皇帝崩御 第8話『友よ』
【星間連合帝国 ジュラヴァナ星 マリンフォール大聖堂】
「…………しゃーないわな……神通力も嫌なこと知らせてくれるわ…………」
セイマグル法王は草むらを掻き分けながらそう呟く。彼の歳になれば独り言も珍しくはないのだが、今日の彼はいつもと違う。どこか悲しく寂しげで、いつものような陽気さがなかったのだ。
セイマグルは森の中を抜けると、小さな丘の上に辿り着いた。眼下には白で統一された美しいマリンフォール大聖堂が目に飛び込んでくる。その場所は人気もなく、大聖堂が美しく雄大に聳える姿を捉えることが出来る隠れたスポットと言えるかもしれない。
この大聖堂が建設されて50年……完成式典の時、セイマグルはまだ15歳の僧官に過ぎなかった。おかげで式典に出席することもできず、彼はこの丘へと走り大聖堂を眺めながら、この素晴らしい大聖堂を建造する財力を持った帝国の凄まじさと女神メーアの偉大さを改めて感じていたのだ。
「……お互い若かったなぁ……」
セイマグルは丘の上に腰を下ろすとゆっくりと目を閉じる……そして完成式典が行われた日を思い出していた……。
……
…………
………………
焼けるような日差しに襲われた夏の日、この丘の上から大聖堂を見下ろしていたセイマグルは背後の茂みに妙な気配を感じた。女神メーアが最後を迎えた場所として知られるこのジュラヴァナ星は、彼女が安らかに眠ることを祈って自然のほとんどが手つかずの状態だった。そのため野生動物が現れることは度々あったのだ。セイマグルは動物が茂みの近くを通ったのだろうと思っていたが、彼の予想に反して茂みから現れたのは、漆黒の髪と深紅の瞳をした同世代の少年だった。
「こんなところで何をしているんだい?」
「大聖堂を眺めとったんやけど……」
何故か偉そうな態度の少年の問いにセイマグルは戸惑いながらそう告げる。少年は強い日差しの中で走っていたせいか、額の汗を拭ってセイマグルの隣に立つと並んで丘を見下ろした。そしてその絶景を見て感嘆の声を上げながら目を輝かせた。
「凄いな! 田舎惑星も捨てたものじゃないじゃないか!」
田舎惑星とは失礼な物言いだが否定はできない。母星であるジュラヴァナから出たことがないセイマグルでも、他の惑星がまるで別世界のように美しく光り輝いていることはいろいろな情報端末から知っていた。
光り輝く他の惑星は俗世に塗れた汚さがありながら、触れたくなるような甘さがある。白目がない瞳に覆われたセイマグルの目には他惑星はそんな風に映っていた。だからこそ彼は少年に尋ねずにはいられなかった。
「他の惑星って……どんな感じなんや?」
その問いに少年はキョトンとする。しかしすぐに目を輝かせると、セイマグルににじり寄って唾を飛ばしながら叫び出した。
「ジュラヴァナ訛りだ! 凄い!」
彼はそう言ってセイマグルの質問に答えることなく、懐から棒状の機械を取り出した。棒状の機械の先端を押すと棒の側面から二次元の光のディスプレイが飛び出し、彼はそこに何やら打ち込みながら、その深紅の瞳を益々輝かせた。
「見てくれ! 惑星間共通公用語が定められたのが帝国歴843年! つまり2000年以上の時が経過しているというのに、未だ完全な共通語にはなっていない! 何故なら君のジュラヴァナ訛りとアイゴティヤ星の語尾が少し特徴的な訛りがあるせいなんだ! そんな訛りをまさかこんなところで聞けるだなんて!」
「な、何や君? 他所さんの星で訛りはそこまで珍しいんかいな?」
セイマグルは目を輝かせる少年に圧倒されるように戸惑うと、彼はかぶりを振りながら苦笑した。
「いや、そんなこともないんだがね? 僕の周りにいるジュラヴァナ星人もレオンドラ星人も訛りを矯正しているから新鮮だったんだよ。あ、気を悪くしたならすまない。ただ僕はこの訛りのメカニズムが好きでね。色々な情報からは聞いていたけど、直に聞いたのは初めてだったんだ。今じゃ、この訛りを恥ずかしがる人も多くて、みんな矯正したがるんだけど僕はこの訛りという文化を残せたらと思っているんだ」
一気にまくしたてる彼の目は燦燦と輝いている。そんな少年の変わった夢にセイマグルは思わず笑いそうになってしまうと彼は少し憤慨した様子で鼻息を荒らげた。
「あ! 何だい! 人の夢を笑うとは失礼じゃないか!」
「いや、スマンスマン! ちゃうねん。何や初めて会うたのにそないな大層な夢まで語られてビックリしただけや」
「仕方がないだろう? 同世代の人間と話すのは久しいんだから」
「何や? 友達おらへんのかいな?」
