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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
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第十一話 ただ、生きたかった

前回、サラミナとの決着



私は最初の犠牲者だった。



どこかの世界の、とある村。そこに私は住んでいて、時代は、貴方達からすれば中世あたりかしら。

黄金のような稲穂(いなほ)畑。手に鎌を持ち、作業する三人の内の一人が私だった。

今年は見事な大豊作。背の小さな私は広大な畑にたっぷりと生える稲に胸を踊らせた。

去年はあまり実らなかったから、きっと神様の素敵な思し召しだ。去年苦労した分、倍にして返してくれたんだ。


ゴホッ。コホ、ゴホ。


胸からせり上がってくる(せき)。手で口を押さえ、私は何度も咳をする。

最近風邪気味だ。どこか熱っぽいし、動けないくらいじゃないけど、少し身体がだるい。

けれど作業を止めることはできない。少し無理をして、熱にうなされる身体で作物を収穫していく。

この時期は一家総出(いっかそうで)で作業を行う。それだけ私たちが有する畑は広大で、当時は便利な機械もなかったから。ほぼ丸一日かけて。

だから私が休んだら、お父さんとお母さんがその分働くことになる。二人の迷惑にだけはなりたくなかった。



事態が急変したのは5日後だった。

立てないほどの高熱と目眩で、私はベッドで(うな)っていた。

滝のような汗は収まることを知らず、視界は常に朧気(おぼろげ)(かす)む。

2秒に一回は咳をして、こみ上げるそれは水を飲んでもお薬を飲んでも一向に治らない。


ゴボッと、生々しい音と共に、口元を押さえていた手に血が付着した。

赤。普段見慣れない色。嫌悪する赤。

それを見て、時が止まったかのように唖然として、同時に途方もない恐怖がこみあげてきた。


私は死ぬの?死?だって、血がこんなに・・・・・・・・・・。

嫌、嫌よ!絶対に嫌!!!

まだ14しか生きてないのよ!?都市に出てきれいな服を買ったこともない。素敵な彼氏に出会ったこともない。それなのに、私は死ぬの!!?


咳をする度に吐血する。天秤の比重が傾いて、自分が死に近づいていく。

その事実に狂いそうになって、半狂乱のまま泣きわめくことしかできなかった。

思えば、その時が人生で一番命に対して真摯になった時だった。

私の淡い夢を、病は根こそぎ奪っていく。

健康に気をつけていたのに、見る影もないくらいに細まっていく手足。もう、まともに立つこともできない。

お化粧にもこだわっていたのに、こんなに骨が浮き出た顔ではもう誤魔化しきれない。


両親は辛抱強く介護してくれた。だから私の次に感染してしまった。

未知の病はあっという間に私たち家族を追い詰め、破滅をもたらした。

骨でガリガリの身体。ところどころがブヨブヨしたゼリーみたいに変色し、一部は身体から千切れて腐る。

ぐじゃぐじゃした肉の断面を見て、いつか私もああなるのかと、もはや達観して見ていた。


その翌日、私は死んだ。

後にサラミナと呼ばれる病に感染し、最初に死んだ者だった。



悪性腫瘍(あくせいしゅよう)をもたらすサラミナは都市や遠く離れた農村にまで被害が及び、合計5000万とも6000万ともいえる記録的死者を出したらしい。

それゆえに人々は想った。サラミナに対してとてつもない恐怖と、それから信仰を。

想念が集まり、奇跡が誕生する。

そして、私はサラミナという概念を殻に再び産まれたのだった。


思うに、要因はいくつか考えられる。

まず、私がサラミナという病の、最初の感染者(けん)死亡者だったこと。

そして、私が死を拒絶して生きたいと願ったこと。

その果てに私自身が死病となってしまったことは、皮肉としかいいようがなかった。


ともかく、再び日の光を浴びた私に、しかし待っていた現実は奇跡とは呼べなかった。

そもそも生物にとって危害を与える病を、わざわざ自分から迎え入れる者などいない。

そんなことに気づかないまま、私は彼らに近づいた。


ゴツッ!!と骨が(きし)む音は私の頭部から。

痛くはない。けど数歩後ろによろめいて、投石したであろう男性を見る。

彼は、怒りと恐怖が入り交じった目と顔で、私を指差し「化け物め!」と大きい声で叫んだのだ。


一人が行えば二人が、二人が続けば三人が。

あっという間に周囲の人間全てが、私に石と罵声を浴びせる。

「殺せ!」「「殺せ!!」」「「「殺せ!!!」」」「「「「殺せ!!!!」」」」

否定の輪唱。殺害の合唱。むき出しの憎悪が私に突き刺さる。

私は怖くて、涙を流しながら逃げ出して、背後から聞こえる怒声に耳を塞ぎながら、森の奥深くまで到着した。


この世界ではそうなのだ。病にあふれた病巣(びょうそう)の星では。

病という概念を纏った最初の病死者を殺す事で、その病が完全に根絶される。

そんな仕組み。そんなif。そんな設定の世界観。

それを証拠に、私の思考はサラミナの病と合わさって、『自分が生き残るために世界に病を広げる』というものに成り果てていた。

今回その役目を担がされた私は、さながらスケープゴート。

そしてもうすぐ、私を殺すであろう医者がやってくる、死神が。


一度死んだ。なのにもう一度死ねというのか?

