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妻8

「やっぱゲームの世界っておかしいよな」


 アテナは俺の手を引いて歩きながら、唐突にそんな事を言い出した。


「プレイヤーキャラは無表情で棒立ちしてるの多いし、NPCの近くだとまるでキメラみたいになってるし…そのNPCも街の規模の割に少ないし、ゲームでしかなかった時は気にならなかったけど…こうして普通の街の光景を見るとどんだけ異常なのかって話だよな」


 アテナが抱いたその感想は、俺も転生したてで街の光景を見て思った事だ。


「こっちがまともな世界なのは間違い無いと思うけど、じゃあオレらがプレイヤーに操作されていたゲームの世界って…一体なんなんだろう?」

「ゲームの世界なぁ…」


 これは多分、いくら考えても答えが出ない事だと思う。俺だって転生した直後は、なんでこんな事になってるのかを考えはした。しかしそんな答えが出ないような事よりも、生きるために金を稼ぐという事の方が大事だったのだ。


「まさか普通に遊んでただけで裏じゃ世界を救ってたとか、普通は思いもしねぇって。実際どんだけ役に立ってるのかは分からんけど、勇者扱いされるくらいは役に立ってるんだよな?」

「この世界の人達からすればスライム狩るのも数人がかりで命がけの仕事だぞ。メタい事言うけど、軽自動車とガチンコして人間が勝てると思うか?」

「普通に死ぬだろそれ…え?そんくらいやばいの?」


 森から帰る時にはモンスターに出会わなかったので、アテナにはちょっと実感しにくい事だろう。俺も実際に見るまでは雑魚だから余裕と勘違いしていた。


「ゲームのグラフィック思い出してみ、キャラと同じくらいの大きさだったろ?俺は初めてリアルで見た時は本気でビビった」


 俺はゲームだった時のステータスを引き継いでたおかげで無事だったけど、あんなの一般人が何とか出来るようなもんじゃない。そしてそんな俺も、多少装備を整えた所ではちょっと強いモンスター相手に苦戦するだろう。ゲームの時と違って回復カブ飲みなんて出来ないし、ステ振りが最適化されていればもうちょっと何とかなったんだろうけど。


「お前がそこまで言うならそうなんだろうな…オレらなら大丈夫って安心感もあるけど、見ておきたかったな」


 アテナは軽く笑いながら残念そうにしているけど、そんなに見たかったら見に行っても良いのに。流石にもう少しでみちのひらきが開店するからすぐにとは行かないけど、機会だったらいくらでもある。どうせ俺はほぼ毎日クエストで森まで行くのだから、それに付いてくれば群生地で遭遇する事が出来るだろう。


「というか…どこ向かってんだ?そろそろ昼に言ってた店が開く頃だし、お前の事紹介するのも考えれば早めに行っても良いと思うぞ?」


 そもそもアテナを呼べたきっかけはウズメさんが指輪に気付いてくれたからだ。あの時はもう会えないみたいな誤魔化しをしてしまったけど、こうしてまさかの再開を果たす事が出来たのもウズメさんのおかげと言える。折角店で食事するなら、たまたま遊びに来たと言って紹介するのは筋ってもんだろう。


「…ん。まぁこの辺だったかな?」


 そう言ってアテナが立ち止まった場所は、城門のすぐ近くの小さな広場だった。周囲には普通の人が居ない代わりに何組かのプレイヤーキャラが固まっていて。ゲームの時は清算広場と言われていた場所である。


「…こんなとこ来て、なんかあるのか?」

「ああ、実はここな…オレが最後にログアウトした場所なんだよ」


 アテナは振り返らず、俺に表情を見せないまま続けた。


「お前のとこは適当だったけどさ、オレのプレイヤーは割ときっちりしてて…ゲームの時間は午後の6時から11時の間だけだった」


 突然、何を言い出すのだろう。俺はアテナがそれを語る意味が分からず、ただ聞いている事しか出来ない。


「さっき噴水広場で時間を確認したらさ、もう少しで6時だった…もしオレのプレイヤーがログインしたら、オレはどうなるんだろうな?」

「っ!?」


 そこまで聞かされたところで、俺は重大な事を忘れていた事に気付いた。そう…アテナは俺と違って削除されて転生した訳じゃ無い。俺が試しに使ってしまった結婚専用スキルで呼び出されたんだ。


「装備は当然として、確認できないけど…金も、手持ちも、銀行のアイテムもオレは持ったままだ。オレはお前みたく削除されて転生したんじゃない。だから…こいつらみたいなプレイヤーキャラに戻るしかない」


