第34話『可愛さ余って』
【星間連合帝国 カルキノス星―クリオス星間宙域 フローズヴィトニル号】
「……………………チッ」
それは100人に聞けば100人が苛立ちから来る舌打ちと答えるだろう。それ程までにシャインの舌打ちには苛立ちが籠もっていた。
カルキノス星からクリオス星までダンジョウを迎えに行っていたシャインだが距離的にダンジョウ達と合流するには20時間程の時を要する。勿論、それは途中にあるアイゴティヤ星宙域で何事もなければの話だが……。
それだけの時間があるので、シャインはいつ必要になるかも分からないBEの整備を行っていた。しかしその最中に相容れない存在からの着信が届いたのである。それこそが彼女の舌打ちの原因だった。
シャインは自らの端末から浮かび上がる名前を睨みつける。そして端末に届いた着信を船内の通信機に繫げてから応答すると、徐々に浮かび上がるホログラムを腕組しながら睨みつけた。
「誰からこの連絡先聞いたのよ」
開口一番にシャインは苦言を呈する。しかしホログラム先の男はその言葉を待っていたと言わんばかりに嬉しそうな笑みを浮かべていた。
『ボクもそれなりに情報網を張っとるっちゅうことや』
「……ふーん」
シャインはこの連絡先を知られるに至った経緯を推測すると、ホログラムの男はまたしても彼女の心中を読むかのようにケラケラと笑った。
『その反応は誰が君の連絡先を流したんか目星は付いてんちゃうん?』
「……当然でしょ。アンタが網張ってるのと同じで、アタシは身内の殆どに鈴付けてるんだから」
シャインは不愉快さを隠そうとはせず、貧乏ゆすりのように組んでいる腕を人差し指で叩いていた。
「そんな事より何の用? こう見えてアタシは嫌いな人間と話すのが好きじゃないのよ」
『クカカカ。ホンマかなぁ? 誰でもなくボクと話しとる時のシャインちゃんが一番イキイキしとると思うで?』
その返答に一定のリズムで動いていたシャインの指がピタリと止まる。そして目の前でニヤつくコウサ=タレーケンシ・ルネモルンを睨みつけた。
コウサの言葉は心理を付いていた。その理由は明白であり、それはシャインが常日頃から感じている苛立ちを意味していたのだ。するとコウサの続けざまにシャインの心を抉ってきた。
『ボクの考えが読めるのはシャインちゃんだけや。シャインちゃんの考えについていけるんはボクしかおらんようにな。シャインちゃんも感じ取るんやろ? 周りがアホ過ぎたりメンタルが弱すぎることに』
心の底で感じている周囲への不満。それは横の繋がりを重要視する彼女にとっては抱えたくないジレンマのようなものだった。
シャインは嫌悪感を通り越した殺意の視線を投げかけた。
「……頭だけじゃなくて耳も悪いのね。アタシは何の用かって聞いたのよ」
彼女の発する雰囲気をホログラム越しに感じとったのか、コウサは悪ふざけが過ぎたと言わんばかりに苦笑する。そして右手を首筋からつたらせて後頭部を撫でると、さらに剃り上がった頭頂部に移動させてペタペタと叩いた。
『堪忍やで。調子に乗りすぎたみたいや。こう見えてボクはシャインちゃんと喧嘩しようとは思ったことは一度もないんやからな。自分より優秀な人間は敵に回すより仲間にする方が得策やろ?』
「アンタの世渡り術に興味ないわよ。それにクソみたいな前振りも見え透いた世辞もいらない。もう一回言ったげる……何の用?」
シャインは最後通告と言わんばかりに睨みつける。ここまで苛立ちながらも強制的に通信を切れない自分に一番苛立っていたのかもしれない。
先の言葉通りシャインの考えを理解出来るのはこの海陽系においてコウサしかいない。だからこそ彼が連絡を寄越してきた以上、有益な何かを得られると彼女は感じ取っていたのだ。コウサは苦笑から普段の薄い笑みに映り変わると、すこし前のめり状態になってきた。
『単刀直入に言おか。シャインちゃんが探しとる弟くんは今アイゴティヤ星におるで。どうもブランドファミリーに捕まっとるみたいや』
「何ですって……?」
冷静さを保ちながらもシャインは思わず眉間に皺を寄せていた。今まで考えてきたプランの中で様々な分岐点を予測していた彼女にとって、それは由々しき事態の一つだったからだ。
シャインは面倒くさそうに溜息をつくと、ゆっくりと近くの椅子に腰を下ろして頬杖を突くように片手で頭を支えた。
「……想定中の最悪な事態の1つね」
『せやな。しかも近くに宇宙海賊が絡んどるみたいや』
「宇宙海賊? ……そう……道理でマーちゃんと繋がんない訳だ……あの子なりに考えてか……」
シャインは心の中で友人の行動に理解を示すとコウサの方に視線を投げた。
「それだけ? 他にも何か掴んでないの?」
『ボクを当てにしてくれるんは嬉しいけどシャインちゃんにとって有益なんはこれどけや。ま、充分過ぎるやろうけどな』
コウサの言葉にシャインはまたしても苛立った。最後の余計な一言さえなければ多少歩み寄ってやっても良かったが、図星を付かれれば不愉快になるのは人間の心理なのだ。
「(崇拝され過ぎてそこんところが分かってないのね)」
微笑するコウサを見ながらシャインはゆっくり立ち上がると、棒読みで形式だけのお礼を告げた。
「一応、ありがとうって言っとくわ。それで? アンタはその情報の見返りに何か要求でもすんの?」
『せやなー。ほなボクの子供を産んでもらおか』
コウサは至って真面目な表情で微笑むとシャインはピクッと鼻元を歪ませた。
シャインがいる船内だけでなくコウサがいる空間も独特な空気が張り詰めていただろう。僅かな静寂の後、シャインは腰に手を当てて溜息をついた。
「悪いけど……今の情報料と見合わないわね。子供産むってのはアンタには分からないくらいに大変なのよ」
『理解出来るとは言わへん。でも精一杯理解しようとするつもりやで』
「無理ね。男なんて初潮見ただけで音を上げるわよ」
『これでもボクの愛は伝わらんかぁ。シャインちゃんは難しいなぁ』
コウサはそう言って再び頭頂部をペタペタと叩く。やがて小さく息をつくと諦めたようにニコリと微笑んだ。
『しゃあないな。ほんなら得点積み重ねて後で一気に請求したるわ』
コウサはそう告げると、最後の一言と言わんばかりに近寄り、彼を写すホログラムは大きく膨れ上がった。
『でも分かっといてや。シャインちゃんとボクはみんなとは違うんや。ボクにとって特別な女性は女神メーアと君だけなんやで』
まるで捨て台詞のようにコウサはそう言い残す。その言葉を最後に彼のホログラムは徐々に形を歪ませて消え去っていった。
1人になった船内でシャインは再び腰を下ろす。そしてコウサの事など頭から消し去ると彼女にとって最も憂慮すべき存在を思い浮かべた。
「(あのバカ……余計な事しなきゃいいけど……)」
シャインは心の中でそう呟きながら苦笑した。それはコウサに向ける物とは正反対のまるで慈愛に満ちた苦笑に他ならなかった。
シャインの心を理解するのはコウサしかいないのは紛れもない事実である。しかし、彼女の予想を覆す存在もこの世に1人しかいないのだ。




