006 コンビニ
由梨と佳奈の加入に猛反対していた琴乃だが、車での移動中に由梨と意気投合し、すっかり仲良しになっていた。
「えー、琴乃って海斗に告ったの? そこは見てなかったなぁ」
「振られてもこうしてくっついているんだからストーカーだよね、あたし」
「いいじゃん、琴乃みたいな可愛いストーカーなら海斗も嬉しいはずだよ!」
「ありがと。でも私より由梨のほうが可愛いと思うよ」
「うん! 知ってる!」
後部座席でキャハハと笑い合う二人。
その間にいるシェリーは眠そうにあくびした。
「南魔窟町だっけ?」
佳奈が唐突に言った。
「目的地か?」
「うん」
「そうだよ」
「もうすぐ? かれこれ1時間は走ってるけど」
佳奈の口調は淡々としている。
変化の乏しい表情と相まって、最初は怒っているように見えた。
今ならそんなことはない分かる。
「あと10分くらいだ」
長らく海岸沿いを走っている。
右手に海、左手に緑といった景色には飽き飽きしていた。
南沿岸部の集落こと南魔窟町に魔物がいないことを祈る。
コンビニやホームセンターがあるので、物資を拡充させるのに最適なのだ。
なによりは俺の実家がある。
「おいおい、こんな所にもいるのかよ」
道路に1体の緑ゴブリンが突っ立っていた。
SNSの報告や実際に見た限り、群れでの行動に徹していると思った。
中にはこうしたはぐれ者もいるようだ。
「どうするの?」
「轢くだけさ」
ルームミラーで後部座席を一瞥する。
「後ろの二人、口をつぐんでいろよ。振動で舌を噛むかもしれないからな」
それまでキャッキャしていた二人が黙った。
「行くぜ」
アクセルを踏み込む。
待っていましたとばかりにエンジンが唸りを上げた。
標識の速度制限を軽やかに突破し、そのままゴブリンを轢く。
「ゴヴォ」
ゴブリンは盛大に吹き飛び、ガードレールに全身を強打した。
で、間もなく死んだ。
「普通に死んだね」と佳奈。
「顔面にも衝撃が入ったからだろうな」
ゴブリンは頭部が弱点だ。
顔面に強めのパンチをぶち込むだけで死ぬ。
車に轢かれたら死ぬのは当然のことだった。
「見えてきたぜ」
視界に移る古びた家々。
コンビニ、ガソリンスタンド、ホームセンター。
一軒の場違いな豪邸も含めて、全てが数年前と変わりない。
我が故郷――南魔窟町だ。
「魔物いなくない?」
由梨は水平に寝かせた右手を額に当てながら外を見渡す。
「いないよね」
同じ仕草で琴乃もあちこちに目を向ける。
「シェリーが大人しいところを見ると大丈夫そうだな」
「えー、ウチらの目視よりシェリーを信じるの!?」
「当然だろ。シェリーは訓練された賢い犬だからな」
シェリーは嬉しそうに尻尾を振り、小さく鳴いた。
「俺はガソリンを補給する。三人はシェリーを連れてコンビニを漁ってくれ。魔物がいるかもしれないから武器を忘れるなよ」
「「「了解!」」」
ガソリンスタンドに車を停める。
俺は給油機に向かい、女子たちはトランクを開けた。
「琴乃、武器はある?」
由梨がゴルフバッグを開けながら尋ねる。
「包丁とレジャーナイフならあるよ」
「それよりゴルフクラブのほうがいいんじゃない? リーチあるし。琴乃の分もあるから使って」
「ありがとー!」
三人はゴルフクラブを持って、道路を挟んで向かいにあるコンビニへ歩いていく。
「よし給油機は生きているな」
電力が尽きたら給油機も死ぬ。
それまでにガソリンを調達できたのは大きい。
給油中、暇なのでガソスタの事務所を物色した。
販売用の携行缶やサービス用のウォッシャー液などを発見。
ちょうどいいのでそれらを頂戴することにした。
