表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
44/211

第十六話 変換の理由

前回、大人たちとの会話



ドアを開けると、集先輩は地面に伏していた。

アラディアさんのボディブローがいまだに効いているのだろう。時節悲鳴のような声が聞こえる。


「あ、美羽ちゃん。大丈夫だった?」

「はい、なんとか」


・・・・・・・・大丈夫だったのかな? 貞操(ていそう)的に少しアウトな気もするが。

私の言葉を聞いて、集先輩は安心したように顔を緩める。


「そう、ならよかった。アラディアさん人の尊厳とかこれっぽっちも考えない人だから、万が一のことがあったらどうしようって思って」

「ははは、そうですね」


まぁ、アラディアさんも良いところはたくさんある、と思う。

集先輩はなんとか自力で立ち上がり、ソファーに腰掛けた。


「美羽、集先輩」


階段を上る音と同時に幼なじみの声が聞こえる。

現われたのは蛍。店の営業時間は終わったのだろうか。


「どうしたの蛍君」

「今日の裏ですけど、店長が美羽と集先輩で行って欲しいって言っていました」

「え?」


疑問の後に理解した。店長の(いき)な計らいだ。

わざわざ、私が集先輩に話を聞く機会を作ってくれたんだ。


「俺が? 三層に?」

「はい、そうらしいです」

「うん? 蛍君と美羽ちゃんで充分だと思うけどな・・・・」


怪訝(けげん)な表情をする集先輩。先輩からすれば自分の担当じゃ無い日に堅洲国に行くことになるのだから当然か。


「いいじゃないですか。美羽も先輩の立ち振る舞いを間近で見てみたいでしょうし」

「はい。最近蛍としか行動してませんから、たまには集先輩と一緒に堅洲国に行きたいです」


ナイスフォロー蛍。

私たちの言葉を聞いた集先輩は満更でも無い表情で頷いた。


「そうまで言われちゃ引き下がれないな。よし、たまにはいいでしょう。というわけで今日よろしくね美羽ちゃん」

「はい! よろしくお願いします」


なんとか言いくるめることができた。

その後店長から咎人の説明を聞き、私たちは堅洲国へと向かったのであった。



■ ■ ■



血反吐をぶちまけたような世界。

大地は枯れ、建物家屋は軒並み崩壊。生物が生存出来る環境では無い。荒廃した終末の世界。


「相変わらずひどい世界ですね」

「そうだね。昔は緑にあふれてたり、建物が乱立してたって聞いたけど。

咎人同士の殺し合いで環境ごと吹き飛んだって店長が言ってたよ」


周囲を見わたして、誰もいない事を確認し、さっそく咎人の位置を確認する。

ここからだいぶ離れているが、魔術を使えば一瞬だろう。

その前に集先輩がターゲットを再度確認する。


「咎人の名前は鉄鼠(てっそ)。毛がまるで鉄のように硬い鼠だから元の世界でそう名付けられたみたい。

世界を一つぶっ壊して、そんで高天原から粛正命令が出た。ま、いつも通りだね」


確かに、1~3層の咎人の粛正理由は大体パターン化している。

誰かを殺した。世界を壊した。大きく分けてこの二つ。


「まぁ、パパッと終わらせちゃおうか。たまには早く帰りたいでしょ?」

「え、まぁ、そうですね」


速く終わりすぎても困るな。なんとか任務中に話を聞いておきたい。

集先輩は魔術を使い、空間内の座標を指定し移動する。

空間転移。俗に言う”テレポート”というやつだ。

視界が変わる。景色は相変わらず地獄のようだが、細かい地形や倒壊した家屋が変化している。


「念のため500mは距離を離しておいたよ。

咎人はいつも周囲に注意を向けてる奴も多いから」

「はい」


私たちも周囲に気を向けながら目標の場所に向かう。

咎人の座標まで残り100mの場所で、異変に気づく。

鳥の巣のようなものが見える。巨大な(わら)や土、(がれき)礫が積み上げられビルのようにも見える。

巣の周りには夜空に輝く星のような光り物が散りばめられ、(きら)びやかに巣を装飾している。


大きい。50mはありそうな巣だ。どれだけ巨大な鳥が住んでいるんだ。

さらに歩を進めると、音が聞こえてきた。ピー、ピーと生物の鳴き声が聞こえる。

少し進めば、その声の主が判明した。


「・・・・・・・・鼠ですね」

「大きな鼠って聞いてたけど。こんなに大きいとは」


二人して巣の中を見つめる。

その中には虎ほどの大きさの鼠が、巣の中で互いに身を寄せ合っている。

子供なのか毛があまり生えていない。目も開いていない。

これが、咎人?


その時背後に気配があった。

二人して振り向く。そこには小鼠よりも大きい、象ほどの大きさの鼠がいた、

全身がふさふさした毛で覆われ、目が金色に輝いている。

こちらの様子をじっと見ていた。


(集先輩。この鼠は)

(たぶんターゲットの鉄鼠(てっそ)だね。レーダーもこの鼠を指してる)


