賢兄編 第6話『真昼の血闘』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 皇太子居室】
人気のない室内には海陽の光だけが降り注いでいた。まるで自らの目覚めを祝福するかのように降り注ぐその光にランジョウは珍しく神に感謝した。
「……女神メーアも分かっているか……今日こそが余の新たな生誕の日なのだ」
ランジョウはそう言って部下に持ってこさせたCS(Combat Suit※設定・用語参照)を眺めている。
帝国軍専用のCSはゴツゴツとしたガジェット感があり、ランジョウのいるクラシカルな部屋には不釣り合いだったが、ランジョウはそんな事は気にせず、まるでこれから体育祭が始まる子供のように心を高ぶらせていた。
これから始まる血闘という惨劇の舞台に心躍らせる中、その興奮に水を差すかのようなノック音が響き渡った。
「……誰だ?」
ランジョウは一転してドアを見つめながら警戒心を露にした声を発する。
すると、デスクに置かれているスピーカーから聞きなれた声が流れた。
「トーマス・ティリオンにございます」
ランジョウは眉間に皺を寄せる。それはまるで真っ新なシーツの上に一滴のインクを落とされたかのような不快感のようだった。
しかし、昨晩から感じている高揚感は僅かにその不快感を上回る。それほどランジョウは珍しく興奮していたのだ。
「入るがよい」
ランジョウの許可を得て扉が開くと、トーマスがゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。
彼は入るなりツカツカとランジョウに歩み寄る。
そして無言のままランジョウの目を見てから、彼の隣に置かれたCSに視線を送った。
「こちらは?」
「軍の者に持ってこさせた。今、帝国軍が使用しているCSだそうだ」
「殿下、どのみち私はクビとなりそうなので、本日に限りご無礼をお許しいたく存じます」
彼はそう告げてランジョウを横切ると、CSの置かれた椅子の前に立った。
僅かな瞬間だった。ほんの一瞬トーマスはそのCSに目を落としたかと思うと、彼は椅子ごとそのCSを蹴り倒した!
まるで戸棚が倒れたかのような音を立ててCSは床に転げ落ちる。その光景を眺めていたランジョウは薄っすらと目を吊り上げながらトーマスを見つめた。
「何の真似だ? これまで余に散々な目に遭わされたという腹いせか?」
ランジョウは悪魔のような笑みでトーマスに背を向けると、クラシカルで重厚な椅子にドカッと腰を下ろす。
そしてまるでトーマスを憐れむかのような視線を投げかけた。
「余の下に居たのは随分と器の小さい男だったようだ。それともジュラヴァナ人は皆そうなのか?」
ランジョウは小さく笑うとトーマスはようやく振り返る。
トーマスはランジョウに今まで見せたことのない怒りに満ちた表情を浮かべると、ズカズカとランジョウの前に歩み寄った。
「殿下。貴方様は皇族であり、かつての我らの主君、皇后陛下のご子息にあられます。そのようなお方がこのような薄汚いCSをお使いになるなど……ご自身の立場をお考えなさい」
見たことも聞いたこともないトーマスの覇気にランジョウは少し戸惑うも彼は一歩も引くことはなかった。
ランジョウは自らが主君であり、皇族、皇太子というプライドを持っていたからだ。
「ほう。貴様ごときが余に皇族の何たるかを語るか」
「当然にございます。私は殿下がこの世に存在する以前より皇族たるお方の品位を見てきたのです。その品位に関しての知識は、たかだか十数年しか知らぬ殿下に嘲笑されるのは心外にございます」
ランジョウの表情筋がピクっと動く。
それは当然自らを侮辱するトーマスへの怒りに似た感情だったが、ランジョウの心の奥底には今まで感じたことのない感情が芽生えたいた。
ランジョウはゆっくりと立ち上がると目の前に立つトーマスの眼前に立ち、まるで試すかのようにうっすらと微笑んだ。
「そこまで言うならば貴様が用意せよ。準備できるのだろうな? 余に相応のCSが」
「無論にございます」
トーマスは間髪入れずにそう答えると、再びランジョウに背を向けて「入れ」と告げ、ランジョウの許可も得ずに勝手に扉を開かせた。
