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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 天蝶乱舞
159/211

第九話 魔術・契約・否定

どう考えても三日ペースで投稿する文量じゃない。

前回、水の天使、神官、暗殺者。



ステンドグラスが飾られた大教会。

それを内部から突き破り、二つの影が空を舞う。

アラディア。ミリア。魔術において極致に位置する二人の戦闘は、現在縄張りで行われている全ての戦闘より苛烈で、なおかつ全くの互角だった。


一瞬の間にも千に匹敵する新たな魔術体系を創造し、万を超える新魔術で相手を穿つ。

しかし決定打には至らない。その魔術を解析し、自らのものにして、応用までして相手に返礼する。

それの繰り返し。互いが互いを高め合う殺しあいの図は、螺旋の上昇にも似ている。



「土から産まれたものは土に還れ。

塵なのだから塵に還れ」



アラディアの手から放たれる発光。

それに触れたミリアの身体は、身体の芯まで土塊と化して一気に風化する。

ボロボロと末端から崩れ落ちる土の人形。しかし土に罅が走ると内側から無傷のミリアが現われる。



「サハスラーラ開眼。

迸るチャクラを以て、現象界を打ち砕く。シヴァの瞳がした如く」



頭頂部から放たれるシャクティ。

恒星が生涯に連続して放つ全光量を刹那に超え、放たれる光と火。

全ての現象を粉砕しながら、破壊の濁流がアラディアを飲み込む。

放たれた光の先にある建造物の群れごと、アラディアという現象が砕かれた。

全身が破片となって粉砕。魂ごと打ち砕かれて、有無を言わさず絶命を迎える。



「魔女を信じぬことこそ最たる異端なり。

魔女の印をその身に刻め」



ミリアの眼前。突如現われた右手が、呪を紡ぐ。

ズドッ!!と、ミリアの全身に何かが刻まれた。

それは文字。それは紋様。それはタトゥー。あるいはルーン文字。

皮膚に刻み、肉に刻み、骨身に刻み、魂の奥深くにまで刻み込まれた呪い。


その意味は死。その意味は消滅。劣化、隷属、変容、静止、消沈、封印、可死、可滅、可触、敗北、無力化、無効化、無能化・・・・・・・。

その他数千もの意味内容をその身に直接印され、その通りに効果が成るミリアの身体。

膨張し、爆ぜ、腐り、液状化して、死した後であろうが地獄の責め苦を味わい続ける。



「質料摘出――編纂。

それを成すのは黄金の御業」



だが優麗な声は途絶えない。

錬金術。壊れた大地や建造物、縄張り中の物体。その第一原理である質料を取り出し、異なる物質に錬成。

物質の最小単位から組み替え、世界の場と粒子を自由自在に操る御業(みわざ)。法則まで書き換えた結果、縄張りの景色が砂のように崩れ落ちる。


雲がないのに黄金の雨を降らせながら、世界を黄金色に変える。

鉛を金に。世界を金に。大気や大陸、空気宙の微細な塵にすら、黄金の浸食が進んでいく。

当然アラディアも例外ではない。黄金像のように金の塊となったその身体に、生気は全く感じられない。

空間そのものが非生物的なものに変わったそこは、まさしく黄金郷そのものだった。



「影踏んだ」



しかし軽快な声は耳元で聞こえた。

すぐそばにいるアラディア。彼がその脚を上げ、ミリアの影を思いっきり踏みにじる。


影が薄いという言葉があるとおり、影とは生命力や存在感などの、物理的な実在の証拠。月下に照らされる影はさながら魂の証拠。

それを踏むなど呪いでしかない。黄金に照らされたミリアを、あるいは縄張りそのものの影を踏む。

罅が走り、生命と魂が同時に壊れるミリアと縄張り。美羽がもたらす破壊のように、ミリアと縄張りがガラスの破片のように砕け散り、残るは黒一色の空間のみ。



「起伏を埋める。山河を削り、見晴らす限りを丸と円で囲う。

人体塞栓(そくせん)現象」



この世にいないミリアの魔術。彼が自分の存在を形作る前にそれが放たれた。

全身の穴が塞がる。それすなわち、鼻、毛穴、眼球の隙間、耳、内臓の全てが満たされる。

わずかな気泡が立ち上がる隙間すらない。腸から口内に至るまで全てが肉で塞がれ埋まる。

コンクリートを全身に注ぎ込まれた圧迫感のまま死んでいく。呼吸など不可能、血液が全身を巡るなどもっての外。

のっぺらぼうのマネキンに成り果てたアラディア。喉を隙間無く肉で埋められ、それでも声は発せられる。



