第二十三話 傾く戦局
前回、ジェムとの戦闘・開始
開始されたPVP。
状況は依然としてジェムが有利。二人は彼の戦術に振り回されながらも、互いを助け合って彼と張り合っている。
黒炎を纏う美羽は少しでも情報を得るために、空に立つジェムに話しかけた。
「宝石。それが君の職?」
「その通り。宝石を攻撃や防御に使うのが僕の職であるジュエリスト。
宝石ってのはね、何時の時代も羨望の的さ。
あんまり手に入るものじゃないし、何より綺麗だしね。
魔術にとっても意味がある」
ジュエリストの職。宝石を手にし、それを武器として扱う職業。
宝石は対応性が広い。例えば空の天体。例えばセフィロトのセフィラ。例えば人の誕生日。
美しく、希少で、固い。そんな宝石には魔力が宿る。
「つまり、珍しいものは価値があるっていうことだよ。それは分かるだろう?」
意気揚々と話すジェム。彼も彼で美羽の炎を見て、それが顕現だと理解した。
(やっぱり隠し持ってたのか。まあ、引き出せただけ良しとするか)
ジェムはさらに、二人の対応策について思考する。
(お姉さんには宝石が通用しそうにないな。できて目眩まし程度。単純な力による肉弾戦が有効だ。
お兄さんにはこれまで通りスキルを使った宝石で対処できるかな。あの剣の顕現に触れちゃまずそうだけど)
そこまで考えて、地上の二人に動きがあった。
相手の戦力を分析していたのはジェムだけではない。二人は並列思考を使い、数多ある戦術から有効打を考える。
美羽の周囲。どこからか影が波のように集い、蠢きながら沸騰する。
沸き立つのは漆黒の腕、蛇に似たワーム、血に濡れた茨、鋭い牙が並んだ異形の口、刃物の群れ。その全てが光を宿さない黒色。
禍々しい光景だ。黒い泥の中心に立つ美羽はまるで薔薇のように美しい。
蛍の周囲。幾千幾万の武器が創造される。
剣、大剣、短剣、槍、槌、鉾、斧、鎌、棍棒・・・・・。
神聖な輝きすら纏うそれらは、もはや一つ一つが聖遺物と呼んで差し支えない霊力を持つ。
物量で仕留めにくるのか?飽和攻撃に頼る気か?
これまでと違う趣向に笑みを浮かべるジェム。
二人がどのような作戦を練ったところで、自分のやることは一つ。
それら全てを自分の技量で叩き潰す。
二人の一挙一動を見逃さずに注視する。そこに一切の油断はない。
だからこそ、突如背後から襲った電撃に気づけなかった。
「っ!?」
数百億ボルトの電撃が全身を貫いた。
無論、この程度でどうにかなる彼ではない。ないが、それでも突然の衝撃にはギョッとする。
驚いたのはその電撃の強さではない。
一緒だ。何もかも、先ほど自分が放ったトルマリンと。
(うっそでしょ?一回見ただけで完全に模倣たの!?)
電撃を力任せに引き千切ると、次にジェムを襲ったのは大量の武器。
彼を囲むように一分の隙間無く並べられ、鋭利な矛先は全てこちらに向いている。
まるで刃の牢獄。一瞬の静止の後に、空間を埋め尽くす武器の全てがジェムに突き立てられる。
「この程度でっ!」
鬱陶しいと腕で払う。それだけで想像で強化された武器の群れが一つ余さず砕け散る。
砕けた金属の雨が降り、視界が開け、二人の姿を探ろうとして、
すぐ横で、蛍が長刀を放っていた。
「!!」
腕はすぐに動いた。指に挾まるダイヤモンドが輝きを増し、目の前に防壁を現出させる。
数多の多元宇宙群を切り裂く長刀を、しかしシールドが防いだ。
瞬時に消える蛍の姿。後ろから何かが来る。そう感じたジェムは咄嗟に腕で顔を防ぐ。
直感通り、テレポートで背後に移動した蛍が顔面めがけて蹴りを放っていた。
受け止めた腕に鈍い痛みが走る。勢いに押されるように、そのまま地面に向けて蹴り飛ばされる。
「は、ははは!いきなり攻撃的になったね!?いいよ、そうでないと――」
面白くないと笑うジェムは、それ以上先を続けることができなかった。
地上でジェムを迎えるように蠢いている影。魔獣の牙が表出し、まるで獲物を飲む込むかのように、影の顎がバクン!!と、一口で彼を喰らった。
幾千の牙が迫るそれは、アイアンメイデンすら想起させる。
魔獣の顎に飲み込まれたものは、骨の随まで噛み砕かれることは想像に難くない。
ジェムを飲み込み咀嚼を続ける顎が、一瞬動きを止めた後、内側から破裂する。
中からやはり無傷のジェムが出現した。
「こそばゆいんだよ!!」
脱出したジェムに殺到する飛び道具の数々。
上空からは蛍が創造した無数の武器が降り注ぎ、地上からは美羽が生みだした赤黒い魔獣の群れが牙を鳴らしている。
天国と地獄に挟まれる境地に高揚しながら、ジェムは二つの宝石を選んだ。
「エメラルド!トルマリン!」
