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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 天蝶乱舞
158/211

第八話 流星・重奏・サヨナラ

前回、美羽と蛍VSファルファレナ ラウンド2



舞い散る金羽。それが地面に着弾すれば爆発と共に莫大な熱を周囲に発散する。

宙に浮かぶ数十の火球。そこから極太の熱線が放たれ、地表を熱で溶断し赤熱した大地を生じさせ。

(ほむら)が念を送れば、炎は槍衾(やりぶすま)を形成し、超高熱のまま放たれる。

大地から噴き出る火柱は予兆もなく、熾天使を消し炭にする炎火を放出。

大砲のような炎の榴弾が天から降り注ぎ、鳥の形を取った炎が、多角的な角度から接敵。

地を這う炎が蛇のようにガブリエルを追いかけ回し、脚に絡みつけばそのまま全身を燃やす。


全てが情報消去を宿した神炎。

空間中に炎熱が偏在し、逃げ場の一切を塞いでいる。

ガブリエルが自らをコード化して世界中にその情報を送信しようと、コードそのものを焼き尽くして滅焼することは明らか。

情報操作で『炎』という情報を削除しようとも、存在が莫大すぎて舞う金羽の一枚すら消去できない。


徐々に追い詰められるガブリエル。彼も水を操作し迎撃するが、焼け石に水だ。

だがその顔には、焦りと呼べる表情は欠片も見られない。

能面を貼り付けているかのような無表情。眉の一つすら動かさない氷の鉄面皮。

死ぬことが怖いわけでも、感情を失っているというわけでもない。

自分は決して負けることはない。そんな意図すら感じる程の圧倒的な自負。超越性。


不可解に思うのはむしろ焔の方。

先ほどから何度も情報消去の炎が直撃し、完全に消滅するほどの攻撃を食らってもなお、まだガブリエルは存在している。

それは顕現だけでは説明できない、もっと根源的な問題のようにも思えた。



七大天使・ガブリエル。

神の左手に座す御使(みつか)いであり、聖書に名高い大天使。聖母マリアの受胎告知が有名なエピソード。

その名を冠する彼の活動は謎に包まれている。

優先的に粛正しなければならない相手ではあるが、その足取りはなかなか掴めないのが現状。

ガブリエルはそれが顕著だ。度々発見報告があるウリエルやミカエルと比べても、彼はより深淵にある。

捉えどころがない、のではない。詳細を掴もうにも水のように手からすり抜ける。そんなイメージ。


「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?天子(あまつみこ)殿」


会話のない静寂を破ったのはガブリエルの方だった。


「今回、なぜ貴方が派遣されたのでしょうか?