「・・治・・he・l・gu・e・・ur・re・・h・i・en・cur・・sa・ale・・・・」



多重言語。治癒を意味するワードを何十、何百にも重ねがけして唱える。

だがそれは自分の治癒のためではなく、



「爆ぜ四散しろ」



膨大な治癒の魔術をミリアにそのままぶつける。

相手への過剰回復。過剰成長。

細胞分裂の速度を数千億倍まで加速し、生命活動を狂わせる。

内側から肉が膨張する。血管が裂ける。白い肉の塊が服を破きながら膨れ上がり、成長を制御出来ずに爆砕。

打ち上げられた鯨が体内のガスで内側から破裂するように、彫像の如き端正な身体が醜い肉塊となって四散した。


それに対してアラディアはさらに追い打ちを掛ける。

自らを霊媒として神霊を降ろし、その手にとある剣を出現させた。



「ロア・オグ 権能施行。

ク=バ=サ(ラ・プラスの剣)」 



物質世界を全て切り払う神霊の超力。

一閃。切断の跡は一つで充分。

ただそれだけで、縄張り中の全物質がそぎ落とされ、瞬時に消滅した。

原子や粒子、エネルギーといった最小単位。宇宙や世界といった最大単位。無論メリアを巻き込んで、その物質体を完全に消し去る。

『物質』のなくなった空間。ミリアはアラディアが手にした剣と同じものをとり、その切っ先を突きつける。



「剣を取る者は皆剣で滅びる。

汝、業は廻ると知れ」



極めて物理的な呪詛返し。それを喰らったアラディアの身体が引きちぎれ吹き飛び、細胞一つ残らない。

お前に出来ることなど自分にでもできるといわんばかりの剣戟。

意趣返しが終わったミリアは、雪崩のような量の魔術を発動させる。


一発一発が縄張りを破壊しかねない光球、光、レーザー、爆発。

壁のように押し寄せ、轍のように轢き殺す。

それに巻き込まれた者は霊魂の一欠片すら残らないまま、むなしく輪廻に帰るのみ。


もはやこの世に存在しないアラディアが、雪崩のような数の魔術を解析し、そして実行。

類感魔術。似ているものは互いに影響を及ぼし、相似すればするほどに効果を増す基本魔術。

だが、アラディアのそれは常識を超えていた。


魔術を発動するほんの刹那、アラディアは本物(ミリア)すら超える。

模倣魔術の最高類似数値を100とするなら、瞬間類似率を5000は叩きだし、本人以上の高出力・高火力で魔術を叩きだす。

発動した雪崩のような魔術が、ミリアのそれを押し潰し押し流す。

自身の50倍の規模と威力を一身に受け粉微塵になるミリア。

しかし次の一コマには傷一つ無い彼の身体が現われる。



殺害。再生。殺戮。復活。殺傷。誕生。



アラディアしかりミリアしかり、最高峰の魔術師はその術を以て世界を掌握する。

森羅万象、天地万物の全てを。


ならばその彼らはどのような域にあるのか。

不可能を可能にする?全知全能?世界を操る?



否、()()()()()()()



だから今も、アラディアが目の前のミリアを『殺す』と表現すれば、その通りにミリアの死が表現される。

血肉骨すら残らず吹き飛び、その死が必然的に確定する。


虚空から紡がれる像。どこからともなく破片が一点に集うと、それらが組み合わさり人型が形成される。

何の傷もないミリアの姿。これも当然。『自分は死なない』と表現したのだから、実際に死なないというだけの話。


いかなる道理も法もねじ曲げて、己を表現する二人の魔術師。



嫌がらせのように発動する相手へのデバフ。

立つこともままならない頭痛、気絶、眼痛、難聴、鬱発作、空腹。

今すぐにでも横になりたい衝動に駆られる睡眠誘惑、痙攣、熱傷、激痛、激痒、快楽、目潰し、老化、盲聾(もうろう)、脳髄麻痺、格下げ、レベルダウン、弱体化、霊子拡散、密度低下・・・・。

熾天使でさえ立ち上がることのできないデバフの数々。当然、その間も攻撃が止むことはない。



「熟成。熟成。熟成――

充分だ、放て」


アラディアが今まで蓄えたダメージ。損害。それらを全て自らの内に留め熟成。

何億倍にも倍増させて相手に返礼する。

それを受け取めたミリアは、相手の魔術に自分の呪詛を加え、キャッチボールのように相手に返すを繰り返す。



「やれやれ。わかりきっていたことだが、やはり決着などつかないか。

頂点、極点に立つ者の総量は等価。ある意味必然の帰結とも言えるな」



呪詛返しのまっただ中で、殺し合いの連続に飽きたミリアが切り出した。


「アラディア。貴様は何を狙っている?