放たれた二つの宝石は混ざり合い、風雷を纏った竜体が現われる。
風雷竜はその歯を鳴らし、ジェムに群がる攻撃を悉く喰らい尽くす。
降り注ぐ武器群も、牙を立てる魔獣も、風雨と電撃の前には砕け散るしかない。
二つのスキルの合わせ技。消費MPはでかいが、天災という破壊をもたらすことができる。
荒れ狂う竜が蛍へ目を向ける。天を喰らうように、嵐渦巻く口を開いた。
その隙にジェムは美羽の元へ。手に持つルビーとサファイアを砕き、その力を手に宿す。
その両手は赤と青の輝きを宿し、単純な威力を増大し属性を付け加えた。
先ほど考えていたとおり、美羽に肉弾戦を仕掛けるために。
もちろんそれをただ見ている美羽ではない。
命を枯らす黒炎が波のようにジェムを迎撃する。
星を丸ごと灰にする、熱のない炎。
それに飲み込まれるジェム。速やかに黒く炭化して崩れ去る。
だが仕留めたとは思えない。先ほどジェムが使ったように、彼は分身を作れる。
背後に気配。振り向くと同時に美羽は握り拳を叩き込む。
破壊の拳はルビーの力を纏った拳とぶつかる。大気をゆらし、島をまるごと揺るがす衝撃が、腕を通じて二人に伝う。
二人は至近距離で激突を繰り返す。
爪、蹴り、拳、頭突き、破壊、宝石、スキル、不意打ち、雷撃、火炎、吹雪、風。
空間に亀裂が生じる程の激しい攻撃の応酬。爆発のような衝撃波が足場を揺らすなか、しかし二人とも被弾はしない。
スキルを使い、顕現を使い、体術を使い、使えるもの全てを使って攻撃と防御と回避を成立させる。
砕けた宝石の残滓が空中に綺羅綺羅と輝く。中心で嵐のように殺し合う二人を無視すれば、さぞ幻想的な光景であることは間違いない。
ジェムの持つ雷の剣をくぐり抜け、懐に潜り込む美羽は爪に力を込める。
最高のタイミング。ここで一発叩き込む。
ゴバッ!!と、時空ごと引き裂く美羽の爪。
だがそれはジェムの身体を壊す前。彼の左手に持っていたアメジスタの宝石に当たり――
バキッ!と砕けた宝石は空中で毒ガスとなる。
至近距離でそれを吸引してしまう美羽。慌てて飛び退くが、身体の変調は止められない。
眼前に表示される『猛独』の状態異常。
HPが徐々に削られていく。手足が痺れ身体機能が麻痺し、思わず膝をつきそうになる。
本来であれば原形を留めずに細胞ごと溶けるはずだが、この程度で済んだのはそれだけ美羽の耐性がそれだけ強固である証だ。
数日前に戦った咎人・ブルーワズの毒をまともに喰らい、耐性をつけたことがここで役立った。
それでも一瞬止まった美羽の動き。その隙を逃すジェムではない。
美羽の後ろに回った彼はその脚を払う。
骨が折れるような衝撃と共に、美羽の脚が数㎝床を離れた。
一瞬奪われた自由、そこに連撃が叩き込まれる。
ジェムの動きは型どおりの動きだった。高威力を叩き出すスキルを使い、スタンや拘束が途切れそうになったら、相手を行動不能にするスキルを使う。
スキルや攻撃による相手のスタンや拘束には、当然のことながら拘束が途切れる時間がある。
ジェムはその隙間を経験と努力で埋める。自分のスキルや技を完全に理解していなければ不可能な芸当だ。
スキルの再使用時間まで完全に計算して、なおかつ美羽には一切の攻撃を許さない。
結果、美羽は動きたくても動けず、ただなぶり殺しのように打撃と宝石の弾幕にHPを消費する。
攻撃が最大の防御だと、彼は拳で主張する。
「あはは!!このまま即死コンボ叩き込んであげるよっ!」
「うぐっ!」
叩き込まれる殴打とスキル。防御も回避も許されない。
HPはみるみる減少し、同時に美羽の魂も削れていく。
このままではまずい。あわや決着と思われたその時、美羽の目に飛来物が映った。
「っ!!!」
背後。完全な死角から飛んできた剣。
神聖な輝きを放つ長刀は、蛍の顕現。
飛来する凶器に気付いたジェムは大きく首を振り、残り数㎝のところで躱す。
それと同時に、風雷竜を相手にしているはずの蛍をちらりと見る。
既に竜の姿はなく、蛍がこちらに長剣を投擲した姿勢を取っていた。
一瞬の隙。それを見逃す美羽ではない。
切り札を使う。至近距離にいるジェムに、必殺の一撃を用意する。
「顕現・不浄なる蝿王!!!」
死の呪いそのものが顕現する。
世界の全てに悪意と殺意と憎悪と怨嗟を混ぜ込み、超高濃度で凝縮。
出来上がるのは極死の爆弾。世界を犯し尽くす許容不可能の顕現。
美羽が有する顕現の中で、間違いなく最大殺傷火力。
右掌に集う黒球。温度が天井知らずで急上昇しているのに、同時に絶対零度を超えて低下し続ける。
世界の悪性をまとめて混ぜ込んだそれを、美羽はジェムに向けて突きだした。
「ッッッ!!!!!」
