27
気がつくと、私は知らない部屋にいた。
柔らかすぎるほどクッションの効いたベッドから身を起こし、きょろきょろと周りを見回す。見覚えはないが、どこかの客室のようだった。
「…………」
いまだ寝ぼけている頭を無理やり叩き起す。……そうだ。私は、ラグナさんに気絶させられたんだ。
ならば恐らく、ここは王宮なのだろう。部屋の様子を見ようとベッドから降りたところで、扉が開かれ一人の男が入ってきた。
「お目覚めですか」
ところどころ白髪の交じる金の髪を撫で付け、袖周りと裾周りがたっぷりとした紺色の神官服をまとった初老の男性は貼り付けたような薄い笑みを私に向けた。
「貴方は……」
「おや、ご紹介がまだでしたね。私はロムレス・ヴィアン。イヴァンに代わりまして新しく神官長の位を頂いた者です」
男の笑みが濃くなった。寒気のする冷たい笑みに、私は顔をしかめる。
「貴方が神官長?イヴァンさんはどこです?」
「彼は今頃独房の中ですよ。あの男は、国王陛下の意に逆らった。貴方が誑かしたのでしょう?」
それは誤解というやつだ。あんな狸を誑かせるほど私は舌は回らない。
返答をしないでいると、男はそのまま上機嫌に語り出した。
「私はあの男の存在自体が気に入らなかった。下級貴族で、まだ大して経験も持たない若者の癖に、この私を差し置いて神官長の座を手にし、挙句神殿を放置してばかり。ただ僅かに才能があるというだけで。……国王陛下は、あの男は間違っていると言ってくださった。あんな男は大役には向かないと。私こそが神官長に相応しいと。ははは、そしてこれだ。私を虐げていたあの男は今や逆賊。そして私は神官長だ。ははは、はははっははっはは」
……えぇともしもし、頭の方は大丈夫でしょうか。
途中から高笑いが混じり始めた辺りで、私はもう聞きたくなくて目を逸らした。
肩書きが全てではない。肩書きには責任がつきまとうのだ、それをこの男が背負えるとは思わない。ただ、頂点の名が欲しかっただけとしか思えないこの男には。
「……のんきな顔ですね。貴方はどうやらまだ、今日何が起こるか知らないらしい。それとも仲間に裏切られたショックから、何も考えたくなくなったのですかな?」
私が話を聞いていないことに機嫌を損ねたのか、彼は話題を切り替えてきた。しょうがなく、私も軽く食いつく。
「何が……?」
「えぇ、えぇ。ははは、貴方は何も知らないようだ、悲しき子羊。貴方は今日、死ぬのですよ。この窓の外で満月が頂点に来る時、貴方の血肉は聖女の一部となる」
「死ぬ……?聖女……?何を言っているんですか?」
あらかさまに眉間にしわを寄せ、首を傾げる。
男は私の反応に、苛虐的な笑みを浮かべた。まるで酔ったように浮ついた様子で、さらさらと言葉を紡ぐ。
「人体蘇生の魔術というものをご存知かな?誰もが一度は望む、死からの逃亡ですよ。国王陛下は、亡くなったアメリア姫の為、人体蘇生の魔術の研究を私に命じました。そして私達はついに見つけたのですよ。彼女を救い出す方法を。人は肉体と魂から成るといいます。死とは肉体から魂が離れること。ならば、新たな肉体に魂を入れれば、人間は蘇生する!」
「……そんな簡単に行くわけない。魂と肉体は対ですよ?無理やり奪った他人の肉体に魂を放り込んでも、拒絶反応が出て長く生きられるわけない」
私は吐き捨てた。しかし、そんな私の意見も、彼にとっては予想の範囲内だったのだろう。
「えぇ、そうですよ。実際、今まで行ってきた人体実験では、誰ひとり適合する者がいなかった。せっかく山ほど奴隷を買い取ったのに、役に立たないものです。適合する者があまりに見つからないので、私は一粒一粒確かめるのではなく、その一粒を引き寄せる方法を考えたのですよ。それが、先日の召喚の儀式でしてね?」
男の笑顔の説明に私は絶句した。
この男達は、一人の人間を生き返らせるために何人の人間を犠牲にしたのだ。
「国王陛下は、その犠牲をご存知なのですか……っ!」
「国王陛下は、そんなささいなことになど視線を向けはしませんよ。私は国王陛下のために働く忠実なしもべ。国王陛下の願いを叶えるためならば、私達はなんでもするのですよ。あぁでも、貴方を探し出すのは本当に大変だった。召喚陣に適合する人物も引き寄せるよう細工をしたのですが、二人召喚されたせいでひどく人目を集めてしまいましたしねぇ。ですがこれで材料は揃ったようで」
国王陛下の願いなんて、この男にとってただの言い訳に過ぎない。
吐き気がした。こいつは人の命をなんとも思っていない人間だ。血の凍った、悪魔のような人間。
頭に血が上って、私は怒鳴ってやろうと、大きく息を吸い込んだ。
――その時、部屋の扉が吹っ飛んだ。
暴れ馬登場