第224話:緑の火花
ノアの動きはあまりにも速く、正確だった。足元の枝が揺れる暇さえないほどに。
小さな広場に飛び出すと、ノアは音もなく巨大な黒い獣の頭上から襲いかかった。
刃が瞬時にモンスターの後頭部を貫き、巨体が苔の上に崩れ落ちる。
速度を落とすことなく、ノアはその場から右へ急激なダッシュをかけた。茂みから二体目が飛び出してきたところだ。
短い一閃。
鈍い音を立てて、モンスターの頭部が草の上を転がった。
太い枝に飛び乗り、十メートル先の空中を舞う。
三体目のモンスターは、跳躍の最中で真っ二つに両断された。
新たな死体の横に降り立ち、ノアは剣を拭って動きを止めた。
ふと、足元の地面が奇妙に揺れていることに気づき、視線を落とす。
ノアは左の拳を握り締め、足元の地面に向かって全力で叩き込んだ。
ドォォォン!
大地が震える。
爆風が芝や石、土塊を四方八方に吹き飛ばし、打撃の跡には深いクレーターができた。
そしてその底から、鮮やかな緑色の光が漏れ出していた。
ノアは剣を抜き放ち、光の中心へ向けて鋭い突きを放つ。
だが、刃が届く直前、緑の光は素早く身をよじり、地中を這うように前方へと逃げた。
その輝きは強烈で、分厚い土越しでもはっきりと動きが見て取れた。
ノアは後を追って駆け出した。
森の中を疾走しながら、光を岩盤に縫い止めようと何度も地面に剣を突き立てる。
しかし、光は木の根の間を縫うように動き、全ての攻撃を完璧に回避していく。
突然、目の前に巨大な樫の木の幹が現れた。
全速力で激突するかと思われた瞬間、ノアはギリギリで左へ身体を逸らし、樹皮を掠めながらも速度を維持した。
足で踏みつけようとし、走りながら素手で土を掘り返し、剣を突き刺す。
だが、すべて無駄だった。
緑の光はするりとはすり抜けていく。
激昂したノアは、走りながら近くの木に飛び乗った。
太く巨大な枝を一息に引きちぎり、光の進行方向の地面に向けて、力任せに叩きつけた。
ゴァァン!
打撃によって周囲の地面が盛り上がり、大きく波打った。
跳ね上がった土砂の中から、泥の層に耐えきれなくなった小さな緑色の結晶が、空中へと飛び出した。
ノアは枝を投げ捨てると同時に剣を抜き放ち、空中の結晶を正確に串刺しにした。
パキンッ!
結晶の表面に亀裂が走る。
次の瞬間、甲高い音と共に砕け散り、細かい粉となって草の上に降り注いだ。
その時、横から大きなガサガサという音が響いた。
ノアが素早く振り返って剣を構えると、そこには巨大な棍棒を持ったモンスターがいた。
怪物はすでに武器を振り上げていたが、その一撃が放たれることはなかった。
ノアの目の前で、モンスターの体が――頭から順に――急速に溶け始めたのだ。
黒い灰となって空中に散っていく。
数秒後、そこには何一つ残っていなかった。
ノアは剣を下ろし、数秒間、沈黙したまま空き地を見つめていた。
「ようやく、か……」
静かに息を吐く。
だが、すぐに言葉を区切り、少し目を細めて訂正した。
「いや……正確には、残念だ」
数分後、ノアはゆっくりと森を抜け、陣地へと戻ってきた。
剣を鞘に納め、広場の端に立ち止まって、いつものように周囲を見渡す。
広場には、三つの家が建ち並んでいた。
その頃、二軒目の家では、アイロンが二つ目のベッドの組み立てを終えようとしていた。
燃え尽き、わずかに煙を上げる焚き火のそばにはエリザが座っていた。
ノアの姿を見つけると、彼女は立ち上がり、まだ温かい焼き肉の塊を手にして彼に歩み寄った。
「やっと戻ってきたのね」
エリザはそう言って、肉を差し出した。
ノアは無言でそれを受け取ると、すぐに大きく齧り付き、ゆっくりと咀嚼した。
エリザは唇を引き結び、森の方角を指差す。
「あっちから妙な音が聞こえたけど……あんただったの?」
ノアは一瞬動きを止め、肉を飲み込むと、暗くなりつつある茂みをちらりと見て短く答えた。
「ああ」
夜が完全に森を包み込んだ。
