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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
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第十話 克黒天使

前回、モナドロジーの世界



美羽と蛍、そして数十を超える咎人たちの戦闘。既にスライムの中では、既に丸二日経過していた。

しかし二人も咎人たちも戦い続ける。飲まず食わず眠らずで疲労する彼らではない。

二人は先ほどまでのトレーニングで常識を自由に改変し、咎人たちはそれを二人以上にマスターしている。

ここにいる全員。一撃で滅ぼさなければ一ヶ月以上殺し合うことも可能だ。


依然として追い詰められているのは二人だった。

手数が足りない。思考が追いつかない。反応が遅い。躱すので精一杯。

それが今までの二人。圧倒的な数の差は、二人に反撃を許さない。

嬲られ、殴られ、蹴られ、切られ、抉られ・・・・・それでも二人は戦い続ける。

二人は気づき始めた。このトレーニングの意味に、アラディアの意図に。

ゆえに先ほどから確かめていた。


考えても追いつかない。見てからでは避けられない。

ならいっそのこと、二人は考えることを止めていた。


「グルワアアアアアアアアアアア!!!」


間近まで迫った巨大な怪鳥の爪。それに対して半歩下がる。

失敗。頬の肉をごっそり持って行かれ、美羽は片目を潰される。

けれど瞬時に再生。今のはもうちょい下がるべきだったと反省し、追撃を加える怪鳥の翼を宙に飛ぶことで回避。


右から違和感を感じる。直後に粘土状のゴーレムの咆哮が響く。

それは音響兵器のように、直進方向にある物体を振動させ、砕いていく。

飛行機や電車など比較にもならない爆音。どう考えても鼓膜が破ける程度で済むはずがない。

直前で察知した美羽は前に飛ぶ。ついでに怪鳥に蹴りを食らわせ、踏み台にする。


美羽が突っ込んだのは咎人の中。遠方からちまちま飛び道具を見舞っていた連中のところへ飛翔する。

しかし美羽の前に二匹の犬が立ち塞がる。

灰色の毛並みの、狼のような犬。二匹は弾丸のように美羽に飛び込んでくる。


それを見て特に考えることはなく、瞬時に左前に潜り込む。

ズザザザ! と靴底を削るように床を移動し、その結果美羽の頭上を二匹の犬が通過した。

その目が驚いたようにギョッとしている。


犬を超えた先にいたのは鼬。その周囲には風が渦を巻き、可視化できる程に凝縮されている。

放たれる風はまるで刃。美羽の身体を両断するほどの威力を備えた風の刃が都合十二。

それに対しても、やはり美羽は何も考えず、ただ自らの勘に任せた。

身体が取った行動は、直進しながら二枚の刃を手で砕く。その後空中で身を捻りながら回転し、目の前に映る三枚の刃を躱す。

結果美羽を切り裂いた刃は一枚。それも薄皮一つ切らせた程度。

鼬の目の前に立った美羽はその手を伸ばす。

が、嫌な予感がして手を引っ込めた。


床を蹴り、その破片を鼬へ飛ばした。

光速で飛んだそれらは鼬の目前で切り裂かれたように消え失せる。

まるで壁のように、不可視の風が展開されている。

迂闊(うかつ)に手を出せば美羽の手も同じように引き裂かれていただろう。

追撃で飛んでくる風の刃を躱し、美羽は空に舞う。

思考を放棄し、成り行きの全てを勘に任せ始めた結果、美羽の身には想像以上の成果が現われていた。


一方、それを蛍も感じていた。

手をハンマーに変えながら、必要に蛍を追う咎人の攻撃を躱し続け、ついに攻勢に出た。

連続で振り下ろされるハンマーを掻い潜り、足下に滑り込んだ蛍は、大体の目星をつける。


(ええと、ここかな)


手を硬く握り、そして殴る。

狙うは腹。心臓に近い右肩辺り。

ズドン! という音がして、咎人の急所に拳が炸裂する。

ハンマーの動きが鈍り、その一瞬の隙を突いて蛍は咎人の足を払う。

ミシッと骨が軋み、次いで咎人が倒れる。


本来なら倒れる彼に止めを刺すのが先だが、現状は多対一。

隙を見せれば咎人の格好の餌食。蛍がその場を離れたのは正解だった。

地面を突き破り出てくる幾多もの鳥。まるで隕石のような速さで地面に穴を空けていく。

それを避け、安全圏内に出たと思ったら、突如目の前を霧が覆った。


(っと、これ、は)


辺り一面に立ちこめ、視界を塞ぐ。五メートル以上先が見えない。

霧の中に響く幾つもの声。笑い声、泣き声。

いるとは分かっていても咎人の姿が見えない。

加えて立ち回りを分かっているのか、咎人たちの動きで霧が全く乱れない。

これでは霧で彼らの動きを知ることができない。


見渡しても無駄。覚悟を決めて、蛍は目を閉じた。

耳も四方八方から聞こえてくる声に邪魔されて機能しない。肌も感じるのは湿った霧の水分だけ。

鼻に入ってくるのは霧の水分。味覚は論外。

五感の全てが意味を成さない状況で、それでも咎人を感じ取るために勘に頼る。

数秒が経過する。蛍も咎人も、双方動きがない。

霧の中からどのように襲いかかってくるのか、ただ全神経を動員して敵を探る。


(――そこか!)


