨てだ。


 これは残り8回の食事で食料が底を突くということ。

 ホテルには食糧の備蓄がまるでなかったのだ。


 1日3食なら2日と少し、2食に減らしても1週間ともたない

 多くの利用客が消えてもなお、その程度しか残っていなかった。


 離島にある宿泊施設の多くは、食糧を多めに確保している。

 天災で輸送がストップした場合に備えてのことだ。


 それはこのホテルも例外ではない。

 魔物の出現が今日ではなく明日なら、備蓄は今の数倍あっただろう。

 食料を載せた輸送船は今日の夜に到着する予定だったのだ。

 運が悪かった。


「8回分のメシが終わったら非常食で凌ぐことになるやろ。せやかて非常食も数日分しかないときた。夏野のおる町を漁ったり畑から収穫したりしても1ヶ月はもたへんやろな――やっぱ数が多すぎやわ。そこを解決せなどうにもならへん」


 考えがまとまった時、大堂の視界にある男を捉えた。


 九頭竜だ。

 八校を仕切っている軟弱者。

「俺のバックにはヤバい奴がいる」で脅す典型的な小物。


「九頭竜、ちょい待ちや」


 大堂は立ち上がり、九頭竜に駆け寄った。

 九頭竜は友人との会話を中断して振り返る。


「また武器を使うって言うのか?」


「そうやない。ちょいサシで話そや」


「なんだと」


 身構える九頭竜。

 傍にいる彼の仲間はビビって後退する。

 九頭竜も同じように後ずさりたい気持ちでいっぱいだった。


「そう身構えんでも手出したりなんかせぇへん。大事な話があるだけや」


「……いいだろう」


 大堂と九頭竜はスタッフ用の更衣室へ移動した。


「ここなら誰にも聞かれへんやろ」


 長いベンチに腰を下ろす大堂。


 九頭竜は大堂の正面に立つ。

 警戒感から座ることはなく、距離も取っていた。


「それで話って?」


「食糧のことや。このままやと2-3日でアウトやで。非常食を合わせても4日が限界やろな」


「そうだな」


「せやから数を減らすべきやと思う」


「数を減らす? どうやって? 追放するのか?」


「追放はあかん、不要な争いを生んでまう。ちょっと減らすだけなら追放でもええんやけどな、今回は一気に半分くらい切りたいんや。そうせななんも変わらへんからな」


 九頭竜もその意見には賛成だった。

 だから「半分も減らすなんて馬鹿を言うな」などとは言わない。


「だったらどうする?」


 大堂は大きく息を吐き、それから答える。


「北魔窟町――魔方陣に囲われたあの町を攻めさせるんや」


「魔物との戦いで死なせるのか」


「そういうこっちゃ。これなら敵の数を減らせるし一石二鳥やろ?」


「たしかに」


「やっぱ九頭竜は賢いな。流石インテリや。話が分かるなぁ」


 適当なことを言って持ち上げる大堂。

 九頭竜の口角が少し上がったのを見てしめしめと思った。


「で、誰を減らすかっちゅー話なんやけどな」


「シンセの男はできる限り残したいな、腕が立つ」


「その通りや。だから八校の男子をごっそり削ろや」


「は? ウチの男子ばかり減らすだと?」


「まーまー、落ち着きや。代わりにこっちは女を削るわ。おもろいことにな、それで男女比もええ感じになるんや」


 現在、ホテルにいる新世界高校の生徒数は225人。

 男子145人に女子80人。


 一方、八王子八天高校の生徒数は342人。

 男子205人に女子137人。


「おいおい、ふざけたこと言うなよ。その案を呑んだら数的優位が消えるだろ」


 シンセと八校を天秤に掛けた場合、シンセのほうが戦力は圧倒的に上だ。

 それでも辛うじて均衡を保っていられるのは、八校が数で勝っているからに他ならない。


 大堂はその数を減らそうとしている。

 九頭竜が反発するのは当然のことだった。


「せやかてしゃーないやんけ。八校の男は使えないカスばっかや。そら何人かは骨のある奴もおるけどな、お前みたいに」


「そうだけどよ」


