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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3352年 愚弟編
14/110

最終話『ぼくらの地区間戦争2nd』

【星間連合帝国 準惑星セルヤマ 高原広場】



 快晴――そんな言葉がピッタリと合う雲一つない空の下、高原広場には少年少女の人だかりができていた。自身が暮らす地区の代表者を応援に来た者や、ただ野次馬根性で見物に来た者、中にはどちらが勝利するかで賭けを行う者までもが屯する中、いつの間にか子供たちがスクエア上に本日の主役である2人を取り囲み、文字通り人工のリングを作り出していた。


「死ぬには悪くねぇ日だな」


クロウはボロボロの顔で腹をくくったかのようにそう告げると隣のタクミは苦笑した。


「縁起でもないことこと言うなよ。血闘とはいえ子供の喧嘩だ。死ぬ前に何とか決着がつくさ」


「アイツがぶっ倒れてか?」


クロウは正面でふんぞり返るビスマルクに視線を送る。タクミは改めてビスマルクの姿を確認すると、小さく微笑みながらクロウの肩に手を置いた。


「いや、君が気絶する可能性の方が高いね」


「オメェ……本当にセコンドに向いてねぇな」


クロウはジト目でタクミを睨みつけるが、彼は肩を竦めながら鼻を鳴らした。


「事実を言ったまでさ。体格や経験値から見ても君が彼に勝てる可能性は0に近い。何より僕はセコンドじゃなくて立会人だ」


「でも俺が勝てる可能性は0じゃねぇんだな?」


クロウは話の後半はまるで聞こえてないと言わんばかりにニヤリと笑う。そんな彼の表情を見てタクミは苦笑とも微笑ともいえる笑みを浮かべるしかなかった。


「君なら何とかするんじゃないかという良く分からない期待がある。それだけさ。じゃ、頑張ってくれよ」


タクミはそう言い残してクロウの肩をポンと叩く。そして少年らが作り出したリングの中央へと歩き出した。それが戦いの始まりと理解したのだろう。周囲の少年等は一様に声を上げた。

 クロウの暮らす地区の少年等からは「クローウ!」「がんばれ!」「お前にかかってるぞ!」という声援が響き渡る。一方、敵陣ともいえるビスマルク側の連中からは「よっ! 最弱リーダー!」「俺でも勝てちゃうかもねー!」「頑張れよ自殺願望者!」というヤジが飛び交っていた。


「血闘人、中央へ」


タクミがそう告げるとクロウとビスマルクが歩き出す。歓声が一層大きくなる中、ビスマルクは上着を脱ぎ捨て青く引き締まった肌とその大きな体に見合った大声でメンチを切った。


「よぉ逃げんかったのぉ? クロウちゃんよぉ?」


長身で腕を組むビスマルクは絵にかいたような悪役っぷりにクロウは鼻で笑いながら叫んだ。


「改めてみるとやっぱり無駄にデケェな! まぁ馬鹿は高いところが好きって言うからな!」


まずは始まった舌戦に周囲のギャラリーも熱気を増す。ビスマルクはというと単純で周囲が見えないのか、青い肌をまるで茹蛸のように赤くして鼻息を荒げていた。


「口の減らん奴じゃ! 痛い目に遭わんと分からんようじゃのぉ!」


「テメェにだけは負ける気がしねぇよ!」


「両者その辺で。これから血闘法に基づいた前口上を行う」


子供じみた(実際子供なのだが)舌戦にタクミが割って入る。そして手首に装着している端末を起動させて小さなディスプレイを浮かび上がらせると、血闘法の前口上を読み上げた。


「血闘法に基づき、ここにクロウ・ホーゲンとビスマルク・オコナーの決闘を行う! ここにいる全員が見届け人であり、敗者には弔いを、勝者には賞賛の礼節を怠らないことを誓うように! 勝敗は……双方どちらかが降参するか気絶するかで決定し、勝者は敗者から何かを得ることを許可する! ライアット地区代表者! 君が勝った時は何を求める!」


その問いにビスマルクは不敵に笑った。


「この地区を貰おうかのぅ! あと、その……お、女の子を……え、ええい! と、とにかく! この地区はオラのもんじゃぁっ!」


ビスマルクの地区に住む悪童らが一応というか彼の言葉に呼応して「オーッ!」と声を上げる。そんな連中にクロウは「ケッ」と舌打ちをすると、タクミは次にクロウに同じ質問をしてきた。


