第二十一話 ウリエル
冷静に狂ってるキャラってなんかいいですよね
まただ。案の定、俺はまた他者の記憶を見ていた。
レイナという顕現者の記憶。彼女から見たリガとログの二人。
仲が深いだけに、その溝も深く開いていく矛盾。
思春期の男女にありがちな、と言ってしまえばそれだけだ。
だけど彼らは顕現者。常識から逸脱した者。
その背景も、その心の葛藤も、単純な人間のそれとは違う。
この後の彼らがどうなるか。知りたくもあったし、知らないままでもありたかった。
咎人を見る。
身を貫いた痛みにわめき散らし、辺りにあるものを破壊している。
妙だ。弱い。
もちろんその霊格は座天使のそれだ。格下ならその手足の一撃で容易く吹き飛ぶ威力。
だけど、言ってしまえばそれだけだ。際だった戦闘技術を持つわけでも無い。顕現も現段階では脅威というわけではない。
その巨体で押しつぶそうとしているだけ。言ってしまえば巨大な赤ん坊。
今まで様々な咎人と戦闘したことがある俺にとって、対処するのは容易だった。
『また記憶が流れ込んできたんですか?』
脳内に響く女性の声。俺は崖の方向を向く。
エクシリアちゃんがこちらを見ていた。
『感覚共有です。先ほど私と先輩の間でネットワークを形成しておきました』
『まじで?あん時そんなこともしてたの?』
『遠隔からの相互通信は重要ですから』
ますます有能だなこの子。素晴らしい師がいるのだろう、育ちの良さが伝わってくる。
『ああ。やっぱり咎人に触れると記憶が流れてくる。これが本人のものか他人のものかはわからないけど』
『ふむ、動きを止めるためか、それとも何かを伝えたいのか。どちらにせよ今のままでは情報が足りませんね。
先輩が感じ取った記憶を思い浮かべてもらえませんか?私が受信します』
『わかった』
今まで見てきた記憶を思い出す。レイナという人の視点。そしてリガとログの二人。三人で行っている裏の仕事。
『・・・・・・・・・』
『見覚えはある?』
『ありません。交流したことも、堅洲国で出会ったことも無いです』
『そうか』
彼女も知らないか。いや、それが普通か。
あきれ果てるほど分岐している平行世界。超越者も粛正機関も有限にしか存在しない。
堅洲国で出会うことも稀だ。機会があるとしたら粛正機関同士の集まりくらいか。
基本粛正機関同士の連絡も無いからな。各々好きなペースでやってるって感じだし。
『とにかく、俺はこのままヒットアンドアウェイ戦法を続ける。サポートお願い』
『了解です。手足の迎撃に専念しますから、先輩はそのまま突っ切ってください』
そうこなくっちゃ。エクシリアちゃんの返答に笑みを浮かべる。
俺は再び走り出す。
咎人の損傷具合からして、あと七回ほど繰り返せば総体を削りきれると思う。
咎人を見る。咎人も走る俺を見る。
瞬間、視界が逆転した。
「!!?」
俺の視界に俺が映っている。
視点が高い。遠くの山や崖まで見える。
当然崖に立ちこちらに弓を構えているエクシリアちゃんの姿も見えている。
そんな視界が複数。堅洲国の赤い空を見ている。堅洲国の赤い大地を見ている。
背後、左右、前方。突如見えた複数の視界に、しかし身体は混乱する事は無く動く。
冷静に状況を確認する。今俺の視界は、この目の持ち主は咎人・ヘスリヒだ。
そうとしか考えられない。目の前に俺が映っているからだ。
その俺に対して、この視界の持ち主は無数の手足を振り下ろす。
「あっ!」
声は目の前に映る俺から出た。
迎撃のために弓矢の弾幕が俺を守るが、それを突破した幾本の手足が俺に突き刺さる。
「ごばハァッ!!」
痛みは感じた。
それと同時に視界が戻った。
まるでベンチプレスで全身を叩かれたような。いや、そんな比じゃないんだけど、どちらにしろめちゃくちゃ痛ぇ!
