第十三話 LESSON4
前回、天都との対決
「くだらん時間を過ごした。続きをするぞ」
トレーニング再開の合図。
二人の直感が働く前に、既にその首めがけて見えないワイヤーが迫っていた。
時空を超えて襲いかかる極細の糸。それが首筋を1㎝切り裂いた所で、二人は身体を倒して回避する。
首筋に流れる血も、鋭い傷跡も、ほんの数瞬で元に戻る。
身体を倒した低姿勢から、美羽は床を踏み込みスタート。
蛍はその支援に回った。
四方八方から武器の群れが天都に降り注ぐ。もちろん蛍の想造だ。
それらは正確に、打ち落とされてもバラバラの破片になってもターゲットに向かって追撃し続ける。
一撃でも食らったら終わり。ならこの全てを迎撃しなければならないはずだ。
・・・・・さっきから思っていたが、妙に身体が軽い。
天都さんの言葉曰く、アラディアさんの呪いのおかげらしい。
トレーニング初日にかけられた呪い。身体が地中に埋まる程の圧力が科せられ、呼吸も満足にできない。
それももう随分慣れた。それゆえか、背筋がいつの間にかピンと伸び、姿勢が正しくなっている。
無駄な動きが削がれたのか、動き回っても疲労の色が見えない。フォームが整えられた分、正確性が増した。
快適だ。身体が空気のよう・・・はさすがに言い過ぎか。
二人がその感慨を噛みしめていると、アラディアが天都に指示を出した。
「天都、次のトレーニング内容も始めた方がいいかもな」
「なに?」
「高次元への上昇。二人が完全に超越するまでの処置だ。やり方は独学で任せろ」
その会話は、二人には聞こえなかった。
それは単純な音量や距離の問題ではない。まるで、今さっきと違う領域に立って話をしていたように。
そんなことは露も知らず、美羽はその距離を詰める。
張り巡らされたワイヤーを、直感を使って空いている場所に飛ぶ。
若干頬に掠めながら、ワイヤーで蛍が創造した武器を迎撃する天都の元へ、その手を届かせ――
「えっ」
確実に間合い。手が届く位置にいた。魔術を使う様子もなかった。
だけど、その手が触れる一歩前に、天都の姿が消えた。
当然不発に終わる。
その場を離れ、慌てて見鬼の術を発動させる。
人の目で捉えられる可視光線。見鬼の術はその範囲を拡大させ、赤外線や紫外線など目に見えない領域にまで捉えるようになる。
視覚強化の魔術で、霊的なものすら視界に映すことができる。それを使って姿を隠した天都を見つけ出そうとする。
だが、それを用いても何も映らない。
「美羽!!」
背後から聞こえる友人の声。
蛍は美羽の身体を抱え、後方に飛んだ。
刹那後に空間ごと引き裂く不可視の斬撃が、美羽の立っていた場所に切り傷を残す。
床に走る切り傷の数。あのまま呆けていたらバラバラに引き裂かれていただろう。
20メートルの距離を浮遊し、着地。蛍がその手から美羽を下ろす。
「ありがとう、助かった」
「どういたしまして。さて、天都さんはどこに行ったのかな?」
二人の視線は前方。先ほどまで天都が立っていて、そしてついさっき消えた場所に注がれる。
蛍も見鬼の術は発動済み。そして天都の姿を発見できないことも美羽と同じ。
だが先のワイヤーによる攻撃から、この空間内にいることは確かだ。
困った。既に光の波長は限界まで可視可能。そして視覚強化の魔術は多くは学んでいない。
どうすればいい。困惑している二人は、アラディアと視線が合った。
ニヤリと笑う。あ、絶対何か知ってるな。二人は確信した。
「視覚強化の魔術使っても意味ねぇぞ。天都はそこにいる」
いないのにいる。禅問答でもする気だろうか。
アラディアさんは違うと首を横に振る。
「存在している次元が違うんだよ。俺たちが普段存在する次元はだいたい三次元だ。
対して天都は次元を上り、今お前たちの攻撃を回避した」
あっけらかんと言うアラディアだが、二人の理解は追いついていない。
説明が足りないというか原理が理解出来ていないというか。
しかし細かい説明なんて知らんとばかりに、アラディアは
「次のレッスンを平行して始める。
lesson4、次元の上昇。ほら、前」
意識を戻す。既にワイヤーが足に食い込んでいた。
前兆が全く無いまま、異次元から現われた鋼鉄の糸。
目も耳もまったく頼りにならず、鍛えた直感を用いて危機を回避する。
それに続いて襲い来る幾多のワイヤー。それに対して二人は後手に回ざるを得なかった。
