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集まっていた野次馬もいなくなり、トラックの撤去も終わり、普段どおりの交差点の風景が戻った頃には、もう夕方近くになっていた。
まだ少々、ぶつかった衝撃で飛び散ったトラックやベンチの破片が、完全に回収しきれず、所々に残ったままではあるが。
「悠~……!」
不意に、かすれて疲れきった感じの女性の声が、オレンジ色に染まりつつある交差点に響いた。
「はぁはぁ……。幸せくん、お願い、助けて……」
私の傍らに屈み込む女性。悠の母親だ。
ずっと走り回っていたのだろうか、汗だくになりながら、私の支柱にすがりついてきた。
「悠が、どこにもいないの……」
母親は泣き崩れそうになりながら、私に訴えかける。
「あっ、悠くんのお母さん。どうしたんですか?」
そこへちょうど通りかかった亜沙美と理乃の女子高生コンビ。やはり亜沙美も病院からはすぐ戻り、学校へ行っていたようだ。
それと同時に、あのいつもの視線も感じられるようになった。
「悠が、いなくなったの! お願い、一緒に探して!」
すがるように泣き叫ぶ母親。
その勢いに少々戸惑いつつも、ふたりは顔を見合わせ倒れそうな女性の体を支える。
「わかりました! 手伝います! ……そっか、悠くん……。実は私、今朝悠くんに会ったんですけど、お父さんの書類かなにかを届けるって言ってました」
亜沙美が答える。
そのときは理乃のほうはまだいない時間だった。理乃は、そうだったんだ、という表情でその話を聞いていた。
「ええ。主人から電話があったらしくて、悠がひとりで向かったみたいなの。私は洗濯をしていて気づかなかったんだけど……。そのまま帰ってないみたいなのよ。会社のほうにも行ってないって……。誘拐されたんだったら、どうしよう……」
母親は今にもその場に崩れ落ちてしまいそうな様子だった。
「大丈夫ですよ! 手分けして探しましょう!」
状況を理解した理乃も力強く声を上げる。
「おい、亜沙美! どうした?」
そこへ軽く走りながらやってきた陸徒が、幼馴染みに声をかけた。
しかし偶然通りかかったというには、タイミングがよすぎるような気もする。
やはり、あの視線は……。
「あっ、陸徒、ちょうどよかった! あんたも手伝って!」
亜沙美はすっと腕を取り、引き寄せる。
陸徒のほうもすでに事情はだいたい呑み込めているようで、任せておけ、と言わんばかりに強く頷いていた。
「どうしたのですかな?」
ゴールデンレトリバーのローズと飼い主の敬蔵も、散歩に来たところだったのだろうか、会話を聞きつけて駆け寄ってきた。
「……なるほど、そういうことでしたら私も手伝いましょう。このローズの鼻が役に立つかもしれない」
ローズの頭を優しく撫でながら、敬蔵はそう申し出た。
「僕も手伝いますよ!」
百円ショップの店長――坂本も、騒ぎに気づいたようで、いつの間にか近寄ってきていた。
「ちょっと店長!」
勝手に外に出てしまった坂本を追って、店の入り口からバイトの店員が叫んでいたが、こちらを見て一瞬でおおよその状況は察したのだろう、すぐに声を止めていた。
「夕方は忙しいのですが、状況が状況ですし。……笠原さん、店のほうはよろしく頼みます!」
「わかりました! こちらのことは任せてください!」
坂本は周囲の面々に笑顔を見せると、すぐに店のほうを振り返り、立ち尽くしている店員に向けて声を上げた。
それを聞いた店員は素直に頷き、急いで店内のレジへと戻っていった。
「とりあえず、手分けしていろいろな場所を探してみましょう!」
陸徒がまとめ役を買って出る。皆も異存はなく、黙ってそれに頷いた。
今ここに、悠の行方を捜すための、即席の捜索隊が結成されたのだ。
あまりの素早い展開に、長年交差点を見届けてきた私でも驚いてしまうほどだった。
「お母さん、悠くんの行きそうな場所に心当たりは?」
「いつも一緒に行っているデパートか、お父さんの会社以外はあまり……。どちらももう探して来たし……」
疲れて座り込みながらも、なんとか答える母親。
「とにかく、お母さんはもう少しここで休んでいてください。悠くんが通りかかるかもしれないですし。他は手分けして探してみましょう。僕は北に行って、デパートや駅周辺を探してみます。亜沙美と理乃は西の学校方面を、坂本さんは東の公園のほうへ行ってみてください。敬蔵さんは南のほうをお願いします」
陸徒の指示を受けて、それぞれの方面へと駆け出す、悠の捜索隊メンバー。
悠の母親は、お願いします、とすでに叫び疲れて弱々しくなった声を上げ、交差点から散り散りに離れていく後ろ姿を見送っていた。
しばらく休んで疲れも治まってきたのか、母親は立ち上がると、道行く人に、六歳くらいの男の子を見ませんでしたか? と尋ね始めた。
陸徒からの指示を受けているため、この場所からは離れないほうがいいだろうと考えるくらいの理性は残っているようだ。
しかし、なんの手がかりも得られないまま、時間だけが過ぎてゆく。
もう日も落ちかかっていた。すぐに辺りは暗くなってくるはずだ。