子をもうけることも、粛正者となったことも、それまでのお前では考えられんことだ」

「あ?んなもん心変わりだよ心変わり。お前だってあるだろ」


全身の血管が爆ぜる。血漿(けっしょう)、血球単位で蒸発。白血球も赤血球も沸騰し、脳髄から足先まで連鎖して破砕。

体組織破壊。狙い済ましたように眼球や鼓膜、鼻や舌などの諸器官が爆発。

血と肉と骨が辺りに飛び散り、発声器官すら爆裂したのに、それでもミリアの声は途切れない。


「心変わり。なるほど、それもあるだろう。

だがそれにしても妙だ。お前の根底にある行動基準はたった一つ。それと粛正機関に関わりがあるとは思えない。

そもそも咎人の粛正だって適当に済ませているのだろう?」


飛散する血肉骨が、突如空中で停止し、巻戻る。

秒もかからず、元の完全な姿に戻った。

熟考するようにミリアは口に手を当て、そして笑い出す。


「く、ははは、なるほど、なるほどな。

繋がってきたぞ。そういうことか」


それは本人にとっては軽快な笑いであっても、見る者に怖じ気づく恐怖を心の底から強制的に湧き上がらせる、異質なもの。

化け物揃いの堅洲国の住人でさえ、異次元の生命体を想起させる凄絶な狂気。

目を吊り上げながら、恐怖を撒き散らすミリアは友に問う。



「アラディア。お前、自分の娘を使って何を成すつもりだ?」

「黙れ。俺は何もしねぇよ。全部あいつが決めたことだ」



その言葉に若干の苛立ちを込めながら、放たれた魔術はミリアの上半身を貫通し消し去った。

しかしその返答で確信を得たミリアは、弾けるような哄笑を上げる。


「ははっ、ははははははははは!!!

そうかそうかそういうことか。なるほど、だからこその反応か。

確かにもっともだ。親ならばかくあるべしだろう。ははは!!」


アラディアにとって不快な笑みは、しかし突如止む。


「さあ、あちらもそろそろ始まりそうだ。

これを以て我々は閉幕としようか」


その言葉を受け、最初に動いたのはアラディア。

彼もいい加減現状に飽きたのか、幕を引くためにその呪句を唱え始めた。



『イシス、アスタルテ、イシュタル、

アラディア、ダイアナ、キュベレ、

コレ、ケリドウイン、レヴァナ、

ルナ、マリ、アンナ、

リアノン、セレナ、デメテル、マー。

暁と闇。暁と闇。

ムーン、クレセント・ムーン。

光と輝きを我らに浴びせよ。

輝け。輝け、輝け輝け輝け輝けェッ!!』



膨れ上がるアラディアの覇気に応じ、ミリアも歌い始めた。



『種を蒔くもの、蘇った穀物。

来たれ!角を持つものよ。

抑制されざるものよ!抑制されざるものよ!!

必滅にして不滅のその光輝!

我らを動かせ。我らに触れろ。我らを揺すれ。

我らを突き進ませろ。

神はここに!祝福あれ』



縄張りを覆い尽くす闇と光。

顕現者でさえ、その余波で無限に砕け散る超膨大な力の奔流。

それが正面からぶつかった時、全ての境界は砕け、二人もろとも光の中に消えていった。



■ ■ ■



既に城下町の跡が跡形もなくなった、原風景の街。

幾つものクレーター、幾つもの破壊痕が大地に刻まれている。

その張本人である天都とアレグラは、二つの拳で殴り合っていた。


あれから、天都が分かったことは三つある。



一つ、通用しないと思っていたワイヤーの攻撃だが、どうもそういうわけではないらしい。

ワイヤーを束ねた槍。ワイヤーを束ねた糸鋸(いとのこ)。総じて可視化できるまでの大きさになれば、アレグラにもダメージが与えられる。

魔術の類は全て無効化される。加えてワイヤーや魔術よりも、拳で打った方が奴にダメージが入る。


二つ、アレグラの強化スピードの異常さ。

自身の強化など顕現者なら誰だってやっている。が、そのスピードは大抵、相手と自分の間で均衡が取れているものだ。

だが奴の強化は指数関数的に増加する。通常の顕現者が二倍、三倍と強化しているのに対し、二乗や三乗レベルで増加するそれは異常とも言える速度。


三つ、アレグラの戦闘は拳だけ。それ以外は何もしない。

その鍛えた身体。躍動する金剛石のような筋肉。そこから放たれる殴打。蹴り。頭突き。

充分に脅威だが、補助の魔術すら使用しないのは疑問に思えた。



これらがアレグラの顕現に繋がる重要な情報。

戦闘を行いながら熟考し、その詳細を探っていく。


「ふぅんっ!!!」


意気衝天の拳が大地を穿つ。

破壊は伝導し、大地に立っていなくとも大気を伝わり天都を打つ。

大振りでありながらその精度は抜群。円上に暴力を伝えることもできれば、ピンポイントに天都だけを打ち据えることも可能。

どうやら暴力の指向性を自由自在に操れるらしい。名を付けるのであれば衝撃伝達。その自由な操作。


「はっはっは!!これぞ我が努力の(たまもの)よ!