集先輩が前に出る。

いつもの台詞を言うのだろう。


「咎人・鉄鼠(てっそ)。俺たちは粛正機関の者だ。あんたは高天原から粛正命令が出ている。

もしもこれ以上干渉するつもりなら、俺たちはあんたを・・・・・ん?」

「・・・・・・・」


象のように大きな鼠が集先輩に向けて何かを喋っている。

ボソボソと、この位置では聞き取れない。しかし何か伝えようとしている。

時には手を動かして、身振り手振りで表現する。


奇妙な光景に思えるが、堅洲国では日常風景だ。

堅洲国には統一言語(とういつげんご)の法則が流れている。

これにより例え私が日本語で喋っても、外国人には母国語で聞こえるようになる。

もちろんそれは別世界の存在にも、別種族の者にも適用される。

異なる世界が混じり合っている超多文化社会でもある堅洲国で、この法則は無くてはならない程便利なものだ。


集先輩が注意しながら近づき、その言葉に耳を貸す。

意味を理解したのか、集先輩は再び話す。


「うぅ~ん、となると今回は正当防衛に当たるのか。

仮に真実だとして、後で確認するしかないか。

つまり堅洲国に来る前にやったんだから、判定からすると咎人ではない、と。

この場合はどうなるかな・・・・・・・・・」


一人考え込む集先輩。鉄鼠は私と集先輩を交互に見渡している。

やがて答えに至ったのか、集先輩は顔を上げる。


「OK。とりあえず今は見逃そう」

「え?」

「念のため高天原に連絡を取って、何も問題なければ俺たちはもう来ない。

ここで自由に過ごしてくれ。だけど、ただ住みたいだけなら堅洲国にニライカナイって場所があるんだ。

俺も行ったことはないけど、あっちは設備も場所も住居も自由に用意してもらえる場所だ。

ここは物騒だから、そっちに住むことをおすすめする。

まあ、どちらにせよ危険性は変わらないけど、少なくともここよりかは理不尽じゃないはずだから」


巨大な鼠は、ふむふむと頷いて集先輩の話を聞く。

二人の間でどんな会話がなされたのか、事情を知らない私はただ見ていることしかできなかった。

いつもと違うこの光景に違和感を感じながら。



■ ■ ■



「結局何があったんですか?」


帰りの道。私たちは堅洲国を歩いていた。

久しぶりの三層なので散歩したいという先輩の提案に乗ったからだ。

集先輩は店長と話をして、数分の後に判定が下された。


今回、鉄鼠という咎人はいなかった、とのこと。

情報に誤りがあり、店長が謝りながら集先輩に伝えていた。


「なんていうかね、世界を壊したのは事実だけど、堅洲国に来たのはその後なんだって。

なんでも元いた世界で迫害されてたらしくてね、それで身の危険を感じて反撃したら住んでた場所ごと滅んだ。だから堅洲国に移り住んだ。

つまり鉄鼠は咎人じゃない。咎人ってのは堅洲国に住んでいるのが条件だからね」

「そう、なんですか。けど滅びた世界で犠牲者も何人もいるんじゃ」

「いるね。けどそれとこれとは無関係だよ。

世界の中で起きたことはその世界で片をつける。その世界がどれだけ繁栄しようが滅びようが顕現者は基本無干渉。

高天原も粛正機関もその基本方針はおんなじ。今回の件もそれにあたる。

咎人だけ粛正してればいいんだよ、俺たちの仕事は」


教授するように、あるいは自分に言い聞かせるように、集先輩は歩きながら話す。

無干渉。神の如き者から見れば、そのような冷徹な判断が必要なのだろうか。

それは世界がどれだけ悲劇的な結末を迎えても一切助けないことを意味する。

伸ばされた手を振り払い、縋り付く者を振り払う。