私の予想としては、十二天か、あるいは副隊長クラスの随神(かむながら)が助力すると想定していました。

次代の貴神の座を確約されている者が、そう簡単に出歩いていいものとは思えませんが」

「一理あるな。だが外を知らぬまま世界を治める立場に就けるわけがあるまい。

じゃからこれは勉強じゃ。もちろんお母様からは許可を得たぞ」

「ふむ、なるほど一理ある」


瞳を閉じて、焔の言葉を吟味するガブリエル。

顎に手を乗せ、そのまま熟考し始めた。


「つまり、今の貴方はある意味学生とも呼べるのかもしれない。

来たるべき将来に向けて堅洲国、葦の国を視察し、実際に咎人や鼠、粛正者と交流。現実に即した知見と経験を得る。

いや、どちらかというと職業訓練の最中か。将来就く立場は決まっている分その方が適切だ」

「・・・・・ガブリエル?」

「しかしそうだとしても従者の一人もつけないのは如何(いかが)なものか。

いや、隠密性を高めるためには自分の周りに無駄な者を置かないことが最適とも言える。

事実スパイや暗殺活動は個人か少人数で行われることが多い。もしかすると私が気付いていないだけで実はこの場に潜んでいる可能性も――」

「おーい、聞いておるか?」


突然独り言を言い始めたガブリエルに、手を振ってこっちを見ろとアピールする焔。

なにやら色々と考えを巡らせているようだが、伏兵などここにはおらず焔は正真正銘一人だけだ。

少しの間、目の前の焔すらすっかり忘れていたガブリエルは、ようやく意識を戦場に戻した。


「失敬。つい考え事をしてしまったようだ。

私の癖のようなものなので、どうか悪しからず」


慇懃(いんぎん)に謝りながらも、ガブリエルは攻撃の手を緩めない。

地を被う水は足場を浸水させ、槍のように水の柱が立ち上る。

空で氷結した何十メートルもの氷柱群が、焔を突き刺すべく飛行。

周囲に浮かぶ丸い水の魂が炸裂すれば、それはまさしく水の爆弾。超速の水素の一撃は、霊魂にまで傷を届かせるだろう。

大地から屹立する巨大な水の手。手を構成する一粒一粒に何兆リットルもの質量を溜め込み、ハンマーのようにその超質量を叩きつける。

体内の水分を自在に操り、脱水症状、血流の逆流、内側からの破裂を狙う。

莫大な水を巻き上げ、嵐のように乱立する竜巻。大地を喰い削りながら横向きに荒れ狂う。


炎と水が絡み合い、殺し合い、削り合う。

されど優勢なのは依然として焔。そもそも質が違うのだ、当然だろう。

一方的な膠着情況。だがガブリエルの周囲に花が咲いた。

それは水で構成された青く、白い百合の花。それは象徴物であり、これから何か成すというのは明確だった。



『アヴェ、マリア。恵みに満ちた方。

天の主はあなたとともにおられます。

主はあなたを選び、祝福され、

御胎内(ごたいない)の御子イエスも誕生の喜びに歓喜されるでしょう』



詠唱と呼ぶにはあまりにも無感情な口調で唱えるガブリエル。

彼の前方に、莫大な水が収束する。

時空が歪み、極太のレーザーのように放たれたのは超高圧水流。

以前、アラディアの液体人形が美羽と蛍に放ったものと同種のものだが、あれとは規模も密度も全く異なる。

射線上にある全てを蹴散らし、切断していく神々しいまでの水気。

これまでの全てが遊びでしかなかったかのような、圧倒的な暴威。

それは炎を突き破り、その先にいる焔に届く。


それに対し焔は右手で、目の前の空間に一筆書きで五芒星を描く。

すなわちセーマン。

その後、その上から縦四本、横五本の格子(こうし)模様を描く。

すなわちドーマン。

二つの陰陽記号が合わさり、神威的な輝きを放つ模様が、超高圧水流の前に立ちはだかる。



怨敵退散(おんてきたいさん) 急々如律令」



衝突箇所からは、形容しがたい金切音が鳴り響いた。

五芒星と格子に守られる焔の周囲には、飛び散った水の破片が舞う。

その一滴ですら葦の国に重大な破壊をもたらす神の水。

それを真っ正面から受けても、陰陽の輝きは失われない。


焔は模様をそのまま攻性に反転。

別種の輝きを纏った模様は水流を押し返し、ガブリエルの元へ到来する。

それに触れたガブリエルの上半身が一瞬にして消滅。破邪と浄化の呪が速やかに存在を世界から滅する。


だがこれでは足りない。情報操作とは別の領域で、ガブリエルは自らの不死性を確立している。

すぐさま現われるガブリエルの実在。

時宜(じぎ)を得た焔は、咄嗟にその呪を唱えた。



(そろ)えて、(なら)べり、(いつわ)り、(さら)に、(くに)()らさず、(いわ)い、(おさ)めて、(こころ)(しず)めて。

布留部(ふるべ) 由良由良止(ゆらゆらと) 布留部(ふるべ)