数人の従者が丁寧に梱包されたケースを運び込むと、彼等はランジョウの正面にそっとケースを置き、そのまま何も言わずに再び部屋から姿を消していった。
「殿下にはこちらのCSをお使いいただきます」
扉が閉ざされると同時にトーマスはそう告げると、自らの手でケースを操作する。機械音を立てて開くケースの中を見てランジョウは目を見張った。
観音開きの蓋の裏には様々な武器が準備されており、中から飛び出したアームが純白の美しいCS吊る出す。
そのCSには王に相応しい神々しさがあり、見るものすべてを魅了するような美しさがあったのだ。
「……これは?」
ランジョウは平静を装ってそう尋ねると、トーマスは一歩下がり小さく首を垂れながら説明した。
「かつて殿下の御母上……皇后陛下をお守りしていた皇后直轄護衛騎士団、その団長が身に着けていた専用のCSに殿下専用の装備と装飾を施したものです」
トーマスの言葉に耳を傾けながらランジョウは蓋の裏に配置されるレイピアを手に取る。
手にピタリと馴染むその造りは、簡易的な液体金属の物ではなく高価な実体剣だった。その他にも専用のブラスターや最新のスラスター装備、至れり尽くせりの武器の数々にランジョウは小さく息を飲んでいた。
「悪くない」
ランジョウはそう言って振り返ると、トーマスはいつの間にかいつも通り立て膝を付いていた。
「トーマス・ティリオン。面を上げよ」
「はっ」
トーマスはゆっくりと顔を上げる。
すると、ランジョウはレイピアを抜いて彼の首元に差し出し、顎をクイッと持ち上げた。
「褒美をくれてやろう。貴様には明日より余の側近としての地位を与えてやる」
「ありがたく……そして殿下、ザイク=モウト・イルバランと宰相派、ベルフォレスト・ナヤブリについてお伝えしておきたいことがございます」
トーマスは瞳に覆われた目を輝かせながら、今日初めての笑顔を見せる。
ランジョウもまた小さく笑うと、レイピアを鞘に納めた。
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【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 宮廷広場】
シルセプター城の中央部に存在する宮廷広場の周囲は物見が可能な壁が囲っている。しかし、堅固なこのシルセプター城の中心にある宮廷広場に物見など必要はない。おかげで城内に足を運ぶ上流階級の人間が散歩するための道となっていたのだが、その日は多くの人で溢れていた。それは決して晴天に恵まれているからではない。雄々しい青年の勇姿を見るために来ているのだ。
「愚弟様がザイク様に挑むそうだ」
「ザイク様も子供のお相手は大変だろうに」
「噂では執政大臣のナヤブリ卿から手を抜くようにと指示があったとか」
「しかしまぁ自らの醜態を晒そうとは愚弟様ももの好きなものだ」
「やはり、我が国の将来はルネモルン家とイルバラン家にかかっておるな」
周囲から様々な声が響き渡る。本来ならば何かに打ち込む前に聞こえる周囲の雑音というのは本来耳障りなもののはずだ。しかし、今日に限ってその雑音はザイク=モウト・イルバランにとって心地いいものになっていた。何故なら今日聞こえる雑音は彼にとって賛辞でしかないからだ。
雑音が耳に届くたびザイクは大胸筋は蠢かせ上腕三頭筋が膨れ上がらせる。彼が装着するイルバラン財閥の紋章が刻まれた青いCSはその膨張に合わせて上下すると、見物に来ていた貴婦人等は甘い溜息を漏らしていた。
裕福な家庭に生まれ育ったザイクは、その誰もが羨む血統とB.I.S値に裏付けされた知能と身体能力で今まで何不自由ない生活を過ごしていた。おかげで彼はこれまでの人生で敗北という言葉を知らず、自分のことを中心人物……いわば主人公であると疑わずに生きてきた。そして、今日ほど自分が選ばれた存在だと感じたことはないだろう。
「(悪評高い生まれだけの皇太子に決闘を挑まれ、渋々承知して見事打ち破る……か)」
これから先にあるその筋書きを思い浮かべザイクは思わず口角を上げる。自分に明るい未来が待っているのは想像できれば誰しもがそうなるのは必然だった。