 俺達の周りで座り込んでいたキャラ達の一組が、立ち上がると同時に霧のように消えていった。きっと臨時パーティーでの清算が終わってログアウトしたのだろう。


「…今の奴らにも、オレらみたいな人格があったりすんのかな?もし、削除されたとしても…お前みたく転生出来るのかな?」


 そんなの…分からない。少なくとも俺が過ごした一週間では同じように転生したような奴にには出会わなかった。単で出会って無いだけなのか、俺だけが特別だったのか…それこそ、俺を転生させた神のような存在にしか分からない事だろう。


「オレはお前が羨ましい。ステ振り失敗で、ずっと倉庫やらされて、あげくに削除されちまったのは確かだし悲しい事だったけど…それでもゲームなんていう異常な所から抜け出せた事が心底羨ましい」


 握ったままの手を、痛いくらいに握りしめられる。アテナの言う通り、俺はゲームで不遇だった反動であるかのように恵まれた環境を手に入れていた。


「そんでそれ以上に…お前が次の生活を手に入れていた事が嬉しかった。一緒に始めて、一緒に強くなって、結婚もしちまったんだ…ずっと苦しんでいたナギが報われたのを、喜ばないハズが無いだろう」


 ここでアテナはようやく俺に振り返った。いまにも泣き出しそうな笑顔という、今のアテナの心情を表したかのような複雑なものだった。


「ナギ…今日はありがとう。ゲームのキャラに過ぎなかったオレ達が、削除された後に生きていける可能性がある事を教えてくれて。こうやってまた会えたのも本当に嬉しかった。おかげではしゃぎ過ぎたっていうのもそうだけど…オレのわがままに付き合わせちまったのは謝るよ、ごめんな」

「あ、謝る事なんて無い!俺もアテナと久々に会えたのは嬉しかった!しかもゲームなんかじゃなくて現実のお前と遊んで話せて…つーかなんだよこの空気、これじゃまるで…」


 そこで言葉が詰まり…俺は何も言えなくなった。アテナは繋いでいた手にもう片方の手を重ねて、俺の左手を両手で優しく包み込む。


「わがままってのは…オレの態度の事だよ。実はさ、呼ばれてからしばらくかなり混乱してたんだ。女の体なのに…こんな感じでしか喋れないかったから。ただお前といつも通り喋る時はすげぇ気が軽くなって、なんでか分からないけど…からかってお前が色んな表情を見せてくれるのが楽しくて、ついやりすぎちまった。あん時お前に指摘されて固まったのはそのせいだ、オレ自身…オレの変化に戸惑ってたんだよ」


 アテナは困ったように笑い、俺はそれに何も返す事が出来ない。あんなに楽しそうにしていた裏で…アテナはこんな苦悩をしていたのか。それなのに俺はちょっとからかわれたぐらいであんな無神経な事を言って…。


「お前が落ち込む事じゃねぇよ、オレの方の問題だ。それに…そんな悩みはもう無くなった、お前が無くしてくれた。アクセサリー屋のところでオレの事を女扱いしてくれたろ?こんな女らしくねぇ口調でちょっかいかけてくる、男が操作してた女キャラのオレを…ナギはちゃんと女だって思ってくれた。お前を引っ張って噴水まで行く間、にやけた顔が戻らなくて大変だったんだぞ」


 優しく微笑んだ顔を見て、俺は致命的な所で間違いを犯さなかった事に安堵した。思っていた通り、アテナはそのギャップに苦しんでいたんだ。


ゴーン…ゴーン…ゴーン…ゴーン…ゴーン…ゴーン…


 六回の鐘の音が鳴る。話している間に、6時になってしまった。


「…時間か、もうちょっと話したかったんだけどな」

「なら!また呼ぶ!ログインの時間以外なら呼んでも影響は…」

「ダメだ」


 アテナは俺の提案を、真剣な顔をして遮った。


「削除されて転生したお前が特別だとすると、オレがこうして削除もされてないのに動いてるのは明らかにおかしい。もし…オレっていうゲームキャラがプレイヤーの知らない所で動き回って見ろ、いつか絶対バレるに決まってる。その時プレイヤーが何をするか分からないけど…きっとロクな事にならないと思う、だからオレを呼び出すのは今日で終わりにしとけ」


 アテナは優しく包んでいた俺の手を、両手で強く握りしめた。


「いつか…もし俺が削除されて、お前みたいに転生する事ができたらさ…」


 手を引かれて、いつの間にかうつむいていた顔を上げると…そこには涙を流しながらも楽しそうに笑う、アテナらしい笑顔があった。


「今度はオレの方からスキルで呼び出すよ。だからそれまで…元気にしてろよ旦那様」


 何かを言いたいのに声が出なくて、ただアテナの顔を見つめる事しか出来なかったその時…左手に感じていたぬくもりは、一瞬で消えて無くなってしまった。

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