皇帝崩御 第9話『影で動く者たち』
【星間連合帝国 セルヤマ星衛星ジキル 航宙ステーション】
セルヤマ星の衛星であるジキルには呼吸可能な空気は存在しない。衛生は質量的に重力も弱く水も存在しないため、当然生物が住める場所でもない。しかし、観光惑星でもあるセルヤマへの駐留手段として、ジキルには機械仕掛けの人工都市が作られていた。
ジキルの中で最大規模の建造物である航宙ステーションは人で溢れていた。貴重な秋の景色を眺めに来た観光客やリゾート地への新規参入を試みようとしていたビジネスマン。あるいはジキルに住みながらセルヤマで働く労働者など、様々な星の人々が喧々囂々の声を上げている。彼らの前に立った航宙社のスタッフは手のひらの小型マイクに向かって説明を続けていた。
「落ち着いてください! え~只今ラヴァナロス星よりセルヤマ星への入星規制が入りましたので、今しばらくお待ちください! 尚、入星規制解除の見通しは立っておりません! お客様方は、ジキルにあるホテルのご用意が出来ておりますので、どうぞ、そちらでお休みください!」
喧噪の中でベンチの腰を下ろしながら頬杖をついていたシャインは、小さく欠伸をして時間を確かめる。ダンジョウらが暮らす地区は今頃早朝だろう。彼らの時間帯に体内時計を合わせてきたシャインにとって、今は少し眠たい時間だった。
欠伸で出てきた涙をそっと拭うと、シャインは待合スペースから見える大きな窓から宇宙空間を眺めた。
「……んんっ?」
漆黒の宇宙空間に数隻の宇宙船が目に入る。航宙ステーションからかなり距離があるがあるためその光景は非常に小さく見えたが、シャインは宙間視力(宇宙空間での視界広さなどを数値化したもの)が優れていたため、その船には砲門やシールド発生装置が備わっているのが確認できた。
「……軍艦じゃん。これは本格的に面倒なことになったかも」
漆黒の宇宙空間の中を漂っていた軍艦は、やがて真っ赤な火の玉のように燃え上がりセルヤマへと降下していく。それは小規模の流星群のようにも見えて少し幻想的な光景だったが、周囲の人々はそれどころではないらしく誰一人として外ではなく航宙社スタッフに視線を送っていた。
「さてと、そろそろ迎えが……ん?」
シャインは振り返ることなく警戒心を強める。背後に堅気とは思えない人間の気配を感じ取ったからだ。
徐々に近づいてくるその気配は、足音が小さく身のこなしも常人とは思えないほど洗練されていた。
「帝国監査軍諜報部第七特別諜報部隊隊長、シャイン=エレナ・ホーゲン中佐ですね?」
背後でピタリと止まった気配から放たれる声にシャインはゆっくり振り返る。そしてただただ驚愕した。気配や声の質から同性だとは思っていたが、そこに立っていたのは美しいブロンドヘアと透き通るような白い肌をした誰もが振り返るほどの美女だったのだ。
「諜報部のイレイナ・ミュリエル准尉です。リーゼル・ハリトーノフ中尉の指示でお迎えに上がりました」
「諜報部に向いてないよ」
「は?」
戸惑ったような表情を浮かべるイレイナに対して、シャインはハッとしながら慌てて取り繕うように立ち上がった。
「あ、ち、違う違う! ほら、貴女キレイだから一回見たら忘れないもん。そういう人は諜報員には向かないよって話!」
シャインの称賛にも似た言葉にイレイナは慣れた様子て微笑んだ。
「あぁ、よく言われます。ですが、私の任務は諜報活動の中でも少し異質なものです。このように連絡係などを行ういわば広告塔ですから」
美女という言葉を否定するでもなく、イレイナはニコリと微笑む。そして高級クラブの女性のように妖艶で優雅な佇まいでシャインを誘った。
「とりあえず参りましょう。混乱を避けるためにも裏口からご搭乗願います。あ、それとハリトーノフ中尉から伝言です。 “久しぶりに会えたのは嬉しいですけど、急で無茶な要求は感心しません。これだから貴女の下は嫌なのです”とのことです」
随分な言伝をイレイナは丁寧な口調で連ねる。その雰囲気から恐らく一語一句間違っていないのだろう。
「はいはい。ま、適当に聞き流してやりましょ」
シャインは適当に返事を返すと、イレイナのエスコートに従って歩き出した。
