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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 星姫と狂乱の騎士
148/211

おまけ 平行世界を超えて

前回、騎士は優しい幻想の中で



それは、美羽と蛍が、咎人・ローランと戦っていた最中のこと。



連戦で疲れ切り、一階で机に上半身をもたれ、すっかり憔悴(しょうすい)していた集の耳にも、二階からの大人たちの実況が自然と入ってくる。


『うわ~強そ~』『圧倒されてますね』『智天使(ケルビム)の最上位にいるんじゃろうな』『え、二人?』『アラディア~、これやばくね~?』『ただでさえ圧倒されてたのに、その上数の優位も崩されるとなると・・・・・』『どうします、アラディアさん』『いいや、二人の魂に賭けましょう』『お、二人を引き離した』『おお、やりますね』『つってもローランを単体で撃破できるわけがない。美羽がアンジュを倒して合流が狙いか』


本来なら桃花の従業員である自分も、美羽ちゃんと蛍君の二人を観戦すべきなのだろうけど、精神的にすっかり疲れ切っていて一歩も動けそうにない。


だって、智天使(ケルビム)を5体だぜ?霞さんが後ろから見てくれているとはいえ、一体一体に全力を振り絞ってやっと勝てるんだぜ?

いくら熾天使(セラフィム)になるためとはいえ、これを考えた奴は頭がおかしいと言わざるをえない。あんたのことだぞアラディアさん。


といっても、肉体的な疲れはない。疲れているのは精神とか魂とか、そっち方面。

永久機関の如く動ける顕現者にとって、疲弊(ひへい)など無縁の概念なのだが、それにだって例外がある。


顕現の行使は心労(しんろう)が溜まるのだ。

顕現自体が想念の結晶であり、それを充分に発揮させるとなると、常に全力投球、全身全霊の想いをかけねばならない。

加えて戦闘中は思考を働かせ、全感覚と全神経を研ぎ澄まし、一時たりとも油断が許されない。


そんな作業を5回!連日5回!!

いかに顕現者とはいえ、積もりに積もった精神の疲労に押し潰されることは確実。

こんな作業を指示した人は狂ってるとしか言いようがない。あんたのことだぞアラディアさん。


そして、心が疲れると体も疲れるのが人。心身二元論(しんしんにげんろん)なんて嘘なんだと、俺は薄れる意識の中で漠然とそう思った。

もう何もしたくない。このまま寝たい。きつい。

自然と、沈むように目が閉じていく。こんな時だけ(まぶた)がダンベルのように重さを増すというのは、つまりこのまま眠れということだな。

じゃあ眠ろう。少し仮眠しても責められはしないさ。


そう、都合よく解釈した時、



ピコン



突如、目の前に電子的な画面が表示される。

空間に表示される画面。そこに新着のメッセージが届いていた。

眠い目をこすり、気になってそれを見てみると、そこには



『集先輩。

私です。エクシリアです。

先輩に渡したいものがあるので、私の粛正機関・アストレイアまで来てくれませんか?』


「・・・・・・え?」


一体何のことかと、閉じかけていた瞼を開いて、俺は再度文面を見る。

渡したいものがあるから、私の元まで来い。とのことだ。

エクシリアちゃんがどうやって俺の魔術的なインターフェース画面に干渉したのかは分からないが、ともかく俺に用事があるらしい。


・・・・・・来い、と言われてもどうやって行けばいいんだろう?

