第一話 決戦前夜の話し合い
前回、ファルファレナと■■■
夜、美羽はシャワーを頭から浴びていた。
私の中の常識をぶっ壊したせいか、『水に濡れたくない』と思えば海に潜っても濡れることはない。
だから上から滴るシャワーの水滴が目に入っても痛みは感じない。シャンプーもそう。
便利だな~。石鹸を泡立てながら身体を洗い、一日の疲れを丸ごと落とす。
シャワーを浴びた後は、大好きな甘い物を食べて早めに寝よう。
テストも終わったんだ。明日は朝の9時に桃花に行って、そのままファルファレナの粛正を行う。
シャワーを止めて浴室を出る。タオルで身体と髪を拭いて、服を着替え、それからリビングでテレビを見ている彼に声をかける。
「焔君、浴室出たから入っていいよ」
「うむ、分かった!」
ぴょんと飛び跳ね、浴室に駆け寄ってくる少年。
その人物は今回、高天原から援軍としてやって来た客人、焔君に他ならない。
本来であればVIP待遇の彼。丁重なおもてなしが相応しい存在。
その彼が、なぜ私の家にいるのか。
それは・・・・・・・。
■ ■ ■
私たちがローランを撃破して帰ってきた後。
店長が私たちに明日の予定を再確認し、各々充分な休息を取って臨んでくださいと言ってその場を締めくくった。
その後散会する桃花のメンバー。だがここで、店長は焔君に目を移した。
「そういえば、焔君。貴方は今日泊まる場所は確保出来ているのでしょうか?」
「宿か?それなら安心せい!堅洲国に行けば眠れそうな場所はいくらでもあるからな」
「いや、いやいやいや!!!それはまずいですよ焔君!」
自信満々な焔君の言葉に、店長は焦る。
いくらなんでも客人を堅洲国に放置するなんて、迎え入れる側としてはあってはならないことだろう。
どうしようか数秒目を泳がせる店長。
それを見て、私は名案を思いついて店長にそれを伝える。
「え、いいんですか?美羽さん」
「はい、大丈夫です。私、家が広いのに一人ですし、焔君とはもう仲良くなれましたから」
私と店長の間に築いた不可視のネットワークにより一瞬で会話を完了。
店長は申し訳なさそうに私を見て、それから焔君に向き合った。
「そうだ。焔君。
せっかく私たちの世界に来たのですから、民泊というものを体験してみませんか?」
「民泊?なんじゃそれ」
「観光に行く時、そこに住んでいる方のお宅にお邪魔して、泊まらせていただくことです。
住民の方と深く触れあうことができて、その文化や風土、人間性が肌身で分かる。
どうでしょうか?」
「おお!面白そうじゃな、ぜひしてみたい!!
して、儂は誰の家に泊まればいいんじゃ?」
ノリノリで賛成してくれた焔君。店長は私を指し示す。
「美羽さんの家です。家の面積が広くて、一人くらいなら全然余裕だとか」
「本当か!?ありがとうな美羽。儂は嬉しいぞ!」
■ ■ ■
というわけだ。
私の家に来た焔君は物珍しい目でそこら中を見渡していた。
どれも初めて見るものばかりなのだろう。使い方が分からないのかテレビのリモコンを手にし適当にボタンを押しては反応を試していた。
その様子は、未来のテクノロジーを見て困惑しているものではなく、むしろ時代遅れの古物を扱っているようでもあった。
高天原は、私たちからすればオーバーテクノロジーなものばかりが存在するのだろうか?