逃げられはせんぞ!!!」


弾幕のような殴打の嵐を浴びせるアレグラ。

空間を超えているため全て直撃するが、それでも防壁が作用し暴力を防ぐ。

それでも彼の衝撃伝達が発動する。防壁を伝い、直撃を受けていない天都にまで正拳の威力が届く。

どれだけ離れても、回避しても、その衝撃からは逃れられない。

加えて全身が粉微塵になりかねない威力。桃花の中で肉弾戦に秀でている天都でさえこれなのだから、美羽や蛍が食らえば魂まで消し飛ぶのだろう。


「・・・・・」


ゴキン!と手を鳴らして、必殺の威力を右腕に込める。

五指を開き、殴るというよりは指で体内を貫くように、天都は掌をアレグラに叩きつけた。


ゴバッ!!!と、直撃を受けたゴーレムの背後に衝撃が駆け巡る。

内腑が破裂し、指の先についたワイヤーが指の軌跡を辿って空間を切断する。

殴打と斬撃を同時に行う天都の術技。体内に侵入したワイヤーの糸を操作すれば、臓腑を残らず斬壊可能。


「ふはは、あっぱれな威力よ!!そうこなくては面白くないものなぁ!!!」


天都が感じ取った違和感。体内に侵入したワイヤーが、直後に消滅。

それどころか、自分が与えた殴打の衝撃がアレグラに何の痛痒も与えていない。

一拍遅れて、アレグラに触れた腕を伝って自分の全身に走る衝撃。

空中分解しそうになる自分の身体。

まるで自分で自分を殴ったかのような痛みが広がる。


これも衝撃伝達の操作。天都がアレグラに与えた衝撃を、天都自身に返したのだ。

これでは攻撃しようがない。アレグラは攻防一体の技術を手に入れている。

距離を取りワイヤーで攻撃しようにも、その衝撃は空間を伝い、ピンポイントで天都を襲う。


面倒だ。その一言につきる。

天都は攻撃の手を止めた。自分の操るワイヤーをまるで蜘蛛の糸のように断ち切るアレグラを見て、独り言のように呟く。


「『金剛糸』。ニライカナイに住まう『荒絹(あらぎぬ)の姫』が編み込んだ、不断の糸なのだがな」


荒絹の姫。ニライカナイに存在する著明な熾天使の一柱。

女神のような女性の上半身に、蜘蛛の下半身を持つ、アラクネの姿の女性。

彼女が紡ぐ糸は堅洲国でも最高級の糸。耐久性、耐火性に優れるのはもちろん、彼女の法則性を宿したその糸は決して断つことができないとの噂。


荒絹の姫本人は織物を作る職人なのだが、彼女が生み出す糸は天都や、美羽が戦ったアルディが戦闘に使う程の頑丈さ。

それをまるで見えていないかのように触れただけで断ち切るゴーレム。一体何が起きているのか。


「ふむ・・・・・。とは言われても我には見えぬが?