天地が脈動する。地鳴りの如く大気が振動する。

天の彼方より、空を引き裂いて幾つもの()()が現われた。

大気圏を貫く巨大な火球。縄張り全体の光度が上がり、太陽の光すら上回る輝きをそれは放っている。

世界を揺らす轟音。言語化せずとも、明らかに異常だと分かるその前兆。

眉をひそめたガブリエルの正面から、それが降り注いだ。



天磐船あめのいわふね



無数の流星群。文字通り隕石が降ってきた。

一つ一つの大きさはバラバラ。小石ほどの大きさもあれば、恒星を凌ぐ巨大さを誇る巨星もある。

天降石。天から降り注ぎ、信仰の対象ともなる星の石。

すなわち、莫大な光が尾を引く大災害に他ならない。


現実スケールの隕石ですら核兵器を上回る力を持つ。

それを高位の霊格が、有り余る力を注ぎ込んだ結果どうなるか。



尾を引く流れ星の一つ一つが、ここに集った全ての咎人ごと、縄張りを壊滅させかねないほどの威力と神威を備えた力の塊。

天地を揺らす衝撃で、立っているガブリエルの上下感覚が失われる。

急激な気温の変化。悲鳴を上げるように地鳴りが起こり、大地に巨大な貫通痕を残し底が見えることはない。

山々が冗談のように宙を舞い、何億リットルもの瀑布が瞬時に気化する。

流星は神速を誇るため、視認してからの対処など到底間に合わない。


二人が立つ高所の山も崩壊に巻き込まれ、両者とも空中に立つ。

流星雨が止むことはなく、文字通り雨のように天を埋め尽くす。

その全てが情報消去の力を宿し、莫大な質量を縄張りに叩きつける。

これを食らって無事な熾天使などいない。これこそ焔の有する神威の権能なのだから。

噴煙が上がり、地獄への穴がいくつも形成された縄張りを、焔は空から眺めていた。



■ ■ ■



遠距離の牽制合戦から、近距離の殴り合いへと変化した。

集は自らを固定した状態に。一切の変化を無くした状態に変換した。

これで炎化は防げる。奴を殴ることはできるというわけだ。


炎で爆発する床を背に、俺は咎人・キラナに詰め寄る。


「コンバート 死滅」


キラナが纏う、炎の防壁を突破する。

そのまま殴打。左頬を捕らえ、そのまま拳を振り切る。

当たった。伝わった。変換は彼を魂ごと変換し、死という事象に叩き堕とす。


変質。変容。相転移。転換。

致死の一撃を喰らったキラナ。しかしその顔に喜悦が浮かぶ。


「死すら炎にくべるが我が道理。

(ぬし)の行いは火に油を注ぐがごとし」


ボウッと、炎が散る音。

俺の手は奴に触れ手も炎化することはなかった。必滅の一撃は奴を捕らえたが、その身が炎となって、さらに激しく燃え上がる。

炎そのものでさえ死に置き換える変換を喰らって、それでも彼の(いのち)は消えない。

一切人火。それは世界を燃料にする原理。

当然、薪木を得た炎はさらに燃焼する。

俺の変換を燃料として、その霊格が更に上がった。


「っコンバート 鎮火!!」


そのまま右脚を振り上げ切り裂く。

真っ二つに両断されたキラナ。その炎は鎮火という現象そのものとなり規模と密度が低下する。

しかしその現象を薪として炎は燃え上がる。相性や現実など関係無しに、彼は自身への干渉を全て嬉々として燃やす。燃やして、糧にする。


『オン・アギャノウエイ・アビシャロキャ・ソワカ』


唱えられる火神の真言。

調伏(ちょうぶく)の咒を有する炎が成すのは、対象の悪性の駆逐。

津波のように押し寄せる爆炎の渦。キラナの背後から炎一色の赤い壁が迫る。


「!!?」


炎の熱波が肌を焼くと同時に、俺の戦意が根こそぎ奪われる。

敵意、害意、悪意。俺の内にあるそれら全てが徐々に希薄化し、戦う理由が消えていく。

キラナを敵として認識しなくなる。ともすればそのまま炎に焼かれて、命を失っても構わないとさえ思う。


熱波だけでこれ。あの直撃を喰らえばどうなるか、考えたくもない。

それでも自分を固定しているのが功を奏した。俺は避けることはなくその炎の壁に手を突っ込む。


「コンバート 凍結」


燃え盛る猛火が凍てつく。流体的な炎が固体に相転移する。

物理を超越した炎を、物理の世界に無理矢理低下させて、塊となったそれを無理矢理脚で砕き割る。

舞い散る氷片。綺羅綺羅と光る氷の、その先にいるキラナ。



ここが瀬戸際だ。

奴は俺の攻撃を薪としてさらに燃え上がる。それが奴の顕現だから。

ゆえに油断してる。今しかない、あれをたたき込めるのは。

全速力で駆け出し、右の手に力を込める。


「固定」


今まさに集の全身を固定化させている事象を、その右腕に一極集中する。


「死滅」


再度唱えられる滅殺の命令。固定化された右手に、死の波動が上乗せされる。



「相乗強化。

コンバート 三重奏(トリオ)!!!」



あいつを倒す為には、ただ固定するだけでは駄目だ。

死をぶつけても、炎そのものを消滅させようとも、奴はそれを薪としてさらに激しく燃え上がる。

ゆえに求められるのは、一つの変化を三つ同時にぶつける裏技。

それが、熾天使になって新たに掴んだ顕現の戦術。

結果、一つに固定されたキラナは炎となって逃れることもできず、死によって滅びを迎え、何千何万倍にも強化増大した俺の拳を真っ向から食らう。


「ぬぅ、ぁっ」


自分に触れられるその拳に、キラナは疑問を抱いた。

薪として燃やせない。燃焼できない。自分の糧にすることができない。

ついで衝撃が彼を襲った。


超威力で五体が裂ける。

全身が破裂し、魂の果てまで砕け散る。超越したはずの死の波動を叩き込まれ、粒子単位でキラナの身体が滅されていく。

クリーンヒット。中核を打ちすえ、変換の顕現が速やかに彼を侵食する。


「ず、がぁぁぁぁぁあああああああ!!!