「(ベルフォレスト執政大臣からは手加減するようにという指示を受けたが……いや、別に手加減しても問題はないだろうが、血闘の最中に不幸な事故が起きてしまうことは仕方がないことだ。ナヤブリ家に最早利用価値はないしな。仮に皇太子が生き残れたならば慈悲を与えてやろう。そうすれば世間は思う。慈悲深き次期皇帝ザイク=モウト・イルバランとな……)」
ランジョウを完全に仕留めた時、仮に皇族派が動き出したとしてもこのような事態を防げなかったナヤブリ家への信頼は失墜する。統率を失えば皇族派など恐れるに足らないだろう。何より、彼のバックには今回の件を後押ししてくれた宰相派の錚々たる面々が付いているのだ。先日彼と母ブリリアントのもとに訪れたキョウガ=ケンレン・ルネモルンの言葉を彼は思い返した。
ーー「宰相閣下としてはザイク様に次期皇帝の座に就いていただきたく思っております。皇太子殿下に皇帝の器があるとは思えませんので」
今や帝国の権力をほぼ掌握している宰相の力添えがあればそのようなことは造作もないだろう。彼はそう思いながら新たな帝国の誕生のきっかけとなる今日という日に感謝さえしていた。
天から降り注ぐ海陽の光は少し強い。僅かに汗ばんだザイクは金色に染め上げた髪をかき上げると再び貴婦人の歓声が響きわたる。その歓声に白い歯を見せて応えていると、皇族が暮らす宮殿領域に繋がる階段方面から声が響き渡った。
「皇太子様だ」
1人の貴族の声を合図に今までザイクに注がれていた視線が一斉に移動する。宮殿から広場に繋がる階段をゆっくりと降りてくるその姿は純白のCSに身を包んだランジョウに間違いなかった。
「(ほう。影武者でも当ててくるかと思ったがそうではないらしいな)」
ザイクは不敵に微笑むと、自身より10歳以上幼い皇太子の方に向かって歩を進め宮廷広場の中央に立った。
「約束の時間どおりですな。皇太子様」
ザイクは不遜な態度でそう告げる。無論挑発行為なのだが、ランジョウは至って冷静に微笑んでいた。
「上に立つ者ではあるが時間は守ろうと思ってな」
時計台の針はあと僅かで正午に迫ろうとしている。無警戒に時計台を見上げるランジョウの動きを見てザイクは思わず吹き出しそうになっていた。彼の動きからは一切の機敏さが感じられなかったのだ。戦闘訓練も一通り受けていると聞いていたが、ランジョウは粗末な訓練しか受けていない。ザイクはそう結論付けながらも彼の纏う美しいCSだけは評価した。
「(見事なCSだ。正に猫に小判……いや豚に真珠か)」
ザイクは目の前に立つ皇太子を敢えて見下ろすように胸を張る。その眼光からランジョウは一切目を逸らさない。その点だけは褒めてもよかったが、相手との力量差を見抜けないランジョウの無能さにザイクは滑稽を通り越して憐れみさえ感じていた。
決闘の開始時間として設定した正午が迫る。時間を確認したザイクは不遜な笑みのままレイピアを抜いた。
「では、お手合わせ願いましょうか」
「ザイクよ。死んでも恨むなよ。むしろ余の手で果てることを光栄に思うがよい」
同じくレイピアを抜きながらそう告げるランジョウの言葉を聞いて、ザイクは思わず笑い声をあげてから答えた。
「ハーーッハッハ! 皇太子様も冥府に向かわれてから私めをお恨みになりませぬように」
向かい合った2人は首元のスイッチを押すと、収納されていた伸縮性ヘルメットが後頭部から飛び出して頭を包み込む。
互いに構えたレイピアを交差させると一度距離を取り構えに入った。
静寂が広場を包む中、わずかにそよぐ風の音だけが小さく響き渡り、城壁の上から眺める人々も息を呑んで、広場の中央で向かい合う若者2人に視線を注ぐ。一陣の風が吹き抜けてから数秒後――シルセプター城の時計台から正午を告げる鐘が鳴り響いた。
鐘の音と共にザイクは目を見開き、左足を踏み込んでランジョウとの距離を一気に詰めて超速の突きを繰り出した! 左足のスラスターの起動力も相まって右足が接地すると大きな地割れを引き起こし土煙を巻き上げていく! いきなりの衝撃に静寂に包まれていた広場には轟音と悲鳴にも似たどよめきが響き渡ったった。
そんな周囲のどよめきに耳を傾けながら、トーマスは自らが放った虎殺流剣技・先制一閃突きのキレの良さに自己陶酔していた。
