皇帝崩御 第23話『出戻りの被害者』
【ローズマリー共和国 惑星パルテシャーナ EEA本部】
『今、帝国に拉致されていた我が国の国民たちを乗せた航空機が戻ってきました。暴行を受けた怪我人もいるという情報が入ってきていますが、帝国側が超速移動宙路の使用を許可しなかったこともあり、後遺症が残る方もいらっしゃるとのことです』
EEA長官室で報道中継を眺めていたエリーゼは頬杖をつきながら眉を顰めていた。
――悪逆帝国から帰還した英雄たち
――極悪非道な男達に暴行を受けた悲しみの乙女
中継に浮かび上がる立体ホログラムにはこのようなテロップが浮かび上がっている。
「世論操作は完璧でしたな」
エリーゼの背後に立っていたグラハムはそう言って彼女のティーカップに紅茶を注ぐとエリーゼは小さく鼻を鳴らした。
「こちらから送ったスパイを拉致された被害者にすり替えた報道規制で反帝国感情を煽る……こんな事を考える私は嫌な女だと思う?」
エリーゼはグラハムの方に振り返って見上げると、彼は眉一つ動かさずに口を開いた。
「長官、ご自身の行動は全て共和国の繁栄のための筈、私如きに意見を求めるのは貴女がご自身の行動に疑問を持っているからのように聞こえてしまいます」
ただ一言「そんなことはない」と言えばいいだけなのだが、融通の利かないグラハムは生真面目にそう答えてくる。そんな彼のキリっとした目を見てエリーゼは再び小さく鼻を鳴らすと、ティーカップを手に取った。
「そうね。忘れてちょうだい」
ほろ苦い紅茶を一口含みながら、エリーゼはデスクの機器を操作して帰還してくる諜報員の名簿リストを眺めた。
ホログラム中継されるパルテシャーナ星のマスドライバーに宇宙船が着陸する。当然だが、プライバシーを守るために帰還した諜報員等の顔が映ることはない。やがて宇宙船の大型ハッチが開くと、帰還者を乗せた大型エアカーがゆっくりと降りてきた。
中継を見ていたエリーゼは小さくため息をつきながらティーカップをデスクに置くと、まるで彼女がカップを置くのを見計らったかのように長官室に通信が入った。
「長官」
「……そろそろ無視も出来ないわね」
発信者の名前を見たグラハムの表情を見てエリーゼは誰からの着信かを確信する。そして少し面倒くさそうに息を付くと、少し気を引き締めるように背伸びをして通信許可を指示を出した。
『長官! これはどういうことですの!』
中継のホログラムが消え去り、相変わらず厚い化粧をした女性は有無も言わさずにそう叫んだ。目の前のホログラム……マルグリッドは血相を変えて甲高い声を響かせるが、エリーゼは何食わぬ顔で再びティーカップを手に取った。
「どういうこととは?」
『決まっているでしょう! 我が国の諜報員らがこのような仕打ちを受けた原因です!』
分厚いファンデーションも彼女の顔の紅潮は隠しきれないらしく、マルグリッドの顔は熱した鉄の如くみるみる赤くなっていく。エリーゼはというとマルグリッドとは対照的に、氷のように冷たい表情で彼女の激昂を受け止めた。
「報告したとおりです。チェン議員への報告のために使用したアドレスが帝国に漏れていたのです。非常に遺憾ですね」
『EEAは我が国最高の機密機関でしょう!? 一体何故そんな機密が漏れたのです! 貴女方は一体何をしていたんですか!』
「それはこちらが議員に問いただしたいくらいですわ」
エリーゼは語気を強め、音を立てながらティーカップを叩きつけるようにしてソーサーに置いた。彼女は少し俯きながらマルグリッドを睨みつけると、再び音を立ててソーサーをデスクに置くと、ゆっくり立ち上がる。
『な、何故私に!』
マルグリッドは見慣れないエリーゼの怒りに明らかに戸惑いを見せてくる。その弱腰を見逃すまいと、エリーゼはまるで冷徹な殺人鬼のように狂気に満ちた目でマルグリッドを睨みつけながら近づいた。
「チェン議員。貴女はこちらから資料を提出しているにもかかわらずEEAの任務に疑いを持ち、すぐさま彼女ら諜報員を国に戻すようにと再三我々に抗議をしてきましたね? 私は部下達の正当な働きを証明するため、仕方なく諜報員等に貴女への報告義務を命じ、貴女もそれを承認しました。……しかし! その報告義務が遂行されたと同時にこのようなことが起きたんです。つまり帝国に今回の機密が漏れたのは貴女が関わってからなんですよ。そして結果的に貴女が望むように諜報員達の一部は帰国しました。誰が得をしていますか? 果たしてこれは誰の筋書きなんでしょうか?」
ホログラムのマルグリッドの顔面に近づきながらエリーゼは目を吊り上げる。状況証拠的と結果論だけで見るならば、黒幕は1人しか考えられない。その事実がマルグリッドをますます追い詰めていった。
『わ、私を疑うというのですか! 元老院議員であるこの私を!』
マルグリッドの反論にエリーゼはゆっくりと離れると、彼女に背を向けながら嘲る様に小さく笑った。
「さぁ? ですがこの件は元老院に報告させていただきます。それと1つ訂正が」
エリーゼはそう一言置くと胸に付けていたEEA長官のバッチを取り外した。
「先程、ミリアリア・ストーン元老院議長に辞意を伝えてまいりました」
『っ!』
呆然とするマルグリッドを他所にエリーゼはデスクに浅く腰を下ろすと、狼狽するマルグリッドに冷たく微笑んだ。
「来季の元老院議員選挙が始まるので、そちらに専念しようかと」