そして同時に、統一的(とういつてき)なあり方に収束しないことを意味する。

一つの法則、一つの考えでは絶対に納得しない者が出てくる。人の幸せなど十人十色で百人百様。思想も価値観も。

それを一つに集約するから、必ず反発や抵抗が産まれる。

そして、咎人が産まれる。

神々が余計な事をしないように。道を示して、その結果未来を都合良く改変しないように。

あくまで当人たちの意思に任せる。神の介入を排除した治世のあり方が、そこにはあるんだ。


それは理解出来る。けど、私が違和感を持ったことは別の要因だ。

咎人と話し合い、思いを共有して、解決に向けて奔走する。

その姿が、今まで殺すことしかできなかった自分と比べて、異様に映るんだ。

自分もそれをやれと言われたら、正直可能かどうか不安だ。


「どうしたら、集先輩のようにその都度(つど)的確な行動を取れるのでしょうか」


それゆえか、言葉は自然と漏れ出した。

先輩はパチパチと瞬きして、微笑んで答える。


「この前知人に教えて貰った言葉があるんだ。迷ったときには、最後は自分の意思で決めろって。

責任を持ちながら、自分を灯火にして、真っ暗な道を進むんだって。

この言葉がすごく俺の中にすんなり入ってきてさ。それ以来そうして生きてるようにしたんだよ」

「自分を、灯火にして」

「うん。と言う俺もまだまだだけどね。

今も迷ったり、本当にこれでいいのか? って思うこともあるけど、それでも俺は自分の意思を貫きたいとも思う」


そう語る集先輩は、なんだか私よりも何歩も先を歩いているような気がして、それはきっと気のせいじゃないんだと思った。

前を歩くその背中に、今まで抱えていた疑問をぶつける。


「集先輩の顕現って、どういう想いから発現したんですか?」

「え?」


歩みを止める集先輩。

振り向いたその顔は、空白の、何も飾らない表情だ。


「私もそうなんですけど、なんというか、どういう想いからそういう顕現を発現したのかうまくわからなくて。

さしあたりなければ教えて欲しいです」


私の言葉を聞いて、集先輩は少し悩む。

自らの人生を決めるきっかけ。

それは運命の人との出会いだったり、考えを変えるような事件であったり、大切な者の死であったりする。

顕現が開花したきっかけがなんなのか。

集先輩は少し考えて、語り始めた。


「う~ん、なんだろうなぁ」

「無いんですか? きっかけとか」


いやまさか、そんなはずは。


「あぁ、いや、あったな、あった。

久しぶりで忘れてた。うんそうだ、あれだ」


額に手を当てていた集先輩が、手を打って笑顔になる。


「だいぶ昔で、それに恥ずかしい話なんだけど、聞く?」

「・・・・・・・・ぜひ」


一瞬躊躇(ちゅうちょ)したけど、ここまで来たら引き返せない。

集先輩は歩きながら、昔語りのように朗読する。


「昔、俺が小学生くらいの頃かな。

友達の家で一緒にゲームしてて、夕方になったから帰んなきゃってなって、自転車に乗って家に一直線に帰ってた時。

家に帰る途中に公園があるんだけどさ、そんな大きくない、砂場とシーソーと滑り台とブランコがあるだけの公園。

そこで、ブランコに乗ってる女の子がいてさ。そん時の俺より小っさい子。一人でぶ~らぶら揺られてたの」


夕日、公園、ブランコに揺られる子供。

実際に見たことはないが、想像することはできる。

陽気に語っていた集先輩が、一瞬、先ほどと同じく飾らない表情になる。


「その子が泣いてたんだよ」

「・・・・・・・・・」