「ティアール地区代表者! 君が勝った時は何を求める!」


そう聞かれてクロウは不敵な笑みから徐々に戸惑った表情に変わっていった。クロウは何も望んでいなかったのだ。元々今回の件も別に喧嘩をしたかったわけではない。ただ自分の心根にある“全員日々平穏”という信条を守るために戦う道を選んだだけだった。

 クロウは視線を空に上げながら考える。真っ青な晴天には雲一つなく、暖かく力強い光を降り注ぐ海陽には暈が形成されていた。


「……まぁそいつは終わったら考えるわ」


クロウは自ら計画性の無さを隠すようにそう告げると、ビスマルクを含む敵陣はキョトンとし味方陣営からはヤジが飛んだ。


「クロウ! バカ! もっとあんだろ!」


「それでも俺たちのボスか!」


「誰だ! あんな奴をリーダーにしようって言ったのは!」


「お前だ!」


「お前もだろ!」


「実は俺も……」


味方からも辛辣な言葉が投げかけられる中、タクミだけは納得したように微笑みながら再び声を上げた。


「では双方正々堂々と戦うように! 始め!」


タクミがリングから引き下がると同時にクロウとビスマルクは向き合って戦闘態勢ともいえる構えをとる。かくしてセルヤマの悪童2人の決戦の火ぶたは切って落とされた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 暑い日差しの中、木陰で休憩していたフィーネは見渡す限りの草原を眺めていた。湿度が高いセルヤマでは、日陰に入っても体感温度は変わらない。湿った風は身体にまとわりつき、その不快感は他惑星では中々味わえないものだった。


「(……本……汚れてなきゃいいけど……弁償するお金もないし……)」


昨日と同じ長つばの帽子を伸ばした足の上に置きながらフィーネは心の中で溜息をつく。

 昨日借りた本は今頃あの品性のなさそうな少年らの手で汚されているに違いない。フィーネはそう心の中で呟くとウンザリとした表情を浮かべた。

これだから男は嫌いなのだ。あの深紅の瞳の少年も偉そうなことを言っていたが体格から見て勝てるはずがない。もしかしたら今日は決闘などせずにどこかへ逃げだしている可能性もあるだろう。


――男を信用するな。


それは母が唯一彼女に教えてくれたことであり彼女にとっての真意でもある。一番身近な異性である父親が彼女ら母娘を捨てて姿をくらました時から、彼女は男に信用はおいていないのだ。男は常に目先の利益や野心によって身を亡ぼすのだ。


「……暇」


改めて自分は読書以外の趣味や友人がいないことを嘆く。友人もいない彼女の周囲には風が揺らす草木の音だけが響き渡っていた。端から見れば美しい情景かもしれないが、望まない無の時間はただの地獄に過ぎない。

 昨日奪われた本が一生帰ってこないということはないだろう。いざとなれば通っている学園の教員でも、最悪の場合は警備隊にでも訴えればいい。フィーネはそんなことを思いながらただボーっとするしかない現状に少しうんざりしていた。


「どっちが勝つと思う?」


フィーネが腰を下ろす大きな木を挟んだ砂利道から少年らの声が耳に届く。無邪気に走り回る同年代の少年少女等をまるで幼児のように思いながらため息をつくと、まるで全てを放棄したかのように仰向けになって寝転がる。すると声の量が徐々に増えていくのが分かった。


「そりゃさすがにビスマルク暴やだろ?」


「おいおい。そこは一応ウチの地区のリーダー応援しようぜ」


「いやいや知らねぇのか? ウチの方は3個年下の奴にだって勝てねぇ奴だぞ?」


「何でそんな奴がリーダーなんだ?」


「さぁ? 親が金持ちなんじゃね?」


「え? 孤児院育ちって聞いたけど?」


目は簡単に閉じることが出来ても耳を塞ぐのは手を必要とするため難しい。おかげで海陽の光を遮ることは出来ても、道で屯している少年らの声は嫌でも耳に入ってくる。フィーネは再びため息をつくと、再び少年らの声が耳に届いた。


「お、見て見て! これ現場の従兄弟から!」


「うわっ! すげー悲惨」


「血まみれじゃん。コエ~」


「こりゃ予想以上にスゲェな。うわ、今地面に頭打っただろ?」


子供の会話とは思えない内容にフィーネは顔を顰める。気付けばフィーネはゆっくり立ち上がって、お尻を払いながら少年らの方に歩み寄っていた。


「……あの」


フィーネが声をかけると少年らは振り返り、皆一様に少し緊張した面持ちになった。

 少年等が何故か揃って頬を染める。その間抜けな顔にフィーネは訝しげな表情を浮かべながら、自分は持ち得ない高級品の通信端末を持つ少年に嘆願した。


「あの……見せてもらえますか?」


フィーネの言葉に少年は妙にニヤけながら、カクカクと機械のように頷きながら端末を差し出してくる。そこから浮かび上がる二次元のディスプレイの映像を見てフィーネは思わず端末を奪い取っていた。