ウォッシャー液を補充し、携行缶にもガソリンを入れる。
ついでにタイヤの空気圧も調べておいた。
車のことはよく分からないが、これくらいのことなら出来る。
「まさか携行缶に自分で給油する日が来るとはな」
携行缶にセルフ給油するのは違法行為だ。
消防法だか何かで禁止されている。
作業が終わったのでコンビニに移動した。
入口の前で伏せているシェリーが俺を見て喜ぶ。
店の中では女性陣がウキウキで物色していた。
大サイズのビニール袋にアレコレ詰め込んでいる。
「ちゃんと優先度の高い物から選べよ。いくらでも積めるわけじゃないんだから」
店に入って彼女らに言う。
「分かってるって!」
いの一番にそう言った由梨が最も分かっていなかった。
彼女はあろうことかおにぎりや弁当を漁っている。
どれも今日ないしは数日で期限切れになる食い物だ。
「由梨、そういうのは最後でいい」
「えー、食べ物がないと餓死するよ!」
「だから日持ちする物を選ぶんだよ。ポイントは三つだ。期限が長く、常温で保存できて、電気が死んでも大丈夫であること」
俺が真っ先に選んだのは缶詰だ。
コンビニの缶詰は小さくて高いが質はいい。
「缶詰なんかは今挙げたポイントの定番だな」
「ていうか缶詰くらいしかなくない? あとはカップ麺とか?」
「カップ麺も悪くない。熱湯の調達は楽だからな。あと、俺のオススメはコイツだ」
俺は魚肉ソーセージを手に取った。
「それって冷蔵保存じゃないの?」
「物によるが基本的には常温保存で問題ない。この商品も常温で大丈夫と書いてある。魚肉ソーセージは見た目に反して期限が長いし、高たんぱくだからこういう環境では非常にありがたい」
「そうなんだ! なんでそんなこと知ってるの?」
「北海道の山に籠もっている時はよく食べていたからな」
「おー!」
食べ物は由梨に任せるとしよう。
俺は薬品の並ぶ商品棚を探した。
すぐに見つかったが、既に佳奈が漁っていた。
「薬も優先順位とかあるのかな?」
佳奈が尋ねてくる。
「多少はあるけど問題ないよ。コンビニで売っている薬品の数はそう多くないし、優先度の高い物しか置いていない」
「そっか。でも、これはいらないよね?」
佳奈が煌びやかに輝く箱を手に持つ。
大きく「0.01」と書かれたそれは避妊具だ。
「一応1~2箱くらい貰っておこう」
「分かった」
コンドームは性行為以外にも使える。
イギリスの特殊部隊が採用しているサバイバルキットにコンドームが入っているのは有名な話だ。
(佳奈は問題ないな)
あとは琴乃だ。
「お、ちょうどいいところに来た! ろうそくって使えるよね?」
琴乃の袋には色々なジャンルの物が入っていた。
ウェットティッシュ、タオル、爪楊枝、紙コップ、マスク、着替え、等々。
中には不要な物もあるけれど、大半が使い勝手のいい物だ。
特にライターを根こそぎ確保している点は素晴らしいの一言に尽きる。
「ろうそくは物によるけど、それは頂こう」
「いえい!」
琴乃が持っているのは災害用のロウソクだった。
缶の中で燃やす代物で、コンパクトながら12時間の燃焼時間を誇る。
直ちに使うかと問われると微妙だが、持っていて損はないだろう。
「佳奈と琴乃は任せても問題ないことが分かった」
「ウチだけアウトかよ!」
棚の向こうから由梨の声が聞こえる。
彼女はパンパンに膨らんだビニール袋をトランクに運んだ。
「そろそろホームセンターに行こう。ここでトランクをパンパンにする気はないからな」
頂くだけ頂いたら女性陣を車に乗せようとする。
琴乃と佳奈は素直に従ったが、由梨は店の前で立ち止まった。
「やっぱりお弁当を貰ってもいい? 今日食べる分!」
