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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3356年 皇帝崩御
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皇帝崩御 第20話『国葬 中編』

【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス 宙域】


 漆黒に包まれる宇宙であるが、ラヴァナロス宙域はまるで恒星が間近にあるような明るさを保っていた。帝星ラヴァナロスは“シュメールの雲”と呼ばれる小惑星帯に覆われており、その天然の防壁ともいえる小惑星には光を反射する鉱石が含まれていたからだ。

海陽の光を反射するその小さな光はラヴァナロスの地表にまで届くことはなく、あくまでも周辺わずか数メートルのみを照らしている。しかし、空気が澄んだ夜にはその光景をラヴァナロスのち上から見上げることも出来た。


「殿下、何か考え事ですか?」


皇族の遺体を護送する船の中から、照らされた暗黒空間を見つめていたランジョウにトーマスの声が届く。ランジョウは小さく苦笑すると父の亡骸が収まる棺に目を落とした。


「法王が父との思い出を語っていたが……卿は感動したか?」


ランジョウの質問返しにトーマスは苦笑を返してくる。彼も自分と同じ気持ちなのだろうと思いながらランジョウはゆっくりと立ち上がり棺に歩み寄った。


「誰もが法王の言葉に目を濡らしていたが、余からすれば見知らぬ老人同士の思い出話と相違ない。誰しもが()()()は傑物だったと言うが、民の税金を食い物にして10年以上生にしがみついた男が傑物と呼べるか?」


「いかに殿下のお言葉であれど、私ごときが皇族の方を批判する意見に同調することは致しかねます。皇族批判はひいては殿下を否定することに繋がりかねませんので」


「卿は思いの外口が堅く思慮深い。それは美徳ではあるが、いささか余にとっては不満だな」


ランジョウは棺をまるで路傍のベンチのように扱って腰を下ろすと、腕を組みながら悪魔のように微笑んだ。


「いかに見事な人間なれど、死に様によってその価値は変わる。余はザイクを殺してつくづくそう思った。あの男は周囲からの人望も厚かったが、余に歯向かうという愚行を犯したおかげで、残された一族の立場すら危うくしたのだからな。人間の価値を語るのは生き様ではなく死に様ということだ」


ランジョウはそう吐き捨てて棺を見下す。そして悪意と決意を持って言葉を絞り出した。


「余はこれから多くの愚行を犯す。しかし、余の死に様は後世において語り継がれるべき崇高なものとなる……トーマスよ」


ランジョウはトーマスの方に視線を移すと悪意を消し去った目で更に言葉を連ねた。


「余の死に様が何故崇高と呼べるか。卿がそれを語り継ぐのだ。これは余の勅命である」


「……殿下の勅命とあらば。ですが年長者から先に冥府に落ちるのはこの世の理。私めが先に生を全うした暁には他の者に」


「安心せよ。貴様が余より先に逝くことはない。……絶対にな」


まるで全てを見通すかのようにランジョウは決意する。そんな彼の心情を察したのかトーマスはただ黙って頷いた。

 2人の間に硬い盟約が結ばれた中、棺の安置されるその一室の扉が小さく叩かれた。


「殿下。よろしいでしょうか?」


来訪を告げる設備が整っていない安置室をノックしたのは、声から察するにランジョウの護衛官であるベアトリスに相違ない。ランジョウが「入れ」と告げると扉が開き、ベアトリスはその巨体から少し窮屈そうにして安置室に足を踏み入れた。