二人の直感は未だ完全なものではない。意思のない自然物に働くことはないし、今なお飛んでくるワイヤーに直感が働く成功率は半々くらい。
失敗した他の半分には、身体に触れた瞬間にそれを察知し回避するしかない。いわば受け身の状態だ。
「高次元からの干渉は一方的だ。
存在している次元が違う者には触れられない。
見ることも聞くこともな。自由度が違うんだよ。
だから物理学でも、余剰次元を付け加えるだけで多くの理論を単純化できる魔法の杖と言われてる。
お前たちがどうこうしても無駄だ」
みるみるうちに増えていく傷跡。本来外傷内傷含め、すぐに治るはずなのに。
それは、天都が攻撃の意思を強めたことに起因する。
再生?なにを馬鹿な。そんなこと俺は認めない。誰がそんなことを許した。
疾く死ね、消えろ。塵すら残すな。
もちろん本人はそんな物騒なことを考えはしない。ほんの少し殺意を強めただけだ。
しかしその効果は明らか。時間が経過しても一向に治癒しない。むしろ傷跡が深くなり、出血も止まらない。
膨大な殺意を込めれば、不死だろうが殺せるのだから。
「はあぁっ!!!」
防戦一方ではまずい。痺れを切らした美羽は右手に莫大な力を込め、天都がいるであろう空間を引き裂いた。
この想い、次元を超えろと。
次元と破壊。一瞬の鬩ぎ合いの後に、美羽の破壊が競り勝った。
高次元に届いた壊滅の爪。しかし次元を裂いたそれでも、天都のワイヤーによって防がれた。
「顕現を使えば確かに干渉できるが、お前たち本体は違うだろう?
顕現だけに頼るな。天都が高次元にいるのなら、お前たちもそこまで行けばいいだろ」
「そ、そんなこと言われましても!」
慌てながら、どうしたらいいんだと美羽は焦る。
考えろ。天都さんはどうやって、次元なんてものを上昇した?
そういえばアセンションなんて言葉があったな。巷で話題の。それか?それなのか?
異次元の猛攻を凌ぎながら別の事を思考するのはきつい。
チラリと、ヒントを求めるようにアラディアさんを見る。
さもそれくらい自分で捜せと言わんばかりの表情で、アラディアさんは言った。
「答えにたどり着くための方法は多数ある。
活動、形成、創造、流出の過程で王国から王冠の階梯を上るもよし。
周囲の空間に新たな時間と空間を挿入したりするもよし。
よりどりみどりじゃねぇか」
(だからそれが分かんないんですって!)
次元の上昇なんて、今日初めて聞いたばかりだ。もちろん上り方なんて教わっていない。これでどうしろと?
・・・・・・いや、弱気になるな。
この前の荒野のトレーニングは何のためにあった。自らの常識を改変するためだろう。
創り変えられた自らの考え方は内側だけでなく外界にまで影響を及ぼす。それが顕現者という一つの異界ならなおさらに。
根拠なんて無くてもいい。自分ならできると信じろ。
先ほど顕現で切り裂いた時。一瞬見えたあの領域。
生身でそこに到達するために、私がしたことは、ただ自らの想いを燃焼させた。
想念を高める。想いは霊格と直結し、霊格の上昇は副次的な効果を生む。
この世界は至極単純だ。自分の想いを高めれば、大抵のことはなんとかなる。
それを純粋に信じた者が報われる仕組み。
高次元の存在。それを指して神と呼ぶのかもしれない。
なら神にだってなってみせろ。そうでないとファルファレナとは戦えない。戦う資格すらない。
迫るワイヤーの向こう、天都がいた場所の向こう、高次元に立つ彼の元へ。
到達する。必ず到達する。乗り越え、縋り付く。
自分を信じる、なんて陳腐な言葉だが、必要なのは狂信を超える域での信仰。
自分自身への信仰。自分を全能だと信じること。
目指すは不純物のない透き通るような想念。
超えろ。次元を。
魂の深奥から湧き上がる力は、瞬く間に美羽の想いに応える。
徐々に、美羽の身体は透けていく。それは透化ではなく、むしろ上昇。
魂が昇華する。それに応じて身体も高次元に適合していく。
その霊格は、もはや3次元に留まらない。
未知の4次元。そこへ足を踏み入れた美羽は、近くにいた天都へその爪を伸ばす。
しかし弾かれた。周囲に張り巡らされたワイヤーが、分かっていたかのように美羽の進路方向へ立ち塞がる。
けれど、
天都の姿が見える。触れられる。感じ取れる。
高次元へ到達した美羽は、その実感を全身で噛みしめる。
嬉しさと、達成感と、わずかばかりの不安が湧き上がる。
出来た。やっぱり出来た。
「はっ、一番単純な方法を選んだか。