セイマグルは誂うようにそう尋ねると少年は不服そうに俯いた。
「と、友達くらいいるさ……みんな僕を腫れもの扱いするけど……」
「そんなもん友達って言わへんがな。つまり僕が最初の友達っちゅーわけやな」
セイマグルは微笑みながら手を差し出す。まるでこの出会いを祝福するかのように2人の間に一陣の風が吹き生い茂る木々が揺れ動く音が響き渡った。
「僕はセイマグル・ヴァレンタイン。君の夢はおもろいから僕も手伝わせてもらうわ」
セイマグルが差し出す手を見つめていた少年は再び笑顔を浮かべると、その手をがっしりと握りしめた。
「よろしく! ぼ、僕の名前はゼン……」
……
…………
………………
セイマグルはゆっくり目を開く。思い出は最後を懐かしむように夢となって現れ、そして大切な部分を見せてくれることはなかった。
「もう50年以上経つんか……君の名前を聞いたあの日から僕の人生も変わったんやなぁ……言語学が好きやった君のための僕は訛りを矯正せんかった。それは君にとっては訛りを浸透させるエエ機会になったって言うとったなぁ。……あぁせやせや、アルバトロスを巻き込んでレオンドラの訛りも残そうとしたんやったなぁ……全く、君はいつも無茶ばっかり言うもんやから苦労したわ」
セイマグルはまるで誰かと話すようにそう呟いて崖の上に立つと眼下の大聖堂を眺めながら思い返した。
生粋のラヴァナロス人といえる黒い髪に深紅の瞳。
決して忘れない誇り高さ。
魅力的で屈託のない笑顔。
不思議な雰囲気を持つ少年と出会った日に還りながらセイマグルは小さく笑う。すると背後の茂みがガサガサと動き出した。
「……」
過去を回想していたセイマグルは振り返って茂みを凝視する。それはあの時の光景が再び輝きだすようだった。
「法王様。こないな所にいらっしゃったんですか」
草木を掻き分けてやって来た愛弟子のコウサは、まるで子供のような無邪気さを見せる。彼はいずれ、セイマグルの後を継ぎこの大聖堂の長として……いや、この海陽系に数十億といる教徒の指導者となるべく男だった。神通力によって見たその未来をセイマグルははっきりと記憶していたのだから間違いない。
「ちょっとなぁ。古い友達に会うとったんや」
セイマグルは腰を下ろしたまま、みぞおちまで届く白い髭を撫でる。するとコウサは冗談めかしてケラケラと笑いながらその隣に腰を下ろした。
「そら法王様のお友達やったら言われんでも古いっちゅうのは分かりますがな」
「お? 言うてくれるやないか。僕もロートルやけど、下半身やったらまだまだ若いモンには負けへんで?」
「うわっ! 下ネタやないですか! フロー枢機卿の耳に入ったら怒られまっせ?」
「ははは。せやから君に言うとるんやないか。さ、戻ろか。今日は忙しくなりそうや」
セイマグルはそう言って立ち上がる。コウサもそれに続くと、彼はセイマグルの傍らにピタリと付き従った。
「せや、法王様にご報告がありますねん」
「何や?」
「以前から言うとった宇宙海賊が今でもジュラヴァナ星域にもちょいちょい出てきよるんですわ。帝国軍や軍事警察の対応も甘いんで、自警団を作る言うとったやないですか?」
「ああ、言うとったのぉ」
セイマグルは歩を止めずに進み続ける。コウサは彼の横顔を見ながら後頭部の蓮の入れ墨をなぞって話し続けた。
「その自警団の正式名称が決まりましたわ。ザイアン隊っちゅー名前です」
「ザイアン……ほぉーメーア様をお守りした三賢者のザイアン様の名前貰ったんか?」
セイマグルは微笑みながら振り返るとコウサは得意気に頷いた。
「ええ。そいで、この前の枢機卿同士の議会で僕が騎士団を取り仕切らせてもらいます」
「そら、ガーネットが難しい顔しとったやろ」
セイマグルは小さく笑いながらそう告げるとコウサは肩をすくめた。
「元々フロー枢機卿は僕のことを嫌っとりますから。でもええんです。僕は僕なりに神栄教を守らなあかんと思ってますから」
「せやな。コウサはコウサのやり方で、ガーネットはガーネットのやり方でええ。根底に悪意さえなければきっとすべては上手くいくもんや。きっとメーア様もそうお望みに違いあらへん」
2人は茂みを抜けて小さな道に辿り着くとセイマグルはグッと背伸びをした。そしてコウサの方に振り返ると彼の肩にそっと手を置いて微笑んだ。
「ザイアン隊の方は任せるから頑張りや」
風は吹かない。少し湿った空気が漂うだけの中でセイマグルは慈愛に満ちた笑顔でそう言い残す。これから起きる未来を知りながら、彼は穏やかな心を忘れはしなかった。




