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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 領域内の数学者
55/211

第九話 アル中 その名は霞さん

前回、二人で一人

最初の方で存在を示唆されていた人が、今回ようやく出てきます。




エンケパロスとの戦闘から二日が経過し、僕と美羽は桃花を訪れた。

目的はもちろん美羽の容態が完全に回復したか知るため。

店内には店長、アラディアさん、天都さん、そして集先輩がいた。

美羽はアラディアさんの診療を受けるためひとまず二階に。

そして、僕は一階で店長に呼び出された。

理由は・・・・・・。


「赤い」

「赤い、ですね」


僕と集先輩はぐつぐつと沸騰しているカレーを見る。

異常なのはその赤さ。まるでマグマだ。一体からしを何杯入れたらこうなるんだろう。

匂いもやばい。刺激臭だ。鼻が異常を察知している。痛い。涙が出そうになる。

カレーをかき回している店長自身も、見間違いでなければ遠い目をしている。


「夏の風物詩、ブラッドカレーです。ほら、夏って辛いものを食べたくなるでしょう?」


NOだ。僕は毎日冷たいものを食べていたい。

ブラッドカレー。店長が命名したこの赤黒いカレーからは、その名に恥じない危険性を感じる。


「今年もこれがメニューにでる時期ですか。食べる人いるんですか?」


横で見ている集先輩が質問する。


「それがですね、不思議な事にいるんですよ。

そもそもこれが出来たきっかけが、お客さんに『店長、辛いものを作ってくれ』と言われたことですからね。

辛いものといえばカレー。カレーをめちゃくちゃ辛くしようと思ったらこうなりました」

「は、はは。そうですか」


不思議と集先輩の声が震えている。


「ちなみに、何を入れたんですか?」

「そうですね。唐辛子の粉を袋半分、熱した油の中に鷹の爪5本、通常のカレーを入れて、ハバネロソースを適当に、あとデスソースを――」


やばいワードが続々と出てくる。そのたびに胃がキュッと絞められる。


「さて、そろそろいいですかね。味見しますか」

「え?」

「一応これを作ったのは私です。責任は取らないといけません」


店長はそう言うと、スプーンを手に取り、赤いカレーをひと(すく)いする。

マグマのように赤黒い液体。それを店長は口に運んだ。


「・・・・・・・・・・うぐっ」


押し殺したような悲鳴が聞こえた。

店長は口元を手で押さえ、一人悶絶(もんぜつ)する。

その目は今までにないくらい真剣だ。

一筋の汗が顔を伝う。


「ぁあ・・・・・・相変わらず化け物ですねこのカレーは」


忌々しげな視線をカレーに向ける店長。

そんなに辛いのならわざわざ食べなくてもいいのに。

水を飲んだ店長は僕たちに向き直る。


「さて、本題はこれからです。一応商品として出すので、その前に試食する必要があります」

「・・・・・・・・・・はい」


あ、やばい。想像できた。これから先の未来が想像できた。

店長がこちらに向けて悪魔のような笑みを浮かべる。ここはいつから悪魔の食堂(キッチン)になったんだ。


「お二人とも、食べてみませんか?」



■ ■ ■



そうして、僕たちの目の前に皿に盛られたカレーが出てきた。

マグマのようなカレーがほっかほかのご飯の上に乗っている。

匂いがやばい。嗅覚が辛さを訴えている。

目が痛い。視覚が辛さを訴えている。

恐怖で思わず唾を飲む。食欲がそそられたとか、そういうわけでは断じてない。


「じゃ、じゃあ食べようか。蛍君」

「え、ええ。そうしましょうか、集先輩」


互いに目線が交差し、覚悟を決める。

震える手でスプーンを持ってカレーをすくう。

一口、食べて、、


「っ!!? あっ!! ぐが!??」

「アヤバイアヤバイコレハマズイマズイッテツクッタヤツダレダヨ!?!?!」


第一声が悲鳴だった。集先輩にいたっては何を言っているかわからない。

まじで口の中にマグマが入ってきたかのようだ。

いや、美味しいよ。美味しいっちゃ美味しいけど、それを上回るレベルで痛い。

辛さは刺激。辛さを求めれば、それは結論痛みを求めることになる。


痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!

燃える! 燃えてる!! 口の中に火を放り込まれたんだ!!!

水、水が欲しい。水水水水水水水水水水水水水水水水。


無意識に手が水を求める。しかし近くにない。畜生が!

