第35話『仁義なき契約 前編』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 恒星間運送業社】
生きていれば合点がいくという瞬間がある。捕らわれたマフィアに連行され、その長である会長室に通されたダンジョウは正にその瞬間を感じ取っていた。彼が思い描く侠客といえばという風体を成した人物が目の前に鎮座していたからである。
所々にヒビが見えるこめかみの角。
薄い布地の着流し。
左目を伝う古傷。
年季の入った煙管。
帝国で双璧を成すマフィアの一角であるブランドファミリーの首領ライアン・ブランドは正に任侠という風格を体現していた。
ライアンの姿を捉えながら室内に足を踏み入れたダンジョウは彼の近くまで歩み寄る。するとライアンはまるで品定めするかのような視線でダンジョウを見つめると小さく微笑んだ。
「ほぉー……キサンが死んだっちゅう賢兄か」
開口一番に突きつけられたセリフにダンジョウの視線は好奇心から怪訝な表情へと移り変わる。彼は一転して聞こえるように舌打ちを鳴らすとライアンを睨み返しながらズカズカと足音を鳴らして室内を突き進む。
周囲を取り囲んでいた護衛と思しきチンピラ連中は、その大胆な態度に圧倒されているのか微動だにしない。そんな三下に目もくれずダンジョウは悠々とライアンの前に辿り着くと置かれていた椅子にドカリと腰を下ろした。
「ジィさん。初対面で随分な口聞いてくれんじゃねぇか。それとも反社の野郎ってのはそんな教育も行き届いてねぇバカしかいねぇって事か?」
ダンジョウの言葉に周囲は一気に静まり返る。その一瞬の静寂の後、ようやく事態がよろしくない状況だと察したチンピラ達は一斉に声を荒げた。
「コラァ! こん小僧ッ!」
「何じゃその態度はァッ!」
チンピラ達はいきり立つとダンジョウに掴みかかろうと突っ込んできた! ……が、彼等は再び一斉に足を止めて腰を引かせた。ダンジョウの背後に立っていた赤鬼と青鬼の存在が彼等を戦意を一瞬で奪ってしまったからである。
いきなり若造に不躾な言葉を投げつけられたライアンだったが、彼はまるで子供の駄々をいなすかのように鼻を鳴らしていた。
「ええ度胸しちょるのぉ。随分舐めくさった口じゃ。キサン今がどういう状況か分かっちょらんようじゃのぉ」
「状況だぁ? 今は初対面の人間に対する口の利き方がなってねぇテメェの話をしてんだろうが」
「礼儀っちゅうんならキサンも年上に対する礼儀っちゅうもんを知らんようじゃ」
「あたりめぇだろ。こちとら生まれてこの方ロクな年上に会ったことがねぇんでな。大体礼儀云々で年齢の話をするやつなんざそれしか誇れるもんが無ぇ野郎じゃねぇのか?」
「なるほどのぉ。まぁ的を射とるかもしれんわい。ルネモルンが気に掛けるんも納得じゃ」
ライアンの出した名前にダンジョウは目じりを吊り上げる。そして小さく笑いながら前のめりになって口を開いた。
「やっぱりテメェは宰相連中と繋がってんのか。ここまでわざわざ来てやった甲斐があったぜ」
「ほぉーう? キサンは連れてこられたんやのぉて来てやったと思っちょる訳かい」
「あぁ。聞きてぇことがあったしな。テメェもそうなんじゃねえのか?」
「クックック! ほんに口が減らんのぉ? 気に入ったわい」
ライアンはそう言って手にしていた煙管に火を点けると、大きく吸い込み長い舌を出しながら煙を吐き出した。
「わぁが何でここまで連れてこさせたんかっちゅうとのぉ。キサンに会うてみたかったんじゃ。ついでに言うと後ろに居る銀髪の小僧にも用があったんじゃ。……久し振りじゃな、カンム・ユリウス・シーベル」
ライアンはそう言って背後のカンムに視線を送る。ダンジョウの背後に立っていたカンムはその視線を見つめ返していた。
「……私に用とは?」
「決まっちょるじゃろ。キサンはウチの人間じゃ。それが勝手な行動しくさったら止めに入るんが普通じゃろが」
