第22話 入学試験の結果
「おい。ポール。そっちに水をやってくれないか?」
師匠から貰った小刀を手入れしている時、農作業をしている父さんにそう呼び掛けられた。
「うん。わかった」
僕は小刀に水をイメージしつつ魔力を込め、先端から水を放出する。
土が湿り、野菜の葉に水が滴り、舞い上がった水しぶきに小さな虹がかかった。
「こっちの方、全体的にやっていい? だったら僕やっとくよ」
「おぉ。助かる。やっぱり魔法は便利だな」
父さんは満足そうに頷き、また自分の作業に戻った。
王立魔法学園の入学試験を受けてから、2週間が経過した。
その間、特に何かあったわけでもない。
帰ってきたその日に村の宴会で酒の肴になったくらいで、それ以降は平和そのもの。
噂にも騒ぎにもならないし、村のみんなもいつも通り接してくれた。
王立魔法学園からも何か連絡があるわけではなかった。
ただ師匠だけは僕の話を聞いてからというもの、部屋に籠ってしまい何かしている様子だった。
いつも穏やかな師匠には珍しく、口数が少なく真剣な表情で眉間に皺を寄せていた。
邪魔をしてはいけないと思い、最近はあまり師匠には近付いていない。
何か用があれば師匠から話しかけてくれるはずだ。
そんな時——、
「あ、ポール! ここにいたの?」
家の方から母さんが顔を出して、僕のことを呼んだ。
「なに、母さん?」
「ハーゼン先生がお呼びよ」
「師匠が?」
いったい何の話だろう。
やっぱり僕、何かしちゃったかな。とりあえず行けばわかるだろう。
僕は師匠の家へと向かった。
★★★
「師匠。ポールです。ただいま参りました」
「おぉ。ポールか。待っていたぞ」
師匠の家の中に入ると、師匠と——女の人が話していた。
黒い三角帽子に黒いドレスを着ていた。
年齢は40代くらいだろうか。長い赤毛が波打っていた。
しかもなんか師匠、疲れていない?
「彼がポール?」
「あぁ。そうだ。この子と話があるから君はもう行きなさい」
「まったく……相変わらずイケズですね」
女の人はつまらなさそうに立ち上がると、僕に微笑みかける。
「またね。ポール君」
「…………」
喉が詰まり声が出ない。
仕方がないので、僕は会釈する。
すると女の人は僕の傍を過ぎて去っていった。
「どうした、ポール? 顔が赤いぞ」
「あ、いえ。なんでもないです」
僕はブンブンと首を振る。
「ああいう女がタイプならやめておけ。優秀だが、男を破滅させるタイプだ」
「まだなにも言っていませんよ、師匠」
師匠はたまにそういうことを言う。
「ところで師匠。何か用があるんじゃないんですか?」
「おぉ! そうだった! そうだった!」
そう叫ぶと、師匠は机に置いてあった手紙を僕に見せてくれた。
「おめでとう。ポール。合格だ」
「…………え?」
その手紙には、確かに『合格通知書』とあり、僕の名前が書かれていた。
「合格……? って何のですか?」
「決まっているだろう。王立魔法学園だよ」
「ま、マジですか!?」
僕は急いで紙を受け取ると、じっくりとその中身を読み込む。
「点数も詳細に書いてあった。
実技は満点。筆記については、教養は8割だったが、それを補って余りあるほど、魔法の方は——満点超え。
筆記、実技合わせると『3000+点』。歴代最高得点——いや、今後も破られることはないそうだ」
「………………マジか」
まだ頭が追いつかない。
だって絶対に失格になったと思ってたもん。
まさか記念受験で合格。しかも歴代最高得点を取ってしまうなんて。
「僕……命狙われませんかね?」
「ブワッハッハッハ! 喜ぶより命の心配の方が先か! さすがポールだな」
師匠は僕の心配をよそに大爆笑をする。
「それが首席の宿命だ。諦めなさい」
「首席か……でも……こんな点数取れたのは師匠のおかげです」
「俺はなにもしてないさ。ちょっと現代知識と魔法の基礎を教えただけだ。ポールにはもともと才能があったんだよ」
げんだいちしき……また師匠お得意の師匠語だ。
「それに首席も悪いことじゃない。特待生として受け入れられて、入学金も授業料、それに寮も全部タダ。免除される」
そうか。全部タダなのか。
由緒ある王国一優秀な人が揃ってる魔法学園で、ほぼ無料で学べる。
本気で魔法を学びたい人にとっては、喉から手が出るほど魅力的な話だ。
「でもどうして師匠のところに僕の合格通知書が届いたんですか?」
「あぁ。それは……まぁ。話せば長くなるんだが……あの届けた娘が、元々俺の弟子でな……」
なんだか言いにくそうな表情をしている。
「まさか。こんなところまで駆けつけてくるとは……もう偉くなったのにわざわざ。本当に飽きないな……」
ひとりごとのようにブツブツと話す師匠。
元弟子か。
でも師匠なら当然か。他にもいっぱい弟子がいるんだろうな。
もしかしたらファンタジアも元々師匠が開いた塾なのかもしれない。
——いや、今はこっちの話だ。
僕は合格通知書を丁寧に畳んで、机の上に置いた。
「あの……師匠?」
「なんだ?」
師匠は我に返ったように僕の方を見つめる。
その目はいつも通り穏やかで、少しだけ誇らしそうだった。
僕は一度、深く息を吸うと、まっすぐ師匠を見返した。
「——僕、辞退しようと思います」
「…………は?」
師匠が出会ってから一番、驚いた表情を見せた。




