(9)彼氏としての誇り
『話は少しさかのぼりますが、年が明けて外泊から病院に戻ってきた時、私は雄一に“理花さんに少しでも病状を話しておいたら?何も知らないのは可哀想ではないかしら” と言った事があります。
後から聞かされるよりも、それらしく匂わせておけばショックも少ないだろうと、私は思ったのです。
そうしたら、ものすごい剣幕で怒られました。
横にいた主人は、雄一のあまりの形相に後ずさりしたほどに。
普段は温厚なあの子が、親に対して声を荒げたのは初めてのことです。
“理花に本当のことを言ったら、自分のところに戻ってきてしまう。彼女は弱った僕を平気で見捨てられるような人間じゃない。
7年も付き合ってきたから、よく分かる。
自分のことは二の次にして、僕のところに一目散に駆けつけてきてしまうような人なんだ。
理花はニューヨークの本社で働くことを、入社当時からずっと夢見ていた。
とても真剣な顔で、何度もその話をされたことがあるよ。
あと2ヶ月もすれば彼女は無事に任務を終える。それを邪魔することは出来ない。
理花の彼氏として、彼女の夢を妨げることは絶対にしたくないんだ”と。
そう言う雄一の顔は、それはそれは怖いものでしたよ。
その時に、“理花が帰国するまでは、自分にこの先何があっても、彼女にだけは決して伝えないでくれ”ということも頼まれました。
そして一通の手紙を預かったのです。一枚目に同封した手紙のことです。
自分の葬儀を終えたらあなたに送るように、と言うことでした。
あの子は既にすべてが分かっていて、覚悟していたのでしょうね。
息を引き取る間際、雄一はうわごとのように理花さんを呼んでいました。
そして、しきりに“ごめん”という言葉を繰り返していたんです。
最後の幕引きは実にあっけなく、静かに目を閉じて、それこそ眠るように雄一は逝ってしまいました。
あの子は最後の最後まで病魔と闘い、やつれきっていました。
薬の副作用で髪は抜け落ち、痩せ細った雄一は別人のようで、元気だった頃の面影はほとんどありません。
顔つきもすっかり変わってしまいました。
ですが、その顔は安堵の表情にも見えました。
雄一はあなたの夢を最後まで守りきったことに対して、誇りを持っていたのでしょう。
あなたのことを愛する彼氏としての誇りを。
親よりも早くにこの世を去ってしまった息子に対して、ものすごく残念で仕方がなかったのですが、これほどまであなたに対して真剣だったあの子は、私たち夫婦にとって自慢の息子です。
死を間際にして、なおも人を深く愛することの出来る雄一の強さをまざまざと教えられました。
理花さんと出会い、あなたを愛することが出来て、雄一は幸せな時間が過ごせたことでしょう。
例え26年間という短い人生でも、彩り鮮やかなものだったはず。
願わくば、あなたと雄一の結婚式を見てみたかったものです。
主人の実家がある新潟県のA市のお墓に、雄一は眠っています。
雪深くなる前に、雄一の希望でお墓の周りに花の球根を植えました。
お時間があるときにでも、行ってあげてください。
2月29日 橘 ゆり子
追伸 花の写真を一枚同封してあります。 』
「……写真?」
理花は涙をぬぐい、膝の上に置いた封筒の中を覗く。そこには書かれたとおり、写真が入っていた。
そっと封筒から取り出す。
白く小さな花びらを5枚持つ、とても可憐な花。
理花は何気なく写真の裏を見た。




