皇帝崩御 第22話『宰相と首領』
【帝星ラヴァナロス シルセプター城 宰相執務室】
ブランドファミリー……帝国に住んでいる者でこの名を聞けば震える者は少なくない。
彼らは帝国内最大の恒星間運送業社の経営一族として知られているが、その実態は運送業を鎬とした武闘派マフィアである。このことは周知の事実だったからだ。
元より恒星間の運送業には大きな責任とリスクが伴う。不規則な海陽風やガスの出現、磁場の乱れが起きればこの広大な宇宙を永遠にさまよう可能性すら存在する。それに加えて古来より横行する宇宙海賊の襲撃など、荷物の運搬が無事に遂行されることが稀な時代もあったほどだ。
そんな中、どの運送業よりも高い貨物搬入率を誇ったのが恒星間運送業社である。彼等が他の運送業社と違ったことは宇宙犯罪の前科者たちによってその事業を行っていたことだろう。運送の安全のためならば宇宙海賊をも壊滅させるほどの武力と長年宇宙海賊として鳴らしてきた経験則で完璧な宇宙航路を歩む。荒くれ者だったが確実に運送を遂行する彼等の評価は徐々に広まり、現代では帝国最大の民間企業となっているのだ。
恒星間運送業社の現会長は云わば現ブランドファミリーの首領である。現首領であるライアン・ブランドは70に届く年齢だったが、アイゴティヤ星人特有のこめかみから生えた角と左目を渡る傷跡によってまさに侠客と言うべき風格を醸し出していた。
「キサンが宰相ばなってもう二十年か……時間が経つのは早いのぉ? ワシも金と時間を仰山使うたが……まぁだそん貸しば返しきってもらっちょらん。そいば分かった上でわざわざワシを呼び出したんか?」
ライアンは高級ソファに片足を立てて着流しの懐に手を入れながら不作法にそう告げる。
そんな彼に対して宰相席に腰を据えるハーレイは不遜な笑みを浮かべながら、デスクの機器を操作して1つのデータを浮かび上がらせた。
「なんじゃ?」
「ご覧になれば分かる筈だ」
話をすり替えられた事に眉を顰めるライアンに対して、ハーレイは笑顔を保ちながら素っ気なくそう告げる。ライアンは渋々そのデータを眺めると、そこには超光速航路における使用者の優先順位表のようなものが記載されていた。
優先順位を見てライアンの目が光る。それを見逃さないと言わんばかりの声が再びライアンの耳に届いた。
「会長。貴社の運送業務は目を見張る働きだ。そこで宰相閣議でも話し合ったのだが、貴社の超光速航路の使用優先度を上げる算段を作っていてね」
ハーレイの態度を見てライアンは少し呆れる。この男は自身を懐柔するつもりなのだろうが、民間企業の……ましてやマフィアの側面を持つライアン等を確実に見下している節があったのだ。
「ほーぅ? そいがこれまでの協力に対する見返りっちゅう事か」
ライアンは手すりに肘をつき顎杖をつきながら鋭い目つきを保って微笑む。彼の醸し出す威厳とオーラは普通の人間ならば尻もちを付くほどのものだっただろう。しかし流石はこの巨大帝国の宰相を務めるだけあって、ハーレイはその威厳を迎え撃つかの如く余裕の笑みで頷いてきた。
「どう受け取ってもらってもかまわん。貴方の会社には信頼と実績が伴っている。とだけ言っておこう」
「じゃが、こいだけじゃと今までの仮が返せたとは言えん。しかもキサンはこいの見返りばもとめちょるじゃろ?」
そう告げるライアンの角が光る。返答次第ではその角を彼の喉元に突き付けるくらいの覚悟を持ってライアンは返答を求めたが、ハーレイはその殺意を受け流すかのようにして宰相席の背もたれに体を預けた。
「話が早くて助かる。こう見えて私は恒星間運送業社を非常に高く評価しているのだ。何故ならばエルフィント航宙社にもライオットインダストリー社も持ちえない力があるからね」
