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 それから、しばらく経ったある日。

 にわかに辺りが騒がしくなった。


 大きめのトラックやショベルカーなど、普段は見かけないサイズの工事車両が数台、交差点の周りに集まり始めた。

 正確な場所を言えば、それは私の立つ曲がり角部分。

 片側の車線を完全に通行止めにして、交通整理の警備員が誘導棒を振っていた。


 工事の対象となっているのは、どうやらこの私のようだ。

 なるほど、ここでももう、この日が来てしまったか。


 工事の準備が整った頃には、夕方近くになっていた。現場監督と思しき男が細かく指示を出している。

 周囲には、なにやら多くの人たちが集まってきていた。


「あ……あの! 幸せくんをどうするんですか?」


 学校帰りに通りかかったのだろう、現場監督に詰め寄る少女の姿があった。

 制服姿の女子高生、それは亜沙美だった。


「ん? 幸せくん? ……ああ、このミラーのことかい? 撤去するんだよ。先日の事故で支柱が折れ曲がってしまったからね」


 淡々と答える現場監督。


「そんな! 私たちの幸せくんを撤去するなんて、絶対ダメです!」


 亜沙美は、普段の彼女からは考えられないほどの大声を上げて、懸命に訴えかける。


「そうですよ! こんなボロっちい鏡でも、私たちにとっては大切な鏡なんです!」


 亜沙美の後ろから遅れて歩いてきた理乃も、必死になって叫ぶ。……ボロっちいだけ余計だが。


「そう言われてもなぁ……。まぁ、撤去するといっても、別の町に移動するだけなんだけどね。もともと決まっていたことなんだよ。半年ほど先の予定だったのが、事故で折れ曲がったせいで早まってはしまったが……。わざわざ補修するよりは、計画は早まるが移動させるほうが経済的だと判断されたようだな」


 現場監督は困った顔で、詰め寄る女子高生をどうにか説得しようとする。


「でも! 幸せくんは、私たちの町の一員なんです!」

「そうだよ! 僕は幸せくんに助けてもらったんだ! いなくなったらイヤだ!」


 いつの間にか集まってきていた野次馬の中には、悠もまざっていた。そして思いの丈を叫ぶ。


「ここに幸せくんが立っていること、それはすでに僕たちの日常の一部になっているんです!」


 百円ショップの店長――坂本も店から出てきていた。その傍らにはバイトの店員である笠原も、うんうんと頷きながら立っていた。

 それらに合わせるかのように、他の通行人たちまでもが口々に工事反対の思いを叫び始めた。


 私はこんなにも、この町の人々の心に残ることができていたのだな。

 そう考えると、とても嬉しく、同時にありがたく思える。


「しかしだね……。もう決定したことなんだ。この町の市長と、移転先の町の町長との合意も得ているわけだし……」


 現場監督は困り果てた様子。

 今にも飛びかかってきそうな勢いの町民たちを、今ここで納得させるというのは、どう考えても難しいように思えた。

 そのとき。


「まぁまぁ。皆さん、落ち着いて」


 人垣をかき分けて前に出てきたのは、ローズを従えた敬蔵だった。


「幸せくんは、今までいくつもの町に移り住んできたんだよ。この町に来たのは、十数年前だったか。この町での役割はもう充分果たした。これだけ皆の心に残っているのだからね。そろそろ別の地域の人たちにも、幸せを分けてあげたほうがよいのではないかな?」