人々はその通りだと言う。

圧倒的多数のために、人類の未来のために。

お前は切り捨てられるべき必要悪だと、至極(しごく)全うで筋道通った言い分を、さも当然のように振りかざす。

その理屈は分かる。だが納得できるかと言われれば断固としてNOだ。

私はもう死にたくない。まだ都市に出て綺麗な服を着たこともない。素敵な彼氏に出会ったこともない。


だから願った。私をここではないどこかへ連れて行って、て。

願った先にいるのは、人が苦しむのを見て笑う神様か、あるいは地獄の底で笑う悪魔か。

恐らく後者だろう。願いが通じた瞬間、何かとつながった気がして、私は赤黒い世界に放り込まれていた。

堅洲国。咎人の住まう世界。

そして、行き場のない者たちの、最後の避難場所。

どんな犯罪者であろうと、どんな危険人物だろうと受け入れる殺戮自由世界。


チャンスだと思った。誰の思し召しかは知らないが、ここでなら私は否定されない。生きることができると。

そして、死にたくないがために辺り構わず病魔を撒き散らしていたら、間も無く咎人と認定され、シサンの黒騎死病魔群の一員と見なされた。


けれど仕方ないじゃないか。私は死にたくない。生きたい。それは貴方達も同じで、ならばこれは生存競争。

負けた者が死に、勝った者が生き残る。勝者だけが望みを叶えられる。

私は勝ってきた。死にたくないから必死に頑張ってきた。

勝って。生きて。勝って。生きて。生きて。生きて。


・・・・・・・・・・・・・・


だけど、こんなことをして何になる?