異なる平行世界に行く術はある。けれど、そもそもエクシリアちゃんのいる世界がどこかは知らないし、それを探す術も知らない。

悩んでいると、ピコンと、再びメッセージが届いた。


『恐らく、先輩はどうやって私の世界まで来るのか分からないと思います。

この前お姉ちゃんが渡したカードは持ってますか?それを使えば一瞬でアストレイアの本拠地まで飛ぶことができます』


ああ、あれか。

俺はロッカーに置いてあるバッグから、そのカードを取り出す。

天秤が描かれた、お札のようにも見えるカード。

これを使えば、か。どうやって使うんだろう。


そう思っていたら、突然そのカードが光り出した。

光は優しく、俺の全身を包みこむ。

全身が溶けていくように世界から消失し、ここではないどこかへ移送されている。

それに対する恐怖はない。なぜならこの光は堅洲国へ向かうゲートと同種のもの。害を被るものではないから。



一瞬のロード時間を経て、俺の視界が色づく。

白から茶へ。桃花とは違う内装の部屋に。


そして、目の前に立つツインテールの少女。エクシリアちゃんの姿があった。



「ようこそ、集先輩。

粛正機関・アストレイアへ」






数分後、俺は椅子に座り、『少し待っていてください』と自室に消えたエクシリアちゃんのことを待っていた。

机の上には来客用のお菓子とお茶が並ぶ。

キョロキョロと内装を見た後、窓から外の景色を見る。


マンションや家屋、お店など、普通の光景が飛び込んでくる。

ただし、それら建築物の全てが植物に浸蝕され、内部も外部も緑に覆われているのは普通じゃないな。

コンクリートの道路は罅割れ、陥没して窪み、補修された形跡がない。

所有者のいない自動車は錆び付き、もう動きそうにもない。

向かいにあるマンションは所々ガラスが割れ、その内部から鳥が数羽出てきて空に羽ばたいた。

目の前に広がる灰色の景色とは反対に、空は清々しいまでの青空。


青空と、死んだような灰色の街。

この光景は、まるで・・・・・・。


「気になりますか?外の様子が」


自室から出てきたエクシリアちゃんが、外を眺めている俺に声をかけた。


「ああ、生命の気配がまるでない」

「いかにもポストアポカリプスって感じの景色ですよね。

といっても私には日常風景ですから、珍しくもなんともありませんけど」


そのまま俺と向かいの席に座る。同じく窓の外を見ながら、机の上のお菓子を口に運ぶ。


「戦争でも起きたの?」

「戦争といえば戦闘ですね。『罪人』との」


ん?と、俺はエクシリアちゃんの言葉に疑問を抱いた。

罪人?なんだそれは。


エクシリアちゃんはそんな俺の視線に気付き、補足した。


「原則として、異なる平行世界では設定も歴史も、何もかも違う可能性がある、ということは知ってますよね」

「ああ」


なんたってIF(もしも)を許容する世界だ。自由度は相応に高く、荒唐無稽(こうとうむけい)な設定や法則が渦巻いている。


「私とお姉ちゃんが生まれたのは、ディストピアな国だったんです。

エネルギー問題や人口増加、格差社会や食糧難などの諸問題が解消されてましたけど、その分規制は激しかった。

空間中に張り巡らされた監視網、日常レベルに介入する法律。

理性も感情も、人間活動に至るまで統制され、徹底的な管理体制が整えられてました。

まあ、私はそれを当然のものと思って生活してましたけど」

「ディストピア、ね」

「まあ、そんな面白みのない世界だと、当然反抗する者も出てきます。

それが『罪人』。国家に反逆する咎人。

当然国家側は罪人を排除しようとして、罪人もこんな世界は狂っていると声を張り上げ、衝突は何回も繰り返されました。

争いは長期化しました。国家側が優勢であったことは間違いないですけど、予想外に罪人の抵抗は激しく、時に手痛い反撃を喰らうこともあったそうです」


それはまあ、なんとも善悪が問われる話だ。

格差や食料難など、様々な問題が解決されたのは素晴らしいことだろうけど、その分人間性を根本から否定するディストピア。

それに反抗する罪人。統制された社会に対しての反発は容易に理解出来る。

自分だったら、この状況、どちらの側につくのだろうか。



「そして、この国は崩壊しました。

外の景色がその結果です」


窓の外。そこに広がる荒廃した景色。生命のない街。

罪人含め、どれだけの命が散ったのだろうか。


だけど、それよりも気になるのは、


「エクシリアちゃんとお姉さんは、その後どうなったの?」

「べつに、親と友人を殺されただけです」


その言葉に、俺は目をギョッとさせる。

その反応は、エクシリアちゃんの親と友人が殺されたことに対するもの、ではない。

言っちゃあれだが、そのくらいのことは世界中で頻発してるし珍しくはない。これまで何回も似たような話は聞いたし、新しく聞いたところで心は揺らぎはしない。

俺自身、それを経験したことがないからどれくらい悲惨なものか想像がつかない、という理由もある。

こんなことを思う時点で、俺も相当糞野郎だっていう自覚はあるが、そこは仕事柄勘弁してもらいたい。


俺が驚いたのは、エクシリアちゃんがその事実を、微塵(みじん)も動揺することなく口にしたこと。

感情の奥底に本心を隠しているわけではない。悲痛な過去の思い出が、表に出ないよう顔を強ばらせているわけでもない。