ま、変に考え込むよかマシか」
突然目の前から消えた美羽を見て、アラディアは彼女が天都のいる次元にまで足を踏み入れたことを理解する。
せっかく俺がヒントを出してやったのにそれを丸っきり無視しやがって、という怒りはこの際隅に置いておこう。
人には向き不向きというものがある。それが美羽の場合は想念を高めるという方法であっただけ。
むしろ世界の構造を考えればそれが最も簡単ですらあるのだから。
一方蛍は、
先ほどアラディアが言っていた魔術的な用語。
あらかじめそれを知っていた蛍は、論理的に次元の上昇への道を探ろうとしていた。
(確か、カバラとか、セフィロトの樹とかの用語だったよな。
その思想は色々あるだろうけど、主流なのは確か)
神の御業をたどることで、神の領域に達する。
上から流れ出る神の力をたどり、人間の域を逸脱し全能に達する。
そんな思想だった気がする。
カバラにおけるセフィロトの樹には、10の球と22の小径がある。
そしてスフィラ同士はパスで繋がっている。
もしも高次元を上位のスフィラだとしたら、それはパスで繋がっているから・・・・・・。
ここでセフィロトの樹の話を隅に置いて、今度は次元について考えて見よう。
まず0次元。これは単純な点だ。点と言っても長さや高さはない。それを現す基準や量がまったくない点だ。
そして1次元。線だ。0次元の点が無限に集まって構成されている。
2次元や3次元も、こうした下位の次元が無限に内包されている。
次元というのは完全に隔離されているものではない。
その次元には、下位の次元が内包されている。
つまり繋がっていると見ることはできないだろうか?
次元にしても、セフィラにしても。
そして繋がっている道があるのなら、それを通ることもできる。
その方法は?自分事として考えてみよう。
幸い、自分には神の御業のような顕現がある。
それを使って世界を創造。そして創造した世界の住人が、蛍の御業を真似て神に至る。
自らの被造物が自分に匹敵するなど、蛍は馬鹿馬鹿しいとしか思えないが、それはそれだ。
流出し、創造し、形成し、活動する。
その仕組みを体系化し、理解する。
創造主の視点と、被造物の視点で、世界の裏側を見る。
さながら雷光が走ったように、蛍の中で何かが閃き、
美羽から一歩遅れながらも、蛍は高次元に到達した。
「なんだ、意外と簡単だ」
これまでの苦労は何だったんだと、溜息と共に嘆息する。
同じく立つ美羽と天都の姿を視認して、自らも戦闘に加わる。
恐るべきは自らの想いのみで高次元に到達した美羽か。それとも一つの理論を完全に理解し、手中に収めた蛍か。
到達した高次元を見て、二人は次元を薄い膜のようなものだと思った。
もっとこう、まったく別の景色が見えるとか、時空間が崩壊しているようなイメージをしていたが、景色は元のトレーニングルームと何ら変わらない。
アラディアは相変わらず本片手間に二人を見つめ、天都は指を動かしワイヤーを操っている。
1㎝もない薄さの、しかし面積は大きな膜が、この宇宙に無限と重なってる。あるいは次元の中に宇宙が存在する。その二人のイメージは大体合っていた。
息の合った連携を取る二人に指一本で対処しながら、天都はアラディアに目を向けた。
アラディアは視線を受け取り、両手を開き合図する。
『今日は10次元まででいい』
天都とアラディア。二人の間には次元の壁があり、認識などできないはずだ。
しかし最下層の咎人に匹敵する二人は次元の概念などとうに超えている。障壁などあってないようなもの。
ゆえに容易くコミュニケーションを取れる。合図を受け取った天都は、迫る破壊の爪を前に、さらに高次元へ上昇した。
「っ、また!」
が、既にコツを掴んだ二人は容易く上に足を突っ込む。
美羽はまだ不安定だが、蛍は既に腕を動かす事と同程度の感覚で次元を上昇する。
当然、二人に放たれたワイヤーは弾かれた。ここにきて、二人もようやく目が慣れてきた。
ただでさえ細いワイヤー。その細さは髪の毛一本分にも満たない。それに隠蔽、感覚遮断、錯覚の魔術を数十付与していたのだ。見鬼の術だけで見破れなかった理由が分かった。
四方八方から襲うワイヤーは、既に色を塗ったようにその軌跡が見て取れる。
一々避けるのは面倒だと、蛍はその場から消えた。
当然何もない場所にワイヤーが殺到しても、切り裂ける対象はいない。