暗い夜空には無数の星が瞬き、木々の枝葉の隙間からは、二つの月の清らかな光が差し込んでいた。
二つ目のベッドを完成させたアイロンは、額の汗を拭い、疲れたように息を吐いて外へ出た。
焚き火の周りや家の入り口には、全員が集まっていた。
クレルクの部下たちは小声で言葉を交わし、ノアは黙々と肉を平らげている。
エリザは少し離れた場所に立ち、皆の様子を観察していた。
アイロンは焚き火に近づき、皆の注目を集めた。
「とりあえず、全部終わった。だが一つ問題がある。十五人いるのに、シングルベッドが二つしかない。もちろん、詰めれば一つのベッドに二人で寝られないこともないが……」
「どうして最初からダブルベッドを作らなかったんだ?」
ノアが肉から顔を上げずに横槍を入れる。
アイロンは彼を一瞥して答えた。
「そこまでの体力が残ってなかったからだ」
短く間を置き、集まった面々を見回して提案する。
「ベッドは女の子たちに譲るのが一番現実的だと思うが。お前ら、どうだ?」
クレルクはすぐに頷き、賛同した。
「はい、全くその通りだと思います!」
「賛成です。女の子にはちゃんと寝てもらわないと」
彼の部下の少年たちも次々と首を縦に振る。
「よし」アイロンは締めくくり、エリザの方を向いた。「女は三人しかいない。そっちで適当に振り分けてくれ」
「分かったわ」
エリザは静かに答え、クレルクのグループにいる二人の少女に向かって手招きした。
「あんたたち二人、あの家に来て」
少女たちは顔を見合わせて頷き、余計なことは言わずにエリザの後について開いたドアへと向かった。
家の中に入る。
部屋には、窓から差し込む二つの月の柔らかな光が満ちていた。
エリザはドアを閉め、二人に振り返って言った。
「そういえば、あんたたちの名前も知らなかったわね。私はエリザよ。あんたたちは?」
一人の少女――若い方――が少し微笑んだ。
「私はレラです。よろしくお願いします」
もう一人、年長の方も頷く。
「私はヘルダ。よろしくね」
「オッケー、ヘルダにレラね」エリザは頷く。「さて、誰がどこで寝るか決めないと」
「そうですね……」ヘルダが同意する。「でも、どうやって決めるんです?」
エリザは少し笑みを浮かべて言った。
「『ジャンケン』って遊び、知ってる?」
少女たちは顔を見合わせ、首を横に振った。
「見てて」エリザは手を上げた。「合図をするわ。いーち、にー、さーん、の掛け声で、三の時に同時に手で形を作るの。石か……」
彼女は手を握って拳を作った。
「……紙か……」
手のひらを平らに開いた。
「……ハサミ」
指を二本立てた。
「紙は石に勝つけど、ハサミには負ける。ハサミは紙に勝つけど、石には負ける。で、石はハサミに勝つけど紙には負ける。分かった?」
ヘルダは少しの間ルールを頭の中で整理し、答えた。
「はい、大体分かりました」
「私も」とレラも頷く。
「やりながらすぐに慣れるわよ」エリザは二人を励まし、手を振り上げた。
「いーち……にー……さーん!」
三人が同時に手を出す。エリザは石、レラはハサミ(チョキ)、ヘルダは紙だった。
「引き分けね、全部バラバラだから」エリザが説明する。「もう一回! いーち……にー……さーん!」
今度はエリザとレラが同時に石を出し、ヘルダが紙を出した。
「ヘルダの勝ちよ!」エリザが笑う。「好きなベッドを選んでいいわ」
ヘルダは敷かれたマットレスを見て少し考え込み、やがて首を振った。
「あの、私はあっちの、一軒目のベッドにします」
「分かったわ」エリザが頷くと、ヘルダは挨拶をして外へ出て行った。
窓際にエリザとレラが残された。
「さて、じゃあこのベッドをどっちが使うか決めましょ」エリザが提案する。
「はい!」レラが元気よく答えた。
「いーち……にー……さーん!」――引き分け(両者グー)。
「いーち……にー……さーん!」――また引き分け(両者パー)。
「いーち……にー……さーん!」――またしても引き分け(両者グー)。
(くそっ! さっさと私に勝ちなさいよ!)