本当に、ただただそんなことがあった事実として、今までとなんら変わりない口調でそう言ったのだ。

淡々と事実を述べるだけなのだから、顔が曇ることも、声が裏返ることも、目に涙を浮かべることもない。



普通・・・・・・いや、安易に普通なんて言葉を使うことは止めよう。

俺が知ってる常識が、必ずしもこの世界で通じるわけではない。

家族を大事にするもの、という固定観念が刷り込まれている俺にとっては衝撃的なことだが、ディストピア的な国で生まれたエクシリアちゃんは違うのだろう。


「たがが外れた罪人に両親を殺されて、自分たちも殺されそうになった時に助けてくれた人がいるんです。

私達が親方様(おやかたさま)って呼んでる人です。

助け出された私達は親方様について行って、なんとか生き残ることができたわけです」


突如現れた救助の手。その人物のおかげで、今エクシリアちゃんは生きている。


「もうこの世界には私とお姉ちゃんくらいしか人はいません。

皆ころ――死にました」


一瞬言葉が途切れたものの、過去を語る彼女の声は、終始一貫(しゅうしいっかん)して事務処理のように淡々としたものだった。


自由を勝ち取った罪人も、管理社会の内にあった住人も。

皆死んだ。土に帰った。

果たしてこの結末が良いものか悪いものなのか、俺にはどうも判断できず消沈する。


それにしても、罪人か・・・・・・。

さっきエクシリアちゃんも言ってたけど、どうも咎人を連想してしまう。

まあ、偶然の一致だろう。平行世界はどんな設定の世界でもあり得る。たまたまだ。


そんなことを考えていると、エクシリアちゃんが話を切り出した。



「お姉ちゃんから聞きました。

明日、ファルファレナという咎人と戦うそうですね」

「ああ。その通り」


エクシリアちゃんがそのことを知っていて驚いたが、よくよく考えればエクシリアのお姉さんは高天原に務めている。

高天原は粛正機関の情報が集まる所。なら桃花の予定も耳にするはずだ。


「先輩、これをどうぞ」


エクシリアちゃんは手に持ったそれを、俺に手渡した。

それを受け取る。


「これって?」

「お守りです。私がさっき作りました」


手の中のお守りをよく見る。

華やかな赤色の柄。中央には『厄除御守』と金字で刺繍(ししゅう)されている。


「作ったって、これ全部一から作ったの?」

「ええ。材料選びから中身、かける呪の効果も考え、私一人で作成しました」


すげぇ!!見た感じ結構上手く出来ている。そこらで売られてるものよりも、どこか高級感があるというか。

それに、持ってるだけで感じられる霊的な力。神社とかに行くとそういうのを感じることがあるが、これはそれをより顕著に感じ取れる。


「これ、ホントに貰って良いの?」

「当然です。そのために先輩を呼んだんです。

貴方は私の命を救ってくれましたから。せめてこれくらいしないと私の気がおさまりません」

「救ったって、別に俺は――」

「先輩がどう思うかは重要ではありません。私の気がおさまらないと言ったでしょう」


ピシャリと言い放つエクシリアちゃん。『さっさと貰え』と言外に告げている。

案外プライドが高いのかな。注意して見聞きすれば、言動の諸々からそういった気風を感じ取る。

正しいことを正しいままに行う。それの何が悪いのか?

それが、エクシリアちゃんの根幹にあるような気がする。


けど、不思議と言葉には棘がなければ、不快に思うこともない。

それはきっと、彼女なりに真剣に俺のことを想ってくれたからだと思う。

でなければわざわざ手間暇かけて、お守りなんて作ってはくれないだろうから。


「じゃあ、せっかくだから貰っておく。

ありがとうエクシリアちゃん」

「どういたしまして。少しでも先輩の助けになれば願ったり叶ったりです」


言って再びエクシリアちゃんはお菓子を口に運ぶ。

「遠慮してないで食べたらいいじゃないですか」と言われたので、俺も机の上のお菓子を食べる。

砂糖の塊みたいな四角形のお菓子は、口に入れるとサクサクして程よい甘みだ。

そのまま両者口を閉じ、ただお菓子を食べ続ける時間が続く。

こういう時間は気まずくなる。エクシリアちゃんはどうなのだろう。


沈黙を守り続けたエクシリアちゃんは、唐突に俺に向かい合って言った。


「先輩、別に勝つ必要はありません」

「え?」

「相手の位階は熾天使。そもそも粛正機関の担当範囲を大きく超えている相手です。

本来なら高天原の随神(かむながら)が担当する領分。逃げ出したって、誰も貴方を責めはしません。

少なくとも私は懸命な判断だと思います。私も、レイナと遭遇した時は逃げようとしましたから」


最後の言葉は苦々しい表情で呟き、エクシリアちゃんは自論を唱える。


「勝つ必要はない。けれど生きてください。

死に花を咲かせたところで、いずれ枯れるのがオチです。

それくらいならかっこ悪くても生きたほうが、個人的にはマシに思えますね」

「・・・・・・分かった。必ず生き残るよ」

「これでぽっくり死んだりしたら恨みますからね」

「まじで?」

「まじです」


どこまでがホントで、どこまでが冗談か分からない表情でエクシリアちゃんは頷く。

俺はそれに苦笑しながら、こりゃ簡単に死にでもしたら殺されるなと、意地でも生き抜くことを決めたのだった。



次回、QandAコーナー

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