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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3356年 皇帝崩御
23/110

皇帝崩御 第2話『女達は度胸と愛嬌』

【ローズマリー共和国 惑星パルテシャーナ EEA本部】



 ゴシック様式の装飾された室内に大量の報告書や資料の紙の山が今にも倒れそうなギリギリのバランスを保ちながら積み上げられてる。その異様な部屋の主と思しきデスクには「voice only」と表記されたホログラムが浮かび上がっていた。


『よろしいのですカ? そちらの者にも被害が出ますガ?』


ホログラムから聞こえる男の声が美しく成長したエリーゼ・ゴールベリの耳に届く。回転椅子には腰を下ろしていたエリーゼは、背もたれにもたれかかってゆっくりと回転しながら答えた。


「構いません。彼女たちもこうなる可能性があるという覚悟の上で行動しているんですから」


『分かりましタ。ではこちらはそのつもりで対応をさせていただきましょウ』


「ええ。ただ送還手続きだけはお忘れなく。こちらの保守派を納得させる材料になりますので」


『承知しましタ。また、宰相閣下よりご伝言です。「両国の和平安定を進展させる此度の妙案、感服致します。ゴールべリEEA長官とは今後も友好的関係を保つべきというのが帝国内の総意であります。また、今回の計画に当たる際、対象の星をセルヤマ準惑星といたすことをご連絡致します」とのこと』


帝国宰相からの伝言にエリーゼは動きをピタリと止める。そして一瞬躊躇するかのような表情を浮かべるが、彼女は小さく息を吐いて見えもしない通信相手に対して笑顔を送った。


「承知しました。しかし意外ですね。あんな辺境の準惑星を対象にするとは」


『何でも皇太子殿下から指定があったとカ。まぁそのようなこと貴女には関係ありませんでしたネ』


「いいえ。ではこちらからは可能ならば本日中にご連絡を差し上げます。その後は手はず通りにお願いいたしますね。テセウス・ガイムラン中将』


『はっ、失礼致しまス』


帝国中将の声を聞き届けエリーゼはデスクに備え付けられた機器を操作して通信を終える。そして拳を握り締めながら小さく俯いた。


「(宿命……いや、これは業というものかしら……安心なさいお姉様。いずれ私も報いを受けるでしょうよ)」


 心の中で彼女は独白すると、深呼吸してから仕事の表情に切り替える。すると幼少期からエリーゼに仕えるグラハム・コックスが彼女の前に歩み寄った。


「長官、報告書に基づいた任務達成率の数値化、さらにその数値から出た簡易報告書をお持ちしました」


「ありがとうグラハム」


この部屋のもう1つのデスクの持ち主である秘書のグラハムに対してエリーゼは笑顔を返す。エリーゼとグラハムが出会って16年の歳月が流れ、その期間に彼は護衛官と兼任して秘書官に就任していた。今では父親のいないエリーゼにとって51歳のグラハムは、部下であると同時に父代わりのような存在になっている。


「そういえばナタリア……娘さんが卵子提供を行ったそうじゃない?」


エリーゼは資料を確認しながら何気なく話を振ると、グラハムは少し心配そうな表情でため息をついた。


「ええ。何でも精子提供者は医務庁に勤める男だそうで」


「医務庁? ということはトソヤマ星に? 優秀じゃない。我が国の医務庁ということはこの世界の最高峰で務めているという事よ?」


「それはそうなのですが、どうやら同居はせずに精子提供のみを行わせるそうです」


グラハムの言葉にエリーゼは苦笑する。女性が主権を握るこの国において、各家の家長も当然女性になり男性が家庭に入る風習があった。しかし、一部の優秀な男性はそれを嫌って生涯一人暮らしをしようとする者が僅かながらに存在していた。彼等の存在は社会問題になっており、そのような男性は決まって国が管轄する施設に強制収容されるのだ。


「全く……娘も娘です。子供を授かって1人で育てていけると思っているのか……」


「貴方は奥様を亡くしてから1人で見事に育てたじゃない。だからナタリアも1人で育てていこうと思ったのよ」


「長官はウチの娘たちに甘すぎますな」


「家族関係が希薄な私にとっては、貴女の娘3人は妹同然なのよ。話してたら顔が見たくなたわ。近いうちに顔を見せるからみんなにも言っておいて」


「それはそれは。娘たちも会いたがっておりましたので喜びます」


エリーゼは束の間の優しい笑みを作ってから仕事に戻る。その様子を見てからグラハムも安心したような笑みを浮かべた。

 エリーゼは26歳にしてローズマリー共和国のてEEA(共和国諜報機関)長官という地位に就き、その職務を全うしていた。そんな彼女は当然のことながら国内では若きカリスマ的存在になっている。中には早々にローズマリー共和国では早くもエリーゼを元老院議員にしようという声があがっているくらいだ。しかし、エリーゼにはまだその気はない。