「……本当にやってる……」


二次元ディスプレイな映る長身の少年と血まみれの少年が掴み合う姿を見てフィーネはポカンとした。

 本当に決闘するとは、男というのはどれだけ頭が悪いのか? フィーネは呆れたよな、それでいて驚いたような感情で溜息をつきそうになると、殴られた少年の血飛沫が飛び散るのを見て息を呑んだ。

 血まみれの少年が殴り飛ばされて地面に転がる。何が彼をそこまで駆り立てるのかがフィーネには分からない。いや、本当は分かっていた。彼は自分の為に戦っているのだ。そう思った瞬間にフィーネは少年らに声を荒げていた。


「こ、これどこですか!?」


「えぇ!?」


思いがけない言葉に少年らは面食らうが、フィーネは端末を持っていた少年の胸倉を掴みさらに詰め寄った。


「どこですか!?」


「こ、この道をまっすぐ行った、高原広場」


首を絞められた少年が何とか声を振り絞ると、フィーネは思わず息を呑む。そしてズタボロになり血だらけになった昨日の少年の姿が頭に浮かんだ。フィーネは少年の胸倉から手を離すと慌てて走り出していた。

 なぜ走り出しているのか彼女にも分からなかった。

ただ、昨日起きたあの出来事は彼女にとって巻き込まれただけの事故であり、無視しても問題ないことのはずだ。


「(私は……ほ、本が気になるから……)」


まるで自分に言い訳するように彼女は心の中で叫ぶ。


あの深紅の瞳をした少年がどうなろうと知らない。

昨日奪われたあの本が無事かが重要なのだ。

本さえ返ってくれば彼らに用はない。

さっさと家に戻って古代文字の解読しよう。


そんな言い訳がフィーネの心の中を駆け巡る。しかし彼女の心に浮かぶ情景には、あの深紅の瞳をした少年が踏ん張って立ち続ける光景が広がっていた。

 砂利道を疾走し、纏わり付く湿った風を振り払うようにフィーネは突き進む。いつも本ばかり読んでいるので自分にこんな脚力があるとは思わなかった。帝国では義務付けられている生まれてすぐのB.I.S検査を受けていない彼女にとって自分にどんな才能があるのか分からなかったが、もしかしたら徒競走の才能があるのかもしれない。

 走り続けるうちに大きな声援が耳に届き始めた。しかし、それは決して走る彼女にかけられるものではない。徐々に大きくなっていく眼前の人だかりにフィーネは息を切らしながら飛び込んでいく。男だらけのむさ苦しい空気の中、数少ない女子の「キャ!」「ねぇクロウ君もうヤバくない!?」という悲鳴にも近い声が耳に入ってくる中でいつの間にかフィーネの心の中で叫ぶ言い訳は消え去っていた。

 人混みを掻い潜って彼女は円の中央……最前列に辿り着くと「グシャ」という鈍い音が響き渡り、先程端末越しに見た血飛沫が彼女の頬に飛び散った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 快晴の下で行われた真昼の血闘。その戦いは壮絶……とは言い難かった。下馬評を覆すことなくビスマルクの圧倒的優勢で戦いは進み、もはやそれは戦いというよりも一方的な蹂躙に近かったかもしれない。しかし、そんな結果が見えている戦いにも関わらず、その場から去ろうとする者は1人もいなかった。


「クローーウ! 立て馬鹿野郎!」


「オメェが負けたらウチの負けなんだぞ!」


「俺等の頭がそんくらいでへこたれるんじゃねえ!!」


「明後日泊りにくる予定はそのまんまか!?」


仲間の声援を背にクロウは七転び八起き……百転び百一起きにも匹敵する数だけ立ち上がり続ける。殴り飛ばされては起き上がり、蹴り飛ばされては起き上がり、投げ飛ばされては起き上がった彼の顔は最早原形を留めておらず、ボコボコに腫れあがっていた。