今日一番の驚愕を浮かべるジェム。その表情はまるで断崖絶壁から足を滑らせたような、切羽詰まるものがあった。
即死必須であろうその顕現。自らに押し当てられるその前に、ジェムは思わず保有する移動スキルの全てを同時行使し、無理を通して回避だけに専念した。
ぎりぎりの回避。危うく腕に掠りそうになり、体全体から冷や汗を流す。
必要以上に美羽から距離を取り、激しく脈打つ心臓を速やかに落ち着かせる。
(あっっっっっっっっっっっっっぶないな!!!!!
なんだよあれ、殺す気満々じゃん!!?当たってたら間違いなく死んでたんだけど!?)
心の中で叫び散らすジェム。彼にとって絶命の危機を感じさせるには、充分過ぎるほどに濃密な呪いだった。
しかし安心してはいられない。距離を取ったジェムに対し、美羽のスキルが襲いかかる。
下から飛び出すように大剣が、魔方陣の中から血に濡れた剣が、飛び出す黒い腕が、回転刃が、茨が。
ジェムの全面を塞ぎ込む弾幕。回避など許さない密度で、暴力の津波が怒濤の勢いで押し寄せる。
「ああもう、弾幕ゲームは苦手だってのに!!」
ジェムが手に持つ宝石。透明な青色のそれはアクアマリン。
アクアマリンは投擲と共に海水を纏い、莫大な海水を伴った水流となる。
単なる水飛沫、それに大洋が丸ごと凝縮される密度。それが全体として何百億リットルもの質量を誇る。弾幕などなんのその。島をまるごと押し流す威力の水流が、凶器の群れを遙か彼方へ放逐する。
水流は美羽を飲み込む、その一歩手前で波が二つに割れた。
美羽の目の前に立った蛍が、荒れる波濤を切り裂いたのだ。
ジェムの視界に移る両者。美羽は蛍の後ろから魔術を発動する。
「歪曲」
マガはナホの反対で、曲がったことを指す。
つまり禍は曲がるの語幹であり、それを美羽は利用した。単なる言葉遊びというわけではない。
美羽が負の側面の魔術に才を発揮するのは既知のこと。一瞬で必要な理論をくみ上げ、実行。
その結果、対象の強度も硬度も無視して歪みねじ曲げる魔術が完成した。
それが、ジェムが追加で投げた二つの宝石を空間ごとねじ曲げ、断層を作り粉々に破壊した。
既に蛍は長刀片手に走っている。ジェムはそれを歯噛みしながら迎え撃つ。
「くそっ、トルマリン!」
再び発動する電撃の竜。
床を削るように飲み込みながら、数百億ボルトの電撃が蛍へ牙を剥く。
だが、
「王冠より降る雷光。
王国の最下層より神の恵みを返礼する」
蛍が唱える。天より下るジグザグの雷光を、逆に地上から逆上るように指でなぞる。
呪詛返し。雷竜は一瞬動きが止まり、急遽進路を変えて主であるジェムへと襲いかかった。
「は、はァ!!?」
思わず驚愕の声を上げるジェム。彼にとって自分の攻撃が跳ね返ってくるのは初めての経験だ。
実は蛍、先ほどもトルマリンの電撃に呪詛返しを使用したが上手くはいかなかった。呪詛返しは基本魔術に使うもの。顕現そのものであるジェムの攻撃を返礼するなど、二人には無理な話だ。
だがそれも最初だけ。先ほどのようにジェムの宝石による攻撃を正確に模倣してみせた蛍は、既にその法則性を掴んでいる。
自分に跳ね返る電撃をもろに浴びるジェム。全身に走る電流を無理矢理ねじ伏せ、眼前に走る剣閃をダイヤモンドのシールドで防ぐ。
先ほどから細かい攻撃は食らっているが、ジェムに致命的な隙は全く無い。
体捌き、使うスキル。無駄がなくそれでいて判断が早い。
至近距離で長刀を押しつけながら、謙遜なしに蛍は、
「けっこうやりこんでるんだね」
「当然だろ。ほんとにハマった時は寝る間も惜しんでレベル上げに費やしたんだから」
そう言われて、兜の下でジェムは笑った、気がした。
このキャラは彼なりに結構な時間を費やして育成したのだ。PVPの腕も同様に。それを褒められて悪い気はしない。
その言葉に苦笑しながら蛍は返す。
「ゲームは一日一時間だって、両親に言われたことは?」
「・・・・・ああ、言われたね。だけど聞いたことなんてないよ」
シールドを展開したまま、ジェムはその場から距離を取る。
そして、やってられないとばかりに話しだした。
「僕にとって親というのは邪魔者の代名詞だ。
いっつもグチグチグチグチ。うざいったらありゃしない。
勉強と労働と価値観を押しつけてさ、それを将来のためだのお前のためだの。時には暴力すら正当化する。
笑えるよね。自分のストレス発散が目的で八つ当たりしてるんだろうに」
「・・・・・だから殺したの?」
いつの間にか蛍の隣にいた美羽が、ジェムの罪状を思い出し、聞いた。
問われたジェムは、喜色を変えずに答える。
「あ、僕が何やったか知ってる感じ?
