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(10)希望

 そこには一枚目の便箋と同様に、少し震える字があった。


『スノードロップ 花言葉は<希望>


 後ろを振り返らず、過ぎた時間を悔やまず、前だけを見て。

 僕との思い出に縛られないで。

 そんな事は少しも僕は望んでいないのだから。


 手紙を読み終えて、きっとショックを受けるだろうね。

 本当のこと、ずっと言わなくてごめん。


 でも、僕なりに理花のことを思ってのことだったんだ。


 今はつらいだろうけど、時間が経てばきっと大丈夫。

 そして気持ちが落ち着いたら、ゆっくりでも良いから前に進んで。


 笑顔の理花が大好きだよ。』


 と、書いてあった。



「雄一……」

 涙が止まらない。

 口元を手で押さえているが、こみ上げる嗚咽が漏れ聞こえる。


「私の……こと、ばか……り、心配して。なのに……、こっちにはちっとも心配させないようにして……。どこまでお人よし……なのよぉ」

 ひっく、ひっくと、しゃくりあげる理花。

 こんなに泣いたのはどれぐらいぶりだろう。


「ゆ……いちぃ……」

 理花は写真と手紙を胸に抱きしめる。 


「ううっ、ゆぅ……い、ち……!!」

 とうとうベッドに突っ伏し、声を張り上げて理花は泣いた。




「雄一……、ゆ……、いちぃ」


 これまでの過ごしてきた様々な二人での思い出が、理花の脳裏を駆け巡る。

 7年もの間、本当にいろいろな事があった――――楽しいことも、つらいことも、思い出せないくらいにたくさん。


 でも、どの思い出にも必ず雄一の愛情が感じられた。だからこそ、7年も付き合ってこられたのだ。


「あうぅ……、ゆうい……ち」 


 泣いて、泣いて。


 体中の水分が全部涙として流れ出てしまうんじゃないかってくらい泣いて。

 






 どのくらい泣いたのだろう。



 理花はやっとの思いで身を起こした。

 それから泣きはらした目をこすり、ぼんやりとしている頭を軽く左右に振り。

 次いで大きく深く息を吸う。


 そして理花は決めた。

―――明日、新潟に行こう。幸いにも3日間休みだし。


 雄一に会いに行こう。


 雄一が残してくれたスノードロップを見に行こう。

 もう、咲いているはずだわ。


 うん、そうしよう。




 理花はゆっくりと視線を巡らせ、ベッド脇のサイドボードに置かれた写真立てに目を移す。


 付き合って初めて迎えた年のクリスマスに撮った写真。

 二人がぴったりと肩を寄せて並んでいる―――はにかんだ笑顔と共に。


 嬉しいくせに、少し困ったように笑う雄一独特の笑顔が大好きだった。


 理花は残っていた涙を手でぬぐい、写真に向かって微笑んだ。



「ありがとう、雄一。あなたの気遣いのおかげで、私は無事に任務を終えることができたわ。

 最後までやり遂げることが出来たのは、雄一がついていてくれたからよ。私だけの力じゃないわ」


 ぎこちないと分かっていても、それでも理花は雄一の写真に向かって笑いかける。


「私にとっても、あなたとの電話が心の支えだった。いつも雄一が励ましてくれたから、どんなに仕事がつらくても、私は逃げ出さずに済んだのよ。

 あなたがいたから……。


 雄一が支えてくれなかったら、私はきっと自分の夢を投げ出していたわ。


 雄一の愛情が深すぎて、“ありがとう”なんて一言じゃ言い表せないよ。でも、私にはこれしか言葉が見つからないの。

 

 ありがとう。本当に、本当にありがとう」


 そして、


「私も愛してる」


 理花は大切に、大切に、言葉を噛み締めながら言った。




「雄一がいなくなって悲しいけど、すっごく淋しいけど」

 理花はまっすぐに写真の雄一を見つめる。

「大丈夫。絶対に後ろを振り返ったりしないから。立ち直るまでに、少し時間がかかるかもしれないけど頑張るから。

 現実から逃げたりしないから。 悲しみに負けたりしないから。

 約束する。

“あなたが愛してくれた”という誇りを胸に、私は生きて行ける。

 だからもう、私の心配はしないで。天国でゆっくり休んで。

 ……でも、たまには私の夢に出てきてね」





 理花は二人の写真に向かって、もう一度微笑んだ。




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