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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第1話 「追放と銀の子」

「――ぬしさま、後ろ三体」

「見えてる。クロ、左から回れ。ツル、詠唱(えいしょう)開始」

「……うるさいわね、分かってるわよ」

「承知しました、ハルさま」


 瘴獣(しょうじゅう)の群れが、森を()め尽くしていた。

 黒い霧をまとった異形が、数十――いや、百を超えている。

 Bランク討伐隊が壊滅した案件。

 ギルドが「撤退推奨」を出した災害級(さいがいきゅう)


 それを五人で(かた)づけろと、俺は自分の口で言った。


「アカ、中央突破。三秒後にナギの結界(けっかい)と合わせる」

(わらわ)に指図するでないわ! ――だが、まあよい。()やすのは好きじゃからな!」


 赤い髪の少女が、笑いながら炎を(まと)う。


「ハル。障壁(しょうへき)は五秒が限界よ。それ以上は――」

「五秒で終わらせる。キサ、頼む」

「……よろしくてよ」


 黒髪の女が微かに笑って、9つの尾を静かに振り上げる。

 突撃五秒前。

 横に立つ銀髪の少女が、ぎゅっと俺の袖を掴んだ。


「ぬしさまは、ここにいて」

「分かってる」

「ぜったい。動かないで」

「動かない」

「……嘘ついたら噛む」

「噛まられるのは嫌だから動かないさ」


 金色の(ひとみ)が一瞬だけ和らいで、次の瞬間には銀の(つめ)瘴気(しょうき)を裂いた。


 五人の少女が、戦場を駆ける。


 俺はその後ろで、全体の動きを見て、声を出して、指示を飛ばす。

 剣も魔法も持たない。

 スキル欄は空白。

 ステータスは全項目Dの最底辺。


 それでもこの五人は、俺の声で動く。

 俺の言葉を信じて、背中を預けてくれる。


 ――助けただけだ。


 傷ついた(けもの)に手を差し伸べた。

 それだけのことで、彼女たちは人のかたちになって、俺のそばに来た。

 来て、離れなくなった。


「ハルさま、殲滅(せんめつ)完了です」

「妾が一番多く倒したぞ!」

「はいはい。……で、帰ったらご飯でしょ。私、魚がいい」

「ぬしさま、ぬしさま。ギンも頑張った。()でて」

「ハル様、報告書は私がまとめておきます。ハル様はお休みくださいませ」


 五つの声が、俺に向かって飛んでくる。


 スキルなしの荷物持ち。

 追放された最底辺(さいていへん)


 ――そんな男の周りが、いつの間にかこうなった。


 どうしてこうなったかは、少し前の話に(さかのぼ)る。

 全部の始まりは、森のなかで一匹の仔狼を拾った夜だ。



    *



 ――お前、いらない。


 その一言で、異世界生活三年分の努力が終わった。


「聞こえなかったか? 荷物持ち。お前はもう《レクスの牙》には不要だ」


 目の前で腕を組んでいるのは、パーティーリーダーのレクス。

 Cランク冒険者。剣と炎のテイマー術を操る、この街じゃちょっとした有名人。

 ――で、俺を捨てる男。


「……理由を聞いてもいいか」

「理由?」


 レクスは鼻で笑った。


「お前、気づいてないのか。お前がいると魔獣(まじゅう)がこっちに寄ってくるんだよ。瘴獣(しょうじゅう)じゃない、意思のある魔獣がだ」


 隣に立つ魔術師のセレナが、わざとらしくため息をつく。


「この前の森でもそうだったでしょ。野良の大狼がハルの方にばっかり近づいてきて、テイム陣が乱れたの。レクスの術式を邪魔してるのと同じなのよ」

「……あれは、俺が呼んだわけじゃ」

「分かってる。お前のせいじゃないかもしれない」


 レクスの声は存外に落ち着いていた。

 こういうとき冷静に切り捨てられるのが、こいつがリーダーをやれている理由だろう。


「だが結果は同じだ。お前がいるとテイムの成功率が落ちる。荷物持ちの代わりなんていくらでもいる。明日の朝までに荷物をまとめろ」


 反論の言葉を探した。

 だが――見つからない。

 スキルなし。魔力ゼロ。ステータスは全部Dの最底辺(さいていへん)