 敬蔵は細く優しい目で、穏やかに諭す。周りの人たちは、一瞬にして静かになった。


「なに、幸せくんが別な場所に移ったとしても、皆の心の中にはいつまでも、この交差点にたたずみ我々を見守る幸せくんの姿が見えるはずだよ」


 そう言って私の支柱にそっと触れる敬蔵。その手は、見た目の細さからは考えられないほど、とても温かかった。

 現場監督に詰め寄っていた面々も、表情を和らげて、私をそれぞれの思いで見上げている。


「そう……ですね。幸せくんは、私たちだけの物じゃない。もっと多くの人が幸せになってくれるなら……、そのほうがいいんですよね」


 まだ複雑な気持ちを抱えながらという表情ではあったが、自分に言い聞かせるように亜沙美が声を紡ぐ。


「そうだね。新たな土地で、新たな幸せくんの生活が始まるんだ」


 亜沙美の傍らに、いつの間にか寄り添うようにして立っていた陸徒も、そう言って私を見つめていた。


「うん。いつまでも、どんなに遠くからでも、私たちを見守ってくれるよ、幸せくんは」


 理乃も小さくひとつ頷き、私の折れ曲がった支柱に優しく手を触れながら目を閉じている。


 それぞれの人が様々な思いを抱いているはずだが、しかしもう、心はひとつだった。

 皆、温かな笑顔を咲かせ、私たちの幸せくんをよろしく、と現場監督に頼んでいた。


 ここまで人々に慕われていたと思うと、恥ずかしい気持ちにはなるが、やはりとても嬉しい。

 自分はここに存在して、長いあいだ黙々と立ち続けてきた。

 その意味は多いにあったのだと、心から実感できた。


 たくさんの人たちの笑顔、それが私にとっての最高の存在の証だったのだ。

 私のほうこそ、皆にありがとうと言いたい。


 そして、工事は再開された。



 ☆☆☆☆☆



 ブロロロロロ……。

 トラックに積み込まれた私は、久しぶりのドライブを楽しんでいた。

 空は快晴、風が心地よい。

 ずっと同じ場所に立っているだけでは感じられない振動、音、風景を、私は楽しみながら次の場所へと向かうトラックの揺れに身を委ねている。


 あのあと、工事は問題なく進められ、私はあの長い時間を過ごした場所から撤去された。

 今は新たな設置場所へと運ばれていく旅路の途中だ。


 あの町でもいろいろなことがあった。

 ただ交差点に立っているだけでしかない、カーブミラーという私の存在。

 しかし私自身が思っていた以上に、人々の心に残っていたようだ。


 私の存在自体が、多くの人の心の支えになれる。それがよくわかった。


(これからまた、新しい幸せくんの生活が始まるのね)


 ふと深咲の姿が傍らに浮かんでいた。優しげな笑みを浮かべながら、私に語りかける。


(あの町の人たちは、本当に幸せくんのことを慕ってくれていたよね。これから向かう場所でも同じように、幸せを呼ぶ鏡として頑張ってね! ……私が幸せになれたように、他の人たちも、それにあなた自身も、幸せになってほしいな)


 私自身が幸せに、か……。

 私はこんな薄汚れたカーブミラーだが、これから行く新たな地でもまた「幸せくん」として快く迎えてくれるだろうか。

 前の町と同じように、また多くの人の心に残ることができるだろうか。


(弱気になってちゃダメよ。自身を持って。それが幸せくんとしての、あなたの務めよ)


 そうか……。そうだったな……。

 私にはその力があると、あの交差点で出会った人々に教えられたばかりだったな。


(そうそう。幸せくん自身の想いもなくちゃ、他の人の力になんてなれないんだから)


 深咲の声を清々しく感じながら、私はやけに揺れる荒れた道の振動を楽しむ。

 どうやら次の私の居場所は、少々田舎の交差点ということになりそうだ。


(また、いい人たちに出会えるといいね♪)


 ああ、そうだな……。


 私は次の場所でも、雨の日も風の日も、日々交差点の傍らでじっと立ち続けるだろう。

 そこで、人々の心の支えとなり、たくさんの笑顔に囲まれた末、また別の地へと旅立つ。


 これが私の存在意義なのだな。

 私自身の存在を誇りに思い、これから先も交差点に立ち、周囲の様子を見守り続ける。

 永遠に、果てることなく……。


 いつの日か。

 もしも貴方の町の交差点に私が設置されたときには、よろしく頼む。

 そのときは貴方や友人たちへ、わずかばかりの幸せを贈ることを約束しよう――。


以上で終了です。お疲れ様でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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宜しくお願い致しますm(_ _)m

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