ぐぬぅ、なればアグニよっ!!!

我が魂ごと、天上界へ送り給えっっ!!!!!」


絶叫を上げ、五体が張り裂け、それでもなお戦意が衰える気配がない神官・キラナ。

彼は虚空へ手を広げ、頭上に輝く星へ願い奉った。



『オン・アギャノウエイ・エイケイエイキ・ソワカ。

唯願火天(ゆいがんかてん)降臨此座(こうりんしざ)哀愍納受(あいみんのうじゅ)護摩妙供(ごまみょうく)

彼岸と此岸を繋ぐ指先に触れ、一切の火、一切の生命、大元たる日輪に帰るがいい。

真実なるものの口は、黄金の鉢で蔽われている。プーシャンよ、今こそそれを開け。

一切衆生、光の世界へ解脱せよっっっ!!!』



ドッッ!!!と、世界の崩壊が急速に進んだ。

空間ごと生気が大量に抜かれていく。

次いで襲ってきたのは、今すぐ倒れそうになる程の虚脱感。

質量、魂、エネルギー。存在が有する総量が根こそぎ奪われる。

天上に浮かぶ太陽。それにポツポツと黒い穴が空き、その中から光の触腕が伸びる。

それはまさに、球体から伸びる無数の触手。

触れる者全ての生命を奪い、刈取る光。

それを発現させたキラナ自身さえ光に飲まれながら、歓喜と共にそれを唱えた。


「顕現 死神(アグニ)()太陽(ムリトユ)


一つの想いから派生したその顕現は、一切の生類をこの世から消滅させる。

熱が、魂が無理やり天上の黒穴に引き込まれる。

彼岸と此岸が消滅する天地崩壊の最中で、集は命の危機に瀕していた。


(やっべ!!あれを、どうやって避ければいいんだよ!!?)


これまでとは比較にもならない力の塊。炎の星。

試さなくても分かる。あんなもの、顕現の処理限界をはるか上回っている。つまり変換で逃れることはできない。

極大の太陽が堕ちる。それが大地との境界に触れた瞬間、赤と黄金と黒の三色が怒濤のように迫り、集を丸々飲み込んだ。



■ ■ ■



酒池肉林の酒海の中で、霞はいまだにリヤーフに翻弄されていた。

彼の一太刀一太刀は確実に霞の世界を削る。

対してリヤーフは無傷。如何なる手段を用いているのか、改変も津波も世界の操作も、何もかもが通用しない。


焦りは募るが、その感情に蓋をして、無理やりにでも冷静な思考を保つ。

必ずその顕現を見定める。そのために霞は攻撃手段を変えていた。

酒海に浮かぶ群島。そこに生える肉と果実を生やした木々。それから無数の蔦が伸び、獲物を抉る槍となる。


木々の槍は霞の質量そのもの。まともに食らえば即滅必至。

だが暗殺者に臆する気配はない。風のように予測のつかない動きで滑空し、自分に向かってくる無数の槍に飛び込んでいく。

回避する隙間などない。はずなのに、まるで透過するように槍を潜り抜け、逆に切り裂き霞の世界をまた削る。


ヒュンと、風を切る音が鳴った。

それは高速で鞭打つ蔦。四方八方から押し寄せ、リヤーフを肉片に変えんと唸る。

蔦は四肢に絡みつき、全身を繭のように覆い圧死させる。

内部にいる者は、たとえ熾天使であろうが肉塊一つ残りはしない。


だがまたしても、密封された蔦の中から顔を出す異形の暗殺者。

蔓の籠を切り裂いて飛び出し、斬撃の数、霞の世界が切り裂かれる。


(ん?)