夕食はお決まりのように蛍が作ってくれた。
もしものことがないように、アレルギーはあるかとか、嫌いな食べ物はないか、と焔君に入念に聞いて、最終的に肉じゃがを作ってくれた。
焔君の反応は思いのほか良く、美味しい美味しいと言いながらご飯を頬張っていた。
「じゃあ、美羽、焔君。また明日」
「うん、じゃあね」
「またな蛍!」
夕食を作り帰っていった蛍を見送り、私はシャワーを浴びて、焔君はテレビを興味深そうに見ていた。
お笑い番組だったが、焔君は笑うというよりも冷静に分析しているかのように、脇目も振らず見入っていた。
粛正業務を行っているうちに、自然とそうなっていたらしい。
行動分析。確かにそれは咎人との殺し合いでは重要なことだ。わずかな癖や戦闘スタイルをいち早く見抜くことで、それに応じた戦略を組むことができる。
ちなみに焔君が言うには、映っていた芸人は糖尿病を患っているらしい。そんなことまで分かるんだ・・・・・。
なんというかこう、出会って一日も経ってないのにだいぶ心の距離が縮んだ気がする。
焔君の独特な雰囲気がそうさせているんだろう。一切の害意がなく、むしろ自分を分かってほしい、貴方に好意を持っていますと。身振り手振り、放つ気、言葉に乗る感情、それらの全てで私に伝えている。
自分も笑い、周りを笑わせることが得意な人。それが焔君だと思う。
だから今、私が焔君を親戚の子供のように接することができているのだろう。
高天原の住人。以前シュヴァラさんと出会った時も、自分とは別次元の存在であることがはっきりと理解できた。
だけど焔君は彼女とは違う。もっと好意的で、いつの間にか心を開き自然と信用してしまう。
天真爛漫そのものだ。子供を見ていると癒やされるということはこのことなのだろう。
今も、私はシャワーを浴びた焔君の髪をドライヤーで乾かしながら、彼と会話していた。
「それでな、前にシュヴァラと一緒に話しあったんじゃ。
保護した顕現者には衣食住、不自由ない生活を提供しているつもりじゃが、それだけでは生きてはいけぬ。
単なる生物活動以外の活動。つまり娯楽が必要なんじゃ。それは音楽であったり、芸術であったり、運動であったり、読書であったりする。
ラテン語にはこんな格言がある。食べろ(Ede),飲め(Bibe),遊べ(Lude),死後に快楽はない(post mortem nulla voluptas)。
世界の真理を上手く言い表しておる。儂はこの中の遊べという言葉をより重視したい」
「うん。それで、何をしたの?」
「といっても真新しいことは何もしとらん。
ただ全員に何か欲しいものを聞いて、それを全部実現しただけじゃ」
「・・・・・全部?」
「うむ。儂ら基本何でもできるからな。
需要が極少数であろうとかかるコストなんてゼロも同然じゃし、必要な敷地面積も自由に用意できるし、可能な全てを建設した。
結果、保護区が一転してテーマパークみたいになってしまったがな、アッハッハ!」
「けど、問題もたくさん出てきたんじゃない?
近くに遊園地とかあると、騒音問題とか出てくると思うし。
そもそも見たくもないって人もいると思うけど」
「ああ、その通りじゃな。そこら辺は技術で大抵なんとかできたぞ。
騒音に困るのなら、空間全体に防音システム敷き詰めて、利用したい者だけ利用すればいい。
すると便利なことに、自分が望む音だけを聞き取れて、聞きたくないものには耳栓をしたかのようにその音が届くことがないんじゃ」
「すごい。その分別ってどうやってるの?フィルター?」
「いんや、マナス検索機能じゃ」
マナス検索機能?知らない言葉が出てきた。
疑問符を浮かべた私に、焔君が説明する。
「思考とか、想像とか、そういうのをくみ取って検索するシステムじゃ。
例えば幼い時に聞いた、名前や歌詞は思い出せないがそのリズムや曲調は覚えている歌ってあるじゃろ?
それを探し出すのは面倒で手間じゃ。ゆえに思考やイメージといった抽象的な情報を拾って、最適なものを検索し提示するシステム。そえがマナス検索機能」
焔君が言った例えは分かりやすく、私にも当てはまる。
「これの素晴らしい点は、他の機能と併用可能なところ。
それを使ってどの情報を選ぶか選ばないか、無意識の領域にでも選り分けることができる。
まさに自分の見たいことだけを見ることができるというわけじゃ」
「へぇ~、便利。
だけどそれって根本的な解決になってるの?
