壱章/人斬り/挿話弐拾壱/不安に駆られる男
闇が静寂に包まれる中、
虎士郎の剣が虎三郎の喉を貫いていた。
隠岐流剣術の必殺剣である月影により、
勝負がついたのである。
実は虎士郎よりも先に、
虎三郎が月影を繰り出したのだが、
虎士郎はなんと、その月影をかわしたのである。
そして、そのかわされるはずのない
月影をかわした時点で勝負は決まったのである。
元々、剣術そのものの腕では虎三郎の方が上であった。
だから先に月影を繰り出す機会を作ったのは、
虎三郎だったのだが虎士郎は神業とも思える体裁きで、
虎三郎の放った月影をかわし、
その隙をついて月影を繰り出したのである。
こうしてこの哀しむべき、
双子の勝負は幕を閉じたのであった。
虎士郎は表情一つ変える事なく、
虎三郎の喉から剣を抜き、
剣を空で振り剣に付いた血を振り払い、
剣を鞘にゆっくりと収めた。
虎三郎の体は倒れ込み、
地面に血溜まりを拡げていった。
虎士郎は何事もなかったかのように、
そのまま闇の中へと消えて行った。
そして、暫くの間をおいて、
その場に大きな男が現れた。
黒谷天竜である。
天竜は虎三郎と虎士郎の勝負を観察するべく、
虎三郎の後をつけていたのである。
そして、闇の中に身を潜め、
二人の勝負を観察していたのだ。
「やはり虎三郎には無理だったか。
いや、俺でも奴は斬れるのだろうか」
天竜は闇に向かって一人呟いた。