 この世界に転移して三年。

 俺、柴崎遥人(しばさきはると)改めハルにあるのは、前世のブラック企業で身につけた段取り力と、誰よりも重い荷物を黙って運ぶ体力だけだ。


 それすら、いらないと言われた。


「……分かった」


 それだけ言って、俺は宿の自室に戻った。



    *



 荷物は少ない。

 着替え、携帯食料、地図、応急薬、ロープ、火打ち石。

 冒険者としての最低装備。

 三年分の給料はほとんど貯金してある。パーティーの経費管理を任されていたから、自分の取り分がいかに少ないかは誰より正確に知っていた。


 街を出たのは深夜だった。

 朝まで待てと言われたが、あの空気のなかで朝食を一緒に食う気にはなれない。

 次の街までは東に三日。

 途中に森を抜ける道がある。

 夜の森は危険だが、Eランクの瘴獣くらいなら篝火(かがりび)で避けられる。


 月明かりの下、一人で歩く。

 木々の影が風に揺れるたびに、小さな光が足元に散った。


 静かだ。

 パーティーにいた頃は、いつも誰かの声がしていた。

 レクスの指示。セレナの文句。前衛のガルドの大声。

 うるさくて、(わずら)わしくて。

 でも、一人になると分かる。

 あれが「居場所の音」だったのだと。


「……感傷に浸ってる場合じゃないな」


 首を振って、歩調を上げた。



    *



 異変に気づいたのは、森の中腹あたりだった。


 鼻の奥に、(くさ)った(おり)のような臭いが届く。

 瘴獣の気配。

 それも複数。


「まずい……」


 足を止めて耳を澄ます。

 左手の茂みの奥から、低い(うな)り声。

 ――違う。

 唸っているんじゃない。


 ()いている。


 かき分けた茂みの向こうに、銀色の毛並みが見えた。


 仔狼だ。

 まだ小さい。柴犬(しばいぬ)くらいのサイズ。

 左の後ろ脚から血を流して、木の根元にうずくまっている。

 その周囲を、三体の瘴獣――黒い霧をまとった(むし)のような塊が、じわじわと囲んでいた。


 仔狼の瞳が、こちらを見た。

 金色の、()()ぐな目。

 恐怖はある。

 だが、それ以上に――助けてくれ、と言っていた。


 考える前に体が動いた。


「――こっちだ、バケモノ!」


 腰の(なた)を抜いて、瘴獣の一体に叩きつける。俺の力じゃダメージは通らない。だが、瘴獣は「敵意の方向」で標的を変える。


 三体の注意がこちらに集まった。

 仔狼から離れた。

 それでいい。


「来いよ。荷物持ちでも(おとり)くらいはできる」


 走った。

 全力で。

 森の中を枝を掻き分け、石を蹴り、転びかけながら。

 後ろから黒い霧が迫る。

 篝火用の油を染ませた布を鉈に巻いて、火打ち石で着火。

 即席の松明を振り回しながら、崖沿いの細道に誘い込む。


 瘴獣は火を嫌う。

 Eランク程度なら、火と狭所で動きを封じれば時間を稼げる。


 三体のうち二体が怯んで霧散した。

 残り一体が腕に噛みつく。

 焼けるような痛み。

 構わず松明を押しつけると、最後の一体も黒い煙になって消えた。


「……はぁ、はぁ……」


 腕から血が(したた)る。

 大した傷じゃない。

 前世で終電帰りに階段から落ちた時の方がよっぽど痛かった。


 来た道を戻る。

 仔狼がまだいた。

 動けないのだ。

 後ろ脚の傷が深い。


「よし、よし……大丈夫だ」


 しゃがんで、ゆっくり手を伸ばす。

 仔狼は(おび)えたように体を震わせたが、噛みつかなかった。

 金色の目が、じっとこちらを見ている。


 応急薬を塗り、包帯を巻いた。

 携帯食料の干し肉を裂いて差し出すと、おそるおそる食べ始めた。


「……お前も一人か」


 仔狼は答えない。

 当たり前だ。


 だが、食べ終わった仔狼が、傷ついた体を引きずって俺の膝に頭を乗せた時。

 胸の奥で、なにかが(きし)んだ。


 ――ああ。

 前世でも思ってたな。

 動物は裏切らない、って。


「今夜だけだぞ」


 仔狼を抱き上げて、近くの岩陰にもたれた。

 火を焚いて、仔狼を腕の中に包む。

 小さな体が温かい。

 心臓の音が、とくとくと伝わってくる。


 眠気が一気に押し寄せた。

 三年分の疲労が、今になって落ちてきたのかもしれない。


 意識が落ちる直前。

 腕の中で、仔狼が小さく鳴いた。


 くぅん、と。


 まるで――ありがとう、と言うように。



    *



 朝日で目が覚めた。


 最初に感じたのは、温かさだった。

 腕の中に仔狼が……いない。


 代わりに。


 銀色の髪が、顔にかかっていた。


「…………は?」


 腕の中にいたのは、少女だった。

 銀色の長い髪。白い肌。

 年の頃は十五、六。

 ――裸だった。


「えっ、ちょ……!?」


 跳ね起きようとした瞬間、少女の腕が俺の首にしがみつく。

 信じられない力で。


「…………ぬし、さま」


 金色の瞳が、薄く開いた。

 仔狼と、同じ色。


ぬしさま。ぬしさま。あたたかい。いい匂い。主さま」


「いや待て待て待て何だお前どこから」


「ギン。主さまがつけてくれた。ギン」


 ――昨夜、仔狼に「銀色だからギンだな」と適当に呼びかけたのを思い出す。


 少女はにっこりと笑った。

 屈託のない、純粋な笑顔。