臭いものに蓋、ってわけじゃないと思うけど、話し合いとかそういうのを排除してない?」
「もちろん弊害はあるな。このシステムだけでなくあらゆるものに。
それへの対策はしてある。学校では多くの授業が多様性に関するもので、主体的な話し合いや意見の交換を行って、実際にこの事例に対しても議論されておる。
高天原はただでさえ多国籍、というより多界籍の者が多いからな。そこら辺の理解は進めなければならん」
会話しているうちに焔君の髪は乾いた。
本来なら髪が濡れていれば一瞬で乾くことができるが、焔君が言うにはドライヤーを体験してみたかったようだ。
その後は二人でテレビを見ながらお菓子を食べて、甘味に舌を喜ばせながら夜を過ごす。
歯を磨いて、そろそろ寝る時間になったので。
どうせなら二人で一緒の布団で眠ることにした。
「重ね重ねすまんのう。儂はいまだだ親離れできていないのじゃ」
「ううん、大丈夫。むしろ慣れない布団で眠れる?」
「全っ然平気じゃ!」
毛布にくるまり、顔を向かい合わせて、お互い眠るまで話し合う。
蛍とも小さい頃こうしてたな。懐かしい。
今や就寝前の会話なんてスマホ上だけのもので、誰かと一緒に眠るなんてことは少ないから、新鮮な気分になる。
焔君は主に私の日常生活や、粛正機関での活動について聞いてきた。
普段羽鶴女さんたちからプライバシーに触れない程度に情報を聞くが、それだけでは物足りないので、こうして私と話して自分の想像と照らし合わせているらしい。
「ねえ、焔君」
「ん?」
「焔君って、小さい頃から咎人を粛正してるんだよね」
「そうじゃな」
「ならさ、焔君は咎人をどう思ってるの?」
小さい頃から接してきた。つまり私たちよりも咎人について詳しい。
当然、今日私たちが出会ったローランのような咎人とも出会ってきたのだと思う。
彼らの力も、嘆きも、異常も、何もかもを総合して焔君は一体どういった目線で彼らを見ているのか。
「私、こう言ったらあれだけど咎人のことあまり知らないの。
ついこの前まで三層までの咎人しか相手してなくて、しかも会話なんてあったもんじゃなかった。
でも四層からは咎人と話すことが増えた。彼等の喜びも怒りも悲しみも憎しみも伝わってくる。
それに、今日みたいなこともあったし・・・・・・
どう向き合えばいいのかなって、最近悩んでて」
今日出会った咎人・ローラン。時間が経ったとはいえ、彼のことはずっと忘れられないと思う。
真実を知った後の、彼の嫌に透き通った目。
空っぽだった。恐ろしい程中身が無くなって、ああもう駄目だとすぐに分かった。
彼らの想いに触れて、それに苦しめられる。
霞さんはそれを呪いと言っていた。粛正者が苦しめられる要因の一つだと。
そんな彼らの想いに対して、自分はどう対処すればいい。
怒ればいいのか。悲しめばいいのか。哀れめばいいのか。
問われた焔君は少し考えて、
「咎人に関して、か。
個人的な意見を言わせてもらえば、あやつらを見ていると好奇心がうずくな。
自分とは全く違う考えで、全く違う種族で、全く違う生き方をしている。
それが儂にはとても興味が湧くもので、色も形も全く違う宝石のように見える。
「だから、今日みたいに堅洲国にいたの?」
「うむ!公序良俗を無視すれば、あやつらほど面白い存在はいないぞ」
ああ、確かに見方を変えればそうかもしれない。
彼らほどユニークな存在は他にいないだろう。
焔君はうんうんと頷く。
「どう向き合えばいいのか分からない。なら儂なりの良い方法があるぞ」
「ほんと?教えてもらってもいい?」
「もちろんいいぞ!あくまで儂の方法じゃがな。
まず、自分にとって一番大事なものを決めるんじゃ。
一番、といってもそれが二つや三つあってもいい。全部大事じゃからな。
それだけは何をどうしても守りたい。譲れない。壊されたくない。そんなものを決めるんじゃ」
「うん」
「そしたら後は簡単じゃ。それを守るために全力を尽くす。
侵害されそうになったらぶち切れる。それだけでいい」
予想外にシンプルな回答で目を見張る。
もっとこう、論理的な言葉を並べてきて説得力ましましのことを言うのかと思ったが、そうでもないらしい。
だけどとてもわかりやすくて、納得できる。
私にとって譲れないものは、カナや蛍と一緒にいるあの日常のことだから。それだけはすぐにパッと浮かんできた。
「だからまあ、案外自分のありのままを吐露すればいいと思うぞ。
相手を許せないのなら許せないで。どうしても殺したくないのなら殺さないで」
「本音で接しろってことかな?」
「うむ、それじゃ。咎人というものは不思議なものでな。
こんなこと言ったら怒るかの~っていう言葉を口にしてもむしろ笑って聞いてくれることもある。
反対に親愛の念で接していたらぶち切れられたこともある。決して計算して付き合えるものではないぞ。
だから美羽も、咎人に自分のありのままを伝えれば良い」
「ありの、ままを・・・・・」
「うむ。なんなら今それを吐き出してみたらどうじゃ?