骨が軋んで、幾つか折れる。内臓が潰れたのか、口から血が止まらない。
今も俺を押しつぶそうと、さらに力をかけてくる手足。
ちくしょう!俺は折れ曲がった手でぶよぶよした手足の群れに触れる。
「コンバート! 爆散」
風船のように膨らんで弾ける手足。
新たな手足が俺を踏み潰す前に、俺は転がって回避する。
俺がいた位置に槌のように、ギロチンのように巨大な手足が落とされた。
(コンバート 修復)
俺の身体が欠損を取り戻し、元の状態に戻る。
俺の顕現は変換する対象に触れる必要があるが、俺自身の身体は別だ。
先ほどまでの痛みと熱さが嘘のように引いていく。
距離を取ったところで、脳内に叱責が飛んできた。
『先輩!?何してるんですか!!?急に立ち止まったりして。狙ってくれと言ってるようなもんですよ!!』
『わ、悪い!突然奴と視界が入れ替わったんだ。奴の顕現だと思う――』
弁明する途中で、脳にノイズが走る。
砂嵐。これは、また。
ザザザザーザッザザザザザザザザザザザーザザザ(砂嵐の音。さっきよりも激しい)
結局、リガとログの提案を受け入れ、私は六層の仕事を増やした。
二人の意思を無下にしたくはなかった。私を想ってのことだし、本人たちも納得していた。
そして、今私たちは六層で咎人の粛正を行っている。
私は遠く離れた所で、二人の戦闘を見守る。
粛正は二人に任せ、まずいと思ったら私が割って入る。それが私の仕事だ。
リガは具現型。手にした槌でガンガン攻めるタイプ。
ログは展開型。ルールを強制し、咎人の動きを阻害する。
息のあった連携に、瞬く間に虎のような咎人は追い込まれる。
やがて、リガの槌が咎人を捉える。
地響きが起こって、槌が地面にめり込んだ。
咎人はその頭部が粉砕され、ピクリとも動かない。
やがてその魂がリガに吸収される。彼の霊格が規模と密度を増した。
終わった。私は周囲を警戒しながら二人に近づく。
リガは息を切らしながら、私を見て年相応の笑みを浮かべた。
「レイナ!今回は俺がやったぜ!」
「お見事。ログもお疲れ様。二人とも上手く連携できてたよ。いつも喧嘩してるのが嘘みたい」
「それはあれだ。仲が良いゆえの衝突だ」
「そうそう。ここぞという時には協力していつも以上の真価を発揮するんだぜ俺たちは」
うんうんと頷くリガ。落ち着いた表情のログ。
そんな二人を微笑みながら浮かべる私。
いつもの、ありふれた光景だ。
「じゃあ帰ろうか。今日の夕食は何にしようかな」
「レイナ、カレーなんかどうだ?」
「お前この前もカレー頼んでなかったか?」
「馬鹿、ログお前。美味いもんはいつ食っても美味いんだよ!」
「まあ、それもそうか」
「ふふ、なら今日もカレーね。戻ったら買い出しに行かないと。二人にも手伝ってもらうからね」
「もちろんだぜ!何すればいい?皿洗い?それとも食器用意?」
「調理じゃないのか?ジャガイモ切ったりにんじん切ったり」
「それは買い出し行ってきてか――」
言葉が止まった。
それは、私の前に誰かが立っていたから。
咎人の粛正が終わっても、この場にいる誰一人として気は緩めてなどいない。むしろ襲いかかる敵影があれば、即座にカウンターを加えてやろうという魂胆すらあった。
周囲に張り詰めた不可視の神経網。それは第六感の応用で、自分の感覚範囲を大幅に広げて作り上げたもの。
その範囲内にいるのにも関わらず、触れているにも関わらず、それは私たちに一切の感知を許さないまま、そこにあった。
知り合いでは無い。誰かは分からない。
けれど、目の前の存在から発せられる気が、あまりに禍々しいものであることはわかる。
人だ。男性だろうか。私たちと大して変わらない身長。寝癖のように飛び跳ねた黄土色の髪。身に纏うのはよれよれの服とズボンで、外出にもファッションにも適さない。
その目はまるで奈落のようだった。一切の光沢がない。球体のブラックホール。吸い込まれそうなその瞳に、私の本能が警鐘を鳴らす。
彼は薄く、壊れたような笑みを浮かべて、私たちを見ていた。
「何だお前は、咎人か?」
「・・・・・・・・・・」
ログの言葉に、男は沈黙で返す。
何も映していないような目は相変わらず私たちを映し、溜息交じりに歩を進める。
「カレー、か」
「?」
「そういや久しく食べてないな」
発せられた言葉は、先ほどの私たちの会話を聞いていたものか。
抑揚の無い声だ。心ここにあらずといった、そんな声。加えてボソボソと喋るので、注意しないと聞き取れない。
言い終わると、突然目の前から男の姿が消えた。
「え?」
グチャッ!! と、すぐ側で肉が潰れる音がした。
振り向く。私の後方にはリガがいる。
そして、その胸に腕を突き刺している男の姿もあった。
「ぁ、かはっ、」
「カレーって作るのは単純だけどさ、素材選びで時間かからないかな?
