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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
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第八話 LESSON3

前回、常識を変えよう!


やっとトレーニングっぽいことができるぜ!!(今までのトレーニングは準備運動みたいなもんだと思ってください)



堅洲国・第七層 

縄張りに入った瞬間、濃密な瘴気が俺を歓迎する。

酷い臭いだ。とてつもない刺激臭が鼻と脳をダイレクトに揺さぶる。気を緩めると即倒しそうだ。

それにこの瘴気。肉壁のあらゆる臓器からガスのように噴き出ている。

間違いなく毒だ。強い酸性は中層の顕現者ですら溶かしかねない。

手足の指先がピリピリする。麻痺か。

なんにせよ、顕現者ですらここに足を踏み入れてはならない。


破裂音と共に、戦闘の火蓋(ひぶた)は切られた。

集の足下、不気味に脈打つ肉壁がプクーっと泡のように膨れる。


バン! という音が血を伴い、高温のそれが集に発射される。

咄嗟に顔の前に手を出す。血に触れた手は煙を出して溶け始める。酸か!

顕現を発動して損害を治しながら、集はその場から距離を取った。

咎人、サラミナの姿はない。消えた。

だが縄張り内に潜んでいる。笑い声と視線を感じるから分かる。


『クスクス。アハハ。こっちこっち』


遊ぶ子供の声。四方八方から届く。

周囲を鋭く見渡して、どうするか考える。

縄張りごと吹き飛ばすのがベストなんだが、そんな破壊力俺にはない。

次善の策。カウンターだ。

彼女が俺の近くに迫ったときに、渾身の一撃を叩き込む。

そのためには俺の顕現を隠しておくことが必要だ。あるいは誤解させること。

近づいても大丈夫だと思わせることができれば、その瞬間に勝負は決する、はずだ。


だが安易に近づく愚行(ぐこう)を犯す咎人ではない。

空にブラブラ漂う腸。それが意思を持って俺に落ちてくる。

長大で膨大な腸は、生物のように蠢きながら襲い来る。


「っと!」


横に飛ぶ。腸は俺の立っていた肉壁を大きく抉り、撒き散らされた酸が煙を上げながら肉壁を溶かす。

俺は肉壁の壁に張り付く。同時に肉壁が泡のように大きく膨れ上がるのも見た。

爆弾のように弾ける肉壁。俺はそれをもろに食らう。

この空間内の全てに罠を仕掛けられていると言ってもいい。

全身に焼ける血を浴びながら、俺は宙に立つ。


「傷がすぐ治るのね。それも貴方の顕現の力かしら?」


俺の目線の先、肉壁から少女が姿を現す。

血で赤く濡れている臓腑の中で、少女だけが不気味に白かった。

白い少女に俺は言う。


「俺が粛正者だと分かった上での攻撃か?」

「ええ。さっき私の名前を話していたじゃない。

どうせ殺しにくるのならこちらから招いたの。

縄張りに誰かを呼ぶのは久しぶり」


事情は全て織り込み済み。少女はクツクツと笑う。


「さあ、貴方は私を殺せるかしら?除去できるかしら?