しかし今度こそ、霞はそれを捉えた。

囲まれた蔓の中から出てきたリヤーフ。

奴の肌や肉質が、まるで蔓そのもののように緑化していたことを。


「・・・・・・・・・」


閃いた仮説を確かなものにするために、霞は無言で木々と酒海を操作する。

両方とも棘のように先端を尖らせて、左右からリヤーフを打つ。

逃げられはしない密度と量。水と樹は暗殺者の肉体を貫通する。

もちろん効かない。胴体から脳まで串刺しにされても、なんの外傷もなく咎人は動く。


だが確証は得られた。

波と樹の棘が直撃する時、それが触れた瞬間に、同じく液化し緑化したその身体。


(そういうことかっ!!

くそ厄介な顕現使いやがってこん畜生め~)


思わず歯ぎしりしながら、並列思考を使い必死にその打開策を講じる。

リヤーフの顕現。先ほどから霞の攻撃をまるで透過するように避けていた方法が分かった。


理屈は簡単だ。奴は霞の()()()()()()()。ただそれだけ。

酒海が触れた瞬間に該当部位が液化したのも、蔦や樹々が触れた瞬間緑化したのも、それが理由。

霞の世界に飲込まれて無事ということは、物理的な攻撃はもちろん、非実態的な攻撃にも問題なく対応するのだろう。

空間中にまき散らされている酩酊・陶酔の強制も、現実の剥ぎ取りも、展開型特有の空間の取り込み同化も、霞の攻撃手段全てを事実上無効にしている。

言ってしまえば簡単だが、その顕現は極めて脅威的。



(つうかどうなってんだ~?それって自分の全てが完全に私と一体化した後から、自分を取り戻してるってことと同じでしょ?

いや、咎人を常識ではかんのは無意味だってことは知ってっけど、それでも飛びぬけてんな~)



霞が疑問視したのはそれ。つまり決着の合図である魂喰いが完了した後から、自分の魂を取り戻しあまつさえ攻撃を繰り出している。

常人の思考で考えるなら、自分が食べた豚肉が完全に己の血肉と化した後に、人の体内を突き破り元の豚の姿を取り戻すような不可思議。


肉体も魂も精神も、自分の全てが完全に同化し自分を失ったはずなのに、それでも顕現の効果は発動し何事もなく自己を取り戻す。

これが、ニライカナイの暗殺者コミュニティ・死の理(マウト・カーノーン)において、第三席にあるリヤーフの顕現。

無影無踪の疾風(アーセファ・カーテル)』。霞の予想通り、周囲と同化する顕現である。



(あ~あ、今すぐにでも店長と交代してぇ~。

これだから無形型は厄介なやつが多いんだよ)



あらゆる攻撃を、同化することで無効化する咎人・リヤーフ。

それを捕らえる手段を探る。


一度に同化できる対象には限界があるのでは?

蔦、木々の槍、酒の棘。四方八方から押し寄せ、弾丸のようにリヤーフを貫通するが、全身剣山の状態になろうと彼は容易く掻い潜る。


空間ごと溶解させる。霞の目の前、咎人が真っ向から向かってくる空間がドロリと崩れ落ちる。

絵の具が溶け落ち、まっさらなキャンパスのような白紙になった無の空間の中から、リヤーフは当然のように現われる。

リヤーフは無事。時空や次元に潜んでいるわけではないから当然か。


最大出力。顕現を限界を超えて稼働させ、反理性、反文明、反論理の大嵐を繰り出す。

理性が蒸発し、文明の痕跡が概念ごと世界から消える。秩序的な因果が途切れ、世界が混沌の渦となる。

わずかでも文明の残滓を持つ全てが蕩けて消滅し、内部の因果が狂ってねじ曲がる。

世界を酔わせる原始の波動。霞の本質が最も現れた根源の事象。わずかでも通用してくれれば御の字だったが、リヤーフは更にその先をいった。


他にも他にも他にも・・・・。霞の用意した策が次々に踏破されていく。

押しつけられる力や能力の強度を無視して、咎人は森羅万象に染み入る。

さながら流れる川に身を任せて同化するように。

自身の耐久性もがたが来ている。あと三十、奴の斬撃を食らったら死にかねない。

その前になんとか突破口を見つけなければならない。なのだがリヤーフの顕現が万能すぎて、その影さえ掴むことができない。



(影、ね・・・・・・)



