第三話 いつもの癖
前回、二人の欠損した日常
喫茶店・桃花。
二階。ソファーとテレビと、二つの部屋があるだけの簡素な室内。
そこに二人の姿があった。桃花従業員の海曜集とアラディアである。
今さっき堅洲国から帰ってきた集は、ソファーに座っているアラディアに報告する。
「咎人粛正してきましたよ」
「ああ、何か変わったことはあったか?」
気怠げな返事。アラディアは自分で聞いておきながら、どうでもいいようでもあった。
それを指摘するのも今更だ。集は先の咎人の有様を思い出す。
「そうですね。今回だけじゃないんですけど、咎人が今までよりも強くなってる気がします。
存在強度が異常に高くなっているというか。そんな感じですね」
「・・・・・・・ふぅん」
それを聞いてアラディアは思考した。
頭に思い浮かぶのは先日の咎人・ブルーワズ。
奴の急変が、どうにも頭から離れなかった。
あの脱皮のような現象。誰か他人の手によるものだということは分かっている。
一度逃走したブルーワズが知り合いに話をつけて、新たな力を恵んで貰った、とか?
いいや、そうだとしたらあの激昂はなんだ。
意識を取り戻してから絶叫した、あの女、という単語。
その女性に無理矢理実験台にされた、というのが現段階のアラディアの推測だ。
「美羽たちが殺したブルーワズはとち狂っていたが、お前が殺した咎人もそうだったか?」
「いいえ。暴走している感じはありませんでした。
理性が吹っ飛んでる様子もなかったですね」
集の返答を聞いてアラディアはさらに思考する。
咎人の突然な強大化。暴走の有無。脱皮。あの女。
これだけでは真相にたどり着けない。
裏に何かある。アラディアの直感はそう告げていた。
(まあ、どちらにしろ霞が戻ってくるのを待つか)
もうすぐ桃花に帰ってくる同僚を思い浮かべる。
堅洲国に、情報収集を目的に長期間潜入する。
その役目を今回任されたあいつを。
あの酔っ払いが有益な情報を仕入れてくることを期待しよう。
■ ■ ■
「終わった~」
時刻は5時。
本日の全教科を聞き終わった私は、ソファーに横になる。
横で蛍は教科書類を鞄にしまう。気の利く友人に改めて感謝。
「おつかれ。わかりにくいところは無かった?」
「全っ然無かった。蛍の説明はわかりやすいから」
「どういたしまして。さて、もう5時か」
蛍が時刻を確認する。それと同時にビニール袋を手に持った。
「食欲ある? 折角だからお粥でも作ろうと思って買ってきたけど」
どうやらビニール袋の中身は食材だったようだ。
私のために買ってきてくれたのか。
確かに朝から何も食べていない。お腹は空いていたが、食欲は湧かなかったのが原因だ。
「わざわざ作ってくれるの?」
「美羽が了承してくれるならね」
「もちろん食べたい!」
蛍が何か料理するなんて初めてじゃないか?
しかも自分のために。なんて素敵なサプライズ。
蛍は立ち上がり、台所に向かう。
「台所借りるね」
「うん。美味しいお粥待ってるね」
台所で買ってきた物を並べる蛍。
大葉、梅干し、トマト。健康に良さそうな食材が揃っている。
「時間かかりそう?」
「うん。スマホでも見て時間潰してて」
そう言うと蛍は鍋に水を入れて、買ってきたレトルトご飯の封を開ける。
普段私がまともに料理をしないせいか、蛍の手つきが素早く見える。
さて、私はどうしようか。
蛍に言われた通りスマホでも見て時間を潰そうか。
だけどお粥の完成には10分以上かかりそうだ。
10分で出来ることは他にも無いか。
私はふと、自分のパジャマを見る。
今までずっと室内にいたせいか、汗ばんで肌にべたつく。
汗をかいた時特有の、甘い匂いがする。
シャワーでも浴びようか。
うん、そうしよう。暑かったし、さっぱりしたい。
そう決めた私は着替えを持って、奥のお風呂場へ向かった。
やがて奥からシャワーの音がし始めた。
美羽がシャワーを浴びている。
少し心配したが、体調はだいぶ回復したし多少は大丈夫だろう。何かあれば駆けつければいい。
僕は調理に戻る。
お粥。僕も作るのは初めてだけど、調理手順はクックパッドに載ってるし、これをなぞれば問題ない。
食欲が無いときにでも食べられるお粥。検索して出てきたお粥は、調理方法も簡単だ。
トマトは夏バテ対策にちょうど良いし、この時期にぴったりだと思う。
まずトマトに浅い十字の切り口をつける。
トマトの皮はむくのが難しい。だから湯むきという方法を使う。
こうしてトマトに切り口をつけて、熱湯につければ、簡単に皮がむける。
沸騰した鍋の水にトマトを入れる。
箸でトマトを転がして、頃合いを見てトマトを取り出す。
その後は用意していた冷水につける。
少し経ち、トマトを冷水から取り出したら、いよいよ皮むきだ。
普段は皮ごと食べるしかないトマトだが、この通り、桃の皮のように綺麗にむける。