暗くなれば捜索するのも大変になるし、なにより気温が下がり、もし悠が屋外にいるのであれば、さらに心配な状況となってしまうだろう。
「どうですか? こちらには、まったく手がかりなしでした」
西側に向かっていた亜沙美と理乃が戻ってきた。その声に母親は無言で首を横に振る。
「駄目だ、まったく目撃した人もいないみたいだよ。デパートの人にも聞き回ったけど有力な情報はなにも得られなかった」
そう言って、北側から陸徒も帰ってきた。
「こっちも駄目だったよ。ローズの鼻もまったく役には立たなかったようだ」
「こちらもです。お役に立てなくてすみません」
南側から敬蔵、東側から坂本も、がっくりとした様子で姿を現す。
結局これだけ探しても、手がかりとなるような情報はまったく得られていないらしい。
重苦しい沈黙が流れた。
「いったいどこにいるんだろ……。迷子になってるなら、暗くなる前に見つけないと……」
亜沙美のつぶやきが、空しく響く。
皆、疲れきった表情で私の周りに座り込んでいる。
再び泣き出してしまいそうな悠の母親に、どんな声をかけていいかわからず、ただ沈黙だけが続いていた。
こんな状況だというのに、私にはなにもしてあげられない。
それがもどかしく、悔しい。
どうにかならないものか……。
どうにかして、悠の居場所をつきとめる手がかりを探せないだろうか……。
「幸せくん……お願い……!」
おそらく藁にもすがるような気持ちで、亜沙美が私に訴えかけてくる。
続いて、理乃がそっと私の支柱に触れる。
「お願い……」
必死の表情で私にすがりつく悠の母親。
ローズもすり寄ってくる。
陸徒も、坂本も、敬蔵も、私をじっと見上げていた。
そんな目で私を見ないでくれ……。
私にはなにもできはしないのだ……。
(そんなことはないわ!)
ふと気づくと私の横には、ひとりの少女の姿が浮かんでいた。
あの、病に苦しめられ、手術する決意をしてそれを克服した、私が幸せくんと呼ばれるようになった所以の少女――深咲の姿だ。
いや……だが、この少女はずっと昔、しかも私がここに設置される以前の存在……。
(あなたには、みんなを幸せにする力があるのよ。私もそのおかげで、元気になることができた。だから、自信を持って!)
やはりこれは幻なのだろうか?
しかし、あの頃と変わらぬままの少女の姿が、私にはしっかりと見えていた。
そのとき――、
私の脳裏に、どこかの風景が浮かんできた。
これは……!
私はその映像を、自分の鏡に映し出してみる。
キラーーーーン!
私のミラーの部分が輝き、その光景が映し出された。
皆、光に気づいてミラーを見つめる。
林のような場所の中の細い道。古ぼけた石の階段が見える。
そして、なにか抱えながらとぼとぼと階段を上っていく少年の姿が、ミラーにはハッキリと映っていた。
「これは!」
「ここって、町はずれの神社の石段じゃない? 階段を上っていくと神社があるとこ!」
ミラーに映っていた風景は、すぐに消えてしまい、今はもう普段どおりに交差点の景観を映し出すだけとなっている。
だが、たった一瞬の映像だけでも、この町の住人である彼らには充分だったようだ。
「よし、行ってみよう!」
大きな手がかりをつかむことができ、明るい顔で駆け出す一行。
私はそれを黙って見送ることしかできない。
もし足があるのならば、ともに走っていきたいところだった。
☆☆☆☆☆
「幸せくん、ありがとう!」
しばらくして、悠を連れた母親と、探すのを手伝っていた面々が戻ってきた。
悠は無事に見つかったようだ。本当に、よかった。
「神社の裏手の林で眠り込んでるなんて……。あの神社にも一度探しに行っていたけど、寝てたんじゃ、呼びかけに気づかなかったのも当たり前よね。さっき鏡に映った光景がなかったら、絶対にわからなかったわ」
「そうだね」
全員が私を見上げる。
私自身驚いているが、別な場所にあるミラーに映った風景、しかも時間的に少しずれた場面を、どうやら映し出していたようだ。
そういった力が、私にはあるということか。
だが、おそらく私自身だけの力ではない。悠を探していた皆の想いが、その力を引き出させてくれたのだろう。
(そう。それに、今まであなたのおかげで幸せになれた人たちの想いも、あなたの中には蓄積されているのよ。そういったすべての想いが、あなたに力を与えてくれるわ)
再び、傍らに姿を現す深咲。
どうやら他の人には見えていないようだから、これはやはり幻なのか……。
いや、深咲自信が言っているように、この彼女の姿も私の中に蓄積された「想い」の断片なのだろう。
なんにしても、私はただこの場所に黙って立っているだけではなく、困っている人がいれば力にもなれると実証されたことになる。
それがとても嬉しく思えた。
「ほら、悠もお礼を言いなさい!」
眠い目をこすりながら母親に寄りかかっていた悠。そんな彼を急かすように、母親はそっと背中を押した。
亜沙美や理乃、陸徒、敬蔵とローズ、坂本といったメンバーも見守る中。
私を見上げ、寝ぼけまなこで、しかしはっきりと、悠はこう言った。
「幸せくん、ありがとう。これからもここで、僕たちを見守っていてね!」
もうすっかり日の暮れた交差点に、ひときわ明るいたくさんの笑顔が灯っていた。