話しやすいように明日粛正するファルファレナを例に出すとして、あの咎人に対してどんな想いを抱いているんじゃ?」
「・・・・・・・・・」
ファルファレナに対して、どんな気持ちを。
怒り。悲しみ。絶望。恐怖。嫉妬。敵意・・・・・・。
胸の中にもやもやと不定形で漂っている、この感情に形を与えよう。そうすることで迷いが消えて、戦う理由が確固としたものになる。
「私は、あの咎人をこれ以上のさばらせはしない。
私の住んでる世界に犯行予告までされたし、何を企んでいるのかは分からないけど、止めないといけないのは確かだから」
いいや、違う。言っておきながら重要な核心にまで至っていない。
私は10秒近くどんな言葉で伝えればいいか悩み、そして吐き出した。
「もう、私の日常を壊されたくないの。
非日常にどっぷり足をつけておいて何言ってるんだって思われるかもしれないけど、それでもこの気持ちは本当」
大切なものは、失わなければその尊さに分からない。
私は一度そうだった。だからこそ今ある何の変哲もないこの日々を、守らなくちゃならないことも分かってる。
もう二度と失いたくないから。
「それに、あいつに対して単純な私怨も入ってる。
知られたくないこと知られて、大切なものを壊すって言われたから。
駄目だね私。高天原の人たちはそうじゃないでしょ?」
店長たちの様子を見ていたら分かる。同僚を傷つけられたことに対する憤り、何を企んでいるのか分からないファルファレナへの不安。それらの感情は彼等も持っている。
だけど、負の感情はそこでストップしている。店長なんて困り顔はしていても全然怒ってはいなかった。
だから、本当にすごい粛正者は咎人に恨みなんて抱かない。
咎人粛正の専門家である高天原の粛正者なら、私怨や情に流されるなんてことはないだろう。
しかし、焔君は首を横に振る。
「そんなことはないぞ。儂らだって怒るときは怒るし泣くときは泣く。恨みを持つなと言われても無理じゃ。心に手綱はつけられん」
「あれ、そうなの?」
「うむ。もしかして高天原にいる者が超絶善人だらけじゃと思ってたか?
ううむ、現実とイメージがかけ離れておるな。やはり交流の機会を増やすなりしてその間隙を埋めねばな」
一人納得して、焔君は首を縦にぶんぶん振る。
「ともかく、美羽の気持ちはきっと本心からなのじゃろう。
戦う理由なんて人それぞれ。それがどれだけ素晴らしかろうと共感できるものではなかろうと、最低限自分だけは納得できればそれでいいんじゃ。
うん、美羽はきっと大丈夫。明日は絶対なんとかなるな!」
満面の笑みで私の明日を保証する焔君。
私よりも幼い子供に元気づけられるとは。けれど不思議と妙な充足感だけはあった。
私の質問が終わると、今度は焔君が、
「さて、今度は儂からも質問していいか?」
「うん。私に答えられることなら」
「昼にも聞いたことじゃが、美羽と蛍は本当に家族ではないのか?」
「・・・・・うん。小さい頃近所で知り合った仲。だから血縁関係はないし・・・・付き合ってもないよ」
「う~ん、そっか~、そうなのか~。儂が間違ってるのか?
いや~それにしてもな~。近いような気もするんじゃがな~」
どうも納得がいかなかったのか、うんうん唸る。
「近いって、魂が?」
「うむ。儂の目には魂の色や形が見えるんじゃ。
非常に抽象的で曖昧だから上手く説明できたものではないが、二人の魂の色はともかく形はとっても似ている」
「へぇ、じゃあ私と蛍の魂ってどんな形?」
「蛇じゃ」
「え?」
蛇?蛇と言ったか今?
あのにょろにょろしている爬虫類?それが私の魂の形?