 自分が「骨のある」扱いだったことで気を良くする九頭竜。


「それにシンセの女はブサイクばっかや。スポーツに人生賭けとる奴が大半やからな。ブスと雑魚が消えてちょうどええやろ」


「大堂の言い分は理解できるけどよ、八校にとって不利すぎるだろうが」


 ここで大堂の雰囲気が一変する。

 柔らかさが消え、全身から威圧のオーラが漂う。


「だったらお前、シンセと八校でドンパチするか?」


「いや、俺はそういうわけじゃ……」


「そういうことやろ。今はまだ多少なりともメシがあるから落ち着いてるけどな、このままやと奪い合いになるのは目に見えてるやんけ。魔物の相手をせなあかんのにアホらしいやろ」


「分かってるけどよ……」


 大堂は静かに九頭竜を見る。

 相手の出方次第でどこまで譲歩しようか考えていた。

 最初から自分の要求が完全に通るとは思っていない。

 シンセ側の男子もある程度は削ることになるだろう。


 そう考えているからこそ、彼は密談という形を採った。

 他の生徒に聞かれたら信用を失う。


「大堂、ちょっと考えさせてくれ」


「ええけど今決めてや。時間がないんや」


「分かっている」


 九頭竜は大堂の隣に座って両手を頭に当てる。

 うーんうーんと唸りながら俯いてみせた。

 苦渋の決断を迫られているかのように。

 しかしこの時、彼の脳内に浮かんでいる言葉は――。


(これはまたとないチャンスになりそうだ)


 ――というもの。


 今、九頭竜はどうやって八校の男子を残すかなど悩んでいない。

 数的優位などどうでもよかった。


大堂(コイツ)は俺を甘く見ている。そこを突けるかが分かれ目になる)


 九頭竜は脳内で素早く計算する。

 考えている計画の成功率は何パーセントか。


 結果は――60パーセント。

 決して分の悪い賭けでは無い。


(滑った時のことを考えると怖いが……やるしかない!)


 九頭竜は大きく息を吐いた。

 おもむろに立ち上がり、大堂の前に移動する。


「大堂、お前の案に賛同しよう。だが条件がある」


「条件やと? お前、こっちが上だって分かってへんのか?」


 威圧することでシンセ側の犠牲を最小限にしようとする大堂。

 しかし彼の行為は全くの無駄だった。


「まぁ落ち着け。基本的にはお前の言う通りでいい。八校は男子を、シンセは女子を削る方向で問題ない」


「なんやて?」


 大堂は思わず「正気か?」と言いそうになった。

 ここまであっさり承諾するとは思わなかったのだ。

 先ほどの悩みぷりは何だったのだ。


「……ほんで条件とは?」


「俺を副リーダーにしろ」


「副リーダー? どういうこっちゃ?」


「数的優位がなくなった挙げ句に男子の大半を失ったとなれば、シンセと八校の均衡は崩壊する。そうなったら今後はシンセの思い通りにされるだろう。俺たち八校勢は事実上の言いなりだ」


「ふむふむ」


 耳を傾けつつ、大堂は内心で嘲笑していた。


(そうか、こいつ、俺に凄まれてビビったんやな。それで自分だけは一丁前の地位を確保しよって魂胆かいな。これやからインテリは嫌いなんや)


 九頭竜は一呼吸置いて続きを話した。


「お前の考えた作戦を実行する前に両校を統合しよう。この点は俺の出来る最大限の譲歩だ。その代わり、ただ統合するだけだと俺のメンツが立たない。だから大堂、お前は皆の前で発表してくれ。俺が副リーダーであり、お前の次に偉い立場であることを。そして、絶対に出てくるであろう『東京モン』などと馬鹿にする奴を見せしめに殴るんだ。そうすれば八校勢も納得する」


「やっぱ九頭竜は天才やな。俺の案を完璧な形にまとめておったわ。その条件なら何の問題もないで。任せとき」


 大堂は平静を装うのに必死だった。

 気を抜くとゲラゲラ笑い転げてしまいそうだ。


(ほんま情けない奴やわ。流石東京モンやで。こんな奴がアタマ張ってるとか大阪やとありえへんぞ)