ぬしがあれこれしているのは分かるが、そもそも我が認識しなければ意味がないぞ」

「? それは、どういうことだ」


問われたアレグラは、得意げに語り始めた。


「ふははっ。何、言うなれば当然のことだ。

例えば月や太陽があったとして、それを自分が認識していなければ存在しないのと同義。

我はそれがより顕著なだけよ」

「というと?」


再び問われると、アレグラは惜しげもなく情報を開示した。


「自分で言うことでもないと思うが、我は馬鹿でな。

阿呆だの無知だの、周囲の鼠たちにはよく言われたものよ。

そしてその通りよ。魔術だの戦闘術だの、我にはどうも理解ができんし性にあわん。

座学など出来た試しがない」


それは、ある意味致命的なものだろう。

堅洲国での戦闘。それは突出した一つがあれば生き残れるというわけではない。

むしろ多くを学び自分のものにしていかなければ生存は難しい。

必ずしも多ければ多い程いいというわけではないが、使えるカードが多い方が、より万能な己となる。

そのために、アラディアは美羽と蛍を鍛えたのだから。


だが、世の中には知らなければいいこともあり、むしろ習得したことで枷になるものもある。


「しかし馬鹿は馬鹿なりに有用なもの。

我が顕現・『暴走機関(デュミナス)』はまさにそう。

これまたどういう仕組みかは分からんが、この顕現を使っていると我にとって理解ができんものがこの世から吹き飛ぶらしい。

だがそれも当然のことよ!我は拳の殴り合いを好むゆえな!!」


つまり、自身にとって理外の攻撃・干渉・事象を全て無効化し、この場に発現することは許さないということ。

アレグラが金剛糸の影響を受けなかったのはそういうことだ。そもそも見えていないのだから、彼にとっては無いも同じ。そして彼の顕現が実際にそうした。

魔術で発生した火や氷が通じず、場合によっては現界すらしなかったのはそれが理由。

発動したところでアレグラにはそれがどういうものか理解出来ない。出来ないから何の痛痒も浴びせられない。


無形型特有の厄介な能力。理解の出来ないもの全てを世界から消し飛ばすなど常軌を逸している。

問答無用で自らの暴力を押しつけ、奇々怪々な術を消滅させ無理矢理殴り合いに挑ませる。

確かに、アレグラにとっては理想そのものだろう。

馬鹿は馬鹿なりに有用。自らの性格がよく表れている顕現だ。

多くを学ばず多くを知らず、多くを習得しない方がかえって有利になる。



・・・・・・ちなみに、これでもアレグラは顕現を抑えている方である。

彼がその気になれば彼が知らない言葉・知識・法則・現実までもがこの世界から概念ごと吹き飛び消える。

だから天都が自分の言葉を話せるのも、ひとえにアレグラが許可しているからである。



彼の常識に合わせて世界が知らずの間に殲滅され、削られる。

アレグラが葦の国に現界などすれば、その時点で世界を構成する99%が自動的に消去されるだろう。


「魔術も顕現も、我にとって理解できんものは通用せん!!

つまり残るはステゴロのみ。

さあさあ、更なる原始的な殺し合いを果たそうではないか!!!」


さらに苛烈さを増すアレグラの鉄拳。

唸りをあげ、巻き上がる旋風ごと引き裂き、彼の知らない能力を悉くこの世から駆逐する。

爆裂の如き自らの拳を幾度も幾度も叩きつけるシンプルな暴力。それでいて威力は絶大。

独自の衝撃伝達の技術までも遺憾(いかん)なく発揮し、防壁で防ごうがその身に衝撃を叩きつける。


その度に追い込まれる天都。されどその思考は冷静そのもので、所作と目からは一抹(いちまつ)の焦りも見られない。

並列思考でアレグラの能力を反芻(はんすう)し、それに対する対抗策を組み立て、そして言葉を発した。


「ならば聞く。お前は拳を合わせた殺し合いを望むという。

その果てにお前が負けるは本望か?」


問う。それは魂へ語りかける問いかけ。すなわち言葉や態度で嘘をついても無意味。

そして、問われた以上は必ず解答しなければならない。


「本望だ!!これは殺し合いで、どちらかが土に倒れるは自明の道理!!!

我の敗北もその一つよ!!!」

「加えて問う。ならば俺がお前を倒しても良いのだな?」

「もちろんよ!!!倒せるものなら倒してみるといい!!!