「気づいてたら自転車降りてその子の側にいて、どうして泣いてるの? とか、お菓子食べる? とか、色々話しかけてたんだよ。

その子はお母さんと喧嘩したって言ってて、それで家を飛び出して、戻るに戻れなくて泣いてたの」

「先輩、勇気ありますね」

「いやいや、後先考えてないだけだよ」


茶化すように集先輩が笑う。


「その後、一緒にその子の家に行って俺も謝ったの。

その子はなんとか許してもらえて、俺が帰るときには満面の笑みで俺に手を振ってくれてたんだ。

それ見て、『あ、これだ』って思ったんだ。歯車が合ったというか、パズルがはまったというか」


遠くを見つめる瞳。その目は澄んで、まるで少年のよう。


「その涙を変えたかった。悲しそうにしてたから、笑顔にしてあげたかった。

たぶん、それが俺の原点だったんだと思う。だから俺の顕現は『変換』なんじゃないかな?」


そして、今もその想いは変わっていない。私が不安を感じてたりしてると話しかけてくれる。周囲の人が困っていたらすかさず手を伸ばす。


「それからは困ってそうな人にお節介して、感謝されたり、迷惑がられたりしながら、それでもずっとあの時のことを続けているのでした。

はい、俺の話おしまい。あぁ~恥っずい」


歯切れ悪そうに、先輩が言葉を切る。その顔は赤く染まっていた。

先急ぐよ~、と集先輩は早歩きになる。


優しさ、なのだろうか。集先輩のきっかけは。



■ ■ ■



「ただいま戻りました」


堅洲国から喫茶店へ戻る。

店長と蛍が待ち構えていた。


「お疲れ様です。集先輩。美羽」

「あんがと蛍君」

「お疲れ様でした。二人とも。

本当に申し訳ありません。高天原に掛け合ったところ、どうやら誤報だったようです。羽鶴女さんが謝っていました。

羽鶴女さんたちも今後このような事がないように、業務の見直しや改善を図ったとのことです」

「分かりました。なんにせよ無事に済んで良かったです」


その言葉に、店長はいつもの笑顔を見せる。


「ありがとうございます。

集君がすっかり頼もしくなって嬉しい限りです。

犠牲になった世界の修復も完了したようですし、実質被害は無いようなものですね」

「はは、それはどうも」


店長が私たちにソファーに座ることを促し、コーヒーを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


私に手渡すときに、店長は私だけに聞こえるように耳元で呟いた。


「どうでした? 見識は広がりましたか?」


私は頷く。

それはよかったと、店長は微笑んだ。


「さて、皆さんに報告です。

今まで堅洲国に入界していた霞さんですが、再来週には帰ってくるようです」

「本当ですか!?」

「ええ、彼女にとっては久しぶりの現世ですから当分家でのんびりして欲しいところですが、皆の前に顔を出したいと本人の要求がありましてね。

再来週に一度顔を見せて、その後ぼちぼち業務に戻るとのことです」


霞さん。桃花の店員で、もちろん顕現者だ。

多少癖のある人ではあるが、誰に対しても気軽に接してくれるその性格で、何より優しい人だ。

その人が帰ってくるのか、ちょうどシミュレーションの後の週に。

ならさっさと合格して、霞さんに成長した所を見せたいな。


一人決意し、私はコーヒーを一口。

程よく苦く、程よく温かく、それでいて美味しかった。



次回、QandA

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