 九頭竜が右手を差し出して握手を促す。


 大堂はその手に応じて握手を交わす。

 そして、満面の笑みで言った。


「おいおい、手ぇ震えてるやんけ。俺たちは仲間やねんからそない緊張せんでもええやろ?」


 九頭竜は「そうだな」と笑った。


 ◇


 10分後、ホテルの外に両校の生徒が集結した。

 大堂と九頭竜が並んで立ち、他の生徒が正面からそれを見ている。

 誰に言われたわけでもないのに整列していた。


「あれだけ突っぱねておいて申し訳ないが、今後は俺たち八校もシンセと一つのチームとして行動していく」


「リーダーは俺や。八校の奴らも今後は俺に従ってもらうで。でも安心しぃ。九頭竜が副リーダーや。俺が不在の時はコイツがリーダーやからな。それとシンセの連中、今後は八校のことを馬鹿にするの禁止やで」


 大堂は既に今後のことを考えていた。

 人数の削減が終わったら自ら手下を連れて海斗をしばきに行こう、と。


 今までは不在時の指揮系統が気になっていた。

 自分の留守を突いて八校が何をするか分からなかったからだ。

 しかし今後は九頭竜がいるので問題ない。

 基本的にはお飾りの副リーダーが役に立つ数少ない場面だ。


「なんか大堂と二人で話していたよね、九頭竜」


「もしかしてその時に脅されたのかな」


「そうでなくちゃ統合なんてありえないっしょ」


 八校の生徒は落胆している。

 一方、シンセの生徒は明るい表情だ。


「やっぱ大堂やな」


「大堂はちゃうわ」


「東京モンをあっさり従えよったで」


 大堂と九頭竜の眉がピクッと動く。

 九頭竜は「分かってるよな?」と言いたげな顔で大堂を見る。

 大堂は頷いた。


「東京モンって言うたのは誰や?」


 大堂の発言によって場が静まり返った。

 重々しい空気が流れる


「俺や」


 答えたのは安岡というロン毛の男。

 大堂の側近であり、一緒に(つる)むことが多い。


「ヤスか、前に来いや」


「なんや東京モン言うたらあかんかったんか?」


 安岡がヘラヘラ笑いながら前に出る。

 次の瞬間、彼は盛大に吹き飛んだ。

 大堂が全力で殴ったのだ。


「俺言うたやろ? 八校のこと馬鹿にするの禁止やて。今は足並みを揃えなあかん時なん分かるやろ。なに足引っ張るような発言しとんねんドアホが」


 場が騒然とする。

 地面には安岡の歯が4本も転がっていた。


「す、すまん、大堂、今度から気ぃつけるわ」


 ふらふらしながら立ち上がる安岡。

 鼻と口から血が出ていた。


「他の奴も同じや。八校の奴を馬鹿にすんなよ。それに副リーダーは九頭竜やからな。分かったな?」


 両校の生徒は真剣な顔で頷いた。


「もし今回の決定に反対な奴がおったら今すぐ去ってええで。止めはせぇへん」


 誰もその場から動かない。


「ほな今後は俺に従ってもらうで」


 大堂は北魔窟町へ侵攻する話をする。

 場はしばしばざわつくものの、反論する者はいなかった。


「ほな今回の戦闘に参加するメンバーを選んでいくで。俺か九頭竜に肩をタッチされた奴がメンバーやからな? メンバーちゃう奴は解散や」


 誰を選ぶかは事前に決めていた。

 だから二人の肩タッチは猛スピードで進んでいく。


 最終的に298人の生徒が残った。

 八校側は男子189人に女子21人の210人。

 シンセ側は男子14人の女子74人の88人。


 八校の中にも強い男子はいるし、シンセにも雑魚はいる。

 容姿が選定基準の女子にしても同様だ。

 そういった数少ない優等生はしっかり除外された。

 あと、九頭竜が贔屓にしている男子も。