「それなら問題ない」
「やった! すぐに戻るから!」
由梨は嬉しそうに店の中へ駆け込む。
待っている間、俺はトランクの中を整理する。
その時、遠くから音が聞こえてきた。
後部座席で伏せていたシェリーが飛び出してくる。
「面倒なことになりそうだな」
独り言を呟く。
音の正体は二台の車で、乗っているのはシンセの連中だ。
真っ直ぐこちらに近づいてきた。
「お待たせーって、なんか車が来てるよ!」
「シンせの連中だ。お前とシェリーは車に戻ってろ」
「分かった」
「ワンッ!」
俺はSUVから少し離れたところに立つ。
二台の車は俺を囲むように止まった。
俺に用事があるようだ。
そんな気はしていた。
「夏野、さっきぶりやな!」
車からぞろぞろと降りてくる。
総勢で9人。
その内5人がゴルフクラブを持っていた。
いがぐり頭なので野球部に違いない。
(武器を持っていないのは運転手と格闘技経験者か)
つまり運転手以外は戦闘員ということだ。
その構成で来た時点で、この後の展開についておおよその察しがついた。
「いきなりで悪いねんけど、お前がホテルとゴルフ場から取った物を全部返してもらえへんか?」
野球部の男が言う。
思った通りの用件だった。
「返さないと言ったらどうなるんだ?」
「力尽くでも奪うことになるで。俺らもそんなんしたないねん」
「大堂に命令されたんだな」
男は「せや」と頷いた。
「取った物を返してくれたらそれでええねん。この町にある物を取るな言うてるわけちゃう。問題ないやろ?」
「いいや、問題大ありだ。俺は生き抜くのに必要な物を必要な分だけ頂いた。それを放棄するというのは、生きることを諦めるに等しい」
「せやからこの町にある物で補えばええやんけ。分からず屋やな」
「同じ言葉を返そう。この町にある物で補えばいいだろ?」
「それじゃ大堂が満足せーへんねんや」
「そうだろうな」
大堂は俺を見せしめに利用しようとしている。
それは明白だったし、考え方としては間違っていないだろう。
俺のような自分勝手な奴をのさばらすと他の連中までつけあがりかねない。
だからといって、こちらとしても引くことはできない。
今は自分たちのことで手一杯なのだ。
その他大勢のことなど気にしてはいられない。
「ほんまにええんか? 後悔するで」
「それは俺のセリフだ。戦いになったら負けるのはお前たちだぞ」
「アホぬかせ。この人数差で勝てるわけないやろ」
「だったらやってみるか? 不本意だがやるなら相手になるぞ」
拳を構える。
「無茶だよ、海斗!」
「そうだよ! やめて!」
車の窓が開き、由梨と琴乃が悲鳴にも似た声で言う。
佳奈も心配そうな顔で俺を見ていた。
「問題ないさ」
「ほんまアホやで。忠告してやったのに――やるで!」
「「「おう!」」」
まずはゴルフクラブを持った5人の野球部が襲いかかってきた。
勢いよく突っ込んでくるが、ゴルフクラブを振り上げたところで動きが鈍る。
何もしていないのに連中は怯んだ。勝手に。
その隙を突いて1人目の顎をフックで貫く。
「ウゴッ……」
あっさり気絶した。
「「「「テツ!」」」」
他の4人が気絶した男の名を叫ぶ。
彼らの意識が俺からテツへ向く。
明らかに戦い慣れしていない動きだ。
俺は間髪を入れず残りの4人も倒した。
「お前らが俺に勝てない最大の理由は俺が人間だからだ」
ゴルフクラブで人間を全力で殴る。
普通の人間にとって、それは並大抵のことではない。
対象に憎悪を抱いていれば別だが、そうでなければ怖くなる。
魔物相手には有効な武器でも、相手が人間になれば邪魔になりかねない。