「……私はこの一味に籍を置くことに同意していない。今までもこれからもな」
「キサンの意思は関係ないんじゃ。国が定めた法っちゅう奴やで」
ライアンはそう言って指を鳴らすと背後のモニターに24年前の罪状と判決文が浮かび上がる。その大きな後ろ盾を見せつけながらライアンは再び煙管を吸いこんだ。
「キサンはこの帝国からの法的指令でウチ預かりになっちょるんじゃ。これからウチの為に働いてもらわんとのぉ」
「おい。勝手に話を進めてんじゃねぇよ耄碌ジジィ」
ライアンとカンムの間に割って入るようにダンジョウが口を挟む。あまりの暴言に流石に周囲のチンピラ達は一歩前に出るが、それと同時にベンジャミンとビスマルクが睨みを利かせる。すると室内には一気に臨戦態勢という殺伐とした雰囲気に包まれらた。
ライアンはニヤリと笑いながらカンムからダンジョウの方に視線を移すと、テーブルの上に片足を乗せながら身体をのけ反らせた。
「イキのいい奴は嫌いじゃないがのぉ。度が過ぎるモンじゃと寛容なわぁでも多少は苛つくもんじゃぞ? なんぞ文句でもあるんかい?」
ライアンはそう言って小さく片手を上げると周囲のチンピラ達は一斉に懐からブラスター銃を取り出してダンジョウに向かって突き付けてきた! 彼を守るように右をビスマルク、左をベンジャミン、そしてカンムが後方に下がりイレイナ挟んで周囲に向かって臨戦態勢に入る。
絶対的に不利で危機的状況――それでもダンジョウはライアンに対する態度を覆そうとはしなかった。
「俺は勝手に話進めんなって言ってんだよ。頭だけじゃなくて耳も悪ぃのか?」
「小僧……まぁだ減らず口叩くか。根性あるんと頭が悪いんは違うんじゃぞ?」
ライアンは笑みを保ちながら挙げた右手をゆらゆらと揺らしている。恐らく、あの右手が下げられた瞬間にチンピラ連中は引き金を引くのだろう。しかしダンジョウは彼の右手になど興味を見せずに睨みつけながら言葉を続けた。
「紛いなりにもテメェは俺たちをここに連れてきた。俺も話をしにきた。それをすっ飛ばして飛び道具チラつかせんのがテメェ等のやり方か?」
「言葉遊びをする気はないんじゃ。こっちは国が認めちょる現物を出しとる。キサンは自分の国のモンを認めんちゅうわけかい?」
「国のモン? ……ップ! クックックッ……クカカカカカカ!」
まるで自らが正論を語っているように告げるライアンを見てダンジョウは思わず吹き出す。急に笑い出したダンジョウを見てライアンを始めとする面々は怪訝な表情を浮かべていた。
「何がおかしい?」
それまで黙っていたライアンの背後に立つ男がそう告げると、ダンジョウはお腹を抱えながらケラケラと笑い続けた。
「カッカッカッ! いやいや! ヤクザモンでも国の法律は守るんだな! ダッハッハッハッハ!」
ダンジョウはゲラゲラと笑い続け、一頻り笑い終えると涙を拭ってライアンの方に向き直った。
「ジィさんアンタ俺が何モンか分かってんだろ? んで俺が何の目的を持ってるかってのもな」
「……何が言いたいんじゃ?」
僅かに顔を顰めるライアンを見つめながらダンジョウはゆっくりと立ち上がる。その行動に周囲のチンピラ連中はブラスター銃に力を込めるが、当のダンジョウは別にライアンに掴みかかる訳でもなくただ彼を見下しながら言い放った。
「今ハッキリしたぜ。俺は宰相の野郎が気に入らねぇ。ソイツに付く連中はぶっ飛ばす」
「それがどうしたっちゅうんじゃ?」
「分かんねぇか? そんな俺が今の国……つまりは宰相の決めたモンに従う訳ねェだろ?」
その過激な言葉に周囲は静まり返る。周囲からすれば未確定な情報だっただろうが、それはクーデター宣言と言っても差し支えなかった。
完全に笑みが消え去ったライアンは怪訝な表情を浮かべ、周囲のチンピラ達は「は、反乱か?」「宰相や自分の弟を殺すつもりか」などと騒めきだす。しかしそんな外野の雰囲気など気にすることなくダンジョウは親指を立てて背後のカンムを指さした。