一気に三つほど次元を飛び越えた蛍は、そのままに天都に刃を振るう。
高次元からの干渉は一方的。同じ領域に立たなければ攻撃も防御も不可能。
先ほどアラディアが教授したように、このままでは天都が攻撃を防ぐことは不可能。
(ここにきて予想外の成長。飲み込みが早い)
仕方なく天都は蛍がいる次元の、さらに一つ上に上り、高みからワイヤーを操作する。
しかし予想外の事態がもう一つ。
天都が到達した次元に、既に美羽が腕を構えて待っていた。
しかも顕現の形状は巨腕。天都を守るワイヤーごと断ち切るという意思が読み取れる。
「El Diablo Cojuelo!!!」
次元を裁断して、遍く時空間を砕きながら悪魔の腕が天都に迫る。
その手は禍々しさを増し、五本の指を開いた有様はまるで龍のようだ。
あまりの衝撃に、天都の前に展開されたワイヤーが軋みを上げ、触れた瞬間に砕け散る。
盾を無くした天都。その胸元に、爪が吸い込まれる。
ドッッッ!!! と、一際激しい音が次元に響いた。
静寂。
高次の世界に立つ三人。
至近距離で静止している美羽と天都。それを少し離れて見ている蛍。
天都の胴に叩き込まれた巨腕は、その黒が解けて細く白い手に戻る。
美羽の全力を以てしても、天都は微動だにしなかった。
しかし今回のトレーニングの目標、天都に一発食らわせるという目的は達した。
「・・・・・・初めて高次元に到達した時、上昇に手間取っていたのはブラフだったのか?」
「いえ、実際手間取っていたのは本当です。
けど、蛍が言ってくれました。
自分が注意を引く。そしたら天都さんは自分よりも上に行くと思うから、先にそこで待機していてくれって。
応えなきゃって思って、そうしたら自然と到達できました」
「そうか」
天都は美羽の頭に手を触れ、よくやったと数回撫でた。
踵を返し、二人に帰るように合図する。
「ちょうど俺たちが立っているのは10次元。今回のトレーニングの目的は達成した。
戻るぞ」
「はい」
元の次元に戻ることは、上昇することよりも難しかった。
拡張し、広がった自分を狭い枠組みに押し込む。
身体がとても柔らかい人が、箱の中に自分の身体を折りたたむよう。
10分そこらして、二人は元の次元に戻ることができた。
「よう、終わったか。ご苦労様」
コーヒーを飲みながら、珍しくアラディアが二人の労をねぎらった。
その目はこちらを見ているようで、どこか違う場所を見ているようでもあった。
「今日はもう終わりでいい。扉はあっちだ、さっさと帰れ」
「え、もう終わりなんですか?」
「なんだ、それとも拷問メニュー付け足すか?」
その言葉を聞いて、冗談じゃないとそそくさ桃花の二階に帰る二人。
二人がスライムの外へ出る。二階には誰もいない。
けれど机の上、ソファーに囲まれたそこに、何かが乗っていた。
パンケーキだ。二人分の皿に、計四つ、見ただけでフワフワのパンケーキが乗っている。
ベーキングパウダーと生クリーム、蜂蜜がほんのり湯気の立つスフレパンケーキにトッピングされている。
白いミントの葉がちょこんと飾られて、可愛らしさも忘れていない。
その近くには手紙が置いてある。丁寧な字でこう書かれていた。
『お・つ・か・れ~。
頑張ってる2人に霞さんがパンケーキ作ってあげちゃうぞ~。
最近お菓子作ってあげるのが流行っていると聞いて便上しましたアハハハハ。
私と集は堅洲国行ってうからそれ食べて帰りな。
by 霞』
文面とスフレパンケーキを交互に見て、思わず二人は笑ってしまった。
そうなんだよ。あの人普段酔っ払っているからそうは見えないんだけど、社交性とか生活力とか、総合すれば店長よりも優れているんだ。
料理は全部手作りらしいし、この前外国人のお客さんと英語で話してもいた。
酔っ払ってはいるが、やる時はやる人でもある。
「折角だから頂こうか」
「うん、後でお礼もしないと」
手を合わせ、皿の上に置かれているフォークとナイフを持って、スフレパンケーキに手をつける。
テレビとかでしか見たことがない、フワフワのパンケーキ。
口の中でとろけるとはまさにこのこと。外はサクッと、中はとろとろのふわんふわん。
思わず舌鼓を打つ。私が甘いものを好きなことが分かっているのか、ちょうど良い甘さに仕上がっている。
人によっては甘過ぎかと思うかもしれないけれど、私はパクパク食べることができる。
気づいたら、パンケーキの最後の一口を食べ終えていた。
次回、並列思考