私は戦闘経験はあまりないしそもそも苦手だけど、殺しづらさには少し自身があるわ。

もう一人の粛正者は外でゆったり観戦しているようだし、貴方を手助けする気はなさそうね。

けれどピンチになったら駆けつけてきそうだし、あらかじめ逃げる手段でも考えて――」


少女の言葉が続くことはなかった。

少女が瞼を閉じた一瞬。その隙に拳を握りしめる。

遠当(とおあ)て。体内を巡る気を掌に集め、凝縮し発射。

グバァッ!!と、結果俺の目前の肉壁に大きな風穴が空いた。

世界を容易く破壊する力は、縄張りに数百メートルもあろうトンネルを生みだした。


しかし、声は続く。


「物騒ね。レディが話している隙を狙うなんて」


横の肉壁が盛り上がり少女の形を取る。

膝をつきながら俺を楽しそうに見ている。その目はやんちゃな子供を見る母親のそれだ。


「その手が武器なのね。剣とか銃を使うのではない。

行動に移すまでのフォームや型が洗練されているし、そう考えるのが妥当ね。

具現型、とは考えにくい。可能性が高いのは無形型かしら」

「それは心の中だけで考えることじゃないのか?」


ほぼ当たっている少女の推測に、無心を装って言葉を返す。

余裕か、あるいは彼女の性格なのか、言う必要のない情報を嬉々として明かしている。

まるで単純に会話を楽しんでいるような。


「・・・・・・・・・」


先ほどの彼女の言葉を思い出す。縄張りに誰かを呼ぶのは初めてだと。

久しぶりに誰かと会ったから、誰かと話しているから、楽しんでいる?

彼女の攻撃も、言ってしまえばじゃれ合いのようなものだ。殺気がないし、込められた力も弱い。猫じゃらしで猫と戯れているような感じと近い。

彼女を見る。

無邪気な子供の笑顔。笑顔。笑顔。

俺が何より大事だと思う、その――


・・・・・いや、余計なことを考えるな。今は戦闘に集中しろ。

自分をしっかり保たないと、相手の想いに呑まれかねない。

彼女は咎人だ。その力で多くの者を死に至らしめた、病魔そのもの。

死をもって咎人の罪を払う。

粛正機関の大原則に従い、俺は目の前の少女を殺すんだ。


そんな俺を、サラミナは少女と呼ぶには似つかわしくない老獪(ろうかい)な目で見ていた。


「へえ、貴方揺れているのね」

「揺れてる?何が」

「根幹が。

何か嫌な事でもあったの?

粛正者だから、きっと咎人関連の事でしょう」


嫌な事。脳裏に浮かんだのはこの前の咎人、いや、咎人に変えられた人。

そうだ、あの時からおかしいんだ。言いようのない不安が胸の中で渦巻いて、後悔が未だに残留している。


「貴方抱え込んじゃうようだし、それだと粛正仕事も辛いでしょう。

これからは相手を選ぶべきじゃない?それこそ一片の救済の余地もない屑野郎のほうが、同情の余地が無い分殺しやすいと思うけれど」

「あいにくだけど、今仕事を選べる状態じゃないんだよ。

あ、そうだ。ファルファレナっていう咎人を知っているか?」

「いいえ、知らない」

「そいつが堅洲国中に蝶をばらまいてるんだ。蝶と接触した咎人は強大化する。

いずれ堅洲国の全域に及ぶかもしれない。今俺たちが探してる」

「ふぅん、深刻ね」


どうでもよさそうに呟くサラミナ。彼女の関心はそこにはないのだろう。

目をつぶり、開ける。開かれた目には戦意、殺気。


「さあ、早く続きをやりましょう。

貴方もさっきから色々考えているようだし、逃げ回っていただけではないのでしょう?」

「もちろん。有効そうなの思いついたからそのまま止まっててくれると嬉しいんだけどな」


軽口を交わしながら、俺は腕を振りかぶる。

サラミナは笑い、それに応じて肉壁が脈動する。

赤い世界に異物が二人。駆逐(くちく)されるのは果たしてどちらか。




「LESSON3 直感を鍛える」


私たちがオムライスを食べ終えると、アラディアさんがパチンと指を鳴らす。

現われたのは何十もの影。人、蛇、蟷螂、犬、毛むくじゃらの猿、虎、魚、ロボット、肉塊、and so on(等々)