「ベアトリス。今し方トーマスにとある勅命を下した。卿も後ほどその命を聞き入れよ」


「御意に」


ベアトリスは大きな体でひざまずく。その姿を見届けたランジョウは棺から立ち上がると彼女に歩み寄り、その前で立ち止まった。


「して、何用だったか」


「はっ。最後に陛下のご尊顔を崇めたいと申す者が」


「死んだ人間に媚を売り続けるとは殊勝なことだ。さしずめ、ベルフォレスト……いや、イルバラン家の人間か?」


ランジョウは苦笑しながらそう尋ねると、ベアトリスはゆっくりと顔を上げた。


「はっ。ナヤブリ氏に関してはその通りですが、殿下のお目汚しになるやもしれぬと思い通しませなんだ」


「そうか。まぁ奴には未だ使いみちがあるが……今はその時でもあるまい。ではやはりイルバラン家か。さしずめブリリアントがでしゃばったか?」


ランジョウは呆れたようにそう告げるがベアトリスは返答を鈍らせる。彼女のその表情からランジョウは眉間にシワを寄せるとベアトリスの前に再び一歩歩み寄った。


「……誰だ?」


「はっ。……ソフィア=マリリン・イルバランと名乗る、その」


口籠るベアトリスにランジョウは訝しげな表情を浮かべると遺体安置室には似つかわしくない竹を割ったように明るい声が響き渡った。


「ねぇ! もう入っちゃっていいよね!?」


ランジョウは声の先に視線を送ると目を見張った。扉に立っていたのはランジョウと同世代の少女である。しかし普通の少女ではない。彼女はカルキノス人のような金色の右目と、フマーオス人のような蒼い左目、そしてヴェーエス人の白い肌といゆう複雑怪奇な姿をしていたのだ。

 ソフィアと名乗る少女はズカズカとランジョウの前に歩み寄ると、腰に手を当てて舐めるようにその姿を確かめ始めた。


「どうも! 君がランジョウ君? へぇー結構男前だね。意外と私タイプかも」


「失礼。改めてそなたの名をお聞かせ出来るかな?」


ランジョウは戸惑いながらも礼節を崩さずに微笑むと、彼女はニッコリと笑顔を浮かべた。


「さっき聞いたでしょ? ソフィア=マリリン・イルバランちゃんです!」


彼女はそう言って何故か敬礼すると何かに気付いたかのように敬礼を解き、ランジョウを横切って棺に走り寄る。そして勝手に棺の機器に触れて上部の窓を開くと、皇帝の顔を覗き込んだ。


「へぇ~これがあの強烈な叔母様のお兄さんか…………ぜんっぜん似てないね」


彼女は悪戯な笑みを浮かべながら再びランジョウの方に振り返る。そんなソフィアの表情にランジョウは冷たい笑みを浮かべると彼女の素性を理解した。


「成る程。そなたはイルバラン家の分家の者か」


ランジョウは彼女の素性を理解するとソフィアは振り返って頷いた。


「そういう事。私のパパが現当主の弟って訳。ま、パパはそういうの興味ないし、()()()()()()()()が次期当主を殺しちゃったから私が事実上の次期当主って訳」


勝ち誇ったように微笑むソフィアにランジョウは冷たい笑みを返す。そしてランジョウは彼女の横に歩み寄ると棺に腰を下ろした。


「成程。よく分かった」


「うん。ま、これからよろしくね」


ソフィアはそう言って右手を差し出してくるが、ランジョウは今にも彼女の細い首に噛みつきそうな狂気を滲ませながら微笑んだ。


「何を勘違いしている? 余はイルバラン家がいかに不敬な一族かということを理解したと言ったのだ」


想定外であろう筈の言葉にソフィアは一瞬目を見開くが、直様先程のような好奇心に満ちた笑みに舞い戻った。

 ランジョウに見つめられたソフィアは「ああ!」と納得したように声を上げると、次はランジョウにとって想定外の言葉を連ねた。


「あ、ごめんごめん! 私ってば初対面の人に馴れ馴れしかったよね! でもさ? これからランジョウ君は皇帝になるんでしょ? 初対面の人とも仲良くなるには開けっ広げな雰囲気をもっと出した方がいいと思うよ?」