その手で!その身体で!!その心でこの咎人を討ち滅ぼしてみるがいい!!!」

「そうか」


熱の籠もった解答を前に、聞きたいことは聞けたと、天都は再び右手を鳴らす。

しかしそれが通じないことは先ほど分かっている。どのような衝撃であれアレグラは自在に操るのだから。

先ほどと違う点があるとすれば、それは天都がアレグラの顕現、その知識を持っていること。

そして、アレグラの魂から契約同意の言葉を引きずり出したこと。


天都は迫る豪腕を前に、それを唱えた。



「顕現 契約」



瞬間、天都の霊格は規格外なまでに膨張し。

一閃の元に、アレグラの巨体を二つに裂いた。



「!!??!?」



両断され、宙に舞うアレグラの身体。

驚愕するも、次に浮かんだのは喜色。

理解はできた。天都は自らの膂力のみで、この身を引き裂いたのだ。



契約。それは当事者間で交わされる約束事。

天都が自分の名を言った時のアレグラの反応で、契約の概念それ自体は知っているのだと分かった。

理解できるのなら通じるということ。

相手の土俵に立ち、それを利用して、自らの有利に持ち込む。

真っ正面から戦うよりも、時にそうした方が勝ちやすい。


「ははっ、良いぞ!!そうこなくてはなぁっ!!!」


しかし勝負は終わらない。満面の笑みを浮かべ、アレグラの上半身は拳を握る。

身体が引きちぎれようが、それがなんだと言う。まだまだこれからだと、戦闘ゴーレムは気炎を上げる。

それに対して天都は、渾身の力を込め左アッパーを繰り出した。


「ッグヌゥ!!!」


左拳同士が打合い、勝ったのは天都。アレグラの豪腕をひしゃげた肉塊に変える。

これまでとは真逆。二人の力関係が逆転している。

肉体強度、質量、密度、霊格量。その全てが爆発的に増大。アレグラの強化スピードがカタツムリの移動かなにかに見える程、天都の力が増大を続ける。

アレグラの有する衝撃操作。それすら操作不可能な威力でその力を叩き込む。


天都の顕現・『契約』その能力は自身の強化ではない。

相手と自分の間で約束事をし、両者がそれに合意することで、自分あるいは相手はその内容を執行する。

顕現を使う前に成す契約を決める必要があり、発動までに一手間かかる顕現。

しかしその効果と強制力は絶大。


両者の間で成された契約は決して力技で破れることはなく、顕現が発動している間は第三者の介入すら無視する。

なにせ自分と相手が合意したことだ。契約には常時両者の霊格が乗せられ、その後どちらかがその霊格量を超えたとしても破れることはない。

そして今回の契約で、天都が執行すべき事項は、アレグラを打倒すること。

そのためならアレグラと天都を足した霊格量に加え、その数万倍でも数億倍でも、いくらでも力が上乗せされる。

力でも物でも、契約の執行に必要な全てが供給される。それが『契約』の本質。

時と場合によっては大物食い(ジャイアントキリング)すら成し遂げる必殺だ。


「ぬ、おおおおぉぉぉぉぁぁぁああああああ!!!!」


それでもアレグラは残った右腕で殴りかかる。

どうしようもない実力差?その程度で諦められるなら苦労はしない!

今までそうしてきたし、これからだってそうするのだから。

まだ戦場を駆け回っていたい。殺し合いたい。戦いたい。

拳と拳を合わせる、ステゴロの勝負を永遠に続けていたいのだ。


裂帛の声と共に放たれた一撃に、天都もまた自分の右手で殴りかかる。

豪腕と豪腕がぶつかり、ひしゃげて飛ぶのはアレグラの腕。

両腕を無くし、それでもアレグラは至近距離から頭突きを食らわせる。

この期に及んでも、自分が勝つことしか考えていないその思考は、まさに戦闘狂。


その気迫に、天都もまた全霊を賭して応じる。

ただ無言で、右腕を鳴らし。

アレグラの巨大な頭蓋を、上から地に叩きつけた。



それは二人が交した拳打の総数。その全エネルギーを遥か上回る鉄槌に他ならない。

最早音すら消えて、後には胴体と頭部が分離したゴーレムが残るだけ。

治癒も復活もできない。膨大な殺意がそれを許さない。

仮にここからアレグラが立ち上がったとして、それでも天都が打ち勝つだろう。

無限に覚醒しようが、無限に打ち砕くだけ。

それが契約の内容だ。



「自らが望んだ結末だ。悪くはないだろう」

「・・・・くはっ、ははははは、なるほど、確かに悪くない」


交わす二人の言葉に殺気はない。

勝負はついた。立っているのが天都であり、地に沈んでいるのがアレグラだ。

アレグラもまた本望なのか、その口調は気分爽快な満ち足りたものになっている。

後は止めを刺し、ファルファレナの元に向かうだけ。

天都が実行に移そうとした時、アレグラは気力を振り絞って言葉を発した。


「しかし、勝った気でいるのなら甘いぞ」

「なに?」

「なぜなら、我らはただの――」



■ ■ ■



無数の斬撃が空を切り裂く。

ボロボロの大剣を(かつ)ぐ巨人と、血に濡れたロングソードを持つ否笠。

幾千回の剣戟を繰り返し、世界に破壊の痕を刻む。


しかし優勢と劣勢の差は開きつつある。

未だに無傷を保つ巨人と、身体の隅々まで切り裂かれている否笠。

今もそう。下から掬い上げる大剣を防ごうにも、剣を交差した瞬間、否笠の身に大きな切断痕が刻まれる。

攻撃を食らっていない部位に、斬撃が刻まれる。

外側ではなく内側から溢れ出る血で、纏う服は血塗れ。



否笠もここまで考えなしに刀剣を打ち合わせているのではない。

既に巨人が扱う顕現。その正体に気付きつつあった。


(おそらく、自分にとって不都合なものを他に押しつける顕現なのでしょうね。

自分の被害やそうなっては困る現実。不幸や運命など、それを他者や他の物に強制的に肩代わりさせる。

そしてそれは攻撃にも応用できるようですね。木々や大地を切り裂いた斬撃が、私の剣と打ち合ったときの斬撃が、私に強制的に押しつけられていますから。

本来なら防ぐ必要のない私の攻撃も、大剣で一々防ぐことによって顕現を悟らせないようにしている。

自らの能力を過信していない証拠ですね。だから正体が判明するまで時間がかかったとも言えますが)


