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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 子供の理想郷
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第十九話 ドッペルゲンガー

前回、不死のモンスター戦、終了



「顕現 神の傲慢(ヘレル・ベン・サハル)


目の前の僕が唱える。

白い世界が震え、同時にその手に光輝く長刀が現われる。

その形、間違いなく僕の顕現だ。

それを握るもう一人の僕が、突然視界から消えた。


「!!」


慌てて手にした長刀を背後に。

僕の首めがけて振るわれた斬撃を防ぎ、しかし勢いを殺しきれず僕は吹き飛ぶ。

距離を取った僕は剣を構えながら、もう一人の僕に向かい合う。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!君はなんだ!僕は一体何をすればいいんだ!?」

「だから言っただろう?試練だよ」


その声。間違いなく自分のもの。

真正面から突撃してきた偽物の僕。頭めがけて突きが放たれ、首を横に(ひね)ってそれを避ける。

だが、同時に蹴りが飛んできた。


「っ!」


ドガッ!と鈍い音がして、僕の身体が吹き飛び地面を滑る。

脳内で火花が散る。それでも立ち上がった僕を見て、ドッペルゲンガーは言葉を続ける。


「レベル50に達するための試練。

クリア条件は簡単だ。目に前にいる(ドッペルゲンガー)を殺せばいい。

そうすればすぐにでも元の場所に戻れる。君たちがこれから殺す、ジェムとも戦える」


言葉が終わると共に、僕の首に感触が――。

ドッペルゲンガーは僕の首を掴み、そのまま床に叩きつける。


「があァッ!!!」


床が大きく崩壊し、壊れる。

全身に痺れが走る。

悲鳴と同時に口から吐血し、それがドッペルゲンガーの顔にかかった。

それでも瞬き一つしないその目は、奈落のように暗く濁っている。


「ただし、試練は優しくない。

過去と向き合えと言った通り、君が抱えているものと嫌でも向き合ってもらう。

そうでないと試練にならない」


ミシッと、僕の首から嫌な音が聞こえる。

けれどこの密着した状態、チャンスでもある。

僕は右手の長刀を、思いっきりドッペルゲンガーに突き刺した。

ゼロ距離。避けられはしない。ヒットの感覚は握りしめる掌にちゃんと伝わる。


はずなのに、


「なん、で・・・・・」


長刀は彼の身体を貫いた。いや、弾き返された。

まるで鉄に思いっきり野球のバットを叩きつけた時のように、長刀を通して手に伝わる感触は超硬度の鋼。

ドッペルゲンガーも涼しげな顔をしている。


「無駄だよ。今のままじゃ僕を傷つけることはできない」


僕を掴む手に力を込めながら、感情のない人形のような顔で答えるドッペルゲンガー。

僕を持ち上げ、そのまま彼方へと僕を蹴り飛ばす。


「ぐ、あっ・・・・・・」


地面を三回バウンドし、ようやく体勢を整える。

情報を整理する。僕の偽物が言うには、彼を倒せばレベル50になれる。

けれどダメージを与えられないとはどういうことだ?

今のままでは駄目。彼が言ったように過去と向き合う必要があるのか?


