46.そうやって嘘をつくんですね
リオン。
リオン=フレイムローズ。
お兄様の父である前公爵アハトと、その後妻であり私の母であるフィオナとの間に生まれた公爵家末子。
彼の《白銀》の髪と《真紅》の瞳は両親の血をそれぞれ受け継いだ証です。
そして、私とリオンは半分血のつながった肉親。
互いにとって、唯一の肉親です。
「リオン。入りますよ?」
何度目かのノックのあと、私はそう言いながら弟の寝室に入りました。
昼下がりだというのにカーテンが引かれたまま。室内はほぼ真っ暗です。
数日前から寝込んでいる弟ですが、最低限の診察と食事の世話以外は誰も部屋に寄せつけていないそう。
教育係のじい曰く「風邪というより、気の病でしょう」と。
リオンは昔から素直でよい子でしたから、初めての事態にメイドたちもどうしていいかわからないでいるとか。
ただの反抗期……ならよいのですが。
「寝ているの?」
少しカーテンを開き、部屋に光を入れてからベッドに近づきます。
こんもり膨らんだ布団の端からくるんとカールした銀髪が少しだけ覗いていました。ベッドの端に腰掛け、その巻き毛に触れながら呼びかけます。
「起きているんでしょう」
反応はありません。
……困ったものですね。
「怒っているの?」
ため息交じりに呟くと、手の中の巻き毛がぴくりと反応しました。
やっぱり。
──私に怒っているのですね。
「いつか言いましたよね。あなたを置いていったりしないと」
ユリアスの誕生パーティーがあった翌朝。
部屋を訪ねてきたリオンに私はそう言いました。
「私も、まさかこんなに早く家を離れることになるとは思っていませんでした」
次期皇太子妃は王宮の一角に住むのが習わしです。
結婚式を挙げるまでパーティーに出られないのはもちろん、皇族・親族以外の男性と会うこともできません。ひたすら妃教育を受ける日々が待っています。
「あなたと離れるのは……私もさびしい」
口にしてみて、その言葉が存外でたらめではないと感じました。
リオンはずっと無邪気に私を慕ってくれていた。幼い弟の存在が心の支えになっていたのだと、今さらながら気づきます。
「でも、あのときこうも言ったでしょう。私とあなたのつながりは永遠だって」
そっと勇気づけるように言います。
「親族であれば、宮廷で面会することができるのよ。それに殿下は寛大なお方だから、私が願えばこの屋敷に来ることだって許してくださると思うの。たとえば家族晩餐会の夜なんかに」
膨らんでいた布団がもそりと動き、隙間から赤い瞳が見えました。
少しほっとしながら言葉を重ねます。
「聞いて、リオン。私は幸せよ。周りが何と言おうと、殿下と私は政略結婚なんかじゃない。殿下は私をとても愛してくださっているわ。自惚れかもしれないけれど、そう思う。だから大切な弟であるあなたにも、私たちを祝福してほしいの」
また布団が動いて、ようやくリオンが顔を覗かせました。
ここ数日で少しやつれたらしく、ふっくらしていた頬の肉が薄くなっています。顔色もよくありません。
じいは気の病と言っていましたが、やはり体の具合がよくないのでしょうか。
「リオン、あなた大丈夫──」
「そうやって」
ぼそりと呟く声。
それを聞いた瞬間、背筋がすぅっと冷えるのを感じました。
──誰?
思わずリオンの顔を確かめてしまいます。それほど別人のような声の響きをしていました。
「僕に嘘をつくんですね」
虚ろで──冷たい声。
「そして母様みたいに、愛していない人と結婚するんだ」
ベッドから起き上がり、私を見据える彼は底冷えするような声で言いました。
「……何を言っているの?」
「………」
「どうしてそんなこと──私は──」
「兄上なんでしょう」
その言葉に。
今度こそ完全に凍りついて、私は息を止めました。
鋭い氷のような声だけが耳に響きます。
「姉様が本当に愛しているのは……兄上だ」