高名な虎殺流の技に見物していた上流階級は目を見張り、軍人らでさえ感嘆の声を上げている。
「流石だ」
「いやはや素晴らしいな」
土煙が舞う中、ザイクは撃ち抜いた右腕の先を見据えながら笑いを堪える。手応え的にはこの一撃で仕留められていないことは分かっていた。しかし、土煙の先にある光景を予測していると笑みを抑えることが出来なかったのだ。
「(ククク……並みの剣士でも今の踏み込みは怯む。愚弟様は尻餅でもついているかな?)」
再び一陣の風が吹き土煙を連れ去っていく。その場で倒れこむランジョウの姿を想像しながらザイクは体制を整えると、徐々に開けた視界の先にトーマスは怪訝な表情を浮かべた。
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動きを見てまさかと思ったが、当たり前すぎる行動にランジョウは少し驚いていた。ザイクが踏み出した瞬間、ランジョウの頭の中に描かれたザイクの行動予測は剣先を上げて際どい攻撃箇所を狙ってくるか、接地する右足で方向を変え、フェイントの意味で左右後方のいずれかに飛ぶかというものだった。しかし、ザイクはランジョウにとって最もあり得ない普通の突きを繰り出してきたのだ。
「(……この男……遊んでいるのか?)」
土煙を上げて姿をくらますという愚策もそうだが、1つ1つの動作が遅く何より雑である。そして更なる疑問がランジョウの頭の中を駆け巡った。
「(これが真に込めた力ならば……何故この男はこうも自信に満ちている?)」
ランジョウには理解出来ない。挙句の果てにザイクは土煙が収まるまで微動だにせず、あっさりと間合いに入っているランジョウの姿さえも捉えていないようだったのだ。おかげでランジョウは土煙の中を悠然と移動し彼の眼前にまで距離を詰めていた。
「……一撃目を放てばもう終わりか?」
ランジョウも仕方なくザイクに合わせて土煙が収まるのを待ってからそう告げると、眼前にいたザイクはヘルメット越しからも分かるほどの「ひっ」という情けない声を上げる。どうやら彼はランジョウに接近されていることにすら気付いていなかったようだった。
慌てて距離を取ろうとするザイクはここでようやく振り切ろうと様々な……いや、ランジョウにとっては見え見えのフェイントを織り交ぜた動きを見せた。しかし、ランジョウは彼に間合いを取らせることなくピッタリと密着しながら同時に移動する芸当を見せつける。するとザイクが放つ間抜けな声を上げていた。
「なっ! ふ、振り切れない……!」
「相手の動きを予測するのは基礎中の基礎であろう?」
みっともないほどに狼狽の声を上げるザイクに対して、ランジョウは聞こえるようにそう囁く。するとザイクは「くッ!」と悔しさを滲ませた舌打ちし、またしてもランジョウにとって予想通りの行動に入った。
ザイクの纏う青いCSが宙を舞う。背部スラスターを全開にして後方へと飛ぶザイクの姿を目で追いながらランジョウは呆れたように呟いた。
「間合いを詰められたら距離を取る。難しければ後方へ跳躍する。基本だからこそ読みやすい」
ランジョウはザイクの落下地点を予測して両足のスラスターを起動させると、予想通りの場所に降りてきたザイクに斬撃を浴びせた!
かろうじてランジョウの斬撃をいなしたレイピア同士の接触音が響き渡る。ランジョウはかすかに聞こえるザイクの呻き声を気にする事なく、さらに斬撃の雨を降り注がせた。
「分からぬか? 一撃目が済めば次の行動を考えねばならん。間合いを詰めるか距離をとるか、もしくは第二撃目を放つか」
ランジョウは無慈悲に攻撃の手を済めず、目にも止まらない連撃を繰り出す。ザイクは何とか数撃をいなすことはできても、ところどころで攻撃を受け徐々に彼の纏う美しい青いCSには火花と同時に深い傷が刻まれていった。
「……どうした? 余を冥府へ送るのではなかったのか?」
ランジョウはまるで相手にならない目の前の男が今まで散々侮辱してきたことを思い返す。その屈辱が明確な殺意に変わり、一撃ごとに確実にザイクのCSは斬り刻まれていった。
やがて、ランジョウはレイピアを引くと上半身のバネを使い、初手にザイクが放った突きとは比較にならない威力の突きを放った!