彼女には彼女のプランがあり、自らが表舞台に立ってこの国を率いるのはまだ少し先のことだと考えていた。

 報告書の確認を続けている中、エリーゼは目の前に立っていた髭面のグラハムがその場にまだ立っていることに気付いた。


「まだ何か?」


「はい。実はすでに扉の向こうにお見えになっているそうです」


その返答にエリーゼは少し険しい表情を浮かべると、それまで読んでいた報告書を置いてデスクに備え付けられた機器を操作した。彼女の動作に合わせて、部屋の中を埋め尽くしていた紙の山にはプロジェクションマッピングのように美しい造形の柱が浮かび上がり、気付けば部屋の一面がさっぱりとした美しい部屋へと切り替わった。


「心中、お察しいたします」


グラハムは彼女に労いにも近い言葉を投げかけると、エリーゼは先ほどとは違う困ったような表情で微笑んだ。


「いいのよ。元々彼女の相手をするのも仕事の1つだし、何よりも今回は彼女を利用させてもらうのだからね」


「そうかも知れませんが、こうも毎週ここにやって来ては小言を申し立てるとは……元老院議員とはそこまで時間に余裕があるのですか?」


「違うわ。常にこうして接触することで私を監視しているつもりなんでしょう」


「食えぬ相手ですな」


自らの護衛と同時に秘書官を務めるグラハムがいつになく喋ることにエリーゼは小さく笑った。


「お茶の用意をしてくれるかしら?」


「御意」


グラハムは短くそう頷くと先程まで紙の山だった柱をよけて、給仕スペースでお茶の準備を始めた。


 どうやらグラハムはこの定期的に面談を要求する()()()の強烈な保守的精神や不遜な性格にエリーゼが辟易していると思っているらしかった。

しかし、そうではない。

幼少期からエリーゼの護衛官として守っていながら、グラハムはエリーゼが思っている以上に女心が分かっていないようだった。


「グラハム……心配してくれるのはありがたいけど、貴方が思っているような面倒さを感じているのではないわ」


自分の心の中を除かれたような気がしたのだろう。

グラハムはいつもの険しい髭面の中に少し驚きに似た表情を見せながら振り返った。


「? ではどういう……?」


「まあ見ていなさいな」


エリーゼはそう言ってデスクに備え付けられた機器を操作して扉の前にいる第二秘書官に面会人の入室を許可させる。

すると、寸分の間も置かずに扉が開いた。


「随分と待たせてくださるわね。EEA長官となるとそんなにお忙しいのかしら?」


彼女が室内に入室した瞬間に、強烈な香水の香りがエリーゼやグラハムの鼻腔を襲った。

相変わらずの濃いアイシャドーとグロス、年甲斐もない派手な色合いの装いをしたマルグリット・チェンは、ローズマリー共和国の科学の粋を結集した遺伝子工学によって40代とは思えない若々しさを保っていた。しかし、どれだけ体面を取り繕っても、内から滲み出る性根は消せないのだろう。


その刺々しい雰囲気と強烈な香りを真正面から受け止めながら、エリーゼは来客に着席を促すように手を前に差し出した。


「失礼いたしました。どうぞおかけくださいませ」


「そうさせていただくわ。全く、業務が滞るのは第一秘書官に殿方などを抱えているからでは?」


マルグリッドの言葉を確実に聞き取っているにもかかわらず、グラハムは黙ってお茶を準備する手を休めない。

女尊男卑の女性主権国家のおいて彼の態度は至極当然である。しかし、彼を贔屓するエリーゼの目から見てもグラハムの所作は目に余った。元々は軍人気質の彼に作動を任せるということが酷なのだ。


 グラハムは準備しているティーカップはカチャカチャと音を立て、軟水向けの葉であるにもかかわらず、硬水が入ったボトルを手にしていた。その様子を見たマルグリットは鼻息を荒げながら口を開いた。


「お構いなく。殿方の作ったものなど口に入れる気はありませんので」


マルグリッドは見向きもしないグラハムに聞こえるようそう告げると、グラハムは手を止めて指示を仰ぐかのようにエリーゼに視線を向けてくる。エリーゼは微笑んだまま頷くと、彼は黙ったまま秘書官の座席に戻っていった。