「ゼェ……テメェ……ゼェ……いい加減に……ゼェ……諦めんかい……ゼェ」


殴り疲れて肩で息をするビスマルクに対して、クロウはボロボロになりながらもファイティングポーズをとったままフラフラと立ち上がっていた。

 呆然と2人の決闘を眺めるビスマルクの子分たちとは対照的にクロウの仲間たちは皆一様に声援を緩めることはない。


「頑張れ!」


「負けるな!」


「この前貸したゲーム返せ!」


仲間たちの声援を受けながらも彼の耳に届いているかどうかは分からない。もはやクロウは意識朦朧の中でかろうじて立っているだけだった。


「ろーひは! ほへははははっへふほ!」


クロウは血の味しかしない口でそう叫ぶとビスマルクは汗にまみれながら激昂した。


「何言ってるか分からんのじゃ!」


ビスマルクの本日何度目かの拳がクロウの右頬を捉える! しかしクロウは倒れることなく頬でビスマルクの拳を受け止めた!


「おあ! ははってほいよ!」


身体がミシミシと音を立てて思うように動かない。クロウはただ気力と根性だけで背骨に力を入れ、顔でビスマルクの拳を押し返した!


「ゼェ……ゼェ……な、なんなんじゃ……ゼェ……テゼェ……ぐ……」


ビスマルクは動揺を隠しきれていなかった。どれだけ悪ぶっても彼はまだ少年なのだ。普段は単純なパンチや蹴りを数発入れれば大抵の者は降参していたのだろう。だがクロウは違う。どれだけボロボロのなろうとも彼は決して膝を折らない。自らの信念を貫き通すために戦うという選択をしたのは自分自身なのだ。

 ここで負けることはビスマルクだけでなく、自分にさえ負けることになるとクロウは感じていた。


「ゼェ……ゼェ……ゼェ……いい加減に……ゼェ……せんかい!」


ビスマルクの拳が次はクロウの左頬を捉える。顔の向きを変えながらクロウはまたしても頬でその拳を顔で受け止める。

むごたらしい血飛沫と衝撃音が響き渡る中、クロウは僅かに開く瞼の隙間から見覚えのある顔を確認した。

 頬に血飛沫のかかった少女はただ呆然とその光景を眺めている。騒ぎ立てる少年少女等の中で囲いの最前列に居ながらも微動だにしない少女の存在は異質だった。

 少女は手をぶらりと下げたまま何かを囁いていた。


――が ん ば れ


少女の口の動きから読み取った言葉をクロウは噛み締める。そしてこの戦いのきっかけを今更になって思い返した。


「ふんぬっ!!!!」


クロウは視線をビスマルクに戻すと歯を食いしばる。その瞬間――クロウの身体に妙な感覚が走った。腕も足も顔も体全体がギシギシと痛む。それでも立ち上がるのは自分の中にある折れてはいけないものを守る為でもある。

 目の前に虐められている少女が居れば助けてやることはおかしなことじゃない。今ここで人と殴り合うことは世間一般から見れば悪いことかもしれない。ただ自分は間違ってはいない。そう信じることが出来たのだ。そう思った瞬間、身体に力が入った。

 クロウは右拳を握り締めると昨晩散々シャインに教えられたことを改めて実践しようと試みた。


右拳に全体重を乗せる

右足を踏み込む。

左足で支える。

腰を捻る。

左腕を肩ごと引く。

右拳まっすぐビスマルクの顔をぶちぬく!


 運動のできないダンジョウにとっては基本動作さえも高度な技術を要する。凡人が基本動作を得るには多大な努力が必要になるのだ。しかし彼が右拳を一閃した瞬間――敵味方関係なく辺りにいた少年少女等は沈黙してしまった。

 単純な動きは精錬されると美しくなるものである。クロウが放った拳は正に誰もが見ほれる美しさを持っていた。


「ガハッ!」


静寂の中にビスマルクの呻き声が響き渡る。

 クロウの放った拳を受けてビスマルクは天を仰ぐと、鼻から勢いよく吹き出した血は霧のように宙を舞った。今まで感じたことのないであろう痛みにビスマルクの膝が笑っている。それでもかろうじて踏ん張ろうとするが、やがて彼は土煙を巻き上げて豪快に倒れた。


 形勢逆転。一方的に打ちのめされていたクロウがたった一撃でビスマルクの巨体を沈めるのは正に青天の霹靂であり、その急展開に誰もが言葉を失っていた。そんな静寂の中に響き渡るのは「ゼェゼェ」というクロウの荒い息遣いだけだった。

 誰もがただ茫然と彼の一挙手一投足を見つめる中、クロウは足を引き摺りながら一歩づつ前に進みだす。大の字になって倒れるビスマルクを跨ぎ、やがてクロウはビスマルクの取り巻きの前に近づくと、その少年は「ひっ」と恐怖の声を小さく上げた。