疑問符が浮かぶが、焔君が説明してくれた。
「これは本人の属性によるところも大きいんじゃ。
生きている上で、何が好きか、魂が惹かれるか、自分に近いものは何か、自分の主義思想はなにか。後は産まれによる部分も大きいな。
そういった諸々で本人の色や形は決まってくるのじゃが、美羽の魂は真っ黒の蛇じゃ」
「真っ黒・・・・・・蛇」
褒められているのかどうなのか分からないが、まあ本人が言っているのだからそういうものなのだろう。
そういえば、この前ジェムのゲームに巻き込まれて、私の象徴が蝿とか言われたな。蛇と蝿か私。
ファルファレナの場合だときっと蝶なのだろう。彼女が現われると同時に億千万の蝶が空を舞っていたから。
話を戻そう。私と蛍の魂が非常に近くて、だから焔君は家族か恋人かと思っていると。
「確かに私と蛍は小さい頃からの知り合いだけど、色々違うところもあるよ。
得意教科は見事に真逆だし、髪の色も白と黒で対比的になってきたし、何より顕現なんて真っ向から対立してる。
だから近いけど遠いというか・・・・・」
「ふむ、見事に二元的じゃな」
私の語りに、焔君は言葉を差し込んだ。
「闇を拒絶すれば光も拒絶する。悪を根絶すれば善も根絶する。
儂から言えば二元論は共依存的じゃ。
互いが互いを立証する。そうすることで世界を成り立たせる。
どちらが欠けても世界は滅ぶ。そういうものじゃ。
美羽と蛍に似ているな」
「そう思うの?」
「うむ」
焔君の言葉に、自分と蛍のことを考える。
共依存的。互いが互いを立証する、光と闇のような関係。
「そう、かもしれないね」
その後も話しは続き、そうこうしているうちに眠気がやってくる。
楽しい談笑を終えて、眠りにつく私たち。
明日、全員生きて帰ることを夢見て。
その頃、蛍は明日の準備をしていた。
戦闘準備、といってもトレーニングやランニングなどの動的なものではなく、蛍のそれは脳内の想像トレーニング。
自分の創造物を、より数多く、より強固に、より鋭く。
ファルファレナに届く域にまで、完全な想像を練り上げる。
それ事態は今までもやってきたことだが、この作業に数億万以上の並列思考が加わることでうなぎ登りのパフォーマンスを発揮できる。
これによって当日、ファルファレナに気圧されて自分が負けるイメージを想像する、なんて失態はしないですみそうだ。
自分の手持ちの武器で、未知の領域にいるファルファレナに届くのか。
いや、きっと届く。大丈夫だ、信じろ。
明日を乗り越えれば、夏休みだってもうすぐだ。
有力な新兵器も発明したし、何なら暴走覚悟であの竜骸を纏えばいい。
今日発現した、顕現とは異なる未知の力。
あれが何なのかは未だに分からない。けれど名称を与えないわけにはいかないので、便宜上『アイン・ソフ・オウル』とでも名付けておいた。
なんでこの言葉にしたのか?分からない。脳裏にパッと思い浮かんだのがこれだ。
僕自身も妙に納得しているから、たぶんそれでいい。
二度の発動で、それなりに制御はできるようになったと思う。
ローランとの戦闘では実力が遙か上の彼に、なんとか抗しうる力さえ与えてくれた。大きな戦力であることは間違いない。
・・・・・・・・ローラン。
彼の一件は、予想以上に胸に突き刺さった。
ただただ悲劇だった。
咎人は悲劇によって生じることが多い。つまり被害者。
被加虐は連鎖する。赤ん坊だって、周囲の環境から学び、環境に適した人間に成長する。そしてそのように振る舞う。
仲良しこよしの環境で育てば、他者にも親愛の情で抱くだろう。
喧噪と暴力が支配する環境で育てば、他者にも暴力というコミュニケーションをとるだろう。
産まれ持った性質もあるだろうけど、環境は人格形成に大きな影響を与える。当然、顕現にも。
咎人も同じく、与えられた悲劇を他者に与えることしかできないのだとしたら。
それが本当なら、なんて可哀想なんだ。
今までは抱かなかった感情が芽生える。それも今日の件から悟ったことだ。
そういえばファルファレナも言っていたな。
『奪われた者は奪う者に。被害者は加害者に。
悲劇は巡り、この世から消えることはない』
『世界が正常に廻るのなら、咎人が減ることはない』
・・・・・・・・。
あの時は生きることに必死で、その意味もまともに理解できなかった。
けど、だけど、
もしかして、もしかしてだが、
ファルファレナも、その被害者の一人なんじゃ――。
いや、考えるな。余計な思考は支障をきたす。
相手は完全にこちらを殺す気なんだ。それなのに雑念混じりで向き合っては逆に失礼だろう。
その感情事態を否定する気はない。ただ心の奥底にしまって、全てが終わるまで出てこないようにするだけ。
ファルファレナの目的がなんであれ、僕たちにも譲れないものが存在するんだから。
次回、日常の象徴の元へ