誰かを傷つけないと生きていけない。私はその典型例(てんけいれい)で、そんなことをする(たび)に元の自分が壊れていく。

こんな生き方は嫌だ。けれど死にたくない。どうすればいい・・・・・・。

苦悩は(つの)り、でも自分では答えを出せず、何が間違っていたのかと過去を煩悶(はんもん)する日々。

そんな、そんな日々が、目の前の少年によって。

やっと、終わりを告げた。




「あ~あ、負けちゃった」


呆気からんと言う彼女の瞳に、もう戦意はない。

憎悪も、絶望も、羨望も。

彼女を内側から焼くそれらが、自らの身体と共に消えていく。

なんて健やかな気分だ。彼女は幸福さえ感じていた。


「なあ、」


俺はそんな彼女に声をかける。

どうしても聞きたいことがあったんだ。さっきからずっと。


「誰も殺さずに、生きることは出来なかったのか?」

「無理よ」


俺の疑問を、サラミナはにべもなく否定する。


「さっきキャラクターの話をしたでしょう。

勇者は勇者の役割が与えられ、魔王は魔王の役割が与えられる。

私は後者。世界に病を蔓延(まんえん)するために発生した。いずれ殺され、抹消されるためだけに産み堕とされた」


彼女の脳裏に浮かぶのは元いた世界。

発生したサラミナを見て人々は恐れた。「化け物」と罵詈雑言を浴びせ、鬼のような形相で石を投げてきた。

居場所なんてどこにもない。あるはずがなかった。

何度も恨んだ。怒り狂った。なぜ私を産みだしたのだと、世界に問いただしたくて仕方がなかった。

死ぬためだけに産まれたなんて、あまりにも悲しすぎる。


だけど、


「これで、いいの。

元の世界の歴史では、この後私は完全に消えさるはずだった。

いずれ医者が医療法を確立させ、それと同時に私も消えるはずだった。

それが嫌で、こんな世界にまで逃げ延びて・・・・・・。

馬鹿な話よね。世界に危害しか与えない存在なのに。

それでも私は、消えたくなかった」


何が馬鹿な話だ。集はサラミナの言葉を否定したくて、自分にそんな資格がないことに気づいて止めた。

死にたくないなんて、誰しもが抱える根本的な願いだ。

それを分かっていて、なのに、それなのに。自分は彼女を排除したじゃないか。

生きたいと願っていたサラミナを。年相応の笑顔を浮かべていたサラミナを。


遠い空を見つめていたサラミナは、最後に俺を見る。

澄んだ子供の目。ほとんど消えかかっているのに、まぶしいばかりの笑顔を浮かべた。


「最後に貴方と話せて良かったわ。

ありがとう、さよなら」


俺が何か言おうとする前に、彼女は光になって消えた。

呆気なく。それまで猛威を振るっていた咎人の姿は、なかった。

一人肉壁の中に取り残される。やがて主をなくした空間も消え始める。

絵の具に水をかけるように、ドロリと空間がねじ曲がっていく。


元の世界に戻った時、(かたわ)らには霞さんがいた。


「死者は最後に、生者に呪いを託す。

それを聞き届けるのも私たちの仕事かもな」


その声色には、いつもの酔っている様子はなかった。

(きびす)を返し、俺に背を向ける霞さん。


「帰るぞ。後はゆっくり休め」



トレーニングには、徐々に枷をつけられていった。

感覚の剥奪(はくだつ)。初めは嗅覚、次に味覚、聴覚、触覚、視覚。

一時間の間隔で失われていきながら、二人はそれでも咎人たちと対等に渡り歩いていた。

むしろ直感が際立っていった。

光も音も感覚も感じないが、それでも攻撃の意思を感じ取る。


紙一重で避ける。最低限の動きだけで躱せる。

次の一瞬の最善手が大体分かる。どこをどう動けばいいか、身体が覚える。


目の前に気配を感じる。自分に対して巨大な獲物を振りかざしているのも。

美羽は懐に入り、肘で咎人の身体を突いた。

身体がめり込み、衝撃は内臓に達している。

強制的に息を吐き出された咎人の顔に、今度は蹴りが入った。

地面を滑りながら吹き飛ぶ咎人。その途中幾人か巻き込んでいる。


自分を取り囲む数十の敵。

それぞれ武器を構え、今まさに蛍へ襲いかかろうとする。

それを感じ取った蛍の動きは軽やかなものだった。

同時に襲い来る咎人。一斉に攻撃して仕留める算段だ。

それに対して蛍は、右前に一歩、左前に二歩、最後に後ろに半歩下がる。


すると周囲で巻き起こる同士討ち。

拳が、蹴りが、武器が、炎が、水が、それぞれ咎人に突き刺さる。

血が舞い肉が飛んで悲鳴が上がる。

そのまっただ中で、蛍は次の攻撃に反応していた。


既に丸々五日はぶっ通しで殺し合っている。しかし双方に疲労や怪我によるダウンはなし。

四方八方から群がる咎人。

それを迎え撃つ二人。下手すれば延々と戦い続けることもありうる。

だがその前に、


パン!!!!!と、爆音が鳴り響き、全員の足が止まった。

音と共に戻ってくる二人の感覚。音のした方向を見る。


「アラディアさん?」


柏手を打ったのは遠くで見ていたアラディア。

立ち上がり、本に栞を挟んで、私たちに向きあう。


「今日のトレーニングは終わりだ」


指を鳴らす。それだけで世界が戻っていく。

粉々に損壊した空間が、その箇所を補うように修復されていく。


「おまえらも帰してやる。後は好きにしろ」


咎人たちに向けて言うと、空間内が揺らぎだした。

あっという間に縮小し、高速で迫る壁に二人と咎人たちは巻き込まれる。

目を開けると、二人は桃花の二階にいた。


「お疲れ様、二人とも」


声のした方に振り返ると、ソファーに座る集先輩と霞さんがいた。

笑みを浮かべてはいるが、その目は憔悴し疲れ切っていることが分かる。

確か集先輩も、今日からアラディアさんの指示で咎人を粛正すると聞いた。しかも連続で。


いや、集先輩の疲労具合から察するにそれだけじゃない。

笑みに力がない。形だけ(つくろ)っているような笑顔。

よく見れば、悲観的な笑顔だと分かる。

前にもこういう時があった。集先輩が七層を担当する話を聞いた時、同じような複雑な表情を浮かべていた。

また、何かあったんだ。

咎人たちとの戦いで、辛いことを経験したんだ。


「お疲れさまです、集先輩」


余計な事は言わないように、健闘だけ讃える。

集先輩の横に座る霞さんが、テーブルの上を指差した。


「店長が作ったって~。食べな」


机の上には張り紙と、ドーナツがお皿の上に置いてあった。

張り紙には『皆で分け合って食べてください』と丁寧な字で書かれてある。


「明日は天都にも手伝ってもらう。それを食ったら早く帰って寝ろ」


スライムから出てきたアラディアさんはぶっきらぼうに呟く。

お言葉に甘えて、私たちはドーナツを手にし食べ始める。

外はサクッと、中はフワッと。程よい甘さでちょうど良い。

食べて、そして重大な事を思い出した。

横でドーナツを頬張っている蛍に、それを伝えようとする。


「数学の復習でしょ。もちろん後で教えてあげるよ」


私が口に出すより前に、蛍は私に答える。

これも直感、なのかな?



次回、VS天都

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