そうだよ。ある日あまりにも鬱陶しかったから、頭来てね。
何度も何度も撃ったよ、これで」
そう言うと、ジェムが右手で指鉄砲を作る。
それを自らの頭に押しつけ、
「バン!ってね」
自分の所業を誇らしげに語るその笑顔。その仕草。
聞いている内に、美羽の手が硬く握りしめられていく。
「最っ高だったよ!あの時の爽快感。わずかに残った罪悪感もなかなかに良い味だしててさぁ!
だって、死体が痙攣したようにビクンビクン跳ねてるんだよっ!
今まで妄想の中でしか殺せなかったのに、ようやくそれが実現したんだ!!!
今までああしろこうしろうるさかったあの両親が!!ただの肉塊に、はは、ははは!!!」
最高だと、素晴らしかったと。これ以上の幸福はないと嬉々として語るジェム。
逆に、美羽の感情はどんどん冷めていった。
少なからず、ジェムの過去と自分の過去を重ねているんだと無意識に分かった。
「君たちも家族がいるだろう?なら僕に多少なりとも共感できる筈だ。
あれしろこれしろってさ、殺したくて仕方がな――」
ジェムの言葉は、唐突に中断した。
美羽が彼の目前に現われ、ダイヤモンドのシールドを思いっきり殴り、今まで無敵を誇っていたそれを硝子のように破壊したからだ。
「っ――!」
目を丸くするジェム。自分のダイアモンドが壊されたのもそうだが、なによりこの一瞬、目の前の美羽から一切の殺意を感じなかったから。
驚愕の表情を浮かべる彼に、美羽は静かに言った。
「家族が厭わしい。私も一度は感じたことがある。怒られて泣いたことも、喧嘩して嫌いになったことも」
思い出す、あの日々を。
私があの冬の日まで享受していたありふれた幸せを。
ジェムが言ったとおり、鬱陶しいと思ったこともあった。
理不尽に怒られて、なんで私だけって泣いたこともある。
妹と喧嘩して、3日間は気まずいまま過ごしたこともある。
「だけど、そのありがたさに気づくのは全て失った後だ」
もうあの日は戻ってこない。
家族全員で動物園に行った。他県に旅行したこともあった。誕生日は必ず全員で祝った。一回だけ四人で一緒のベッドに寝たこともあった。
その日々はもう失われて、思い出す度に胸に苦痛が走る。
もはや思い出の中にしか存在しない家族。写真を見ることでしか会えない家族。
ジェムは、それを経験したことがあるのだろうか?
「・・・・・はは、耳に痛いこと言うねお姉さん」
何かしら感じ取るところがあったのか、ジェムの声は静かなものだった。
兜を被っているせいで表情は読めないが、纏う気配に戸惑いが混じる。
彼の過去、両親との関係。
美羽はそれを知らない。知らないからこそ、今自分が想った最適解の言葉を伝えるしかない。
それで結果が変わる変わらない以前に、人として当然のことだと思ったから。
だからといって美羽が正しい。ジェムが正しい。なんてことは勝敗とは無関係。
今していることは単なる殺し合いであり、弁論術が差し込む隙間などない。
そもそもどちらが正しいどちらが間違っているという見解事態、相当に不完全な意見でしかないのだが、今はそれを考える暇はない。
交すのは武器と武器。殺意と殺意で充分。
二人とジェムは相互に削れたHPを確認しながら、チェックメイトに向けて思考を奔らせる。
決着は、近い。
次回、覆い尽くすは黒紫の波動