「言い訳せん度胸ば認めちゃる。じゃが返答次第じゃどぉなるか分かっちょるじゃろな?」
ライアンの拳に力が入る。しかしハーレイはどこ吹く風と言わんばかりに肩を竦めた。
「結構。諸君らに頼みたいのは1つ。セルヤマから出ようとする密航者に注意を払っていただきたい。別段、そのまま捉えよというつもりはないのだ。ただ、どこへ降ろしたか等の詳細を明確に報告してもらいたい」
「ほーぅ……密航っちゅう犯罪は見逃すけん、その密航者ば鎖付けとけっちゅうんか?」
「そのとおりだ。何か疑問でも?」
「あるのぉ」
ライアンの眉間に皺が寄る。先の話ではセルヤマで起きたスパイ摘発についてはもう片が付いている。当然、ローズマリー共和国も警戒心を強め、特にセルヤマには当分諜報員を送り込むこともないと考えられるからだ。
「セルヤマからの密航者……宰相閣下まで上りつめたモンが気にするのはどういう奴や?」
ライアンは探りを入れるような素振りも見せずに直球で尋ねるがハーレイは思いの他あっさりと答えた。
「とある皇族だ」
その言葉にライアンの目は驚愕に変わる。現在正当な皇族は数日後に戴冠式を迎えるランジョウ=サブロ・ガウネリンしか存在しない。それ以外の血を引く者もイルバラン家に嫁いだブリリアント=イイチ・イルバランだけの筈だ。遠い過去の皇族の分家さえも管理されているが、今では女系を含めてもガウネリン家の血を引く者はこの2人だけの筈だったのだ。
「皇族っちゅうんはそう簡単に出てくるもんか?」
ライアンは怪訝な表情でそう告げるとハーレイは少し自嘲気味にかぶりを振りながら答えた。
「全く同感だ。これは倅の忠告でね。我が子ながら細い神経だと呆れる。だが、いずれ我が覇道を継ぐ者にはそれくらいの注意力を持ってもらうことも必要だろう。本件が上手く軌道に乗れば諸君等の企業への補償は更に手厚くなることを約束できるほどにね」
ハーレイは思いの他雄弁だった。ライアンはこの男が宰相という立場で満足していないということを理解していたが、その想定以上に物事はハーレイに傾いているらしかった。
「よう分かったわい」
ライアンはそう言って懐に手を入れる。そして中から煙管を取り出すとレーザー式の小型火器で火を点けた。
「けど、それだけじゃと割に合わんのぉ?」
煙を吐き出すライアンはまるで恐喝するかのような笑みを浮かべると、ハーレイは少し呆れた表情で微笑んだ。
「天下の恒星間運送業社会長、ブランドファミリーの首領が足元を見るか」
ハーレイは面倒くさそうに挑発してくるがライアンは動じない。使える物は親の死体でも使う。それが宇宙海賊として生きてきた時代の掟でもあるのだ。
一瞬の緊迫感の後、テーブル上の灰皿にライアンは煙管を叩きつける。――カンッ――という音を残してライアンは煙を吐き出すと、左目の傷跡を撫でながら口を開いた。
「ボケが。さっきから言うとるじゃろ。キサンば持っちょる貸しがこれで解消されんのじゃ。今回の件を抜きにしても、セルヤマへ送った部隊の輸送やらヤシマタイトの密輸っちゅう面倒な仕事をウチに頼んどるじゃろうがい」
「その件については宇宙海賊の活動領域を諸君等に伝えることで報いたはずだが?」
ハーレイは面倒そうにそう告げるが、その回答こそがライアンにとって交渉材料の一つだった。
「武闘派のウチにはそんな報酬意味ないんじゃ。何なら公表してええんじゃぞ? 宰相と宇宙海賊……いや、エルフィント航宙社が宇宙海賊の総本山やっちゅうんをのぉ!」
ライアンはその風体通りの脅し文句をあっさりと告げる。2人の会談はまだまだ終わりそうもなかった。