ここで、霞は着眼点を変えてみた。

本体と影は表裏一体。それは光源の有る無しに関わらず、存在に付きまとう分割不可能なもの。

それゆえ形影一如(けいえいいちにょ)のような言葉が生まれるのだ。本体が動けば影も動くし、影が動けば本体も動く。


今、リヤーフの影は奴に随伴(ずいはん)している。

それ自体は至って普通。他者と特に変わったことはない。

今もそう。影さえ消し去る霞の荒波に飲まれて消えるが、本体がある限り影は何度だって現出する。

それを見て、良いことを思いついた霞は、心の内でほくそ笑む。


だがそれも一度きりだ。闇雲に乱発すれば即座に対処される。

慎重に、平静を装い、その時を待つ。


連続して放たれる17の斬撃。

霞の身にも危機が迫り、その世界が斬撃の数、減滅されていく。

ギリギリの駆け引き。しかしリヤーフが腕を振りかぶった時に、霞はそれを唱えた。



『境の失せし黄昏時(たそがれどき)

妖影跋扈(ようえいばっこ)し、随身(ずいしん)は夜天と共に汝を覆う』



唱えるは万の法。

高天原の随神が扱う、顕現とは別種の神術。カテゴリーとしては魔術に類する、体系化された術式群。

森羅万象の自然に呼びかけるこの術の強度は、咎人粛正の専門家である高天原のお墨付き。



「裏表合致 疾く聞こし召せ」



瞬間、波立った影が主であるリヤーフに張り付いた。


「っ!??」


音にならない驚愕の声。

リヤーフの身体に絡みついた影は、徐々に主を浸蝕し、ついには一体となる。

分かたれていた表裏が無理矢理一体となったような、渾然(こんぜん)とした感覚。

変化はそれだけ。痛みもなければ、リヤーフに害を及ぼすわけでもない。

だが、それでよかった。



虚数体。それは存在を構成する肉体の一つ。

それがどういうものかというと、『現実には存在しないが机上では、理論上では存在する』

そんな架空の存在。

例えば、現実に-1というものは存在しない。けれど数学上それは容認されている。

他にもタキオンを思い浮かべるとわかりやすいかもしれない。現状存在しないとされている超光速の仮想粒子のことだ。


それを利用し、自らに組み込み、この世に存在しないが存在しているという矛盾を犯すことが可能になる。

存在しないものを殺すことも触れることも不可能。それは高次元をどれほど上昇してもなお干渉不可能。

もちろん咎人もその概念を使い、それゆえ対策も練られている。

多くの場合虚数という概念ごと破壊することでそれを成すわけだが。


影もそう。影をどれだけ刺して抉って燃やしたところで、影の主には何も起こりはしない。

だが、虚数体としてそれを消し去ることはできる。先ほど霞が成したように。



つまり、今霞がしたことは。

全ての干渉を同化することでいなすリヤーフの本体を、彼の影という、本人よりかは干渉しやすいものと一体化させた。


自分以外の全てと同化するのだろう。なら自分そのもの、あるいは自分の随伴物は対象にならない。

そんな理屈を、直感で導き出した霞は、一か八かの賭けに勝つことができた。

手の届かない場所にいるのなら、手の届く場所にまで堕とせばいいのだから。


なんにせよ、これでリヤーフは干渉可能な位置にまで下がったわけだ。

しかしそれも一瞬。すぐにでも魔術で元の状態に自分を戻すだろう。

リヤーフがそうする前に、霞の酒海が襲いかかった。



「コノサカズキヲ受ケテクレ」



都市を軽々覆い尽くす荒波。先ほどまでと違い、影に格下げされた彼の身体はそれをまともに受けてしまう。

まず、彼の知識と理性が吹き飛んだ。



「ドウゾナミナミツガシテオクレ」



全身を蔦と樹々と水の槍が貫く。

精神が酔いしれ、全身の器官が陶酔しまともに動けなくなる。



「ハナニアラシノタトヘモアルゾ」



理性と現実の全てが剥ぎ取られ、魂まで酔ったように呆けてしまう。

さながら極楽浄土に昇ったかのような幸福の中で、リヤーフは天国を幻視した。



「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」



頭上に浮かんでいた酒の海。

それがリヤーフめがけて、一直線に落ちてきた。


ドバッ!!!と、縄張りが揺れる振動と音が鳴り響く。

膨大な酒のハンマーに飲み込まれたリヤーフは、肉片一つ残らず酒の海に溶けていった。


これで終わり。その魂を杯に注ぎ、傾けて口に流す。

舌に流れるは濃い死の味。暗殺者であるリヤーフが殺してきた、全ての生命と魂を、勝利の美酒として一気に飲み干す。



「はあ~、死ぬかとおもった」


やってらんないと、霞は最後に大きく背伸びし、糸が途切れたかのようにその場に座り込んだ。



次回、アラディア、天都、否笠 ラウンド2

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