音も気配もせず、しかしわずかに感じた攻撃の意思を感じ、後ろに回し蹴りを繰り出す。

足に感触が伝わる。火の姿をした咎人だ。プラズマ体となって蛍を襲おうとしていた瞬間を返り討ちにされたのだ。

顕現者であり、この前のトレーニングで常識を超越した蛍たちにとって、たとえレーザー光であろうがプラズマであろうが影であろうが自由に触れ、掴むことができる。

そのうち概念であろうが触れられるようになるだろう。


そのまま蹴り抜く。霧を発生させているであろう水の形をした咎人の元へ。

ビンゴ。霧を突き破った先にはブクブクと泡立っている水がいた。

火の塊がサッカーのゴールのように突き刺さる。

ジュウウウ!!!と沸騰する音が聞こえ、あわや消滅しかける咎人。

それと共に霧が晴れる。幾多の咎人の姿が見えた。


一斉に五人もの咎人が飛びかかってくる。

実感を感じてきた自らの勘をさらに信じて、蛍は彼らに向かい合う。




(だいぶましになってきたな)


魔術書片手に二人を見ていたアラディアは、そろそろトレーニングの潮時だと思い始めた。


(直感、あるいは第六感。

先天的なものもあれば、努力の結果得られるものでもある。

無駄な事は考えず、その時折において最善手を選び取れる。見えない攻撃だろうが、攻撃の意思を読んで来る前に避けることも可能。

経験と知識と訓練によって生み出せるそれは、下手に戦術を用意するよりもよっぽど効率がいい)