そしてその予想は九分九厘的中していた。

名の無い奴隷の剣士。その顕現は『彼方に輝く自由を(リベラスラボ)

自らの境遇に対する憂い、絶望。そこからの解放を願った想念。

他者へと押しつけるという歪んだ形の解放だが、なぜそうなったのかは彼のみぞ知る事。



さて、現状否笠にはその顕現に対処する方法がない。

打ち破るには巨人と同じく、顕現を使うしか無い、が。


本音を言えば、否笠はあまり自分の顕現を使いたくなどない。

自らの顕現が忌まわしく、唾棄すべきものだと自覚しているゆえに。

しかしこれは仕事。下手したら全滅を迎えるのはこちらかもしれない。

過去を思い出すようで不服だが、背に腹は代えられない。

剣閃の嵐の中、静かに否笠は唱え始めた。



『この世に生じる一切は、滅びる運命を持つ。

ならばいっそ生じえないように、二度と光を拝まぬように。

生まれいずる全てを否定する。

私は常に、剣を掲げる者なのだから、

拒絶するもの一切は、全て私の領分なのだから』



一字一句を唱える度に、否笠の身体から放たれる不可視の圧力が増していく。

それは万象を黒に沈める闇でも、照らし尽くす光でもない。



『私と貴方に、何の違いがあるのだろうか。

その服と冠と剣に、いかなる値打ちがあるのだろうか。

善悪彼岸、天地開闢、枯れ野に咲く花、狩人手に持つ弓箭(きゅうせん)蒼穹(そうきゅう)

これ全て、羽をもがれた鳥の如し。

無意味に沈め、無価値に堕ちろ。

たとえ時が止まろうが、その瞬間は虚ろなり』



無色透明で、敵意も好意もない波動が告げている。

お前の全てを否定すると。



『万象否定――顕現 絶無の魔神(メフィストフェレス)