ソフィアはまるで助言と言わんばかりに得意気な表情でそう告げると、ランジョウに背を向けて扉の方へと歩きだした。


「さて、と。じゃ、私はこの辺で。ごめんねお父さんとの最後の時間だったのに」


ソフィアはそう言って振り返る。彼女の見当違いの物言いにランジョウは怪訝な表情を浮かべるが、すぐさま苦笑に切り替えて余裕の表情に変換した。


「構わぬ。で? そなたがこの安置室に足を踏み入れたのはこの亡骸を見るためだけか?」


ランジョウの問にソフィアは人差し指を口元で立てながら視線を上げて考えた。


「うーん。それが半分。もう半分はランジョウ君の……つまりはあなたの弟の顔がどんな感じなのか知っておきたかったんだよね」


ソフィアの言葉にランジョウは表情こそ崩さなかったが、彼女には見えていないであろう棺に添えていた左手を同様でピクリと動かす。そして無言でトーマスの方に視線を送ると彼はソフィアの言葉に動揺を隠せない様子で眉間にシワを寄せていた。


「……ほう。どうやらそなたは余にとって敵か味方かの判断が必要な人間であるようだ」


ランジョウは努めて冷静さを保ったままソフィアの方に身体を向けると、ソフィアもまた迎え撃つかのように先程までの軽い笑みを消して臨戦態勢の笑みを浮かべていた。


「そういうこと。でもハッキリ言っておくよ。私はランジョウ君の敵になっちゃうから」


まるで先制パンチと言わんばかりにソフィアは真っすぐな言葉をぶつける。立て膝を付いたままその体制を保っていたベアトリスはピクリと反応して腰元の銃器に手を添えようとしていたが、ランジョウのただならぬ視線を感じ取ったのだろう。彼女はすぐさま元の体勢で再び動かなくなった。


「ほう。余の敵か。そなたが敵に回る理由を聞かせて貰えるか?」


「うーん……まぁこれはランジョウ君が悪いって訳じゃないんだけどね?」


ソフィアはそう言ってとぼけた雰囲気で苦笑した。


「ルネモルン宰相が君を皇帝に据えるつもりらしいからね。私はあの一族と対立しなきゃなんないの」


ソフィアは困ったような笑みでそう告げると再び砕けた雰囲気に舞い戻る。そして「じゃね!」と最後に一言を残し片手を上げて彼女は安置室から出ていった。


 「……トーマス」


「はっ」


ランジョウは出ていったソフィアの残像を見つめながらトーマスを呼びつけると、彼はすぐさまその横に走り寄った。


「……奴の生存情報は宰相にも知られておらぬ筈……何故あのような娘が知っている?」


「……あのお方の情報を知りうるのは皇后様の護衛騎士団の一部、そして皇后様と旧知の仲だった者と聞いています。恐らくその中の誰かが情報を漏らしたとしか……」


ランジョウは聞いておきながらトーマスの言葉など耳に入っていなかった。


 ランジョウには1つの計画があった。自らの人生を狂わせたこの世界に意識改革と反省を齎す。その為には彼は自身の兄弟を最大限に利用する必要があったのだ。


「トーマス……」


ランジョウは焦りを見せないように冷静さを保ちながら再び彼に問いかけると、トーマスは黙ってその場に膝まづいた。


「この際、奴の生存情報が流れるのは構わぬ……だが1つ! 余ではなく奴が愚弟であるという事実を知られてはならぬ! あの男は今しばらく賢兄として生きてもらわねば意味が無いのだ! 理解したか!」


「……はっ! 尽きましては」


「余は理解したかと聞いたのだっ!!」


怒りを抑えきれなかったランジョウは思わず膝を付くトーマスの肩を蹴りつける! 彼は呻き声を漏らすようなことなく、甘んじてその罰を受け入れていた。

 息を荒げながらランジョウは棺を睨みつけた。開かれたままになっていた亡骸を覗く窓を覗き込めば、そこには何食わぬ顔で眠る話したこともない父親が眠っている。自らをこの歪んだ世界に生み落とし、何の救いも齎さなかったこの無能な男にランジョウの怒りはさらに煮えたぎると、彼は怒りのままのぞき窓を殴りつけた。

 鈍い音と同時にランジョウの拳から鮮血が飛び散る。棺の窓には無数のひびが刻まれ、皇帝の亡骸はもう見えなくなっていた。

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