表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 天蝶乱舞
152/211

第二話 陽だまりの友人

前回、人肌と共に就寝



そして迎えた当日。

窓の外から聞こえてくる鳥の声と共に、美羽は目を覚ます。

今日だけは熟睡できた私は、時計を見て7時30分であることを確認する。


「民泊、大変有意義な時間じゃった。楽しかったぞ!」


焔君は一足先に桃花に向かうらしい。一瞬迷子にならないか心配になったが、真っ直ぐと桃花の方面へ走って行ったので大丈夫だろう。

今日、私と蛍は桃花に行く前にすることがある。

それはどうしても先にしておかないといけないことであり、直接会って伝えたいことでもあった。


ピンポーンと、30分後にアラームが鳴る。

既に外出の用意が出来ていた私は、靴を履きながら玄関の扉を開ける。

外には、当然のように立っている蛍がいた。


「おはよう、美羽」


いつものように笑みを浮かべ、朝の挨拶を交す。


「おはよう蛍。今日は頑張ろう」


何がなんて、今さら言うまでもない。

そのまま二人で通学路を歩く。

外はいまだ夏。鼓膜に響く蝉の声は夏の暑さを増長させるかのよう。

話す内容は対ファルファレナに関すること。


可能なら今まで通り蛍と一緒にタッグで挑みたい。

昨日学んだ協力意思はだいぶ慣れた。今やってみろと言われてもすぐにできるくらいには。

今ならきっとあいつにも届く。きっと。あの時の貸しを返せる。

今までの一週間は決して無駄じゃない。それを証明してみせる。



「美羽、先に謝る。ごめんね」

「?」


蛍が突然謝意を告げる。

何のことかと訝しむと、蛍は私のほっぺをつまみ、痛くない程度に上にあげた。

自然、私は口角が上がり笑っているような顔になる。

突然の親友の奇行。どんな意図があってのことなのだろうか。


「ほ、蛍?どうしたの?」

「朝からはりきりすぎだよ美羽。

そんなんじゃ奏を驚かせちゃう。

会うときは程ほどにね」


あ、なるほど。つまり私のほっぺをつまんでいるのは親切心だと。

慌てて私は意識を切り替える。ファルファレナの事を意識の彼方においやり、平常心を心がける。

どうやら殺意やらなんやらが漏れ出ていたらしい。蛍の助言に感謝する。


だが蛍はそのまま私のほっぺを、ふにふにと触り続ける。


「美羽のほっぺは赤ちゃんみたいに柔らかいね。

触ってると気持ちいいよ」

「あの、蛍、もういいんじゃ――」


ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに


「ほ、蛍っ!もういいって、もういいってば!」


このままずっと触り続けることを危惧きぐして、私は蛍の手から逃れる。

蛍ははっとして、慌てて謝った。


「ごめん!つい・・・・・」

「ううん。大丈夫。

ほら早く行こ。カナが待ってる」


一転して申し訳なさそうにおどおどした蛍の手を引き、通学路を歩く。

そうこうしている内に、前方から見覚えのある人影が現われる。


「おっはよー、美羽に蛍!」


私たちにとって大事な、日常の象徴が。

奏は私達の姿を確認すると、こちらに走り寄ってくる。

昨日、私と蛍はLINEでカナと連絡し、明日の朝に会うことはできないかと伝えた。

カナは朝は走っていると聞いていたので、いつもの通学路で落ち合うことができた。


「ふふーん、朝から手繋いじゃって、すっかりラブラブなんだから二人は。

あ、残念だけど今日はこれから用事あるから一緒に買い物には行けないよ」

「えっと、僕たちもこれから大事な用事があって、それで一言どうしても伝えておきたいことがあったんだ」


伝えておきたいこと?

蛍の言葉にカナが首をひねる。

蛍は目線を私に移す。視線を受け取った私はカナに向かい合う。


「夏休みに皆で海に行こうってカナは言ってくれたよね」

「うん。三人で街の海に行こうって約束。もちろん覚えてるよ。

え、まさか行けなくなったとか――!?」

「いや、違う!違うの!!絶対に予定は空けとくから大丈夫!

私が言いたかったのはその、ありがとうって言いたくて。

嬉しかったの。カナが素敵な提案をしてくれて。カナが言ってくれなかったらきっと、私たちそんな発想することなかったから。

今回だけじゃなくて、心霊ビデオ見たり、買い物したり。

カナと一緒に何かするだけで楽しくなれて、その日頃のお礼言ってなかったって思って」

「お礼だなんて、私たち友達でしょ?