 エリーゼは改めてマルグリッドの方に向き直ると、仕事を再開するかのように事務的に尋ねた。


「それで、本日は前回の件の回答を聞きにいらっしゃったということでよろしいですか?」


エリーゼがそう尋ねると、マルグリッドは「フン」と鼻を鳴らしながら足を組みなおした。


「ええ、その通りですわ。貴女の管理するEEAの諜報員が帝国に潜伏してもうずいぶん経つでしょう? いい加減その成果を提出していただきたいのですが?」


尊大な態度のマルグリットだがエリーゼは微笑みを絶やさない。

彼女のようなタイプは同じように気を張って話せば、さらに対抗しようと語気を荒げて最終的には会話が成り立たなくなる。

上手く御するにはこちらが少し下手に出てうまく泳がした方が得策なのだ。


「チェン議員。その前にお聞かせください。これまで私が提出したEEAの報告書には国内の情勢統括やロビー活動、ここパルテシャーナ星だけでなくトソヤマ星の防衛企画案や情報漏洩対策など国内における様々な点で実績を上げていると記してあったはずです。にもかかわらず帝国内の情勢にそこまで過敏になるのはなぜです?」


「今、帝国に潜入している人数が6971名もいるからですわ」


マルグリッドは間髪入れずにそう答えると、悪趣味な扇子を広げて仰ぎながら目を吊り上げた。


「諜報員とはいえ、我が国の高貴な女性が薄汚い帝国の地に足を踏み入れること自体が私は我慢ならないのです。しかも7000近い人数を。これだけの人員を稼働して成果がないのであれば一度国に戻して再度検討の余地があるのでは? 彼らの活動資金に割かれている予算を削減することができて一石二鳥でしょう?」


「なるほど。ですが帝国の情報は常に入ってきているのはご存じですね? それらは全てEEAの諜報員が齎したものだとお考え下さい」


「私が欲しているのは確実性と有用性がある情報です。帝国に対して優位に立つための情報を得られない以上、EEA諜報員としての実務には問題があるのでは?」


「有用性があるかどうかを判断するのはチェン議員だけでなく元老院議会の総意をまとめた委任状を提出していただかなければなりません」


「貴女の師である女性が議長である限りその意味はないでしょう?」


まるで挑発するかのように告げたその一言を聞き、エリーゼは小さな怒りを微笑みの中に押し殺した。

そしてあくまでも冷静にそしてまるで子供に間違いを諭すかのように丁寧な口調でマルグリッドを諫めた。


「チェン議員。今の発言は聞きようによってはミリアリア・ストーン元老院議長への不信感ととられます。公の場ではないですが、そのような発言は慎まれたほうがよろしいかと」


「そんなつもりはなくてよ。ただ、ストーン元老院議長は貴女を自由にさせすぎでは? だからこそ私がこうして防波堤の役割を担っているのですから」


「チェン議員に信用をしていただけないのは私の実力不足です。その点に関してはお詫びするほかありません」


エリーゼは小さく頭を下げながら鋭い視線でデスクを睨みつける。

彼女にとってマルグリッドは思い描く今後の国内のプランにおいて最も障壁となる存在だった。しかし、今は彼女の方が実績も勢力も大きい。そんな状況で敵対するのは得策ではない事は明らかである。


 エリーゼにとって今は雌伏の時でもある。

表では甘くにこやかに、裏では強かで隠密に動くことこそが今の彼女の戦いだった。

そんな心中で大人しく頭を下げるエリーゼに、マルグリッドは肩をすくめながら不敵に微笑むと再び足を組みなおした。


「まぁ今は長官の事は宜しいですわ。EEAの諜報員の件についてお聞きしているのですから」


何やら満足気なマルグリッドを上目で確認してエリーゼは顔を上げる。

そして提案と言わんばかりに前のめりなって笑顔を差し向けた。


「1つ。チェン議員にも納得していただける方法があるのですが」


「あら? そんな方法があるならぜひお聞きしたいものね」


既に勝者になったかのような態度で背もたれに寄り掛かるマルグリッドにエリーゼは微笑んだままデスクを操作して、提案書のホログラムをマルグリッドの眼前に浮かび上がらせた。


「我がEEAの諜報員には定時連絡がございます。その送信先に議長を追加すると言うのはいかがですか?」


「……なんですって?」


エリーゼは微笑みながらそう告げるがマルグリッドの表情は険しかった。

EEAの情報とはローズマリー共和国内、そして知りうる帝国の最新情報がに溢れている。それは都度元老院議員に共有されるが、情報を先に得られると言うの事は政治家にとって最大の武器になるのだ。