最後の言葉が唱えられると同時に、世界を黒でも白でもない無色が包み込んだ。

無色透明の波動に触れた全てが消えていく。木々も大地も大空も、木の葉の一片、鳥のささやきに至るまで、瞬く間に世界が静寂に沈む。

当然、巨人にもその波動が押し寄せるが、彼だけは消失を逃れる。

万物を消し去る重圧も、巨人にとってはその身に纏わり付く蜘蛛の糸に過ぎなかった。


分かる範囲で言うのなら、広域を殲滅する類の無形型。

これが老人の顕現であるのなら、拍子抜けも甚だしい。

何をもったいぶって今まで使わないのかと思ったら。この程度しかできないから、さも切り札があるかのように秘蔵しておいたのだろう。

しかし油断はしない。隠された能力があるかもしれない。いや、その可能性は充分にある。


否笠が顕現を発動したからといって、することは一つも変わらない。

ただこれまでと同じように、大剣を敵に叩き込むだけ。

防御しようが、躱そうが、大気や大地を傷つけた斬撃は、残さず否笠に押しつけることができるのだから。

それゆえ、放つ一刀が全て防御不能の域に昇華しているのだ。


迫る大剣。大気を引き裂き、いかなる者であろうと切断を免れない絶剣。

自身を真っ二つに両断しかねない一撃を前に、しかし否笠は肩に剣を乗せ、構えを一切取らない。

ただ、迫る大剣を目に映し、少し眼力を強めただけ。



それだけで、縄張りそのものを引き裂きかねない大剣が、突如巨人の手から消失した。



「――?」



手からすっぽ抜けたわけではない。刃の先端から、まるで霧になって空気中に溶けたかのように、その全体が消えた。

握っていたはずの柄も例外ではない。突然大剣の重さが消えるも、巨人の体幹は崩れない。


「力の象徴である武器の喪失は、敗北を意味することもあるでしょう」


肩を剣でトントンと叩きながら、否笠は巨人に問う。

その声はなんともつまらない調子だ。あまりに不味い酒を飲んで苦言を(てい)するような、そんな声。


「まだ続けますか?」


その言葉に、語るまでもないと巨人は拳を握り殴りかかる。

大剣を主武器としてはいるが、別にそれが無ければ戦えないというわけではない。

熾天使に位置する者たちの肉体強度は、殴れば葦の国を震撼させる。

柔な老人の身体を四散させることなど造作も無い。


しかし、


「無駄ですよ」


否笠は巨腕を前に剣を振ることも回避の身振りをすることもない。

痛みも衝撃もなかった。

右腕の肩から先。今まさに突き出した腕が大剣と同様に消えた。


「・・・・・・・・」

「結論から言いましょう」



沈黙する巨人に対して否笠はあっさりと、


「私の顕現は『否定する』もの。

詳しく言うなれば、その対象に否定原理をぶつけるというものです。

否定文だと分かりやすいかもしれませんね。私がしたことは『あなたが手に大剣を持っている』という文を、『あなたが手に大剣を持って()()()』としました。

結果、実体のあるなしに関わらず、打ち消され存在そのものが自壊する。

つまり、私が否定したものが生じることはありません」



万物否定。それが否笠の顕現。

形の有無に関わらず、それが法則や顕現であろうと、存在を否定することで抹消する。

巨人の大剣も、右腕も、彼が否定すれば強度を無視して根絶する。

老人が否定したことが、この世に幅を利かせることはない。


本来なら巨人の顕現で、自身に加えられる不都合な事実は全て否笠本人に押しつけられるはずだが、否笠はそれすら抹消し無効化した。

別の縄張りで霞が交代したいと言っていたのはこれが理由。リヤーフの同化能力ですら、否笠はそれを否定することで彼を仕留めることができる。

個人の裁量で容易く世界を差配(さはい)する。万物に対する強制命令。

それは自分自身ですら対象にできる。巨人により全身に刻まれていた傷は、服に付着した血ごと綺麗さっぱり払拭されていた。自分が傷ついているという命題を否定した結果だ。

きっと自分の死という事実すら、彼は否定してみせるだろう。



惜しげも無く自分の顕現の情報を明かす否笠。

いかに厄介な顕現とはいえ、この世に絶対などなく、その顕現の突破口を発見されることも十二分にありうる。

自らの不利を覚悟で情報を開示した。その意図は――


「もう、終わりでいいのではないでしょうか?

ファルファレナに従っているとはいえ、私への傷害だけなら目をつむりましょう。

ここで貴方が退くのなら、私はそれを追うことはありません。約束します。

生きること。私はそれを推奨しますが」


顕現を潰された。物理的な攻撃が通じないことも証明された。

魔術を使用しても結果は同じだ。どんな魔業であれ神業であれ、否笠は全てを否定する。

否定されれば空しく消えるだけ。


それが否笠にとっては嫌だった。忌むべきものと言ってもいい。

彼の積み上げた冴え渡る剣術。その顕現。魂。それがこんな老人に否定され消え去るに足るものとは思えない。思いたくない。

巨人にもこれからがある。遅すぎるということはない。

否笠の確認できる範囲では、目の前の巨人が咎人に認定されているという情報はない。

ならこれから先、堅洲国の内部で自由に生を謳歌すればいい。

その選択肢を取り上げるような真似はしない。

だが、


「――!!」


意地か。それとも退けない理由があるのか。

巨人は左腕を掲げ、それを武器に握りしめる。

塵芥を巻き上げ、風を切り裂き唸る。


無意味であることは知っている。

先ほどと同じく否定され、塵も残さず消えると分かっている。

それでも、無様に敗走するよりかは、戦場で散ることを望むのだろうか。


「・・・・・そうですか」


否笠は溜息をついた。

溜息と共に、決断した。



一閃。否定の顕現を付与した剣で切り裂く。

剣は鎧ごと巨人の胴体を切り裂き、今まで無傷を誇っていたその身を、容易く一刀両断にする。


それだけに留まらない。

斬撃の数は一、二、三、四、、、十を超えて百を超えて千を超える。

斬って斬って斬って斬って、斬殺し斬滅し斬撃し斬壊する。

両断された巨人をさらに両断、四塊となった巨人をさらに両断。

否定は再生も抵抗も許さない。防御も無視してその本質を食い破る。

()らず、(あら)ずの領域に強制的に引きずり込んで、その命題を根底から踏み潰す。

ないがしろの極致にあるこの顕現が、攻撃性に特化しているのは言うまでも無い。



結果、粉微塵にまで切り裂かれた巨人。

生命活動は停止。魂は破壊。

今度こそ終わり。根本まで否定され、残骸すら残らない。


後は魂食いが完了次第、ファルファレナの元へ――、



次回、このくだらない穢土を憎む

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