「ほら、考えるのもいいけど今はこっちに集中しろよ」


目を離してはいなかった。それでも突然目の前に現われた彼の袈裟切(けさぎ)りを防げたのは、(なか)ば奇跡に近かった。

長刀と長刀がぶつかり、宙に火花が散る。

そのままつばぜり合いになる。一瞬でも柄を握る手の力を緩めれば、顕現ごと僕が切り裂かれそうだ。

至近距離で、僕は彼を(にら)み付ける。

それでも彼の表情は氷のように、眉一つ動きはしない。


「最初の村を出た時」

「?」

「一人の男性が、盗賊に襲われていたね」


ドッペルゲンガーが唐突に話し始めた。

このゲームを僕が始めてすぐのことだ。もちろん覚えてる。


「あの時、君はまた余計なことをした。

君は彼のためを思って行動したつもりだろうけど、その結果があれだ」


僕が盗賊を倒した後、その男性は死んだ。

別の盗賊に襲われて、身ぐるみを剥がされ暴行を受けた。

あの時、もしも僕が彼を(かば)いながら戦っていたら、あんなことにはならなかったかもしれない。

その思考を読んだかのように、ドッペルゲンガーは言葉を続ける。


「君のせいでまた人が死んだね。

そして一瞬とはいえこうも思ってしまった。『生き返らせてあげようかな?』って」

「・・・・・・」


何も言い返せなかったのは、彼の言葉が図星だったからだ。

僕の動揺を見逃さず、ドッペルゲンガーはつばぜり合いを止め、横薙ぎに剣を振るう。

僕がそれを受け止めると、まるでそうなるのが分かっていたように、彼は僕の懐に潜り込む。

そのまま柄で僕の胴体を叩く。よろめいた僕が見たのは、光を溜め込む長刀。


「く、っそ!!」


それを受け止めるわけにはいかない。無敵付きのステップで回避する。

光を溜め込んだ長刀が振り下ろされ、直線上に斬撃が走る。

光で焼かれ、僕が立っていた場所に大きな亀裂が生じる。受け止めていたら一大事だ。

ステップの勢いをそのまま攻撃に活かす。遠心力を加えて、彼に一撃を叩き込む。

だが僕が剣を振るう前に、彼は剣の柄を片手で止めた。


下から振り上げる蹴りを腕で受ける。

ドッ!!と、腕が折れたかのような痺れと痛みが伝う。

後ろに距離を取りながら牽制(けんせい)として斬撃を放つ。

空中を飛ぶ斬撃が彼に直撃するが、彼は長刀から翼を展開しそれを容易く防ぎきる。


さっきから何なんだ。彼は僕がこれから何をするのか分かっているのかのように行動する。

僕の姿だけでなく、行動パターンまでも再現し、知識に入れているのだろうか。

そんな僕を見て、情けないとばかりに彼は視線を向ける。


「君はあと何度繰り返すんだ?真に学ばないというのは君のことだな。

良かれと思って手を出して、自分にも世界にも悲劇しか残さない。自分でも骨身に染みているはずだ」


その言葉が、僕の心に突き刺さる。

言葉は真実を語るときに最も威力を増す。それに比べれば罵詈雑言(ばりぞうごん)の数々など可愛いものだ。

抉るように、切り刻むように、言葉は心のなかで荒れ狂い反芻(はんすう)される。


いつも思っていることだ。良かれと思って手を出して、結局余計なことしかしない。

だから猫はもう一度死んだ。雛は食べられ、農家は困り、女の子が泣き、大好きなおじいちゃんの生と死を冒涜(ぼうとく)した。

全部僕のせいだ。僕の。


呆れながら、彼は溜息をついて付け加える。


「そして、そんな罪深い自分は誰かに(すが)ることしかできない。

美羽のことだよ?あの子の側にいないと自分を維持することもできない。あの子の側にいないと自分の価値を見いだすこともできやしない」

「ッ・・・・!」


否定を許さない断言。心の底でたゆたう、言葉にできなかった感情を、彼はいとも容易く言葉にする。

依存。それはアラディアさんにも指摘されたことだ。

僕に剣を突きつけて、彼は続ける。


「君が彼女に抱いている感情は友情でも、まして愛情でもない。ただの依存だよ。

彼女がいないと自分が成り立たないから、一人で生きることもできないから縋り付いているだけ。

そんな彼女との関係を、君は親友と呼んでいるんだよ?」


それは本来、依存相手と言うべきものだ。

光のようで、闇のようでもあるあの少女。

道を示してくれる彼女に、包み込んでくれる彼女に、その優しさに依存していた。

僕をそう評した彼は、無言でこう言っている。

ずっと心の底でそう思っていたんだろう?と。


思わず頷きそうになると、ドッペルゲンガーの周り、白い光が集まって四本の剣を形成する。

発光する剣が一直線に僕めがけて発射された。

それを長刀でたたき落とす。発射された剣はタイミングや角度、速度までわざとずらしている。

僕の常套手段(じょうとうしゅだん)だ。それゆえに難なく対処することができた。今さらだが、自分自身と戦うなんて初めての経験だ。

だから、彼も僕がどう動くのか手に取るように分かる。


(次は、接近してくるはずだ)