横目で集先輩をチラリと見る。顔は青ざめて、大量の汗をかいている。あれ、いつの間にお風呂に入ってきたんだろう。


「限界ですか?」


店長が水を持ってやってくる。それを受け取った僕たちはすぐに飲み干す。

それでも辛さは全然引かない。二度三度水を飲み干して、ようやく喋れるくらいには痛みが引いた。


目の前には九割以上残っているブラッドカレー。

僕は再びスプーンを手に取って一口食べる。

再び襲ってくる激痛。カレーが口の中で暴れ回る。


「ハバイデフネホヘ(やばいですねこれ)」


隣で集先輩が何か言ってるが聞き取れない。

ほんの二口食べただけでもう限界が近い。拷問に使えるんじゃないかこのカレー。

試食じゃ無いって、死食だって。

脂汗と冷や汗が止まらない。やばい、水分が足りない。


「ここで一つ。私たち顕現者がなぜ可能性から外れているのに、二人が今辛さで苦しんでいるのか、説明しましょう」


店長が突然話し始めた。その手にはチョコレートを持っている。


「本来なら貴方達は辛さなんて感じません。それと同時に重力に束縛されることもありませんし、睡眠を取る必要も、酸素も必要としません。一種の完全独立生物です。

ですが貴方達は食事を取り、睡眠を取り、重力に縛られています。それは全て貴方達が無意識に受容しているからです」

「無意識に、受容?」

「ええ。今まで生きてきた常識。すなわち私たちは食べないと生きていけない。寝ないと生きていけない。重力に縛られているのが人間だ。という過去の経験から、そういうものだと自分自身を固定しているのです」

「じゃあ、自分はそういうものではないって思えば、そうはならないんでか?」

「ええ。それが本来の顕現者の在り方です。生命の原理を自らの想いで容易く変えてしまえる。現実を容易く粉砕できる」


店長は僕たちにチョコレートを差し出した。


「食べますか? どこかの動画で見ましたが、チョコレートと辛いカレーを交互に食べると食べやすいとか」

「まじですか。いただきます」


店長からチョコレートをもらって、激辛カレーを食べた後にチョコを食べる。

あ、すごい。全然食べられる!

