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008 斉藤邸

 コンビニを発った俺たち4人と1頭は、ホームセンターにやってきた。

 離島にある田舎町のホムセンなので規模は小さく、ワクワク感は乏しい。


 自動ドアを抜けると冷房の涼しい風が迎えてくれた。

 心地よいと感じたのは最初だけで、次の瞬間には寒くなった。

 馬鹿なバイトがイタズラで設定温度を下げまくったか。


 目の前に幅の広い通路が伸びていて、その左右に無数の商品棚。

 小さいながらも最低限の品揃えが窺えた。


 俺はショッピングカートのハンドルを掴んだ。


「ここからは二人一組で行動しよう。俺は琴乃と向かって左側の棚を物色していくから、由梨と佳奈は右側を頼む。シェリーも二人について行ってくれ」


「ワンッ!」


「ほーい、行こー、佳奈」


「うん」


 由梨と佳奈を見送ってから俺たちも物色を始める。


 まずは軍手とカセットコンロを獲得。


「軍手ならリュックに入ってるよ」


「由梨と佳奈の分さ。それもあるなら予備ってことで」


「なるほど」


 琴乃は愉快そうな顔でついてきている。

 ただし視線は商品棚ではなく俺に向いたままだ。

 ここでの作業は俺に丸投げするつもりなのだろう。


「知っての通り俺は友達がいない」


「え、いきなり何!?」


 ふっ、と笑ってから続けた。


「琴乃には八校の友達がいるよな」


「うん、いるよー」


「そいつらとは別々で大丈夫か? 必要なら呼んでもいいぞ」


「大丈夫だよ。というか呼んでも来ないだろうし」


「そうなのか?」


「海斗も言ってたじゃん、ホテルに籠もるほうが安全だって」


「まぁな」


「だから呼ぶだけ無駄だよ」


「そうか」


 話しながらも物色の手は緩めない。

 レインコートとやかん、それに工具入りの工具箱をゲットした。

 トランクのスペースを考えるとそろそろ辛いが、まだ攻めたい。


「由梨とはずいぶん仲良くなったよな」


「うん! 仲間になってよかった!」


「佳奈も寡黙だがいい奴そうだしな」


「だねー」


 琴乃が俺の前に回り込んできて、顔を覗き込む。


「もしかして海斗、私に気を遣ってる?」


「ん?」


「いやさ、やたら話しかけてくれるから」


「無言だと暇かと思ってな。棚を見てないし」


「あちゃー、バレてたか」


 後頭部をポリポリ掻く琴乃。

 それから俺に向かってニコッと笑った。


「別に無言でも大丈夫だよ、私」


「そうか――お、ダクトテープと大きめの釘発見。これも貰いっと」


「無言でもいいけど相手にされないのは嫌だからね!」


「ワガママな奴だな」


「だって女の子だもん」


 俺は小さく笑う。


「欲しいのはあと2つなんだがな」


「何を探しているの?」


「車に乗せるルーフボックスと……」


「海斗ー! いいの見つけたよー!」


 由梨と佳奈が小走りでやってきた。

 由梨の押しているカートに欲しいのがあった。

 ガソリンで動く小型の発電機だ。


「でかしたぞ、由梨! それを探していたんだ!」


「でしょー! 褒めて褒めて!」


 由梨が頭を向けてくるので撫でてやった。


「見つけたのは私なんだけどね」


 ボソッと佳奈が言う。

 心なしか頭の角度がこちらに傾いている気がした。


「だよなー! やっぱり佳奈だと思ったよ!」


 ということで佳奈の頭を撫でる。


「佳奈、手柄の横取りはずるいぞ!」


「どっちがよ」


「くぅ!」


 笑いながら悔しがる由梨。


 佳奈も小さく笑っている。


 しかし……。


「どうした? 琴乃」


 琴乃はぷくっと頬を膨らましている。


「別に」


「なんで怒っている?」


「怒ってないし」


「ふむ」


 困惑する俺。


 由梨がニヤニヤしながら耳打ちしてきた。