「俺と九頭竜を加えたらちょうど300人や。はっきり言わせてもらうと、男は弱い奴、女はブサイクから順に選んだ」


 直球で言えるのが大堂の強みだ。


 とはいえ言われたほうはたまったものではない。

 女子の何人かは涙を流した。

 男子よりも理不尽な選定理由なので悔しさもあるだろう。


「今回の戦いは試験でもある。出来損ないはメシ抜き等のペナルティありやからな。今の扱いが嫌なら全力で活躍しぃや」


 大堂は拳を掲げ、「ほな行くで!」と先頭を歩いた。

 九頭竜と共に。


 ◇


 17時過ぎに大堂たちは到着した。

 約3000体のゴブリンが巣くう北魔窟町に。

 厳密には町から数百メートルの道路だが。


「始める前に確認しとくで。撤退は俺か九頭竜の合図で行う。どちらかの合図がないのに逃げた奴は許さへん。それと狭い場所で戦うようにするんや。開けた場所は囲まれるで。出来れば民家の並んどる辺りがええやろな」


 大堂は「分かったな?」と全員の顔を見る。

 野郎共は揃いも揃ってビクビクしていて情けなくなった。


 一方でシンセの女子は覚悟を決めたいい顔つきだ。

 出来ることなら削りたくないのが本音だった。


「やるで、戦闘開始や!」


 大堂が「うおおおおおおおおおおお!」と獣の如き咆哮を放つ。

 ゴブリンが一斉に気づいた。


「突っ込むで! 九頭竜!」


「お、おう!」


 大堂は誰よりも前を走った。

 その姿が後ろの連中にも勇気を与える。


「「「うおおおおおおお!」」」


 他の生徒も大堂に続いて突撃し、大規模な戦闘が始まった。


(ここで大堂を見失うわけにはいかん)


 九頭竜は可能な限り魔物を避けつつ大堂を視界に捉え続ける。


「展開しろ! 固まっていると危険だ!」


 大堂の指示で、生徒たちは民家のほうへ流れていく。

 大半のゴブリンがそれに釣られた。


「九頭竜、俺たちはこっちや」


 民家とは反対側へ向かう大堂。

 九頭竜はビクビクしながら後に続く。


 実は九頭竜、これまでゴブリンを倒していなかった。

 ホテルでの戦闘ではトイレに隠れていたのだ。


「グォオオオオオオオオ!」


 そんな九頭竜に緑ゴブリンが襲う。


「く、来るんじゃねぇ!」


 九頭竜はゴブリンの脇腹を蹴った。

 思った以上に深い一撃になったので頬が緩む。

 勝ったと思った。


 そこへ大堂の怒号が飛ぶ。


「アホかお前! 頭をやらな意味ないやろ!」


「あ、頭って、リーダーのことか?」


「こんな時にボケとる場合ちゃうやろ! 頭言うたら顔のことや!」


「あ、そ、そうか、そうだったな」


 ここでようやく思い出した。

 ゴブリンは頭部を攻撃しなければ死なないのだと。


「頼むでほんま」


 大堂は呆れ笑いを浮かべる。

 九頭竜の弱さが想定以上だった。


「赤はちょい速いけどそれでもとろい。顔面に一発、これで死ぬ。数が多いからってビビったら死ぬで。相手のことは魔物やなくて小学1年のガキやと思えばええねん。ほんなら楽勝やろ?」


 大堂のアドバイスは九頭竜にとって大きかった。

 見る見るうちに冷静さを取り戻して戦闘力を高めたのだ。

 格下が相手の時のみ強さを発揮する彼にとって、ゴブリンは最適な相手だった。


「ええ調子や九頭竜! やったれ!」


 大堂も余裕をもって戦っている。

 民家にいる他の連中も善戦している様子。


(もう少し人数を絞るべきだったかもしれへんなぁ)


 下手すると勝ってしまうかもしれない。

 ここで部隊が全滅する予定だったのに。


(ま、それならそれでええか)