「よほへ」


「は、はひっ!?」


身体を強張らせる取り巻きを尻目にクロウはペッと血を吐き捨てると奥歯が地面に転がった。


「……そいつをよこせ」


その取り巻きは生唾を飲み込みながら抱えていた本を彼に差し出す。クロウは本を受け取ると踵を返し、次は先程目があった赤髪の少女に歩み寄った。


「ほら」


そう言って差し出された本はうっすらと血が滲んでいた。

本を呆然と見下ろしていた少女は両手でしっかり受け取る。


「……ありが、とう」


「カカカ。気にすんな。汚しちまって悪かったな」


ボロボロのクロウはそう言って二カッと笑う。その汚い笑顔に少女はただ「うん……」と答えて本を抱きしめていた。

 本を渡したクロウは仲間たちのもとへ帰ろうとした拍子に思わず体がよろけだした。目的を果たしたことで気が緩んだのだのだろう。まるで急に力が抜けたような感覚に彼は思わず「うおっ」と声を上げる。しかし彼が膝をつくことはなかった。少女がクロウの腕を掴んでくれていたからだ。


「おお、サンキュ。って落とすなよ」


クロウは折角取り返した本を地面に落としてまで肩を貸してくれた少女に微笑む。血まみれの手でクロウは本を拾い上げると、少女の肩を借りながら仲間達のもとへと歩き始めた。


「そういえばよ」


最早感覚があるかも怪しい右足を引きづりながらクロウは今更になって思った。今回の喧嘩のある種きっかけでもある、とてつもなく単純なことを彼は知らなかったのだ。


「オメェなんて名前だ?」


クロウはボロボロの顔を少女に向けると、少女は疑うことを知らない純粋な瞳で答えた。


「私はフィーネ。フィーネ・ゴールベリ……あ、でも」


少女はそう言ってクロウの耳元に顔を近づけて囁いてきた。


「(他のみんなにはフィーネ・ラフォーレってことにしてくれる?)」


首を傾げる少女を見てクロウも同じく首を傾げる。


「(? ああ分かった。あ、俺もクロウって呼ばれてるけど、本当はダンジョウってんだ。秘密な)」


クロウ……いや、ダンジョウはそう囁いてからボロボロの顔で微笑む。別段深く考える必要もない。彼女がそう望むならそうしてやればいいだけなのだ。

 二人はゆっくりと歩きながら仲間たちの前に辿り着く。呆然とするタクミをはじめとした少年たちの顔を見たダンジョウは本を持つ右手を掲げ、ボロボロに腫れあがった顔で笑顔を作った。


「カッカッカ! 楽勝!」


「「「どこがだっ!!!!!!」」」


一斉に突っ込みながらも仲間たちは飛び上がり大歓声でダンジョウを抱え上げる!

真昼の血闘はダンジョウの勝利という壮絶な大どんでん返しで幕を下ろした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 遠巻きに見える抱え上げられたダンジョウはボロボロだった。昨晩散々教えたフットワークはまるで出来ていなかったし何よりも攻撃が単調で遅い。唯一良かった点は最後のストレートと決して倒れなかった根性くらいだろう。


「しかし勝つとはねぇ」


丘の上から双眼鏡で事の顛末を見届けていたシャインは首を傾げながら唇を尖らせる。


「あのビスマルクって子ならあのバカに大敗の意味を教えたくれると思ったんだけど……」


シャインはそう言って立ち上がると双眼鏡を懐に仕舞い込んだ。

 常に勝ち続ける者は魅力的だ。しかし大きな負けを知ってこそ勝利の意味を最も理解することが出来る。シャインは今回の件でダンジョウにその教育を施すつもりだったが、思いの他に彼の根性は凄まじかったと言わざる得ないだろう。


「……ま、今回は勝ちでもいいんじゃない?」


シャインはそう言ってハッとした。いつもなら誤算が生じると不満に感じるのだが、その時は自分の表情が緩んでいたからだ。

 結局彼女自身が一番子供なのかもしれない。そんな風に思いながらシャインは振り返って多くの少年らに抱え上げられるダンジョウを遠目に見届ける。そして今まで思っていなかった自分自身の野望……夢が言語化できたことに驚いた。


彼を……ダンジョウ=クロウ・ガウネリンを必ず皇帝にする。


シャインは自らの目的を噛み締めながら先に孤児院へと戻っていった。

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