肉は鳥か豚か牛か。レアなケースだと猿とか蛇とか鯨とか。時々人とか」
小刻みに震えるリガと対照的に、惨事の張本人である彼の声色は特に変わらなかった。
「リガ!!!」
私は虚空から刀剣を取り出し、全霊の力で男を切る。
触れた次元ごと引き裂く剣閃。今まで多くの咎人を切り裂いてきた愛刀。
だがそれは、咎人に触れた瞬間に刀身が砕け散った。
「なっ!?」
「君はどう? 聞いてた限りだとそれなりにカレー作った経験があるようだけど。
君のいる世界ではどんな素材を使っているんだい? 気になるな、大いに気になる」
私に視線を向ける男。
その時何かが起こった。
ドチャッと、水っぽい何かを叩きつける音がした。
私の胸には巨大な穴が空き、それを認識して、ようやく痛みがやってきた。
「が、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
経験したことのない痛みに吼える。
身体に開いた風穴から中身が見える。骨と、内臓が。
すぐに回復しなければ。治癒魔術を使い、想いを燃焼させて、損傷を治す。
だが、今までそうやって治ってきたはずなのに、胸に開いた穴はぴくりとも治らない。
(なん、でっ?)
穴からは大量の血が零れ出る。胴体への衝撃の他に、魂も多大な損害を受けている。
彼女は思いだす。再生の術技を身につけようと、遙か高位からの攻撃には対応できないことを。
特に格上からの攻撃はそうだ。死ね。倒れろ。滅べと想ったのだからさっさと消えろ。それに不死だろうが不滅だろうが関係ない。
つまり、目の前にいる男は、レイナよりも――
「肉の代わりに魚でもいいな。魚介類を使ったカレーとか、あれはあれで美味しいんだよ」
男はリガに突き刺した手を、捻った。
それに合わせてブチリとリガの上半身がねじ切られる。下半身から分離し、大量の血をばらまく。
男はそれを適当に捨てる。
地面に落ちたリガの顔は恐怖の色で染まっていた。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」
ログの絶叫が聞こえる。憤怒にかられた形相だ。
挑む気だ。あの男に。
「や、止めて!!!」
私の懇願むなしく、男は顕現を発動したログを視界に入れる。意識を向ける。
ただそれだけだった。
ただそれだけで、ゴバァッ!! と、ログの上半身が吹き飛んだ。
跡に残るのは下半身だけ。ブラブラと頼りなさげに揺れ、そして倒れた。
「ロ、グ・・・・・・・・・」
血を吐きながら、私は彼の名前を呼ぶ。
答えない。答えてくれない。当然だ。彼は死んだのだから。
「リガ・・・・・・・・・」
反対側に倒れるリガの上半身に声をかける。
だけど答えない。その目は深淵のように真っ黒だ。
やがて二人の身体から魂が別離する。
それは浮遊し、自らを殺した男の元へ向かう。
「待って!!!」
今更手を伸ばすが無意味だ。
二人の魂は男に吸収され、男の存在がさらに強大になる。
男は堪能するかのように目を閉じて、そして開いた。
「やっぱりまともな足しにならないか。仕方ない、主天使ならこれが関の山だ」
男は私に向かって歩く。
空間を超越しているのか、男が一歩踏み込むだけで倒れ伏す私の目の前にいた。
地面に這いつくばりながら涙を流す私を、柔和な笑みを浮かべて見ている。
まるで虫を見るかのように。
「そういえば、名乗るのを忘れていた。それはよくない、礼儀にかける」
相変わらず抑揚のない声で、今さら礼儀を気にする男。
「僕の名前はウリエル。といっても本名じゃないけどね。君が想定していた通り、最下層の咎人だよ」
「ぁ・・・・・・・・」
ウリエル。その名を聞いただけで、今度こそ気力が枯れ果てた。
堅洲国・第九層。最も強大な咎人たちが集まるその中で、上位に位置する者。