「自分だけナデナデしてもらえなくて拗ねてるんだよ。ナデナデしてみ」


 そんなまさか、と思った。

 とはいえ他に手立てがないので琴乃の頭を撫でてみる。


「どうだ、満足したか?」


「満足とか、そんなんじゃないし」


 顔を赤くして俯く琴乃。

 満足しているかは分からないが、機嫌は良くなった。

 表情がにんまりしている。


「琴乃も機嫌を直したことだし行くとしよう」


 ホムセンには欲しい物がたくさんある。

 だが、持てる量を考慮するとこれ以上は無理だった。


 外に出たら車にルーフボックスを取り付けた

 大きめの箱を選んだのに、車がSUVなのでサイズ感がちょうどいい。


「三人はルーフボックスとトランクに物を詰め込んでくれ」


「海斗はどうするの? シェリーの散歩?」


 琴乃が訊いてきた。


「ワゥ!?」


 凄まじい速度で尻尾を振るシェリー。


「そんなわけないだろ」


「クゥン……」


 悲しむシェリー。

 心の中で「すまんな」と謝りつつ答えた。


「俺は車を弄って攻撃的にする」


「車の改造もできるんだ? すごい!」


「いや、改造って程でもないんだけどな。使うのはコレだし」


 俺はダクトテープを右手で持つ。

 左手には釘。


「ダクトテープでフロントに釘を取り付けてトゲトゲカーにするんだ」


「急に子供ぽくなった……!」


「仕方ない。ゲームと違って大がかりな改造は無理だからな。車の構造は全くと言っていいほど分からないし」


 ということで作業開始だ。

 釘の刺さったダクトテープをフロントに貼り付ける。

 バンパーやライトの周りなどをトゲトゲ仕様にした。

 その際、グリルをテープで塞がないよう気をつける。


「よし、完成だ」


 作業はほんの数分で終わった。

 綺麗なSUVの顔がダクトテープまみれになる。

 テープから突き出ている釘は威圧的というより滑稽だ。


「魔物用なんだろうけど、これで効果あるの? 魔物を突き刺すなら包丁とかのほうがよかったんじゃない?」


 琴乃が俺の横に立って車を眺める。

 他の二人とシェリーは車の中で待機していた。

 由梨が琴乃に「海斗にキスしろ」とジェスチャーで指示している。

 俺と琴乃は無視した。


「トゲトゲにした目的は攻撃力を上げる為じゃなくて、車体に魔物が激突するのを防ぐ為だからな」


 俺が最も恐れているのは轢いたゴブリンがフロントガラスに当たること。

 どう見ても強化ガラスではないので、もし当たったらヒビが入るか割れるだろう。

 トゲトゲカーならそれが防げるのではないかと考えた。


「このトゲトゲが役に立つかはおいおい分かるだろう。俺たちも車に乗って移動するぞ」


「だね!」


 俺と琴乃は車に乗り込んだ。


「琴乃ぉ! キスしろよー! いい雰囲気だったじゃん!」


 由梨が何やら喚いている。

 どこを見ていい雰囲気に感じたのだろう。

 気になったが俺は黙っていた。


「二人に見られている中でそんなことできないよ」


「じゃあウチらが見てなかったらキスできたんだ?」


「それは……」


「冗談冗談! 琴乃は可愛いなぁ!」


「もー……」


 由梨の甲高い笑い声が車に響く。


「海斗、次はどこに行くの?」


 シートベルトを着用する佳奈。


「斉藤邸だな」


「斉藤邸?」


 佳奈が首を傾げる。

 由梨と琴乃は会話を止めた。


「コンビニから此処へ来る前に通り過ぎた大豪邸だ」


「門扉が半開きになっていたあの家ね」


 佳奈の言葉に、佳奈が「ホウキの落ちていた?」と続く。


 俺は「そうだ」と頷いた。


「今日はあの家で過ごそうと思う。豪邸だから部屋にゆとりがあるし、家の周りを壁で囲ってあるのもいい。こんな時じゃないとあのレベルの豪邸は利用できないしな」


「でも鍵が掛かっているんじゃない? 侵入するのに苦労しそうだけど」