軍服を着た美しい女性と童女が歩く姿は異質だった。しかしそんな異質すぎる光景さえも混乱するステーション内では特に注目を浴びるようなことはなかった。
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【星間連合帝国 セルヤマ星上空 戦艦内作戦参謀室】
戦艦の中というのは殺伐としていそうなものだが、その日はどこか和やかだった。その最たる理由がこの現場指揮官であるジルギラン・ミッドウィルが部下たちに告げた言葉が影響しているのは間違いない。クヌカ・バーンズはそう思っていた。
「大層な戦艦を率いてきているが戦闘を行うわけでもなく、ただ単に犯罪者を取り締まりに来ただけなのだ。しかも完全な無告知のガサ入れであるため、相手側に反抗の余地はない。それは言い方を変えれば勝ち戦であり、犯罪者を蹂躙しに行くに他ならないのだ。そう気張ることはない」
分隊長を任せられたクヌカは、隣の指揮官であるジルギランにの指示に耳を傾けながら怪訝な表情を浮かべていた。和やかな戦艦など聞いて呆れる。どれだけ有利な立場であろうと今回の作戦がきっかけで、人が死ぬ可能性があるのだ。この戦艦に乗る者や他の分隊長らにはその大きさを理解できていない。少なくとも、クヌカの目にはジルギランや他の分隊長が緊張感を持っているようには見えなかった。
「では、作戦内容を説明する。と言っても簡単なものだ。各自担当地区着陸後、リストに載ったスパイを捕縛せよ。反抗するようであれば銃殺もやむ無し。いかなる犠牲を払ってもスパイ共を捉えるのだ」
「大層ですね。ま、今回の作戦に反抗する者はいないでしょう」
ホログラムとして参加する別艦に搭乗している他の分隊長の1人がそう告げると、他の面々も大きく頷きながら同意する。
「こちらの作戦が漏れていることは考えにくい」
「第一女達の戦闘力などたかが知れている」
思い思いにそう告げる彼らに囲まれてクヌカは歯を食いしばる。しかし、彼の思いなど知る由もなく作戦直前会議は進んでいった。
「セルヤマは準惑星とはいえ呼吸可能な空気が存在する星だ。大陸は1つのみ。よって各分隊長毎に地区の割り振りを行う。リストに載る地点で暮らす者は皆スパイということが確定している。しらみつぶしに廻り奴らを捕縛せよ」
ジルギランはまるで規定事項のようにそう告げると、1人の分隊長が口を挟んだ。
「司令官。そろそろこのリストが信用に足る証拠を教えていただきたいのですが?」
彼の言葉に他の分隊長達も興味深そうにジルギランの方へと視線を送る。すると、ジルギランは仕方がないと言わんばかりに「そうだな」と一言呟きながら頷いた。
「情報源について諸君等に説明するのは司令官としての責任かもしれんな。……説明しよう。ローズマリー共和国の諜報部、通称EEA(共和国諜報機関)だが、奴らの報告手段は非常に高度に隠された暗号文だ。その暗号を解くには共和国のトソヤマ星にある受信機を介し、さらにパルテシャーナ星にのみ注ぐ海陽の特殊な電磁波を利用せねば解読は出来ない様になっている」
「暗号を解読できたのですか?」
1人の分隊長が前のめりになるが、ジルギランはかぶりを振った。
「パルテシャーナ星の電磁波が無ければ解けぬ以上、解読は不可能だ。何より、暗号文がどのような形式なのかも分かってはいない。数年前……現在のエリーゼ・ゴールベリが長官に着任して以来、EEAの根回しは凄まじいのだ。しかし数日前、ある密告書が届けられた。諸君等には原文の一部を共有しよう」
ジルギランはそこまで告げて、テーブルに備わっている機器を操作すると、所々が添削された密告書と思しき文面がテーブル上に浮かび上がった。
≪この通信先へと連絡を送信した者こそがEEAの諜報員である。信じるか信じぬかは帝国軍に一任するが、これを利用することは即ち帝国のためでもあり我が共和国のためでもある≫
ジルギランはゆっくり立ち上がると、着席するホログラムの分隊長等の背後を歩き回りながら説明した。
「受取人と差出人については私も知らされてはいない。帝国内でもそのことを知るのは一握りだ。ただ分かっているのは、この差出人はローズマリー共和国の中でもかなりの権力者と思われている。数限られた重要なな」