僕の予想は当たり、先ほどと同じく懐に入るドッペルゲンガー。

長刀はリーチが長い分、至近距離には上手く対応できない。

だからこんな風に密着するほど接近されては対処が難しい。

案の定、僕が破れかぶれに放った蹴りは空を切り、彼の肘が僕の身体を貫いた。


「ごは、ぁ」


骨が折れる音がする。位置的に胸骨が砕けたのだろう。

肺の中の空気が強制的に吐き出され、麻痺したかのように手足が痺れる。

だが止まるわけにはいかない。目の前には長刀を振りかざそうとしているドッペルゲンガーがいるんだから。


「く、はぁっ!!!」


がむしゃらに振った剣が衝突し、斬撃を上手くそらす。

宙に散る火花ごと切り裂いて、二の太刀が僕の首元に迫る。

だが体勢は整った。しゃがみ込んで回避し髪の毛の先端が切れる程度ですませる。

そのままの姿勢で、思いっきりジャンプするようにドッペルゲンガーの元へ突っ込む。


彼の武器も長刀。懐に潜られて困るのはお互い様。

それを察知して彼は後ろに飛び退いた。

冷めた目は相変わらず。この状況に焦ってもいない。

前方を薙ぎ払うように放った斬撃も、これまたいとも容易く防がれる。


「加えて、その想いも弱い」


哀れみすら含んで、彼は言葉を継ぐ。


「自分は余計なことしかしない。何かしたところで必ず事態を悪化させる。

だから流される生き方を決めたんだろう?できる限りあの子や他人に選ばせて、自分はそれに追従する。

主体となることを避け、最低限の選択しかしない。

だけどそれすら中途半端だ」


僕を糾弾(きゅうだん)する声が強まる。鉄面皮(てつめんぴ)の表情から憤怒の形相(ぎょうそう)に変わっていく。

耳を塞ごうにも、まるで流水のように言葉が心に染み入る。

僕自身が僕の弱さを責める。

誰よりも自分がそう思ってきたから。自分の罪深さを、奥底でずっと見てきたから。


「だからこれまでも罪を犯し続けてきたんだろう?」


真実だ。

完全に自分の選択を放棄することもしなかった。いっそ振り切れて、僕の望通りに世界を動かしてやろうと決意することもなかった。

不完全なまま生きてきて、だから罪を犯し続けてきた。


「そのたびに自己嫌悪に陥ってきたんだろう?」


真実だ。

自分でやっておいて、上手くいかず誰かを傷つけてしまって嫌になる。

自分で創っておいて、創造物の不出来さに嘆く。それと同じ、なんて傲慢な在り方なんだ。


「本当は自分の所業が、咎人とまったく同じで(おび)えていたんだろう?」


真実だ。

ずっとそれで怯えていた。顕現を使い、葦の国に害をなす者が咎人なら、僕はその事項に当てはまる。

一歩間違えて僕が咎人になったら・・・・・そんな想像を何回しただろう。


お前のせいだ。お前のせいだ。何もかもお前のせいだ。

幻聴が僕を責め立てる。猫も鳥も農家も女の子もおじいちゃんも、指をさして僕を糾弾する。


「生きている限り必ず選ぶ。選択する。必ず世界と関わることになる。

それなのに、君は何をしてるんだ?合理的に考えろよ、不幸の発生源。

何が最良の選択かなんて、考えるまでもないだろう」


彼が歩いてくる。

その動作に戦意はもはや無い。

歩きながらも口は動く。


「君は死ぬべきだったんだ。他人のためにも、なにより自分のためにも」


彼の姿が消えた。

直後に、何か鋭いものが身体を貫く。

身体の中に異物が入り込んだ感触。

彼の姿が目の前にある。

手に持つ長刀が、僕の心臓がある位置を貫いて・・・・・・。


逡巡(しゅんじゅん)傲慢(ごうまん)依存(いぞん)。君はその三位一体で成り立っているどうしようもない愚か者。

滑稽(こっけい)だよ蛍。君は不出来な神様だ。

そんな存在は、今ここで終わるべきなんだ」


耳元で囁く声が、やけに優しく聞こえて。

突き刺さった長刀が、僕の再創造を開始した。



次回、美羽の壊したモノ

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