「おそらくだが鍵は開いているよ」


「どうして?」


「ホウキが落ちていたからさ。門扉も開いていたし掃除していたのだろう」


「掃除の度に鍵の開け閉めなんかしないってことね」


「その通り」


「サッと通り過ぎただけなのにそこまで考えているなんてすごいね」


「生まれ育った町だからな」


 ここで琴乃が「あ、そうだ!」と声を上げた。


「この町に海斗の実家があるんだよね?」


「あるよ。両親はずっとこの町で暮らしているからな」


「じゃあさ、海斗の家に寄っていこうよ!」


「なんでだよ」


「いいじゃん! 海斗の部屋とか見たいし!」


 由梨が「さんせー!」と手を挙げる。

 佳奈も「いいんじゃない?」と乗り気だ。


「俺の家なんかに立ち寄っても得るものはないと思うが……まぁいいか」


 斉藤邸の前を通り過ぎ、懐かしの我が家へ向かった。


 ◇


 小さくて古い一軒家。

 三人で暮らすさえ窮屈に感じるこの家が実家だ。

 鍵を開けて、「どうぞ」と三人を入れる。


「おじゃましまーす!」


「邪魔するなら帰ってんかー」


 琴乃が「えっ」と振り返って由梨を見る。


「やっぱりそういう反応になるよねー!」


 何が面白いのか由梨は笑っている。


「ウチも最初そういう反応だったよ」


 由梨によると、「邪魔するなら帰れ」というのは大阪でよくあるやり取りらしい。


「あたし、どういう反応をするのが正解だった?」


「それはウチにも分からん! ウチは『ほな帰りまーす』って一旦出てから『うそうそ!』と笑って戻るよ。それで笑ってもらえるからアウトではないと思う」


「あー、なるほど、そういう風に反応するんだ。じゃあ、佳奈は? 邪魔するなら帰ってって言われたらどうするの?」


「何もしないよ」


 琴乃は「だよねー」と苦笑い。


「そろそろ玄関から進んでくれないか? 俺とシェリーが入れないんだが」


 琴乃と由梨は「ごめんごめん」と笑いながら奥へ向かった。


 窮屈な居間に着く。

 我が家の香りが漂っていて懐かしい気持ちになる。

 もう親に会えないかもしれないと思ったら、途端に寂しくなった。


「あー、海斗の子供の時の写真だ!」


 琴乃は壁際のローチェストにある家族写真を手に取った。


 その写真を見ながら由梨が言う。


「琴乃のお義母さんとお義父さんも映ってるよ!」


「お義母さんとお義父さん……うふふ」


「おい、俺の両親だからな」


 話していると佳奈がテレビの電源を入れた。

 しかし映るのは放送中止のカラフルな線だけだ。

 地上波はどのチャンネルもそれだった。

 BSやCSは最初から映らないので分からない。


 佳奈は「残念」と呟いてテレビを消した。


「海斗の部屋はどこ?」


「二階だ」


「海斗より先に行くよ琴乃!」


「おー!」


 由梨と琴乃が俺を押しのけて階段を上がっていく。

 古い木造の家なので足音が響いた。


「慌てて行くほどの価値なんてないと思うが」


 俺はキッチンにある棚から底の浅い皿を取り出す。

 そこに水を入れて、シェリーの前に置いた。


「ここで水でも飲んでくつろいでいてくれ」


「ワンッ!」


 シェリーは素直に従う。

 本当に賢い犬だ。

 流石はホワイトシェパード。


「海斗の部屋って何もないじゃん!」


「何でエロ本がないの? どこに隠した!?」


 俺の部屋は琴乃と由梨によって荒らされていた。


「エロ本とか昔のドラマでしか見たことねぇよ」


「じゃあノーパソに入っているんだな!」


 由梨は勉強机に置いてあるノートパソコンを立ち上げた。


 一瞬ギクリとしたが、デスクトップを見た瞬間に安堵する。


「PCにも入ってないじゃん! ネットのお気に入りにもないし! 履歴も空だ! 海斗の性癖が分かるものが何もないんだけど! もしかして海斗には性欲ってものがないの!?」