そのことがよく分かる結果だった。
「「ひぃぃぃぃ」」
運転手の2人がそれぞれの車に逃げ込む。
「すごっ」
「一瞬で5人もやっつけた……!」
「かっこいい」
背後から女性陣の感嘆する声。
これで残りは2人。
「まだやるか?」
「当たり前やろ。こっからは個人戦や」
ヘッドバンドを巻いた男がファイティングポーズ。
重心の動かし方がボクシングのそれとは違う。
それにあのバンドは……。
「ムエタイか」
「せや。これでもその道では結構な有名人やねんで。素人には絶対に負けへん」
「俺としてはまとめてかかってきてくれるほうがいいけど」
「悪いがサシや。そのほうが遠慮無くやれるからな」
「なるほど、油断していないからこそのサシってわけか」
「後悔してももう遅いで!」
ヘッドバンド男の初手はミドルキックだった。
しなる鞭のような足が俺の脇腹を襲う。
難なくガードしたが、それでも痛かった。
ゲームと違って防御してもノーダメにはならない。
「やるなぁ夏野。ほな次は――」
「いや、次は俺だ」
俺は右フックを繰り出す。
当然ながらムエタイ男は防御態勢に入る。
思った通りの動きだったので、俺は攻撃を変化させた。
腕を畳み、男の顔面に肘打ちを食らわせる。
「グォッ」
俺の肘は相手の鼻を捉えた。
鼻骨が粉砕し、男の鼻から血飛沫が舞う。
ムエタイ野郎はそのまま気絶した。
「おい、エルボーは禁止技や! 卑怯やろ!」
「ここはリングの上じゃないんだ。卑怯もクソもあるかよ。それに卑怯だって言うならお前らのほうが卑怯じゃねぇか。ただでさえ人数で有利なのに武器持ちが5人だぞ」
「クッ……」
ラストはボクシング部。
「どうする? まだ続けるか? 俺は禁止技をガンガン使うぜ?」
「そっちがその気ならこっちだって反則させてもらうで。ローブローにバッティング、なんでもありや」
「そうかい、なら俺はその上をいくズルをさせてもらおう」
「なに?」
俺は腰のホルスターからレジャーナイフを抜いた。
「おまっ……!」
「パンチの専門家たるボクサー相手に素手で挑むほど愚かじゃないんでな」
「なんちゅー奴や」
「悪いが手加減なんてできないぞ。念の為に言っておくと俺は遠慮無くお前を刺せる。やるなら死ぬ覚悟で来い」
「ぐっ……」
ボクシング部の男が狼狽える。
「どうした? 来ないのか?」
「…………」
しばらく無言が続いた後、男はその場に跪いた。
「諦めるわ、ナイフは無理や」
敗北宣言だ。
「賢い判断をしてくれてよかったよ。では気絶してる奴らを車に積めて帰ってくれ」
「分かった」
「必要ならコンビニの商品を持っていっていいよ」
「ありがたいけど遠慮させてもらうわ。負けた上に施しまで受けたとなったら大堂がブチ切れるし」
「そうか」
俺は車に乗り込んだ。
「海斗、あんた強すぎでしょ!」
後ろから由梨が髪をわしゃわしゃしてくる。
「ますます好きになっちゃったよ! かっこよすぎ!」
琴乃も大興奮。
「本当にすごかったよ、海斗」
佳奈はさりげなく俺の手に触れてきた。
ひんやりしていて心地よい。
彼女に触れられていると気持ちが落ち着いた。
「あー、佳奈が抜け駆けしてる! 琴乃、海斗を取られるよ!」
「ええええええ!」
「べ、別にそういうつもりじゃないんだけど、私」
「やれやれ、女ってのはこんな時でも賑やかだな」
俺は苦笑いで車を発進させる。
(こんなところで人間同士の争いなんて不毛の極み。さっさとこの島を出たほうがよさそうだな)
ホームセンターに向かいながら今後のことを考えた。
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