ふふ、でも私も二人と一緒に何かするのは楽しいよ」


カナはにこやかな、嘘偽りない笑顔を向ける。

今までその笑顔に何度助けられてきたんだろう。一つ一つ数えてこなかったのが今となっては悔やまれる。


「今までも、二年生になってから私と友達になってくれて、本当に嬉しかった。

カナは明るくて、いつも元気で、だから自然と私も笑えるようになった。

高校生活が今までの数十倍楽しくなれたし、毎朝おはようって言ってくれることだってとっても感謝してる」


今私が幸せなのは、間違いなくカナのおかげ。

大事で、大切な、黄金に輝く私の日常。

これからもカナと、蛍と一緒にいたい。


だからこそ、


「必ず、戻ってくるから」


もう二度と壊させはしない。

貴方に危害が及ぶなんて、死んでも嫌だから。

必ずファルファレナを倒して、もう一度戻ってくる。

壊すしか能の無い私は、壊すことでしか守れないから。


私は目線を右に。蛍はその意図をくみ取り、話始めた。


「美羽も言ったけど、僕たちは奏に本当に感謝してる。

僕と美羽は中学までずっと一緒で、言ってしまえばそれ以外の交友関係がなかった。

高校でもそんな感じで、そこに現われたのが君なんだ。

そこから僕たちの日々は劇的に変わった」


いかにも大言たいげんじみた言葉だが、決して飾ってなどいない。

今まで体験しなかったことを教えてくれた。二人では決して見ることができない風景も、味わったことのない美味しい料理も。

これから先ずっと生きていくとして、間違いなく奏と会ってからの私たちは輝いていた。ずっと記憶に残って風化せずに残るだろう。

あれこそ青春の一時だと、年老いた後でも誇りを持って言える。そう信じてる。


「ありがとう、奏。

こんなこと言ったら大げさだって思うかもしれないけど、君のおかげで僕も美羽も救われた。

僕たちを幸せにしてくれて、君には感謝しかない」


だからこそ、ここに誓う。

三人で一緒に生きる未来を、創ってみせる。



二人から突然の感謝の念を受け、しばしパチパチしていた奏は、それでも笑ってくれた。


「ありがと、美羽に蛍。

この後何があるのか分からないけど、それはきっと二人にとって大事なことなんだね。

よし!なら二人が戻ってこれるように私は待ってるから!

悔いの無いようにぶちかましてきちゃえ!!」

「うん、思いっきりぶちかましてくる」


握り拳を作った私と蛍の背をカナが押す。

僅かに出来た彼我の距離。背後を見ればカナは手を振って見送ってくれる。


「応援してるからね!絶対に帰ってくるんだよ!!」


声援を背に受け、幸せな気持ちで心が満たされる。

かすかにくすぶっていた恐怖が全て洗い流される。

もう怖くない。この優しい友人に会えて良かった。


二人は桃花に向けて歩き出す。姿が見えなくなるまで手を振ってくれた友人に感謝しながら。




だが、

心の奥底で蠢く白と黒。

それが眩しそうに目を細め、羨望や嫉妬が入り交じった目で一部始終を見ていたことを、美羽と蛍はまだ知らない。




■ ■ ■




父が死んだ。

戦場で、敵兵の凶弾に倒れ、そのまま息を引き取ったらしい。

だから、私はお父様の名が刻まれた棺の前に立っている。


「お父様・・・・・・・」


唇が震える。白の献花に囲まれ、健やかな顔で眠っている父が見える。

だけど、二度と目覚めることはない。


多くの者が泣いた。人格者で、優しく部下思いで、幾多の戦場をくぐり抜けた勇兵。

精神的な支えにしていた者も多いだろう。一つの隊を超えて慕われていたのだから。

私も泣いた。突然の凶報を耳にし、涙を流さないようこらえていたが、その棺桶を見た時点で駄目だった。

嘘だと思った。夢なら覚めてくれと今も思っている。

けれど、いつかは必ず訪れる別れだ。



お母様がこの世を旅立ってから、男手一つで私を育ててくれたお父様。

聞けば最初は苦労の連続だったとか。女児の育て方など知らず、近所にいる知人に頼み込みながら助力を得ていた。

8歳になるまで、ずっと私が寝るまで絵本を読み聞かせてくれた。

私が風邪なんて引いた日には、軍の仕事など知ったことかとずっと側にいてくれた。

父の誕生日を祝って花束をプレゼントしたら、偽りのない涙を流して喜んでくれた。

休みの日は決まってどこか美味しいお店に連れていってくれた。


戦争の勝利を願う私に対して、戦争の勝利を願うのではなく、戦争の終結の重大さを説いてくれた。

好きな蛾の話をする時には、決まって目を輝かせてその美しさを語ってくれた。

細かい社交辞令や所作など、私が恥ずかしい思いをしないように精一杯教えてくれた。

何よりも家族を大切にしてくれた人だった。私をここまで立派に育ててくれた人だった。


いくら否定しても、嫌だ嫌だと泣き喚いても、過去が変わるわけではない。

死は誰に対しても平等だ。生命を備えた存在は、いつしか必ず滅びる。そういう宿命だ。



せめて、天国から見ていてください。

私は貴方の名に恥じない、立派な軍人になってみせます。

全ての人が天の国へ至れる。その実現のために、まずはこの手で救える者を救ってみせます。

無常の幸福で満ちた世界は、必ず存在するのだから。




私の時間は、この時完全に停止した。



次回、突撃。されどそれは・・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