参章/死望者/其の死
義実は立ち上がった。
先程、この崖の上で横になってから、
どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
まだ、風は強く、吹いていた。
台風は今、どの辺なのだろうか。
そんな事を気にしても仕方がないが、気にしてしまう。
崖の下を覗く。
「怖いな~」
つい、口から声が漏れる。
義実は崖の上で目を瞑り、直立不動になる。
そして、手を振りながら、何度か深呼吸をした。
突然に、更なる強風が義実を襲う。
義実はバランスを失い、崖下へと落下して行く。
『あれ!?まだ心の準備は出来てなかったのに』
『まあ、いいか』
『これで、もう死にたいなんて、
思わなくても済むようになれるのかな』
義実は、それだけ思って気を失った。
義実は夢を見ているようだった。
自分の目線の先に、幼き日の自分がいた。
幼い自分は泣いていた。
いつの事だろう。
何で、泣いているのだろう。
いつも泣いていたから、何も特定は出来ない。
でも、あの頃はまだ、幸せだったんだな。
そんな事、忘れていた。
そう言えば、いつからだろう。
自分が笑わなくなったのは。
そうだ。
母が死んでからは笑った覚えがないな。
少なくとも、それよりは前であろう。
勿論、作り笑いや苦笑いは別である。
とにかく、懐かしい。
目の前の自分は泣いているけど、
この頃はまだ、笑う事も出来た。
ああ、本当に懐かしい。
なんか、泣けてくるな。
泣いたのも、いつ以来だろう。
もう、わからない。
そして、消えていく。
夢が消えていく。
☆参章/死望者☆
完