エリザは心の中で必死に毒づいた。
「いーち……にー……さーん!」
レラがハサミ(チョキ)を出し、エリザが紙を出した。
エリザは深い安堵の溜息を吐いた。
「ということは……このベッド、私が使っていいんですか?」
レラは自分の手が信じられないように尋ねた。
「そうよ!」エリザは嬉しそうに認めた。
レラは弾力のあるベッドに近づき、柔らかい羊毛の層に触れて、エリザを見た。
「あの……一緒に寝ませんか? スペースは足りると思いますし」
「いいえ、やめておくわ」エリザは首を振る。「あんたが正々堂々と勝ったんだから」
その頃、外では。
アイロンが男たちを見回し、状況を計算していた。
「さて。女たちと、ノア、エリリアを除けば、俺たちは十人残っている。そして家は三軒だ。六人か七人は、まだ何もない三軒目の家で寝ることになる。残りが最初と二軒目に分かれるわけだが……誰がどこに行くか、どう決める?」
クレルクと彼の部下たちは、考え込むように後頭部を掻いた。
もじもじと足踏みする者もいれば、顔を見合わせる者もいる。どうすれば公平に分けられるのか分からないのだ。
(俺にはいくつか方法があるが……こいつらには理解できないだろうな)
アイロンは心の中でそう思った。
ふと、彼の視線が足元に転がっている枯れ枝に止まった。
「ちょっと待ってろ」
アイロンは暗闇の森へ歩み入り、五分後に戻ってきた。
彼の手には、先端の長さが均一になるように揃えられた、何本かの小枝が握られていた。
「引け」アイロンは拳を前に出して説明した。「長い枝を引いたやつは三軒目だ。短い枝を引いたやつは、一軒目か二軒目か自分で決めていい」
最初の一歩を踏み出したのはクレルクだった。決意を固めたように枝の端を掴み、引き抜く。
枝は長かった。
「お前は三軒目だな」アイロンが確認する。
「はい」
クレルクは異論なく頷き、すぐに三軒目の建物へと向かった。
抽選が続いた。
少年たちが順番にアイロンの前に立ち、くじを引いていく。
グループは次第に分かれていった。長い枝を引いた者はクレルクの後を追い、短い枝を引いた者は一軒目と二軒目に散らばっていく。
最終的に、アイロンの前には一人の少年だけが残った。
アイロンの拳の中には、長い枝と短い枝が一本ずつ残っている。
少年は緊張して生唾を飲み込み、ためらいながらも一本を引き抜いた。
枝は長かった。
アイロンは手を開き、手のひらに残った短い木片を見つめた。
「俺は短い方か」
「分かりました。じゃあ、僕は三軒目に行きます」
少年は頷き、他の仲間たちの方へと歩いていった。
アイロンは身を翻し、二軒目の家へ向かった。
二軒目の敷居を跨ぐ直前、アイロンは立ち止まり、近くに立っていたノアに顔を向けて言った。
「屋根の上でだけは寝るなよ」
ノアは不満そうに目を細めて言い返した。
「俺を馬鹿にしてるのか?」
それを無視して、アイロンは近くを飛び回っていた精霊に視線を移して頼んだ。
「エリリア、家の床を少し柔らかくしてくれないか。あと、毛布みたいなものも頼む」
「任せて!」エリリアが元気よく答える。
ノアの横を飛び過ぎる際、彼女は一瞬だけ止まって「あっかんべー」をしてから、微かな魔法の飛沫と共に姿を消した。
次の瞬間、彼女は一軒目の中に出現し、続いて三軒目、最後に二軒目へと飛んだ。
三つの建物の木の床を、緑の魔法が波のように伝っていく。
硬い板間は弾力のある柔らかい草の絨毯で覆われ、その横には、幅広の葉を圧縮して作った厚手で暖かい掛け布団が現れた。
その間、アイロンは二軒目の家に足を踏み入れていた。
窓から差し込む二つの月の光の中、ベッドのそばでエリザとレラが半身を乗り出して何やら囁き合っている。
少し奥の壁際では、グループの少年がもう一人、寝床の準備をしていた。
彼は部屋の奥へと進み、左隅の草の床の上に座り込んだ。
その瞬間、部屋のど真ん中に再びエリリアが現れた。
最後の家の準備を終え、満足げに両手をポンと叩くと、その場にいる全員を見回して高らかに叫んだ。
「はい、おしまい! おやすみー!」
その言葉を残し、精霊は今度こそ空中に溶けて消えた。
「……おやすみ」エリザが小さな声で見送る。
「あいつは寝ないぞ」アイロンが静かに言った。
「本当?」エリザが驚きの声を上げる。
「ああ」
(寝ないで生きていけるなんて、どうなってるのよ……)
エリザは首を横に振りながら心の中で思った。
アイロンは草の床に寝そべり、葉の毛布を引き寄せた。
アイロンのまぶたが徐々に重くなっていく。だが、意識の縁で最後に一つの思考がよぎった。
(近いうちに、部屋の照明をどうにかしないとな……月と太陽にばかり頼ってはいられない……)