『貴女が……元老院議員に!?』
まるで後ずさりをするかのように戸惑うマルグリッドにエリーゼは微笑み続ける。
「今後は議会でゆっくりとお話ししましょう。今回の件も含めてね」
マルグリッドは何かを言おうとしていたが、言葉が出ないのか口をパクパクとさせるだけだった。そんな彼女を嘲るようにエリーゼは一方的に通信を切ると、彼女のホログラムは消え去って再びマスドライバーの中継が浮かび上がった。
「ご苦労様でした」
そう告げるグラハムが差し出すおしぼりを受け取ると、エリーゼは手に掛かっていた紅茶の水滴を拭い取った。
「面白い顔をしてわね」
「同感です」
悪戯に微笑むグラハムを見てエリーゼはようやく柔和な笑みを取り戻すと、デスク上の機器を操作して室内の装飾用ホログラムが消し去る。すると彼女の操作に呼応して、美しい内装をしていた室内は多くの箱が積み上げられた引っ越し中の無機質な情景へと切り替わっていった。
既にこの部屋を去る準備が整っていたエリーゼは窓に向かうと、海陽の日差しが隠れた曇り空を眺めながら窓を開けた。
一陣の風が吹いて室内の埃を巻き上げる。少し冷たい風の中、彼女は改めて戻ってきた元部下である帰還者の数を確認した。
「グラハム。戻ってきた諜報員の総数は何名だったかしら?」
「総数は128名。うち死亡者が9名です」
グラハムは手にしていたタブレットを眺めながらそう告げると、直に確認させようと思ったのか、タブレットからリストを浮かび上がらせた。
宙に浮かぶリストを眺めながらエリーゼは1つの名前に目を落とす。その名前の備考欄には<逃亡時に死亡>という文字が記載されていた。
「……エリザベート……ラフォーレ」
「は?」
聞き返すグラハムにフィーネは小さく笑いながら説明した。
「姉だった人の名前よ。由緒正しいゴールベリ家に生まれながら男と密会して子を宿した穢れた女」
「……このお方が」
死亡者リストに載るエリザベート・ラフォーレの名前にグラハムは息を呑む。エリーゼは再び窓から外を眺めながら自嘲した。
「年も離れていたせいでそこまでの接点があったわけではないわ。ただ、学のないあの女は決していい姉ではなかった。優秀で両親の期待を背負う私に羨望と嫉妬を持ち、絵にかいたような嫌がらせをしてきたこともあったわね」
エリーゼはそう言ってグラハムの方に振り返ると思わず小さく微笑んだ。ただ誰かに聞いてもらい気分のエリーゼの言葉にグラハムは黙って耳を傾けてくれていたからだ。
「ゴールベリ家を追放された姉は分家であるラフォーレの名を名乗るように言い渡されて、諜報員として帝国に派遣されることになった。でも母は……姉から正式にゴールベリの名を奪わなかった……私には分かっていたわ。母が姉に対して私以上の情愛を持っていたことをね。子供らしくない私よりも出来が悪い姉の方が可愛かったんでしょう」
「長官は姉君の事をどう思っていらっしゃるのです?」
グラハムはまるでエリーゼの心の扉をノックするようにそう尋ねてきた。その問いにエリーゼは小さく笑いながらかぶりを振った。
「憐れだと思うわ。B.I.S値が優秀な妹が生まれなかったら……あの人はごく平凡な名家の淑女として生涯を終えていたのかもしれない。そう考えたら思ったわ。……姉の人生を狂わせたのが私なら、あの人に引導を渡すのも私の役目なのかもしれない」
エリーゼはそう告げると再び笑みを浮かべた。
「だから覚悟はできていたわ。私が帝国に密告することで姉の命に危険が及ぶ可能性がある。そんなことはね……」
「ご訂正を。ハーレイ=ケンノルガ・ルネモルンに此度の件を密告したのは私です。決してエリーゼ様ではございません」
グラハムはそう言って首を垂れると、エリーゼは申し訳なさそうに微笑んだ。
「ありがとうグラハム。柄にもなく自分語りをしてしまったわね……さぁ、さっさと荷造りを済ませましょう」
エリーゼはそう言って最後の荷造りに取りかかろうとするとグラハムは再びエリーゼに歩み寄った。
「長官……いえ、今はエリーゼ様ですね。1つご報告が」
「何?」
エリーゼは少し戸惑った表情を浮かべると彼は先程のタブレットを差し出してきた。
「死亡したエリザベート・ラフォーレですが、共に帝国に密入国していた娘の方は生存が確認されています」
エリーゼの手がピタリと止まる。
姉は妊娠発覚と同時にゴールベリ家を追い出されたため、子供の詳細までは聞いていなかった。しかし、貴族を追い出された令嬢が1人で育てることなど出来ないことがほとんどであり、そのような子供は養子縁組に出されるのが一般的である。
「……娘……姉は連れて行っていたというの?」
「血縁上間違いないようです」
「……生きているの?」
「はっ。ですが左目を負傷しております。報告では負傷からこれだけ時間が経過していたこともあり、我が国の医療技術をもってしても再生不能です。しかし命に別状はございません」
因縁と運命……エリーゼはその言葉を今日ほど強く感じた時はなかった。そして会うこともないであろう姪の姿がどうなっているのか、それはそれで興味があったのだ。
エリーゼは黙ってグラハムに視線を送る。グラハムもまた何も言わずに一礼すると、そのまま部屋から去っていった。
「フィーネ・ラフォーレ……」
浮かび上がるリストに載った姪の名前を見たエリーゼの心の中には今まで感じたことが無い感情が渦巻いていた。




