99.聖女様の束縛が激しいです
「フィー姉ちゃん!」
「フィー姉たん!」
孤児院に着くと、子供たちが一斉にフィーのもとへ走ってきました。彼女は声を上げて笑いながら、子供たちと一緒に廊下を駆け回ります。
結局──
誤解が解けたのかわかりませんし、あの言葉の意味を尋ねることもできませんでした。
『誰かを好きになる資格なんて──』
どうしてでしょう。
彼女の秘密を暴きたかったのに。
あの笑顔を見たら、それ以上聞いてはいけない気がしたのです。
「!」
背後から追突され、危うく転びそうになりました。
振り向くと、浅黒い肌に尖った耳をした男の子が驚いたように固まっています。
「……ちゃんと前を向いて走りなさい」
「ご、ごめんなさい」
男の子はもじもじしながら言い、逃げるようにまた走っていきました。
リオンにもあのくらいの頃がありましたね。
それから子供たちの聖歌を聞き、お祈りを捧げ、ご褒美のお菓子を配りました。
子供たちがお菓子を食べている傍らで、二人の老シスターが私たちにお茶を振舞ってくれます。
「フィー様がいらっしゃる日はみな大喜びでございます」
「まあ。一番喜んでいるのは私ですよ、シスター」
「ほほほ」
そんな会話を聞きつつ子供たちのテーブルを眺めていた私は、ぽつりと言いました。
「カフラーマ人の子が多いですね」
「ええ。フィー様の御計らいでございます」
年配のシスターが微笑みながらうなずきます。
「ここ数年、連合国は部族間の紛争で荒れております。親を失った難民の子供を教会が保護しているのですが、帝国では受け入れる施設が少ないのです」
「そのことを知ったフィー様が、この孤児院に寄付をしてくださったのですよ。ここでは帝国の子もカフラーマの子も、同じように接しております」
もう一人のシスターが言って、胸のうえで聖印を切りました。
「そうだったのですか……」
素直に感心してしまいます。
普通の令嬢ならドレスや宝石に夢中になって当たり前の年頃に、孤児院に寄付とは。
「本当に聖女様のような御方で」
「やめてください。シスター」
フィーは困ったようにかぶりを振ります。
「私はただ、あの子たちと遊ぶのが好きなだけ。それだけですから」
帰り際に子供たちを一人ずつ抱きしめ、馬車に乗り込んでからも手を振り続けるフィーの横に付き添いながら、私は徐々に空恐ろしくなってきました。
敬虔で、慈悲深く。
浮つくどころか恋すら知らない。
まっさらなフィーお嬢様。
そんな人間が……果たしてありえるのでしょうか?
「そういえば、質問はもういいの?」
「はい。今日はもう……」
「そうですか。では、また明日楽しみにしていますね」
「いえ、その。明日はお休みをいただいております」
明日の夜は家族晩餐会。
お兄様とお会いできる機会を逃すわけにはまいりませんので、前もって休暇を申請しておきました。
「………お休み?」
と。
フィーが不思議そうにこちらを覗き込みます。
「お休みって?」
「……?」
なんでしょう。
急に様子が──
「お休みってなぁに?」
急に距離が近くなり、私は思わず後ずさりました。
後頭部がごつんと窓枠にぶつかります。
「お嬢様……?」
「ねえ、ローザ」
輝くエメラルドの瞳が私を見つめ、
「私、言いましたよね?」
白い指がゆっくりと私のブラウスの襟をなぞります。
「『ずっと一緒にいてください』って」
──前言を撤回いたします。
やっぱり、この女は。
完璧な聖女様なんかじゃない。