プロの将棋棋士も、直感を用いて指すという。

今はこの程度だが、そのうち二人の直感に磨きがかかれば、意思のない自然物や法則にも対応できるだろう。

本来ならそれをものに出来るまで、人によっては一年、あるいは十年や二十年はかかることもある。

それを、特殊な環境とはいえ、わずか二日程度で。

リズムを掴むのが異様に早い。いや、むしろこれは・・・・・。

脳内に浮かんだ懸念材料を、一応アラディアは保留しておいた。

例えそうだとしても、この二人を高みへ昇らせることが、今は必要なのだから。



堅洲国・第七層。

それは波のようで、あるいは波濤(はとう)のようであった。

肉壁の縄張り。そこに産まれた無数の咎人、サラミナ。

彼女は顕現を発動し、体内という内側に無尽蔵に発生する。



ビュオ!! という轟音と共に集の拳圧が飛ぶ。

数多の宇宙を破壊する拳は、押し寄せるサラミナの群れを津波のように巻き込みながら肉壁に大きな穴を空ける。

それで何人が消えただろうか。数十か、数百か。

だが減らない。減るはずがない。

神風のような特攻が無限に繰り返される。なんたって代わりなどいくらでもいるんだ。


それだけじゃない。顕現を発動し、周囲の瘴気はさらに濃くなった。

充満するガスは臓腑を腐らせ、手の痺れは手足の付け根まで這い上がり、まともに動かす事すら許されない。

俺の皮膚や肉を溶かす程度だった酸は、骨どころか魂まで浸蝕する。


加えて、内側にも意識を向けなければならない。

集の体内で痛みが爆発している。血管はあらかた千切れ、骨が内側から壊される。内臓が弄ばれ、神経が何本も切断される。

爪の間から、皮膚の隙間から、口から、目から、いたる所からサラミナが飛び出している。

そのたびに顕現を使い元の状態へ修復するが、サラミナが顕現を使っている限りイタチごっこは終わらない。


内側からの妨害に遭いながら、なおも集は拳を叩きつける。

押し寄せるサラミナの大群。千万、億万。数えることすら馬鹿馬鹿しくなる程のサラミナ。

元々の性質なのか、それとも魔術を使用しているのか、その身体は猛毒を纏い近くに寄るだけで瘴気を浴びる。

五感を潰し、肉体を腐らせる毒。それが内側に発生したサラミナからも発せられる。


このまま押しつぶす。

限界を迎えるのは集の方だ。現に、サラミナの群れは着実に、数メートルずつ前進を繰り返している。

絶体絶命。窮地を迎えた集は、もはや死を迎えるのみ。



だと思っていた。



「え?」


疑問の声はサラミナから。

集がしたことはこれまでと変わりない。

拳を叩きつけ、その拳圧で群れに風穴を空ける。


これまでと違うこと。それは拳圧を受けた前衛のグループだけでなく、集の360度を包囲していた全てのサラミナが、同じくその拳圧で身体が吹き飛んだ。

そればかりではない。集の体内に潜り込んでいた自分たち。遍く階層に満ちる私たちが、同様にその被害を受ける。

偏在体はそれぞれ必要に応じて意識や感覚を共有している。敵の情報を探るためだ。それは独自のネットワークとも言える。

そのネットワークが、無数の自分の消滅を確認した。


「なに、が、、」


身体の九割を失ったサラミナは、驚愕と共にその場に崩れ落ちる。

その体は炎に包まれたように、損害箇所から徐々に燃え移っている。

動揺を隠しきれないサラミナとは反対に集は落ち着いていた。どことなく安心しているようにも見える。

訳の分からないものを見るサラミナに、集は口を開いた。


類感魔術(るいかんまじゅつ)って知ってるか?」


魔術。サラミナはとっさに脳内で知識の辞書を開く。

これまで得た知識の中に、そのようなものがあった気がする。

やがてヒット。確かその効果は・・・・・。


「簡単に言うと、似ているものは相互に影響を及ぼすっていう魔術だ。

わかりやすい例は(うし)刻参(こくまい)り。人の形をした(わら)人形に杭を打ち込むことで、対象となった人物に呪ったりするあれだ。

他にも雨乞いするために水を撒いたり、晴れるようにてるてる坊主を吊したり、日常生活でもよく見られるやつ」


そう。それが類感魔術。

ジェームズ・フレイザーが確立した呪術。

そして、今サラミナの身に起きたことと照らし合わせると。


「偏在は自分そのものを世界中に配置する。

似ているものは相互に影響を及ぼし合う。君に対し類感魔術の力は100%働いて、全ての君に影響を及ぼす。

確かに偏在は便利だけど、必ずしも万能じゃない」

「・・・・・・確かに、その通りね」


偏在体全て影響を及ぼせるのなら、むしろ増えすぎる程危険性が増す。

一体が死んだだけで他の全ても死ぬ。代わりなんて用意できない。


「けど、それだけじゃない!

類感魔術の他に、何か他の魔術を使っているわね!?」


叫ぶサラミナは、その証拠に自分の身体を指す。

病そのものである自分が、その存在の根本を失っている。まるで炎が身体を焼いているように、除菌するように。

単に攻撃を食らった程度ではこうはならない。身体を十割消し飛ばされた程度で消滅する咎人など、下層にはいない。

正体不明の力は身体を蝕み、残った身体から力を奪い取る。

顕現が使えない。病を元に構築する魔術が、即座にその力と法を失う。

集は答える。


「その通り。君と交戦している間に、俺の手に魔術を刻んでいたんだよ。

シジル。力を借りたい霊体の名前を刻み、その威力を得る魔術。

君に一番通用しそうだったのはこれだ」


そう言って掌を見せる集。

その手には淡く光る紋様。魔法円の外側に刻まれた霊体の名前を、戦慄しながら少女は叫ぶ。


「大天使ミカエル!!?」

「そう。君がシサンの黒騎死病魔群の一人だから、少しでも効き目があると思ってな」


大天使ミカエル。聖書に登場する天使。神に似た者。七大天使の一人。

その業績は多大なものだ。有名なのは悪魔(サタン)との戦いだろう。

そんな彼は民間でも信仰された。それゆえ様々な伝承が生まれている。

例えば、聖女・ジャンヌダルクへ神託を下した、とか。

例えば、ヨーロッパで壊滅的な被害を与えたペストを抹消した、とか。


今回集が使ったのは後者の伝承。

シサンの黒騎死病魔群が聖書のペイルライダーをモデルにし、そのペイルライダーの正体にペストという説があるのなら、ミカエルの属性を宿したシジルは効くと思った。

結果は当たりのようだ。迂回しすぎかと思ったが、無事成功。


「ッ!!」


絶句するサラミナは、無駄と知りながらも自分の体を再構築し始める。

だが身体に纏わり付く神炎が、存在を削り取り再生を許さない。


偏在体は体内含めて全て消えた。後は炎に包まれた彼女一人。

その彼女へ向かって集は走る。

時間を超越し、全てが止まったその中でさらに加速する。

さほどの力も残っていないな彼女に、その疾走を止めることは出来なかった。

彼女の頭に触れ、変換を命令する。

せめて、痛がらずに逝けるように。


「コンバート 浄化」



次回、浄化


サブタイトル名は克黒天使(こくこくてんし)。完全な造語です。

克は相手にうち勝つ。黒は黒死病。つまり黒死病に打ち克つ天使という意味で、本文にあるとおりミカエルのことです。

ミカエルが黒死病を終わらせたという伝承は、ローマのサンタンジェロ城の話を参考にさせていただきました。

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