 俺は「さぁな」と流す。

 実家を出る時に全ての証拠を消しておいたのが奏功した。

 過去の自分を褒め称える。


「満足したなら行くぞ。何もない家だし」


「卒アル、持っていこうよ!」


 琴乃が押し入れから卒業アルバムを出してきた。


「ダメだ。そんなもん邪魔になるだけだ」


「ちぇ、海斗のケチ!」


 俺は「ふん」と一階へ向かう。

 琴乃たちも大人しくついてきた。


 寄り道が終わったので、今度こそ斉藤邸へ行く。

 半開きの門扉から中に入り、ガレージのシャッター開けるため家の中へ。


 案の定、鍵は掛かっていなかった。

 高級なセキュリティも正面から普通に入れば問題ない。

 家を守る番犬などもいないようで、驚くほど快適に占領できた。


「外観は古風な洋館なのに中は綺麗なんだだな……っと、いかんいかん、車だ」


 目移りせざるを得ない内装を無視してガレージへ。


 速さだけが取り柄のスポーツカーが二台もあった。

 それでもSUVをぶち込むスペースがある。

 流石は豪邸、流石は斉藤さんだ。


 ちなみに、斉藤さんの素性はこの島の謎の一つだ。

 性格はおろか顔すら誰も知らず、見かけるのはメイドのみ。

 そのメイドも他所から呼び寄せた住み込みなので、島民とは縁が無い。

 メイドに尋ねると「お答えできません」の一点張りだ。


 そんな斉藤邸に入るとあって、俺は妙に興奮していた。


 車をガレージに停めたらいよいよ斉藤邸の物色だ。

 三階建てだが、部屋の数が広すぎて見て回るのに苦労する。


「家の中まで徹底しているな、流石は斉藤さんだ」


 隅々まで調べた結果、斉藤さんの素性は分からないままだった。

 写真の一枚すら見当たらない。

 ついでに役立ちそうな物もなかった。


「この家、生活感がまるで感じられないよね」


 佳奈が話しかけてきた。


「おそらく別荘なんだろうな」


「お金持ちってすごいね」


 俺は「だな」と答えて二階のリビングへ。


 50帖くらいありそうな広大なリビングには、琴乃と由梨がいた。

 二人は革張りの高そうなソファに座っている。

 近くにはシェリーもいた。

 俺と佳奈を待っていたようだ。


「ようやく一息つけそうだな」


 俺はテーブルを挟んで由梨の向かいに座った。

 佳奈は俺の隣に座るも、すぐに距離を開けて座り直す。

 それが琴乃に対する配慮なのは俺にも分かった。


「弁当食べようよ! 弁当! もうお腹ペコペコ!」


 由梨が「ドーン!」と言ってテーブルに弁当箱を並べる。

 どれも美味しそうではあるが……。


「この家なら弁当より美味い物を食えると思うぞ」


 家を探索した時、キッチンの冷蔵庫で食材を見つけた。

 その中にはステーキもあって、当たり前のように最高級のA5肉だった。

 当然ながら他の食材も豊富だ。


「ちょっと、わざわざ弁当を持ってきたウチがバカみたいじゃん!」


「まぁ、そうだな」


「キィイイイイイイイイイイ!」


 結局、俺たちはコンビニ弁当を食べることにした。


 ◇


 弁当を食べたあとは風呂に入った。

 インフラが生きている内に堪能しておこうという考えだ。

 今すぐに電気が使えなくなってもおかしくない。

 同じ理由で衣類を洗濯乾燥機に放り込んでおいた。


「ふぅ、さっぱりしたな」


「ワンッ!」


 俺はシェリーと一緒に風呂を楽しんだ。

 斉藤邸には浴室が3つあり、女性陣は他の浴室を使っていた。


「海斗って長風呂派なんだねー」


 リビングには三人の女子が揃っていた。

 ソファでくつろいでいたようだ。


 話しかけてきた由梨に対し、俺は苦笑いで答える。


「由梨と琴乃は俺のことを誘っているのか?」


 琴乃はブカブカの白いシャツに白のパンティーという格好。

 おそらく半袖のシャツだと思うが、彼女が着ると七分袖だ。


 そんな琴乃より酷いのが由梨。

 彼女にいたってはバスローブ姿である。

 意図的なのかは分からないが、豊満な胸の谷間がよく見えた。


「誘っているとしたらどうする? このローブ、剥ぎ取っちゃう?」


 由梨はニヤニヤしながらバスローブの腰紐を解く。


「それは流石に大胆すぎだってばー!」


 琴乃が慌てて腰紐を締め直す。


「えー、いいじゃん、海斗ならへーきへーき!」


「あのなぁ、俺だって男なんだが……」


「知ってるよー、見れば分かる!」


 小悪魔的な笑みを浮かべて、由梨はこちらを見てきた。