だからこそ、マルグリッドは警戒の表情を緩めなかった。その表情を見てエリーゼは訂正を付け加えた。


「失礼しました。勿論、今後随時というわけには参りません。よって今回は特例ということで」


まるでセールスマンのような笑みを浮かべるエリーゼに対してマルグリッドは警戒心を解かない。

そしてその疑惑の視線を投げかけたままマルグリッドは探りを入れるような口調で答えた。


「……EEAの情報統制はそんなに緩いのかしら? 国家機密となりえる情報をEEA外部の人間である私に渡すだなんて」


「勿論です。ですが、議員に信用していただくにはこれ以外に方法がありません。こちらとしても、長年元老院議員を務められているチェン議員ならばセキュリティも問題ないと思うのですが? もしその点に問題がある様なら今回の件は無かった事にしていただきますが……」


探りを入れるということは興味があるということである。そう察したエリーゼは敢えて提案を破棄しようとする素振りを見せると、マルグリッドは思った通り食いついてきた。


「情報統制と機密保持を徹底するのは元老院議員にとって最低限の務めです。そのようなことは問題ではありませんわ」


その返答にエリーゼは薄い笑みを浮かべる。そしてマルグリッドの眼前に浮かぶホログラムを切り替えた。


「では、信頼のおける通信先の情報をそちらに……ああ、それと送られてくる情報は当然ですが通常は読み取れない暗号文です。その解読法については流石に明かせませんので、解読班をこちらからご用意させていただきますがよろしいですか?」


「結構。では今回に限り拝見させていただくわ」


マルグリッドのすました表情の中には明らかに情報を得られることへの喜びが滲み出ていた。


 マルグリッドは手首に装着していたブレスレット型の機器をホログラムにかざし送信先の情報を送る。ホログラムに情報送信完了の表記が映し出された瞬間、エリーゼはまるで商談が決まったかのように微笑んだ。


「では、海陽標準時の明日夕方に定期報告がありますのでお忘れなく」


「ええ、貴女方の仕事ぶりを期待させていただくわ」


マルグリッドは釣果を得た喜びを滲ませながら立ち上がると、エリーゼも見送るために立ち上がり手を差し出した。


「もしも納得いただけなければどうぞまたいらしてください」


「そうならない事を祈らせていただくわ」


マルグリッドはエリーゼの手を掴むと踵を返す。そして無駄に腰を振りながら長官室を去っていった


 扉が閉まると同時に大きく息をついたエリーゼは首を鳴らしながらグラハムの方に振り返った。


「さっきので構わないわ。お茶を入れてくれる?」


「はっ」


沈黙を保っていたグラハムは言われるがまま立ち上がり、先程まで準備していたティーカップの用意を始める。

そんな彼を尻目にエリーゼはデスクに備わっている機器を操作して、現在EEAの諜報員が潜伏している帝国領星と各星に潜伏する数の情報を浮かび上がらせた。


「(……お姉様。これは引いては貴女の娘の為でもあるのよ)」


セルヤマ準惑星の潜入諜報員の数を眺めながらエリーゼは小さくため息をつく。

自身の姉とその娘……つまり彼女の姪の為と自分を正当化して、彼女は今までにない残酷な決断を下そうとしていた。


「どうぞ」


武骨な手で紅茶を入れたグラハムがエリーゼの前にティーカップを置くとエリーゼはそっとティーカップを手に取り口に運んだ。


「あのねグラハム。この茶葉には軟水を使った方がいいと言ったでしょう?」


「失礼しました。自分には硬水と軟水の差が今一つ理解できず」


「まぁ敢えて硬水にしたことで香りが立っているけど。おかげでさっきまでの苦労が飛んでいったわ。ありがとう」


エリーゼがそう言って微笑むとグラハムはホッとしたように息をつく。

そして彼女の身を案じるように優しいまなざしを浮かべた。


「チェン議員のお相手、その心労お察しします」


「っプフ! 心労? 大丈夫。心は全く疲れていないわ」


グラハムの言葉にエリーゼは思わず口に付けていたティーカップの音を鳴らしながら微笑んだ。

彼女は決してマルグリッドの態度で辟易していたわけではない。先にも告げたようにマルグリッドに対して下手に出るのは今の彼女の戦いであり必要事項なのだ。

エリーゼの返答に戸惑ったような表情を浮かべるグラハムを見てエリーゼはソーサーを手にしながら立ち上がる。

そして、空気を入れ替えるかのように窓を開けると外から心地よい風が吹き込んだ。


「あの人……香水がきついでしょう?」


エリーゼは微笑みながら窓枠に腰を下ろして紅茶を楽しむ。

惨劇の足音がセルヤマに向かって鳴り始めた瞬間だった。

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