 大堂の気が緩み始める。

 九頭竜の顔にも笑みが浮かんでいた。


 そこへ、場の空気を変える敵が登場した。

 ――紫ゴブリンだ。

 群れの中に1体しかいないゴブリン軍の総大将。


「なんかヤバそうなのが来よったな」


 拳を構える大堂。

 九頭竜は何歩か下がった。


 場所は交差点。

 完全に開けているが、周囲に敵はいない。

 付近にいた数十体のゴブリンは駆逐した後だ。


 一方、民家には未だに大量の敵が密集している。

 他の連中は戦闘に夢中で、大堂や九頭竜を見る余裕がない。


「九頭竜、逃げる用意しとけよ」


 頷く九頭竜。

 言われなくてもそのつもりだった。


 紫ゴブリンは明らかに異質だ。

 色だけではなく、サイズも緑や赤より一回り大きい。


「オラァ!」


 大堂が突っ込む。


「ゴブッ!」


 応戦する紫ゴブリン。


 一瞬で決着がついた。


「なん……やと……」


 大堂の左肩から大量の血が出る。

 深いひっかき傷が出来ていた。


「なんちゅー速さや……」


 大堂は察した。

 コイツには勝てない、と。


「九頭竜、走れ!」


「分かった!」


 二人は敵に背を向けて逃げる。

 大堂は追撃を警戒しているが、九頭竜にそんな余裕はなかった。


(追ってけーへんのか)


 紫ゴブリンは二人を見逃した。

 民家で行われている大規模な戦闘に加勢する為だ。


 ――――……。


「ふぅ、どうにか逃げおおせたな」


「そうだなぁ……はぁ……はぁ……」


 戦場を離脱した二人は、少し離れた道路で足を止めた。


「あの紫やばいわ。アイツに攻められたら全滅もありえるで」


 大堂は負傷した肩を押さえながら町に目を向ける。

 戦場の様子は遠くて見えないが、戦況はよく分かった。

 しきりに断末魔の叫びが聞こえてくるからだ。

 紫ゴブリンが生徒を皆殺しにしていた。


「肩は大丈夫か?」


「大丈夫ちゃうわ。見ての通り深いで」


「おいおい、大丈夫かよ」


「せやから大丈夫ちゃう言うてんねん」


「すまん、他に掛ける言葉が分からなくて……」


(ひがし)のボケはけったいやな」


 大堂が声を上げて笑う。


「九頭竜、お前、思ったより骨あるやんけ」


「骨ある?」


「ほんまはお前のこと、軟弱なビビリ野郎やと思ってたんや。戦闘が始まった時もゴブリンにビビリまくってたしな。せやけどお前は最後まで俺の傍におったし、最後のほうはまともに戦えてたやろ。見直したわ」


