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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第1章 蒼華姫
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9.蒼華姫

 城へ戻る道を馬車にゆられながら、リリーナは少し仮眠をとった。馬で走るのとは違い、ゆったりと進む。


「着いたぞ」


 アルヴァートの声に、パチリと目を開ける。御者が開いたドアから先にアルヴァートが降り、リリーナに手を差し出す。

 アルヴァートのエスコートは完璧だ。

 ただ、差し出された腕に手を添えるものと思っていたが、アルヴァートはガッチリと左手を腰に回している。

 転ける心配は無用だが、密着しすぎではないだろうか。


「団長……」


「ここではアルと呼べ」


 愛称は親しい間柄でないと呼べない。家名ではなく、名前を口にすることも、本来、決まりがあるのだ。

 あまりの無茶振りにリリーナが視線を上げると、職務だという無言の圧力を感じる瞳で見下ろされた。


「アル……ヴァート様」


「……なんだ」


「近いです」


「構わん」


 リリーナが何か言いかけた時、大広間の扉が開かれた。

 2人の入場に会場がどよめく。


(注目を浴びすぎではないかしら)


 招待客として会場内に潜入し、警護にあたる任務だと思っていたのに、明らかに目立ち過ぎている。

 アルヴァートは周りの視線を全く気にせず、リリーナをエスコートすると主催者であるローレン大公殿下に挨拶をした。


「お招きいただきありがとうございます。私はノーザン・イレグニス領領主ベルナンド・デインの次男、アルヴァートと申します。こちらはユグシル・セイナ領領主カルバイン伯の息女リリーナ嬢でございます」


 リリーナは淑女の礼をとる。

 騎士姿のリリーナを知るローレン大公殿下であるが、少しも驚くことなく、穏やかに微笑んだ。


「また、蒼華姫にお会いできて嬉しいですよ、カルバイン嬢」


(蒼華姫……?)


 聞き慣れない言葉に、リリーナが顔をあげると、慈しむような微笑みで見つめられた。


(なぜ……)


 ローレン大公殿下まで涙を浮かべていらっしゃるのだろう。

 リリーナには情報が足りな過ぎた。ここまで続くと、気のせいではいられない。


「最初のダンスは彼と踊るのだろう?次のダンスを申し込んでもよろしいか」


 リリーナはアルヴァートを見上げる。アルヴァートは穏やかに微笑んだ。これは了承の笑みだろう。


「謹んでお受けします」


 ローレン大公殿下はありがたい、と小さ呟き、うなずかれた。


 ローレン大公殿下への挨拶を終え、会場の隅に移動する。

 まだ姫君のお姿はない。会場にお留守番を頼んだトォーリィの姿もない。


(蒼華姫……)


 リリーナは自分の装いを見つめる。銀糸で刺繍が施された深い藍色の波打つようなドレス。ダンスでターンをすれば華のように拡がると思われる長い裾。そして装飾品の全てが白銀と深い藍色の宝石で揃えられている。見慣れた色合いのため気づかなかったが、これはデイン家を象徴するカラーだ。


「アルヴァート様」


 なんだ、といつものように答えないところが腹立たしい。


「アル……?」


 アルヴァートの腕がビクリと揺れる。


「お聞きしたいことがございます」


 無言のままのアルヴァートの様子がおかしい。

 訝しげに視線をあげると、頬が赤い。そして目を逸らしたままこちらを見ない。


「え……」


 何かの見間違いかと思った時、会場のライトが落とされた。

 ファンファーレとともに姫君の婚約者候補が入場し、最後に上段の扉から姫君が登場する。他の者に見えはしないが、狼の形態をしたトォーリィがするりと現れ、姫君の足元に座った。

 ちゃんとお留守番として姫君の護衛を努めてくれているようだ。

 トォーリィは会場内にいるリリーナとアルヴァートに気付き、尾を振った。


(トォーリィ、ありがとう。立派よ)


 言葉にしなくても通じるところがあるのだろう、トォーリィは満足げに胸を張る。

 姫君の挨拶が終わり、会場のライトが明るくなった。

 最初のワルツが始まる。


「お手をどうぞ、リリィ」


 アルヴァートが手を差し伸べる。


(愛称で呼び合うのは任務上の設定なのね。仕方ないわ)


 さっきのはやはり見間違いだろう、いつもと変わらない表情のアルヴァートを見つめ、リリーナは彼の手をとった。

 アルヴァートと踊るのは始めてだが、リードがうまく、ステップが踏みやすい。くるくると周りながら会場内の参加者の気配を読む。お互い見つめ合うように踊っているが、これは任務だ。


「トォーリィが眠っている。今のところ不穏な動きはなさそうだ」


 アルヴァートが引き寄せるタイミングでリリーナにささやく。


「姫君のダンスのお相手はしばらく婚約者候補が続くだろう。次の曲で外の隊と連絡をとる。お前は大公殿下を頼む」


「わかりました」


 リリーナはターンをし、アルヴァートを見つめる。


「アル……すぐ戻ってくる……?」


「な……」


 これは演技だ。周囲に疑われないように、隣に聞こえても良い大きさで甘えてみる。

 アルヴァートのステップが大きく乱れた。

 グラリと傾くリリーナの体を、アルヴァートはとっさに抱き抱える形で持ち直し、ダンスを続けた。


(どうしたのだろう。自分で呼べと言っておきながら、この伝わる動悸の速さは何かしら。まさか運動不足?もしや体勢を崩したことに対しての焦り?)


 リリーナは姫君のほうに視線を移す。婚約者候補の1人と踊っているが、真剣そのものだ。周りを見る余裕がなさそうで安心した。アルヴァートに恋する姫君が、任務とはいえ、恋人のようなパートナーと踊る姿を見せられるのは気の毒だ。


 上段で目を閉じて伏しているトォーリィを見ると、アルヴァートは眠っていると言ったが耳がピクピク動いている。応えるように尾がふわりと揺れた。ちゃんとお仕事中だ。可愛い姿にリリーナが微笑むと、不意にアルヴァートのステップが止まり、そっと体が離され、覗き込まれた。


「リリィ……」


 右手が頬に添えられ、唇をゆっくり親指でなぞられる。


「余所見をするな」


(!?……!!!?)


 さすがに頭が混乱した。頬に熱が上がるのがわかる。唇に伝わる温もりや、甘く揺れる瞳。見慣れすぎて忘れがちだが、イケメンの破壊力が測りしれない。

 不意打ち、ダメ、絶対!

 アルヴァートの視線から目が逸らせない。まるで、そのまま口付けされそうな流れだ。


「職務ですから」


 リリーナの呟きにアルヴァートがハッとする。そのまま自然の流れに見えるよう、リリーナの額に軽く口付けを落とした。

 周りから何やらため息がもれる声がするが何事だ。リリーナの頭は大混乱のままだ。


 そして1曲目のワルツが終わった。

 アルヴァートはリリーナをローレン大公殿下の元へエスコートする。

 リリーナは淑女の礼をとった。


「これはカルバイン嬢。1曲お願いしますぞ。蒼華姫と踊ることが出来るとは、ハハ、長く生き残っていた甲斐がありましたな……」


 ローレン大公殿下の最後の呟きは、消えそうなほど小さく、リリーナの耳には届かなかった。


(ローレン大公殿下は私を通して誰かをみていらっしゃる)


 それだけはよく伝わった。そしてとても懐かしんでいる。

 2曲目のワルツが始まった。


「姫君、お手をどうぞ」


 ローレン大公殿下の穏やかな誘いに、リリーナは艷やかな微笑みを向けて応じた。

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