第7話『母娘の生活』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ スラム街】
スラムが出来ることは星として名誉である。それは帝国内でまことしやかに囁かれている言葉であり事実だった。惑星を中心に準惑星や各星の衛星が数多く存在する中、人々はそれらの星の中で仕事を見つけ、その星に根を張るのが帝国の定石だったからである。そんな人間が住まうスラム街の誕生は、星に留まりたいと願う人が多いという証明でもあるのだ。
セルヤマ星のスラムの歴史は長い。観光惑星として接客業の雇用が多く、この地で修行して他の惑星で自らの店を出そうとする者も少なくはないのだ。今ではスラムに住むことも出来ず、ジキルやハイドといった二つの衛星で暮らす者も多く存在するほどだ。
フィーネがこのセルヤマ星に母と2人で引っ越してきたのは数カ月前のことである。かつて住んでいた土地で村八分扱いを受けていたフィーネと彼女の母は、身内の紹介によって得た仕事でこのセルヤマにやって来た。スラムに住んでいるだけあってその生活は裕福というわけではない。現に母は基本的に家を空け、フィーネはいつも1人で過ごしているのが大半である。しかし、今日は珍しく母娘2人で食卓を囲むことが出来た。だからこそフィーネは笑顔を絶やさない。
彼女にとって母は唯一の肉親であり大切な存在なのだから。
「お母さん。あの……今日も貸本屋さんに行ってきました」
「そう」
「私ね。何も見なくても古代文字を少し解読できるんです」
「そう」
母1人娘1人の食卓でフィーネは笑顔で話し続ける。母は無表情でもなく笑顔でもなく怒っているわけでもない。うっすらと口角を上げる程度でテーブル上にある質素な合成食材を口に運んでいた。
2人の食卓に並ぶのは安価の合成食材の中でも最も安い物であり味は皆無といっても過言ではない。味気ない食事だったが、フィーネにとってはそうではない。彼女にとってはこの僅かな夕食の時間だけが母とコミュニケーションをとれる時間だった。
「あ、あと今日男の子たちが喧嘩してたんです」
「そう」
「何か分からないけど明日決闘するんだとか」
「そう」
「本当、すぐ決闘なんて男の子って浅はかだと思います」
「フィーネ。お母さんもう寝るからあなたも早く食べなさい」
母はいつもと同じ表情でそう告げる。フィーネは笑顔で「はい!」と答えた。
無色透明のスープをかきこみながら洗面台の方に視線を向ける。母は小さな背中を向けながらコンタクトレンズを取り出していた。
「フィーネ」
こちらを振り向くことなくそう告げる母にフィーネは満面の笑顔で答える。
「はいお母さん!」
母から名前を呼んでもらえる。それだけでフィーネの顔は輝いた。しかし、明るい口調を気にも留めず、母は背を向けたままいつもと同じ口調で告げた。
「寝る前はコンタクトを外すのよ」
「はい!」
心配してくれる母の気遣いがフィーネは嬉しかった。鏡越しに大好きな母の顔を覗く。母の瞳はいつものように美しくエメラルド色に輝いていた。
母な仕事が忙しいのだ。フィーネは心の中でそう自分に言い聞かせる。自分に対して関心がないように見えるのも、いつも手料理がないことも、何日も家を空けるのも決して自分が愛されていないからではない。そう思わなければ彼女は本当に孤独の中を彷徨ってしまうだろう。