共通するのは、彼らの身体のどこかには呪符がついていることだ。

彼らはアラディアさんの背後に並び、沈黙を保つ。

そのどれもが異様な雰囲気を纏い、殺気やら恐怖やらが混じった視線を私たちとアラディアさんに向けている。


「こいつらは咎人だ。蝶の紋章を刻まれた連中。

俺が調査するために堅洲国から取ってきた」


取ってきた。表現の仕方がおかしい気がするが、まあそれはおいておこう。

彼らと今回のLESSON3に何の関係があるのか。

アラディアさんは後ろ指を咎人に向ける。


「喜べ、やっと特訓ぽいことができるぞ。

やることは簡単だ。こいつらとバトれ」

「・・・・それはまた、ひねりも何もないですね」

「その代わりシンプルでいい。こいつらの命運は俺が握っている。

契約して、俺の言うことを聞く代わりに無罪放免で許してやると取り付けた。

こいつらはこれからお前らを殺しにくるが、もし殺されても魂喰いはされない。

お前らは好きなようにすればいい。もちろん顕現は使えないことを忘れるなよ」


改めて咎人の群れを見る。

姿は様々。ただならぬ雰囲気は、ここに連れてこられた不安、あるいはアラディアさんに対する怒りのせいだ。

アラディアさんの言葉を聞いて、咎人の眼光が私たちに向けられる。

喜色を浮かべる者も、難色を示す者もいる。

しかしアラディアさんの言葉には逆らえないようで、全員が臨戦態勢をとる。


「じゃ、START」


アラディアさんの呆気ない声と同時に、咎人が一斉に動き出した。

空を飛び地を這い、私たちとの距離を一気につめる。

私たちも迎え撃つ。顕現を――発動できないのを思い出して徒手空拳(としゅくうけん)で。

呪いは未だ続く。だがだいぶリラックスはできるようになった。

常に身体は軽いまま、私は先頭を切って突進してきた獣人を見る。


「グルラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


二、三メートルもの巨躯、ライオンと人が合体したかのような姿、砲弾のように放たれた身体から凶爪が振るわれる。

真上から振り下ろされる爪。その爪に込められた力、容易く私を両断するだろう。

回避だ。右前に飛ぶと、頬すれすれを太い爪が通り過ぎた。

背後で床が砕ける音。私は回転し、懐に潜り込んだ獣人に蹴りを見舞う。


しかし空いていた左手で防がれた。

咎人は防御しながらも、蹴りの威力で床を削りながら後退する。

他の咎人はまだ迫っていない。追撃を加えるために一歩踏み込む。

同時に、足に無数の(とげ)が突き刺さった。


「!」


茨。いつの間にか床に茨が敷き詰めてある。

しかも棘が鋭いし太い。踏み込んだ私の足に幾つもの黒い貫通痕ができた。

宙を蹴って空に飛ぶ。50メートルもの高さに立ち、異変の原因を確認した。

咎人たちが立っていた場所。未だ動かない咎人たちのなかに、薔薇が咲いていた。

薔薇の花。その中央に顔が見える。人の顔。

それが私を見てニヤリと笑う。

その薔薇から四方八方に棘が張り巡らされている。地上を覆った茨の原因はあれだ。


空中に立つ私に向かって、二匹の犬が駆け上がってくる。

犬、というよりかはほとんど狼だ。耳は逆立ち、毛は灰色で、赤い瞳で私を見つめ、鋭い牙が並んだ口を開く。

一匹はまっすぐに突っ込んで、もう一匹は左に回り込んでいる。

迎撃するか、避けるか。

どちらも選んだ私は、左に回り込んだ一匹の顔を蹴り上げる。

同時にその犬を盾にして、もう一匹の前に突き出す。

案の定逡巡(しゅんじゅん)した犬は、噛みつくのを止めて立ち止まる。

私は盾にしている犬をもう一匹に掴んで投げた。

犬はひょいと避ける。鉄砲玉のような勢いで吹き飛んだ犬の直線上には薔薇。

花弁の中央の顔が驚きに歪む。直後花に犬が突き刺さり、辺りに花弁を散らす。


残った一匹と睨み合いながら、ここで少し考える。

この乱戦。四方八方から敵が押し寄せる。

確かにトレーニングにもってこいだと思う。だけどこれは多対一のトレーニングではないのか?