皮を全て剥いたトマトをさいの目に切る。
これでトマトは準備完了。
次はご飯を調理しよう。
新たに鍋を用意して、水を250cc程入れる。
水が沸騰したら鶏ガラスープの素を入れて、30秒たったら火を止める。
鍋の中に一杯分の米と、先ほどさいの目切りにしたトマトを入れる。
あ、梅干しと大葉を忘れてた。
火は弱火にしておいて、梅干しと大葉をみじん切りにし、急いでそれらを鍋の中へ入れる。
あとは煮るだけだ。
どれくらいの時間煮ればいいかはクックパッドには載っていないが、そこら辺は自分で判断しよう。
しかし、こうして見ると鍋の中が赤い。赤いな。
料理の彩りが偏っている。視界の四割くらいを赤が占めている。
次からは配色を考えよう。黄色とか、緑とか。
お玉でお粥を混ぜていると、奥のお風呂場のドアが開く。
美羽が出てきたようだ。
歩く音が近づいてくる。僕は意気揚々と料理の完成を知らせる。
「美羽、もうすぐでお粥ができ――」
リビングに出てきた美羽を見て、僕の言葉と全身の挙動が止まった。
下着姿だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
唖然として、ただその姿に目を奪われる。
タオルを首に掛けている。下着は黒いブラジャーとショーツ。
青白い肌とは対照的で、黒が映えている。綺麗だ。
数秒後、我に返った僕は美羽に呼びかける。
「美羽」
「ん?」
「服・・・・・・・・・」
美羽は自分の下着を見つめ、それから首をかしげる。
「暑いから後でいいよね」
・・・・・・・・・・・ん? あれ、なんだろう。
僕と美羽の間で認識の齟齬が発生している。
言いたいことは色々あるんだけど、とりあえず最優先事項を伝える。
「あの、美羽。こういったらあれだけど、僕、男だよ」
「え?」
美羽は目をパチパチと瞬かせる。
それから少し考える素振りをして、やはり全く自然の表情で呟く。
「私と蛍の仲でしょ?」
・・・・・・・・・。
ああ、そう。そういう認識ですか。男性とすら見られていないと。
溜息をつき、鍋の火を止めて、美羽に近づく。
美羽の肩に手を置いて、未だ濡れている美羽の髪をタオルでわしゃわしゃと拭く。
「美羽。もしかしてお風呂からいつも出たらそうなの?」
「そうだけど?」
なるほど、いつもの習慣だと。
けれど、仮にも異性である僕に対して、その格好は刺激が強い。
それは分かって欲しい。できれば改善してほしい。
その時だ。
コンコンコンとドアがノックされ、その後勢いよく開かれた。
「美羽~。元気にしてた~?
お見舞いに来ましたよ~!!」
友人の声が家に響く。
間違いない奏のものだ。それを証拠に、目の前に奏がいる。
満面の笑み。制服が少し着崩れているのは部活が終わったすぐ後に来たせいだろう。
さて、ここで少し美羽の家の構造について話をしよう。
この家は店長が用意してくれたもので、美羽の意向にあった構造だ。
今僕たちはリビングにいる。
そして、リビングは外に通じる玄関と直接繋がっている。
外から開ければそこはリビングという構造だ。
つまり、何が言いたいかというと。
今の奏には、下着姿の美羽と、そのすぐ近くに立っている僕の姿が見えているということで・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
満面の笑顔のまま固まる奏。時が止まっている。
恐らく絶対零度の寒波で凍てついたのだろう。ピクリとも動かない。無論、僕たちも。
それから数秒時が過ぎて、氷解した奏が無言でドアを閉めた。
「ちょっ、待って!! 奏! 誤解だ!! 誤解なんだ!!!」
僕は慌ててドアを開け、奏の後を追う。
奏は元来た道を引き返している途中だった。
僕の姿を視認して、奏はダッシュで走る。
「あ、ご、ごめんね蛍! 私邪魔しちゃって! そ、その、、、二人でごゆっくり!!」
「違う!!! 違うんだそうじゃないんだ!! とにかく止まってくれ奏ーー!!!」
前を爆走する奏に叫ぶ。くっそ、なんて速さだ!さすが運動部。距離をどんどん離される。
このままでは奏にあらぬ疑いをかけられたまま明日を迎えることになる。最悪、交友関係に罅が入るかもしれない。
駄目だ。それだけは絶対に避けねばならない。三人の間に軋轢があってはならない。
仕方ない! 一瞬だけ顕現を使う。
常識を超えて加速する自分を想像。
時速100㎞は出たであろうスピードで、僕は奏の手を掴んだ。
「ひぇっ! 蛍!? さっきあんなに離れてたのに!!」
「奏! とにかく落ち着いてくれ!! 何があったか一切話すから、とにかく止まって!!!」
なおも僕を振りほどこうとする奏に、必死の説得を試みる。
果たして数分間に及ぶ説得は通じた。奏は冷静さを取り戻し、僕の言葉を聞き始めた。
次回、反省会