 彼女の視線は俺の顔より下を捉えている。


「琴乃も酷いぞ。恥ずかしくないのか」


「由梨ほど大胆じゃないし、海斗になら見られてもいいかなって」


「ウチと一緒じゃん!」


 由梨がキャハハと笑う。


「やれやれ……。佳奈を見習えよな」


 佳奈だけはパジャマを着ていた。

 薄いピンクに黒のラインが入った女性用。

 斉藤邸の各寝室に備わっているパジャマの一つだ。


「それより海斗、SNSで面白い情報を仕入れたよ」


 琴乃がスマホをポチポチしながら言った。


「ほう」


 俺もソファに座り、スマホを取り出す。

 時刻を確認すると22時04分だった。


「魔物の種類だけど、ゴブリン以外もいるんだって」


「そうなのか」


「中には数メートル級の大きな魔物もいるみたい」


「それはヤバそうだな。この島はゴブリンしかいないから楽だが」


「その辺はなんとも言えなさそうだよ」


「というと?」


「中国の人が情報をまとめているんだけど、単体としての能力が上がれば上がるほど数は減るみたい」


「裏を返すとゴブリンは弱いからたくさんいるというわけか」


「そうそう」


「すると厄介なのは適度に強くてそこそこ群れるタイプだな」


「SNSでもそういう意見が多いね。あと、国によっては既に電気が使えなくなっているところもあるみたい。発電所を稼働させようとしている人もいたよ」


「やっぱりインフラの寿命はそう長くないか」


 俺もネットを開く。

 SNSでは活発に情報交換がされている。

 今時は自動翻訳機能もあるので、外国語も理解できて快適だ。


「魔方陣の出現数に関する仕様は見た?」


 尋ねてきたのは佳奈だ。


「出現数?」


 と言った瞬間に発見した。

 トレンドランキングの1位がその件だったのだ。

 高校生しかいない上にこんな世界なので、トレンドランキングは魔物に関するワードが総なめ状態だった。


「なるほど、上限があるのか」


 カナダの学生によると、魔方陣から出現する魔物の数には上限があるとのこと。

 例えば上限数が100体の場合、既に100体出ていたら追加の魔物は出てこない。


 この報告をしているカナダ人は既に検証していた。

 魔方陣から出てきた魔物を殺さずに隔離したのだ。

 その状態になってからかれこれ6時間も魔物が出ていないらしい。


「殺さずに隔離することで魔物との戦闘を回避するわけか、賢いな」


「同じように隔離しようとしている人がいっぱいいるよ」


「俺たちもその手が使えたらいいんだがな」


 ゴブリンを完全に隔離するのは不可能だ。

 数があまりにも多すぎる。

 魔方陣の位置も悪いし、隔離する場所もない。


「他の情報は……お、紫のことが書いているぞ」


 ゴブリン以外の魔物も色分けされている。

 SNSを見ている限り、他も緑、赤、紫の三色のようだ。

 紫が1体しかいない点も共通している。


「紫を倒すと他の魔物が消えるんだって!」


 由梨も同じ情報を見ているようだ。


「ただ倒すのは難しそうだな」


 この件を報告しているのはアメリカ人の男。

 紫の魔物を倒すと、同じ魔方陣から出た魔物が一斉に消えるらしい。

 ただ永続的に消えるわけではなくて、6時間程度で復活するそうだ。


 紫が強いのは世界中で知られている。

 その強さは相当らしくて、赤とは次元が違うという意見が目立つ。

 中には数百人で挑んで紫1体に負けたと言っている者までいた。


 紫に勝ったというアメリカ人も、「勝てたのはまぐれ」と言っている。

 彼は無我夢中でショットガンを撃ちまくることで勝ったらしい。


「銃が通用するのか」


 勝手な思い込みで銃は通じないと思っていた。

 銃火器が魔物に通じないというのがファンタジーの定番だからだ。

 しかしこの世界の魔物は違う。


「でも日本に銃なんかないよ!」と由梨。


「いや、ある」


「どこに? どうせヤクザの事務所に……とかいうオチでしょ?」


「自衛隊の基地だよ」


「あー」


「他には警察署とか、猟師の家とかにも」


 警察署や自衛隊の基地で実際に銃を見たことはない。

 だから本当にあるかは分からないが、おそらくあるだろう。


「こんな世界で生きていくなら銃が欲しいな」


「銃なんかなくても海斗なら余裕で勝てるじゃん」


「魔物にはな」


「えっ」


「銃は魔物ではなく人間から身を守るために欲しいんだ」