辛いのは辛い、けどさっきよりだいぶましになってる。

これなら食べられる。完食できるかもしれない。

僕たちが希望を見いだしてきたときに、桃花の扉がバタンと開いた。


「おいっす~。みんな~元気ですか~?」


従業員用のドアから入ってくる人影。

この聞き覚えのある声。まさか、あの人が。


やがてふらふらとした足取りで、こちらに歩み寄る女性の姿が見えた。


「あ~、店長に集に蛍! おっひっさ~」

「おや、霞さん。今日帰ってきたんですか」


そして、女性の全貌が見えた。

黒い髪が豊満な胸元にまで垂れ下がっている。目はじとーっとこちらを見つめ、手にはビール缶を持っている。

紅潮した頬。着用する黒いTシャツには『酒!』と白で堂々と書かれている。


鏡花(きょうか)(かすみ)さん。喫茶店・桃花の店員にして、万年酔っている()()()だ。

容姿端麗(ようしたんれい)。妖艶な雰囲気すら漂い、垂れている髪が胸元に否応なく視線を誘導する。

黙っていればモデルと見間違(みまちが)う程綺麗なのに、長所の全てを酒で潰している。そんな人だ。


「いや~、仕事先の人がですね~、帰って店長たちに姿見せろって気を利かせてくれましてですね~。

そんなわけで今日帰ってきました。連絡しなくてスンマセン」

「いえいえ、久しぶりの葦の国(こちら)でしょう。そのまま家で休んでもらってもよかったのに。

堅洲国はどうでしたか?」

「酷いもんですよ~。四六時中咎人に気をつけないといけないし、空気は硫酸ぶちまけたようなひっでぇ舌触りするし、生活できたもんじゃないっすよ~。

それに比べてこっちはいいですね。空気が旨いし、空が蒼いし、おまけに超平和だし。こっち天国ですね~。あれ、もしかして私死んでるんですかね?」

「あはは、だいぶ毒されましたね。一週間は休んで構いませんから、存分に外を楽しんでください」

「おおー! まじっすか。店長太っ腹~」


倒れ込むように店長に抱きつく霞さん。ああ、懐かしいこの感じ。

霞さんは平常時でこれ酔っているので、もう僕たちも慣れたものだ。


「帰ったか、霞」


いつの間にか天都さんが近くにいた。霞さんの帰還を迎えるためだ。


「おお、天都!!! お前もひさしぶりだね、相変わらず仏頂面しやがってこのこの~」


霞さんが天都さんの腹を小突いて、そして腕をバッ! と広げる。

天都さんは怪訝そうな顔をする。


「なんだ?」

「え? お帰りのハグちょ~だい」


その言葉を聞いて、無表情でスタスタと奥に消える天都さん。基本霞さんに対して無視の方向だからなあの人。


「あはははは! 変わんねぇなぁあいつは。

そんで~? ひっさしぶりだね蛍に集。咎人殺しまくってた~?」

「お久しぶりです霞さん。まぁ、順調です」

「お久しぶりです。霞さんも相変わらず酔ってますね。

まさか堅洲国でも飲んでたんですか?」

「お前、集。私が酒飲まない日なんてあると思うか?」

「無いっす。想像できません」


苦笑いを浮かべる集先輩。僕も霞さんが酒を飲まない姿なんて想像できない。

僕たちに顔を近づける霞さん。酒の匂いが鼻腔(びこう)をくすぐる。

霞さんの視線が僕たちの食べているブラッドカレーに向けられる。


「ん~? 何この劇物。人殺す気満々の匂いがするんだけど」

「カレーですよ。ブラッドカレー」

「ん? ああ、ブラッドカレーか。

てんちょ~。私もよそって食べていいですか?」

「ええ、食べてくれる人が少なそうですし、いくらでもどうぞ」

「あんがとございま~す。えへへ~、三杯くらい食べちゃお」

「ああ、その前に霞さん。上に美羽さんとアラディアさんがいるので、挨拶をお願いします」

「ん? ああ! そですね。久しぶりに美羽ちゃんの顔を拝まなきゃ損ですよね~」


んじゃ行ってきま~す。と、酔った声で二階に上る霞さん。

僕らはそれを、カレーとチョコを交互に食べながら見ていた。


「一気に店内が賑やかになりましたね」

「ムードメーカーでもあるから、あの人」



■ ■ ■



一方、私――美羽はアラディアさんの診療を受けていた。

診療といっても大したものではない。アラディアさんは独自の魔眼で私を見る。

発するオーラ。魂の色。存在の根本。それら通常では見えない事象を、高位の魔術師は見抜くらしい。

異常があればすぐに分かる。診療はものの数秒で終わった。


「異常はなさそうだな。魂を蝕んでいた毒は予定通りお前自身の法則で消滅した。

耐性をつけたと言っても良いな。お前が倒れた時わざと体内から完全に毒を消さなかった理由だ。覚えとけ」

「耐性? 毒に対するものですか?」

「そうだが、どっちかっていうと咎人の顕現に対するものだ。

相手の法則をウイルスだとすると、自分の法則、体内の免疫反応がそれを殺す。

自分の法則で、相手の法則を殺す。そんなもんだ」

「そんなもんですか」

「まあ、お前は元気そのものだ。裏の仕事にも今すぐ行けるし、もちろん高校にも明日から行ける。

なんなら今から蛍と一緒に咎人を殺しに行くか?」

「え、そもそも今回私を呼んだのってそれが目的だったんじゃないんですか?」

「まあな。蛍一人じゃあの咎人はきつい。お前らは二人で一人前だ」

「二人で・・・・・・」


そんなことを話していると、誰かが階段を上る音が聞こえる。

おぼつかない、酔っ払いのように不規則な足音。

やがて見知った顔が姿を現した。


「おっひさ~。美羽ちゃんにアラディア」

「え? 霞さんっ! お久しぶりです!!」


私は思わず立ち上がりその人に駆け寄った。

霞さんは手を広げて私をぎゅっと抱きしめる。

霞さんの鼓動と体温が伝わると共に、独自の酒臭さが鼻孔をくすぐる。


「元気にしてた~美羽ちゃん?」

「はい。少し前に死にかけましたけど、なんとか生きてます」

「あっはっは~。そいつは良い経験だ。これからもたくさん死にかけるから今のうちに慣れとけよ~」


霞さんが笑いながらワシャワシャと頭を撫でてくれる。

この人はまるで母親のように優しく包み込んでくれる。

この温もり、そしてお酒が染みついた匂い。

本当に、久しぶりの霞さんだ。


「存在の格も、順調に上がってるね~」


私の身体をさすりながら、確認するように呟く霞さん。


「帰ってきたか酔っ払い。久しぶりに酒飲ませろ」

「お~う。報告のついでに酒ついでやるから待ってろや~」


霞さんに声をかけるアラディアさん。

声が上機嫌だ。愉快な奴が戻ってきたと、言外に言っている。



次回、対峙

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