 だがその腕の力は、Cランク冒険者の締め技を凌駕(りょうが)していた。


「ギンは主さまのものです。主さまが助けてくれた。だからギンは、ずっと主さまのそばにいます」

「いやだから話を」

「離さない」


 金色の瞳が、一瞬だけ細まった。

 その目に宿ったのは、甘えでも()びでもない。


 執着(しゅうちゃく)だ。


「主さまが(ひと)りで歩くのは、だめ。あぶない。ギンがいないと、だめ」


 尻尾が生えていた。

 銀色の、ふさふさの尻尾が、俺の腰にぐるりと巻きついている。


 耳もだ。

 頭の上に、狼の耳がぴんと立っている。


「ギンが守る。ぜったい」


 少女が――ギンが、ぎゅっと抱きつく力をさらに強めた。

 肋骨が(きし)む。


「主さま。ギンのことは、捨てない?」


 この問いだけは、声が震えていた。

 昨日の俺と同じだ。

 いらない、と言われることが怖い。

 捨てられることが怖い。


「……捨てない」


 気がつけば、そう答えていた。


「捨てないから、とりあえず力を緩めてくれ。肋骨が折れる」

「やだ」

「やだじゃない」

「もうちょっとだけ」


 ぎゅう。


 森の朝日が差し込むなか、俺は見知らぬ銀髪の少女に全力で()め上げられていた。


 ただ。

 嫌じゃなかった。

 嫌じゃなかったのだ。


「……主さま。これからどこに行く?」


「東の街に向かう。……二人で」


「うん」


 尻尾が、ぶんぶんと揺れた。


「ギン、主さまと一緒ならどこでもいい」


 こうして俺は、追放された翌朝に。

 世界で最も面倒な相棒を手に入れた。


 とりあえず、服着せないとな……。


 ――これが、後に大陸最強と呼ばれるパーティーの、間抜けな始まりである。



    *


 予備のマントを即席で加工して、裸の美少女を連れ回す変態になることだけは回避した。

 出発して分かったことがある。


 ギンは強い。


 道を塞いでいた瘴獣(しょうじゅう)――昨夜と同じ蟲型のEランク――が二体現れた瞬間、ギンの右手が一瞬で爪に変わった。

 銀色の、巨大な狼の爪。

 一閃。

 瘴獣が二体まとめて裂けて霧散するまで、二秒もかからなかった。


「主さま、危ないのいなくなった」


「…………ああ」


 昨夜の俺の苦戦が何だったのかと思うほどの、圧倒的な戦力差。


「主さま? 顔が白い。だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ。ちょっと自分の弱さを再確認しただけだ」

「主さまは弱くない」


 ギンが真顔で言った。


「昨日、あの黒いの三匹を一人で追い払った。火を使って、狭いところに誘い込んで。ギン、ちゃんと見てた」

「あれは追い払っただけで」

「弱い奴は追い払えない。逃げることしかできない。ぬしさまは、逃げなかった」


 金色の目が、まっすぐ俺を見る。


「ギンを――助けに来てくれた」


 その声に、反論する言葉が見つからなかった。


 代わりに俺は、ギンの銀髪に軽く手を置いた。

 狼の耳がぴくりと跳ねて、尻尾が勢いよく振れた。


「行くぞ。日が()れる前に森を抜けたい」


「うんっ」


 嬉しそうな声と共に、ギンが隣に並ぶ。

 半歩も離れない距離で。


「主さま、主さま。手、繋いでいい?」


「……歩きにくいだろ」


「いい。繋ぐ」


 有無を言わさず指を絡められた。

 その手は細いのに、鋼のように(はな)れない。


 前世、終電の満員電車で吊り革を握る手より(かたく)なだった。


 ――捨てないでくれと、その手が言っていた。


 俺は繋がれた手をそのままにして、東へ歩き出した。



「――行かないで」


 ふいにギンが足を止めた。


「ん? 行かないでって、一緒に歩いてるだろ」

「ううん。いつか主さまが、ギンを置いていくかもって」


 金色の目が、微かに潤んでいた。


「ギンは強い。だから主さまを守れる。でも――主さまが"いらない"って言ったら、ギンには何もできない」


 その言葉が、昨日のレクスの声と重なった。


 お前、いらない。


 俺が言われた言葉を、この子は怖がっている。


「ギン」


 しゃがんで、目線を合わせた。


「俺は、お前を置いていかない」


「……ほんと?」


「本当だ。荷物持ちしかできない男だけど、仲間を捨てたことは一度もない」


 ギンの目から、一粒だけ涙がこぼれた。


 それを指で拭うと、銀の尻尾がぶわっと膨らんで、俺の腰に巻きついた。


「主さまっ」

「だから肋骨」

「やだ。もうちょっと」


 二度目の「もうちょっと」は、一度目より少しだけ長かった。


 構わなかった。


 東の空に日が昇っていく。

 追放された荷物持ちと、拾われた銀の狼。

 これが俺たちの出発点だ。


 前途は暗い。金も伝手(つて)もスキルもない。

 あるのは、段取りだけは得意な頭と、離してくれない銀髪の少女だけ。


 ――まぁ。

 前世よりはマシかもしれない。

 少なくとも隣に、温かい奴がいる。


「主さま、お腹空いた」


「……干し肉でいいか」

「ぬしさまが()みちぎってくれたら食べる」

「自分で噛め」


 こうして、最弱と最強の珍道中が始まった。





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