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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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30/61

伯爵令嬢の出立3

「間もなくですよ、アマーリア様」


アマーリアの中で一つの気持ちに区切りが付いた夜以降、表面上は変わらない関係性でクラウスは主を呼ぶ。


「隣国、ケープトンに入ります」


国境門に並ぶ行列の中、一際異彩を放つその妖精馬車は注目の的である。加えて、御者席に座るのがメイド服を纏った美女で、後ろに護衛の隊がいないということも、視線を集める理由だ。


「そう、あともう少しね」


居住区の覗き窓から辺りを見渡し、慣れたようにアマーリアはそれらから視線を外す。そして、あと数日もあれば王都に辿り着くであろうことから一息、吐いた。


「入国証を」


ざわめく観衆の中、一台一台国境門を潜り抜けて数十分程でアマーリア達の番となる。怪訝そうに妖精馬車を見上げる門番が入国証の提示を求めれば、クラウスはハイディから預かったバーゼルト公爵家の紋入り手形を差し出す。


「これは失礼致しました。公爵様の馬車とは知らず」

「いえ。通っても?」

「勿論です」


王国随一の名家、バーゼルト公爵家の名は隣国であろうと馳せている。一瞬で入国許可を得たネームの信頼性に感謝しながら、クラウス達は衆人環視の中ついに国境を渡った。



国境の出入口には、簡易休憩の取れる拓けたスペースが設けられている。まだまだ長いケープトン首都への道中は休憩出来る場所が限られている為、休める所で休むのが一般的な旅。


故に、いくつもの馬車が間隔を開けて停まっており、各自が火をおこして食事を取ったり、仮眠を取ったりをしている。その真ん中を突っ切って進む妖精馬車は、やはり端から見て異様であった。


「ご休憩なされますか?」

「いえ、いいわ。先を急ぎましょう」


一応、後ろの主人にお伺いを立てたクラウス。妖精馬車であれば何処でも休憩出来るが、やはり安全が確保された場所で休憩をした方が良いのか、という意味であったが、停まろうものなら好奇の眼差しを四方から向けられるのは免れない。


それを先程から重々理解しているアマーリアは、クラウスの提案を蹴って先を急ぐことにした。


国境門から先の道は、比較的整備の進んだ道である。陸路の流通が主要であるケープトンらしく、馬車同士が擦れ違っても楽に往来が可能な程の道幅と、踏み固められた地面。進みやすい道程と、若干の妖精の助けもあって、他の人間達がぎりぎり声を掛けにくい速さでその場を通り過ぎ、二人は漸く人気のない道までやってきた。


「大丈夫ですか、アマーリア様?」


ことりと揺れて止まった馬車。クラウスの視界の端でふわふわと浮かぶ妖精達が慌ただしいことを察しながら、後部に座るアマーリアを連れ出した。


「ええ、私は平気よ……でも」


きょろきょろと辺りを見渡して、見えないながらも妖精達が慌ただしいことを察知しているアマーリアの感覚の鋭さに舌を巻きながら、クラウスはにこやかに笑う。


「ええ。予想通り、要らないものが付いてきてしまったようですね」


ざわめく妖精達と、不安そうに自分を窺うアマーリア。


この場所で休息を挟むのは、何も盗人達を絞め殺して国境門に届けたいからではない。


「その目で、見ていてください」


折り畳みの椅子を荷台スペースから下ろしてきて、主に座るよう促す。意図は掴めないものの、これまで何度もこういうことがあったのだから、アマーリアは素直にその椅子に腰を掛けて静かに待った。


「アニキ、こっちですかね?」

「ああ、車輪はこっちの方に残ってる」


そうして幾分か。


がさり、と正規の広い道からではなく、外れの草木が生い茂る獣道から二人の男が顔を出した。


「やけに高級そうな馬車でしたね。護衛も付けないでこんなところに現れるなんて、よっぽど血が悪いんですかねえ?」


突然表れた二人組に、アマーリアの喉が鳴る。それでも、なんとか抑え込んだ悲鳴を噛み殺していれば、妙なことに気が付く。


「でもアニキ、こっからは何も残ってないみたいっすよ」


妖精馬車は今、広い国道が少し窪んで待機スペースとなっている場所に停めている。彼等が現れたのは丁度アマーリアの正面で、隠している訳でもないその妖精馬車と自分達が、見えていないようだった。


「妖精達のお陰ですよ」


どういうこと?と声に出さず、視線だけで尋ねてくる主を介さず、クラウスは普通に喋った。


「この辺り一帯、妖精達が切り取って別空間に近しいモノになっているのです。こちらからは向こうが見えますが、向こうからはこちらは見えません。彼らに見えるのは私達を透かしたその先の森だけでしょう」

「……そう」


理解の追い付かないアマーリアは、思考することを放棄した。考えてもわからないし、そもそも目に見えぬ者達の意図を考えることすら意味ないからである。


「もう先の方へ行ったのか?随分足の速い馬車だな」

「それならこうしちゃいられねっすよ、早く行きましょ」


目の前を散策する人間がこちらを見ないというのも中々珍妙な景色で、アマーリアは彼らの動向をじっと見る。


「気配は、するんだがなあ」


動物並みに冴える勘も、全を統べる妖精達の前では役に立ちなどしない。じいっと自分を観察しているアマーリアの視線には気付いているものの、探しても見つからない獲物を散策するのは無駄だと判断した盗人は獣道へと引き返していった。


「どうして、これほどまでに力を貸してくれるのかしら?」


再び森の静寂が戻り、クラウスから与えられた軽食のスープに口を付けるアマーリアが、ずっと気に掛かっていることを問う。


「言えない?」


しかとその耳で聞いているであろうに、一向に雑用の手を止めない理由を察したアマーリアは口を噤んだ。


「ねえ、クラウス?」

「はい」


主の質問をはぐらかした負い目からか、ついそう返事をしてしまったクラウスが漸く振り向く。


「王都までは、どれくらいかしら?」


一瞬、違うことを口にしそうになった自分を咎めて、予め用意していた知っていることを尋ねる。


「残り、二日から三日といったところでしょうか。夜通し走れば一日程までは縮めることも可能ですが」


不自然な間があったことを、クラウスは触れない。触れたところで彼女の問い掛けに答えることは許されないし、きっと妖精達もそれを今知られることは望んでいないだろうから。


「そう、まだまだ余裕はあるわね」


視界の端々で飛び交う妖精達を後目のに一息吐き切った主。替えのスープはもういらないとのことで、ハイディから支給された属性鉱石さえあれば火いらずで中身を温めることの出来る高価鍋を片す。


「アマーリア様、ご支度が済んだら出ましょうか」


ぱたぱたとワンピースを叩いて形を整える主にそう声を掛け、馬車の中へ戻っていく主の背を見送った。



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