「ガハッ……!」
ランジョウのレイピアは青いCSの腹部を貫き、刻まれた隙間からはザイクの鮮血と呻き声が響き渡る。その悍ましい無慈悲な光景に周囲は思わず目を背け、ザイクの母親であるブリリアントは悲鳴を上げていた。
「……ザイクよ。余の最後の慈悲だ。一度だけチャンスをくれてやる」
ランジョウはそう告げてレイピアを突き刺したまま振り上げると、ザイクの纏う青いCSはその遠心力で打ち上げられたかのように宙に舞った。純白のCSのヘルメットの中でランジョウは慈愛に満ちた表情でその光景を眺めていた。
宙に舞うザイクはまだ動けたらしく、両足と背部のスラスターを起動させようとしている。恐らく姿勢を立て直そうとしているのだろう。その無様な姿を見てランジョウは小さくため息をつきながら俯いた。
「(ここで逃げるか詫びるならば慈悲を与えてやってもよかったが、貴様はそんな余の慈悲さえ振り払った……貴様は見下していた余にこうまでコケにされて逃げることなどできなかったのだろう……その誇りだけは余にもよく分かる……)」
心の中でザイクの今の心情を思い浮かべ、ゆっくりと顔を上げる。ランジョウはヘルメットの中で怒りさえ忘れて喜びに満ちた悪魔の笑みを浮かべていた。
「(殺、し、て、や、る、ぞ、ッ!)」
空中でようやく体勢を立て直したザイクめがけて、ランジョウはスラスターを起動させて一気に彼に斬りかかった! 海陽の日差しの中に鮮血が舞う。青いCSは為す術なく胴を切り裂かれ広場には血の雨が降り注いだ。
広場で血闘の行く末を見守っていた人々はいつの間にか沈黙し庭内は静寂に包まれていた。彼らの目に映るのは切り裂かれCSとしての機能をなしていない“何か”が無残に地上へと墜ちていく光景だった。静寂の広場にその“何か”の落下音と有機物が潰れるような気色悪い音が響き渡る。無残に崩れ去った青いCSの上には、まるで神の迎えの如く白いCSが舞い降りていた。
倒れるザイクの前に降り立ったランジョウは首元のスイッチを押してヘルメットを収納すると、レイピアでザイクの首元のスイッチを押し彼の顔を露にした。
「ほう。まだ息があるようだな」
ザイクの素顔は戦う前の美しさを忘れたかのように無残に崩れ血に染まっていた。彼は朦朧としているのか、かろうじてある意識の中でランジョウの顔を睨みつける。
「ガハッ……な、何をした……一体どんなCSを……」
血反吐を吐きながら恨めしそうに睨みつけるザイクを見下ろしながら、ランジョウは救いようがないと言わんばかりの苦笑を交えながら頭を振った。
「愚かな……自らの無力を装備のせいにするか。CSに差など無い。これは単純な余と貴様の実力差だ」
「ば、バカな……搾りカスなどにこの私が……」
「……」
彼の最期の暴言にランジョウはレイピアを差し向ける。するとザイクは宮廷内に響き渡るような悲鳴を上げ、初めて恐怖の表情をランジョウへ向けた。
「こ、皇太子様……わ、私めの負けにございます……ど、どうかここは」
「ザイクよ。貴様は我が従兄である。本来ならば余も数少ない肉親とこうして刃を交えるような真似などしたくはない」
ランジョウは冷たい目で無表情のままそう告げると、レイピアをザイクの眉間にそっと当てた。
「だが、貴様は皇太子たる余を侮辱するだけでなく、宰相派と繋がり皇位を狙ったという情報を得ている……」
ランジョウの言葉を聞いたザイクは目を見開くと同時に苦悶の表情を浮かべる。ランジョウは突きつけたレイピアを徐々に彼の眉間へと食い込ませると、そこからさらなる血が溢れ出した。
「……ザイクよ。余は寛大な男だ。今しがた余が告げた貴様のこれまでの不作法も目を瞑ってやらんでもない。だが……貴様はたった今またしても余を搾りカスと愚弄したな?」
レイピアが撓るように彼のザイクの眉間に食い込む。周囲からは悲鳴が巻き起こり、ブリリアントらしき女性の「ザイク!」「お慈悲を!」と叫ぶ声が響いている。しかしランジョウは不気味な笑みを保ったままザイクの眉間から溢れ出す鮮血だけを見つめていた。
「貴様を不敬罪で死刑に処す。安心せよ。貴様の母もすぐにそちらへ送ってやる」
ランジョウはそう告げて一気に力を込めるとレイピアはザイクの眉間を貫通し、悪魔のような微笑みの顔に血しぶきが降りかかった。
時刻は12時07分。僅かな時間で終わった血闘は人々に鮮烈な印象を与えた。
「ククク……クハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
ランジョウの高笑いが宮廷広場に響き渡る。その返り血を浴びたその笑顔はまさに狂気に満ちた笑顔だった。