「大堂……」


「お前ならええ副リーダーになれるわ。ただのインテリ野郎ちゃうで」


 大堂が笑みを浮かべる。


 するとそこへ、八校の男子数人が逃げてきた。


「げっ、大堂、それに九頭竜まで……」


 顔が真っ青になる男子たち。

 大堂の顔から笑みが消えた。


「俺、言うたよな? 撤退の合図を出すまで逃げるなて」


「そ、そうだけど、紫のヤバい奴がいて……」


「だから何やねん!」


 大堂は口答えした男子を殴り飛ばした。

 さらに追い打ちで顔面を何度も踏みつける。


「俺の、命令は、絶対、なんだよ!」


 男子が意識を失っても大堂は攻撃をやめない。


「だ、大堂、やめてくれ! 武田が死んじまう!」


「俺たちが悪かった! 戻って戦うから、許してくれ!」


 他の男子が慌てて止めに入る。


「戻って戦うから許してくれやと? もう遅いねん! 次はお前らや!」


「「ひぃぃぃぃぃぃ!」」


 大堂は鬼の形相で九頭竜を見る。


「止めんなよ九頭竜。ここで手ぇ抜いたら統率が乱れんねん」


「止めないさ」


「やっぱお前はよう分かってるわ!」


 大堂が更なる攻撃を開始しようとする。

 だが次の瞬間、彼は口から大量の血を吐いた。


「なん……や……?」


 振り返る大堂。

 彼の背中にはペティナイフが刺さっていた。


 刺したのは九頭竜だ。


「悪いな、大堂」


 九頭竜はナイフを抜くと再び刺した。


「お……ま……なん……で……」


 大堂が振り払おうとする。


 それを躱した後、九頭竜は大堂を滅多刺しにした。

 背中を数十回刺し、首にも一撃を加える。


 大堂は即死だった。

 血だまりの上で目を剥いたまま死んでいる。

 あっけないものだった。


「お前の言う通り俺はただのインテリ野郎なんかじゃねぇんだわ」


 返り血にまみれた九頭竜がニヤリと笑う。


「九頭竜、お前、何してんだよ……」


 異様な光景に目を疑う男子たち。

 そんな彼らを見て九頭竜は言った。


「生き残りたかったら俺に話を合わせろ、いいな?」


「あ、ああ、分かった」


「何でも言うことをきくよ。だから殺さないでくれ」


「心配するな、殺しはしないさ。お前らは大事な証人だから。だが、武田は邪魔だな」


 武田とは、大堂に顔を踏まれて意識不明の重体に陥っている男。

 そのままでも死にそうなものだが、九頭竜は念の為に息の根を止めた。

 武田の頸動脈を刺すことに対して、彼は一切の躊躇をしなかった。


「ドラマで『二人目を殺す時は何も感じない』と言っていたが本当だったんだな」


 九頭竜はナイフを投げ捨てた。


「大堂と武田を近くの茂みに隠して戻るぞ。ここからは俺の時代だ」


 グループのリーダーになる――それが九頭竜の計画だった。

 ペティナイフを手に入れた時から、彼は頃合いを見計らっていた。


 とはいえ最初から殺そうとしていたわけではない。

 殺す勇気などなかったし、無策で殺せばその後が大変だ。


 そんな時、大堂がサシで話したいと言ってきた。

 渡りに船とはこのことかと思ったが、それでも迷いはあった。


 果たして自分は人を殺せるのだろうか。

 土壇場でビビって何も出来ないならまだマシだ。

 殺そうとして失敗したら目も当てられない。

 だから大堂の隣で悩んだ。


 踏ん切りがついたのはゴブリンとの戦闘時。

 魔物を屠っていく内に成功するとしか思えなくなった。


 そして、九頭竜は計画を遂げて覚醒した。


 ◇


「大堂が死んだやと!?」


「そんなアホなことあるかいな!」


「アイツが死ぬわけないやろ!」


 ホテルは騒然としていた。

 シンセの男子が「あり得ない」と喚いている。


「本当なんだよ。アイツは紫ゴブリンとの戦闘で死んだ。俺たちの目の前でゴブリンにやられたんだ。他の連中も壊滅に近いと思う」


 九頭竜が淡々と言う。

 彼の後ろに立っている二人の男子は頷くことで同意した。


「なんで大堂が死んでお前らは無事なんや?」


「九頭竜、お前なんか大堂の血を浴びるほど近くにおったはずやろ」


「せやのに無事? そんなんおかしない?」


 シンセの連中が訝しがる。


「俺たちは大堂が死んだ時点で逃げたんだ。大堂で勝てないのに俺たちが勝てるわけないからな。それに俺は副リーダーとしての責務がある」


「何が責務やねん。逃げた言い訳すなや」


「だったら訊くがどう行動するのが正解だったんだ? 俺たちも戦って無駄死にすればよかったのか? その場合はどうなっていた? リーダーと副リーダーが不在になるぞ? どうやって皆をまとめるんだ?」


「それは……」


「たしかに俺は弱い。逃げた軟弱者だ。それでも副リーダーなんだよ。俺の選択は間違っていないし、間違っていると言うならどうすればよかったか言ってみろ」


「「「…………」」」


 誰も何も言えなかった。

 その後、他にも何名かの生徒が逃げ帰ってきた。


 逃げおおせた者は示し合わせたかのように言う。

 紫のゴブリンがやばい、と。


「これ以上は戻ってこないだろう」


 ホテルの前に集まった全279人の生徒に向かって九頭竜は言う。


「大堂が死んだので、今後は俺がリーダーとして仕切る」


 異論が出ることはなく、九頭竜が新たなリーダーになった。

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