アラディアさんは直感を鍛えると言った。

咎人たちとの戦闘で、それが鍛えられるのか。

その答えは、わずか後に知ることになる。




蛍の目の前を、刃のような風が通り過ぎる。


(おっ、と)


寸前で身体を反らした僕の服をかすり、鋭い風は彼方に去って行く。

その発生源には(いたち)がいた。小柄な身体に似つかわしくない肉食獣のような顔をしている。その周囲には圧縮された風が渦巻く。


(鎌鼬(かまいたち)ってことかな。食らったら痛そうだ)


風を発生させる鼬を視界に収めながら、さらに三体の咎人が迫っていることを察知する。

後方に迫る咎人。人型の彼は、その右手を巨大なハンマーに変えた。

右には水。生命体なのか、ブクブクと泡立ちながら僕の逃げ道を遮っている。

左には火。狐火のように不気味に浮かぶ火の塊が、プラズマを発して僕を威嚇する。

そうこうしている内に振り下ろされる鈍重なハンマー。当たれば砕ける。

敵の攻撃はなるべく避けろ。結局食らわない事が一番いい。

予測は的中。ゴバッ!! という音とともに大地が揺れる。

上に飛んでいて良かった。大地にはハンマーの貫通痕。底の見えない穴が空く。


手のハンマーが刃に変わる。鋭利な鎌に変形し、上空の僕を打ち落とさんと空を裂く。

左右の咎人も続く。炎は渦となり、人型の咎人ごと僕を高温で包み込む。

泡立つ水はその中でも沸騰することはない。表面から槍の形をした水が、瞬時に凍結し発射される。

遠方に構えている鎌鼬が鋼鉄を容易く切り裂く風を放ったことも見逃さない。


対処するのは四つ。頭を貫く鎌を両手で止め、彼を盾にして氷の槍を防ぐ。

貫かれ血を吐く彼をそのまま踏み台に、横から迫る突風の刃の進路方向から脱し、炎の渦を突き破る。

身を焼く高温。瞬時に身体が炭化するが、それと同時に皮膚も肉も再生する。

これまでのLESSONの賜物だ。一瞬視界がオレンジと白に包まれ、そして目に映った先には、巨大な手を振りかぶったピエロが待ち構えていた。


「キュキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!!!」


よく分からない笑い声を上げるピエロの咎人。

白い肌と赤い目、鼻。陽気な笑い声はまさしくよく見るピエロ。身体が五、六メートルに達していなければ。

白い手はそれだけで人一人を包めるほど。蝿のように叩かれた僕は地面に衝突する。

粉塵を上げ、地面の感触を嫌でも堪能(たんのう)しながら、僕の目と感覚は忙しなく動く。

人型は沈黙。炎は渦になるのを止め、プラズマ体となって僕を狙う。

水は自分の一部を氷結させ、刃となったそれを発射する。鎌鼬は相変わらず遠くから風を放つ。

ピエロは僕を見て笑い転げている。そんな滑稽(こっけい)だったか僕?


立ち上がろうとしたとき、地面から音が聞こえた。

工事現場で聞くような音。音源と震源は地面の中から。

脊髄反射の域で真横に転がる。予想通り僕の倒れていた場所から何かが飛び出した。

鳥だった。翼が手のように分厚く、また爪もついている。

スリムな体型は地中に潜るために余分な箇所を捨てたのだろう。そのくちばしは尖りに尖り、まるでドリルのようだ。


隙のない攻撃の数々。致命傷を避けることしかできない現状に、蛍は思考を走らせる。


(思考も、行動も追いつかない。

人数はあっちが上。しかも自然と統率が取れている。

加えてこっちは顕現も魔術も使えない。

一人に対処している間に、五,六人に隙を見せることになる。

ああ、なんだろう。アラディアさんの狙いが分かった気がする)


一方、アラディアもトレーニングの狙いに気づいた二人に声をかける。


「さあどうする。考えるだけじゃあ追いつけない。咄嗟に反応しても避けられない。

いずれ限界を迎えるのがオチだ。

自分を信じろ。そうすりゃいずれ至れる」


戦闘が始まって30分も経っていないが、防戦一方、苦戦する二人。

だが、着実に二人が実を結んでいることを、アラディアは見抜いていた。



次回、鏡合わせの病

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