七大天使というメンバーの一人。無論レイナもその名は知っている。
本来なら高天原がその粛正を行う対象。レイナたちでは手も足もでない化け物。
そんな存在が、どうしてここに・・・・・・。
ウリエルは膝を折って私と同じ目線になる。
「君たちがさっき殺した咎人、実は僕のペットでね。
適当に捕まえた君たちみたいな粛正者をさ、腕とか脚とかもいで、縫い合わせて作ったんだ。
躾がなってなかったから葦の国で暴れちゃったんだけど、まあ粗相だ。
けどどうでもいいんだ、そんなこと。君たちが悪いんだよ? 僕の前でカレーなんて、美味しそうな単語を出すから、つい作ってみたくなっちゃったじゃないか。
久しぶりに食べたいなぁ、カレー。早く帰って作らなきゃ」
立ち上がり、この場から立ち去ろうとするウリエル。
その彼の足に、待ってと私は手を伸ばし掴んだ。
「?」
奇怪なものを見るような目をするウリエル。
私は彼に訴える。
「返、して 二人を・・・・・・」
もはや肺もない身体で、魂を込めて訴える。
「返して 仲間を 返して 大事な 大事なの なんでもするから なんだってやるから 返して お願い お願い、します」
お願い、返して。二人を。
私にとって二人は世界なんだ。そして日常を構成する大事なピースなんだ。
同じ同胞なんだ。これまで一人で、けど二人がやってきて、いつのまにか静かな部屋が賑やかになってたんだ。このまま一人死んでいくなんて嫌だ。嫌だ。
返して。返して。返して。返して。返して。かえして。かえして。かえして。カエシテカエシテカエシテ。
懇願はどれだけ続いたのだろうか。
気がつくとウリエルは私の頬に手を伸ばしていた。
その手で頬を撫でる。まるで猫にそうするみたいに。
「君はすごいね」
投げかけられたのは、率直な称賛だった。
「君が今どれだけすごいことをしているか、自覚しているかな?
自分が瀕死の状態で、今にも力尽きそうなのに、それでも仲間のことを案じる。
選ばれし者しかできないことだ。仮に10000人が同じ状況に遭ったとして、君と同じことが出来る人は何人いるんだろう。いたとしても1人か2人か。
すごいな、羨ましいな。尊敬するよ。とても、弱い僕には出来ないことだ。
素晴らしい人だよ。うん、ほんとうにすごい。すごいなぁ」
上の空のまま、言葉だけが垂れ流される。
内容こそ讃えるものだが、その称賛はあまりにも独り善がりで、そもそも私を見ているかどうかすら怪しい。
その一字一句が呪言にしか聞こえない。事実大切な二人を殺して、自分に多大な損傷を与えた相手だ。
やがてひとしきり称賛が終わると、再び私を見下ろすウリエルが口を開いた。
「死はね、そうじゃないんだ」
私に対する返答は、やはり訳の分からないものだった。
「死は悲惨なものでなければならない。死は安息のものではならない。死は救いにはならない。死は苦痛でなくてはならない。死は最大の不幸でなくてはならない。死よりも残酷なものがあってはならない。死は究極的な破滅でなければならない。死は別離でなければならない」
おっとりとした、優しい、けれど抑揚の無い口調で死はなんたるかを説く天使。
つまり、諦めろと言っている。もう二人は死んだのだから、返すことは無理だと。
崩れそうになる私に、ウリエルは一石の希望を投じる。
「けれど、そうだね。僕たちの研究に付き合ってくれるのなら、返してやらないこともない。
堅洲国の礎に、ひいては僕たちの主のために、その身と魂を差し出してくれるなら、ね」
直後、ウリエルは足を上げた。
倒れ伏す私に向かって、その足は振り下ろさ――。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ(ノイズが酷い。頭が割れそうだ)
次話、力合わせて