「もちろん、本当に悪ぃ事したヤツを助ける義理はねぇけどよ。このカンムはどうも濡れ衣着せられたみてぇだからな。何よりもう俺のツレなんだ。今日俺がここに来た理由はそん時の話を聞きに来たってだけだ」
ダンジョウはそう言い放つとズカズカとライアンの下に歩み寄る。周囲のチンピラはその威風堂々とした姿に見惚れているのか、自分達の仕事も忘れてダンジョウの姿を見届けていた。
「俺はな。セルヤマでスラムにいる人間と付き合いがあった。クソみてぇな金を払えない連中の掃き溜めでよ。その殆どがしんどい生活をしてて俺が思ってる平穏とは全然違う生活してんだ」
「何の話をしとるんじゃ」
ライアンは初めて不可解な表情を浮かべる。しかしダンジョウは続けた。
「黙って聞け。俺はな俺たちだけじゃなくて全員が平穏に生きられる世の中にしてぇと思ってんだよ。その世界にゃ殺しだ何だって物騒な話はいらねぇ」
そう言ってダンジョウは一旦呼吸を整えるとカンムの方をちらりと見てから再び続けた。
「コイツから24年前の話を聞いた。そっから言えんのは今の宰相……ルネモルンの野郎が前の宰相殺しに関わってる事だ。それとカンムに被させた宇宙船事故の事も何かしら関わってやがる。俺はそういうのも全部ひっくるめてカタを付ける必要があるって分かったんだよ……テメェは宰相の枝なんだろ? どこまで知ってんだ?」
ダンジョウはまるで脅すかのようにそう告げる。ライアンは険しい表情のまま加えていた煙管を手に取るとダンジョウの顔に煙を吹きかけてきた。
「若ぇがキサンの方がルネモルンなんぞより傲慢じゃな。いや、若いからかのぉ? 否定しちょる人間に対して真実ば語れ言うんか?」
「年寄への慈善活動みてぇなもんだ。今更でも生前に多少の徳は積んでおきてぇだろ?」
「ほんに口の減らんガキじゃ。じゃが求めるだけなら赤ん坊でもできるんじゃぞ?」
ライアンはそう言って煙管を叩きつけて火種を落とすと、鋭い眼光でダンジョウを睨みつけてきた。
「キサンがわぁに真実ば求めるっちゅうんなら……キサンも誠意見せんかい!!」
ライアンの怒号に室内は静まり返る。その気迫に押されてか構えるブラスター銃をカタカタと震わせるチンピラが何人か見受けられる。
誰もが緊迫の面持ちを保つ中、ダンジョウはニヤリと笑い、セルヤマで共に過ごしたタクミ・マウントに感謝した。彼に教わった交渉術の基礎を活かしたおかげでダンジョウは見事に自分の話したい話題へと変換出来たからである。
「それもそうだな。コッチの誠意見せてやるよ」
ダンジョウはそう言って振り返ると、ビスマルクとベンジャミン、そしてカンムに挟まれて立っていたイレイナに視線を送った。
「で、殿下」
イレイナは少し戸惑ったような表情を浮かべるが、ダンジョウは顔をクイッと上げて読むように促した。
「大丈夫だって」
ダンジョウはニヤリと笑うが、タブレットを握る力がこもっているのかイレイナの手は少し震えている。やがて彼女は目を泳がせ緊張しながらも美しい面持ちで口を開いた。
「ダ、ダンジョウ=クロウ・ガウネリン殿下が宰相派打倒後、殿下がまず行うことは隣国ローズマリー共和国との国交正常化である。隣国との協定締結後、恒星間運送業社には隣国との貿易における運送業の一切を一任することとする」
イレイナはそう言って持っていたタブレット上で指をスライドさせると、これまで判決文が映っていたモニターに契約書と称された一文が映し出された。
その言葉が聞き間違いかと思ったのかライアンは上半身を捻って背後のモニターに振り返る。そして再びダンジョウの方に視線を戻す時には明らかな驚愕の表情を作っていた。
「アンタにとっても悪くねぇ話のはずだ。むしろ俺たちを利用しようと思ってたんだろ?」
驚愕のライアンを他所にダンジョウはそう告げる。
会談開始から数十分――両者の表情は開始時と一転していた。