 今はまだ平穏だが、既にこの世界は無法地帯と化している。

 時間が経つに倫理観も変わり、力による支配が一般化するだろう。


「いずれは銃を持った人間に襲われるかもしれない。そんな相手に太刀打ちするには銃が必要だ。環境が整っていない今の内に銃を手に入れたい」


「ならこの島を出たら警察署に向かう?」


「いや、自衛隊の基地のほうがいい」


「なんで?」


「装備や物資が豊富で防衛力が高いからさ。もしかしたら数年分の非常食が眠っているかもしれない」


 由梨は「おー!」と飛び跳ねる。

 バスローブがはだけそうになった。


「激アツじゃん!」


「うむ、激アツだ」


「どこ見て言ってるんだー」


 琴乃が冷めた目で見てくる。


「どこって、由梨を見ているんだが?」


「顔じゃないよね、見ていたの」


「うむ」


「変態! 海斗の変態!」


「おう」


「おうじゃねー!」


 俺は「ふっ」と笑い、話を戻した。


「とりあえず本土に着いたら基地を目指そう。今マップで調べたところ、浜松にも基地があると分かった」


 この島から本土を目指した場合、到着場所は浜松市になるだろう。

 その浜松に基地があるのだから、これはもう目指すしかなかった。


「ちょっといい?」


 佳奈が遠慮気味に手を挙げる。


「浜松基地に行くのは嫌か?」


「ううん、それはかまわないの。そのことじゃなくて」


「どうした?」


「大堂が死んだらしいよ」


「「「えっ」」」


 理解するのに数秒の時間を要した。


 大堂の強さは知っている。

 おそらくホテルにいたメンバーの中で一番強い。

 それにそこそこの知能を持ち合わせていた。

 他の奴が死のうとも彼だけは生き残る気がしていた。


「どうして死んだ? 紫にやられたのか?」


「うん。シンセのグループラインでその話が出てた。何時間か前のこと」


「あの大堂を殺すとは相当な強さだな、紫ゴブリン」


「大堂ってあの坊主の大きい人でしょ? あの人が死んだらまとまりがなくなるんじゃないの?」


 琴乃が尋ねる。

 俺も同じことを思っていた。


「今は九頭竜が仕切ってるみたい」


「九頭竜って八校の九頭竜か?」


「そう」


「なんであいつが……」


「ちょっと待ってね」


 佳奈は素早くスクロールしてログを読み漁る。


「元々はシンセと八校で別々に行動していたんだけど、大堂と九頭竜が改めて話し合った結果、指揮系統が一つになったんだって。リーダーは大堂で九頭竜が副リーダーって形。で、大堂と九頭竜はたくさんの生徒を連れて北の町に攻め込んで、そこで大堂がやられたみたい」


「ふむ」


「海斗、なんだか納得してないって顔だね?」


 琴乃が俺の顔をジーッと見つめる。


「なんだかしっくり来ないんだよな。大堂を過大評価していたのかもしれないけど、アイツが初日に戦死するってのはなぁ。紫の強さを知らないからなんとも言えないところではあるが、アイツなら劣勢でも逃げ切れると思うんだ」


「でも実際は紫に負けて死んだわけでしょ。過大評価だったんだよ」


「だろうなぁ」


 由梨が「それよりさ!」と手を叩く。


「皆で遊ぼうよ! 1階のシアタールームで映画を観るかゲームしよ! 別にここで映画を観てもいいよ! 明日には電気が使えなくなるかもしれないんだしさ!」


「気持ちは分かるが俺はそろそろ寝るよ。明日に備えたい」


「えー、まだ22時半にもなってないよ! お爺ちゃんじゃん!」


「今日は色々あったからお疲れなんだよ」


「海斗は普段からこの時間に寝ているけどね」と琴乃が笑う。


「そんなわけだから俺は一足先に――」


 話している最中のことだった。


「グルルゥ!」


 シェリーが体を起こして唸り始めたのだ。

 耳がピンッと立っている。


「どうした、シェリー」


「ワンッ!」


 シェリーは一度だけ吠えた。外に向かって。


「敵だ」


 魔物か人間か、それは分からない。

 だがシェリーの様子から何かが迫っていることは間違いない。


 俺たちは3階のバルコニーに移動した。


「嘘……!」


 琴乃が両手で口を押さえる。


 志穂と佳奈は顔が真っ青になっていた。


「まずいな……」


 門の外――大通りをゴブリンの群れが闊歩していた。

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