41/97
ト
春は、人に約束をさせる。
『また来年も一緒に桜を見ようね。』
たった一言。
それだけで、人は来年が当然あるものだと信じてしまう。
季節は巡る。
想いは募る。
伝えようとして、飲み込む。
失うことを恐れた時間さえ、今となっては愛おしい記憶だった。
卒業の日。
人混みの中で振り返った彼女は、少し照れくさそうに笑う。
『ずっと待ってたんだけど。』
その言葉で、止まっていた時間が動き出す。
『次の春は、恋人として隣にいてくれる?』
答えは、笑顔だった。
二人はようやく同じ未来を見つめ始めた。
部屋には静かな時計の音だけが響く。
一秒。
また一秒。
誰も気に留めない秒針の音は、すべての人間に等しく時を刻む。
私は、その音を聞いていた。
人は時間が味方だと思い込む。
だが、時間は誰の味方でもない。
約束も。
恋も。
来年の桜も。
時計はただ、終わりへ向かって進み続ける。
そのことを知っていたのは、私だけだった。




