28
蝶番ごと吹き飛んだ扉の破片がこちらまで飛んできて、私は思わず腕で軽く顔を覆った。
肌を焼くような熱風が薄れると、私はようやく部屋の中を見ることができた。かわいそうに、私の傍にいたあの神官は爆風をもろに受け、地面に倒れこんでいた。親しみどころか嫌悪感しかなかった相手だが、服を焦がして地面に倒れていると流石にちょっと不憫に……やっぱ思えないな。ざまぁ。
爆発の起点には、少女がいた。腰近くまである長い黒髪を爆風でたなびかせ、黒曜の瞳に強い光を宿し、まっすぐに部屋の中を、いや私を、射竦める。
「おいサクヤ、流石にそれはやりすぎだ」
「……わかってます。千香、心配したんだよ。時間がないから急いで行こう」
「お前、何を言っているッ!」
ガバッと、神官が立ち上がった。しかし、彼が飛びかかる前に、咲夜が軽く手をかざす。
「動かないで」
その言葉に従ったように、ピタリ、と神官は彫像のように動きを止める。それを確認して、咲夜はこちらに近づいてきた。
「もう、なんで千香はこっちに戻ってきちゃうかな。せっかく安全な場所にいてもらうつもりだったのに。さ、帰ろ。大丈夫、今度は私が守るから」
それはまるで、別人のようだった。
泣きたかった。違う。私はこんな咲夜が見たかったんじゃないのに。ずっと知ってたのに。
「咲夜、なんで私に、何も言ってくれなかったわけ?」
普通に吐き出すはずだった言葉は、絞り出したように震えた。
その言葉に、咲夜は表情を消す。一瞬で、その瞳の奥に炎が燃え上がった。
「……私は、もう千香に守られるだけの小さい子供じゃないんだよ」
彼女の瞳は、私の知らないものだった。強い強い、決意を秘めた瞳。
「私は昔から、千香に縋ってばっかりの無能な子供だったね。困ったことがあったら千香に助けを求めて、いつも甘えてばかり。千香に対して、私は今まで受けた恩の欠片も返せてない」
「返して欲しくて手を貸してたわけじゃない」
「知ってる。千香はそういう人だもん。でもね、甘えれば甘えるほど、自分が弱くなってくのを感じてた。どんどんどんどん弱くなって、そして千香はどんどんどんどん重荷を背負ってくんだね。真性のお人好しだから」
彼女の域を吸い込む音がやけに大きく聞こえた。
「私は千香に守られる人間じゃなくて、千香の親友になりたかった。守られる、守るだけじゃない、守りあえる存在に。今回は私が守る番だよ、千香」
「……そんなの、身勝手だ」
箍が吹き飛ぶ音がする。止まらない感情が、口から言葉になって溢れ出す。
「私はあんたに守られたいなんて思ってないし、今まで重荷を背負ってたなんてことも思わない。ってか咲夜を甘やかすのは私の癒しなの!勝手に甘やかされててよ!!」
「はぁ!?何それ、そっちこそ身勝手じゃない!!あのねぇ、守られ続けるってのも結構精神的にきついんだからね!ずっと言わなかったけど、申し訳ないーって思ってたけど、もう限界!!なんで千香ってそんな身勝手なの!?自己満足したいならどうぞご勝手に、でも私はもう甘やかされるの疲れました!!」
「さっきから身勝手身勝手って……そもそも大体話持ち込むのは咲夜じゃん!!持ち込んだ時点で私が解決する領域でしょーが!!」
「そりゃそうだけど、毎度毎度予想の斜め上の行動をとるのもどうかと思うよ!!私そんなことまでしろとか言ってないし!!もうちょっと周りのこととか考えてよ!!」
その辺りでお互い息が切れ、一旦会話が途切れる。
「……おい、二人共。もう少し静かにしていないと他の兵にバレ……」
「「ユリウスさん(王太子殿下)は黙ってて」」
扉の外で辺りに気を配っていたらしい王太子さんが口をはさもうとしたが、私たちの一言で再びすごすごと通路に戻る。これでいいのか次期国家元首。
長い沈黙の後、再び口を開いたのは、咲夜だった。
「……心配した。千香が、私の代わりにイヴァンさんの作戦に乗ったって、他の人から聞いたとき。問い詰めようと思っても千香はその気配すら見せないし。あぁ、ずっと今まで、こんなふうに隠されてたんだなって気づいて、申し訳なくて泣きたくなったよ。あのね、千香の優しさは嬉しいんだ。でも千香が傷つくのは、私は嫌なんだよ」
「……咲夜」
「わがままでもなんでもいい。私は千香が傷つくのは見たくない。それが千香の意思に反することでも、私は千香を守るために進むよ」
心の中の蟠りが、ほんの少しだけ溶ける。
きっと私は、ずっと彼女の保護者でいたかったんだ。優しさという鎖で彼女を引き止めておきたかった。だって知ってたから、彼女が飛び出していくだけの力を持っているって。そしたらきっと私はひとり取り残されるから、引き止めていたかった。
けれど、違うのだ。引き止めるのでは、いずれ無理矢理にも飛び立っていってしまう。
「……ごめんね」
ポツリと謝れば、咲夜はくしゃりと笑みを浮かべて、迷いなく私の腕の中に飛び込んだ。
基本、咲夜は魔術チートです。