「まさか……元老院議員?」
ホログラム越しにも分かるほど、分隊長等には緊張感が芽生え会議室の空気が張り詰める。ジルギランは何とも言えない表情を浮かべながら頷いた。
「確定ではないがその可能性は高い。少なくとも元老院議員、もしくはそれに匹敵する人物であることは間違いないだろう。私の推測では元老院内で議長と対立する保守派の人間と考えられている」
「共和国内の保守派……?」
「確かヴィクトリア・ベーコムとマルグリット・チェンとかいう議員がその筆頭だったか?」
「それだ」
ジルギランは指を鳴らしながら最後に小声で推測した分隊長に視線を送るとさらなる情報を開示した。
「この密告書に記載されていた密告というのが、とある通信先へと連絡を送った者こそがローズマリー共和国の内通者というものだ。それこそがスパイ共の報告であるとな。そして昨晩、セルヤマからその通信先への連絡が多大に発生した。そしてその通信先……報告を受けていたというのが、マルグリット・チェンであることが判明したのだ」
面々の顔色が変わる。
密告者……その正体はローズマリー共和国元老院議員マルグリット・チェン。彼らが導き出した答えに緊張感は一気に高まっていく。ただのスパイのあぶり出しかと思っていたが、今回の作戦の裏には非常にきな臭いものが隠れているようだった。
「今回諸君ら渡したリストに載っているのは、まさに昨晩そのマルグリットへと報告を行った地点だ。つまり、そこにいるのは共和国のスパイに他ならない。諸君等に言えるのはここまでだ。理解してもらえたかな?」
誰もが無言で肯定を意思を表明する。その姿を見て納得したジルギランはニンマリと微笑むと最後の指示を出した。
「私からの説明は以上だ。諸君等の健闘を祈る」
彼の言葉を合図にホログラムが消え去り、やがて会議室に明かりが灯る。
静寂に戻った会議室の中でジルギランは腰を下ろす。すると、クヌカは彼と前後するようにして立ち上がりジルギランへ歩み寄った。
「中佐、よろしいでしょうか」
「作戦行動中は司令と呼ばんか」
ジルギランは先程の会議で見せていた部下を信頼する温厚さと一転して、クヌカの方を見向きもせずに横柄な態度でそう告げる。しかし、クヌカは気にすることなく言葉を連ねた。
「一般人への配慮を行った方がよいかと。スパイの居住先付近を閉鎖して出来る限り混乱を起こさぬよう」
「バーンズ中尉」
ジルギランは不満気に彼の名前を呼び言葉を遮ると、椅子を回転させながら彼の方に振り返った。
「もうすでに作戦は始まっている。今更そのようなことをする方がかえって混乱を招くだけだ。何より、帝国民にはスパイの卑劣さを知らしめる必要がある。その為にはセルヤマの民衆に惨状の目撃者になってもらう必要があるのだ。そして此度の捜索地域がどこかを忘れるな」
「スラム街とはいえ帝国民がいる以上……」
「何を言っている。いかに帝国民といえど、スラムに住まうのは居住許可のない不法滞在者だぞ。こういった存在を淘汰するのも我々の役目にほかならん。私は何か間違ったことを言っているか?」
「それは承知しています。しかし、不法滞在者は本来の処罰であれば自星に強制送還されるのみ。此度の件に巻き込まれることがあれば」
「中尉。君のそのロマンティシズムには感心するが、現実に必要なのはリアリズムだ。私も中将同様に君に期待している。だからこそ私が同席する部隊の分隊長に任命したのだからな。ここで成果を上げれば君も大尉へ昇格となるだろう」
「……」
クヌカは口を挟めない。彼に従わなければ自分の立場が危うくなる。そうなれば、一族の……伝統ある虎殺流の復興もままならないのだ。そんなクヌカの弱みを知りながらジルギランは不服そうに立ち上がった。
「大尉ともなれば……いや、中将の言葉では佐官も現実味を帯びている。佐官以上になれば君のこれまでの苦労は報われ野望にも近づける。そのことを踏まえるのだな」
いつになく饒舌なジルギランはそう言い残して会議室を後にした。
1人残ったクヌカは拳を握り締めて決意する。全てのために自分を殺す。忠実に任務を遂行しなければ、一族に幸福は訪れないのだと。




