伯爵令嬢とケープトン
「バーゼルト公爵領から、アマーリア・ポートリッド様ですね。確認が取れました。こちらへどうぞ」
ケープトン、王都。ハイディから預かった招待状を門番に渡し、厳重な検閲を経た後に漸く入国することが許された。
道中の妖精馬車は商人に混じればとても目立つものであったが、諸外国の要人が乗る馬車は華美で絢爛なものが多く、それらを見慣れている王都の人間からはさほど視線を注がれることなく街道を走る妖精馬車。
御者台に座るクラウスが見据えるのは、王都の関門から一直線に聳える城。市井の人々が暮らす区域と貴族や裕福な商人が暮らす区域を抜ければ、大きな水路に隔てられた城が目の前に現れる。
「アマーリア・ポートリッド様。並びに、従者のクラリス……成程、あちらでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
長い橋をいくつもの馬車が並び、厩舎の方へ捌けていく馬と中へ運び込まれる荷物を何度も見送った後。再び招待状を門番へ差し出せば、招聘客とその従者一人、合計二人しかいないことに違和感を覚えた門番が簡易の待機所である詰め所を指す。
「はい」
他の要人が少なくても十数人、多ければ数十人もの世話役を連れているのに対し、かのバーゼルト公爵領の招待者が二人な訳ないと疑われるのも無理のないことである。そうならないよう、ハイディが信用の置ける者を後ろに付けていたのだが、それを全て置いてきたクラウスは門番に文句を言うことなく門番に従った。
「……アマーリア様、こちらへ」
しかし、呼ばれたのが自分一人とはいえ、主を一人にしておく訳にはいかない。故に、後部に座る主をエスコートしながら詰め所へ連れて行くという不思議な行動を取ることとなる。
「そうですか、お付きの方が後に来られるんですね」
「はい」
「紋章の入った招待状も持参していますし、立ち振る舞いからも公爵領からいらした方だとわかります」
「はい」
「しかし、出来ればお付きの方といらして欲しかったですね」
溜め息混じりに門番がそう溢したのも無理はないため、クラウスは無言で目を背ける。
というのも、城を潜る人間に間違いがないよう、事前に招待を受けた本人、従者、付き人の特徴は匿秘事項としてケープトン側に知らされている。事前の情報と示し合わせ、来ているのが本当に当人であるのかを確認してから入城が許可されるのだ。
故に、アマーリアとクラウスの情報は一致するが、他の付き人がこの場にいない為、入城が出来ないという事態に陥っている。
「……大変申し訳ないのですが、お付きの方がいらっしゃるまでこちらで待機していただくか、若しくは貴族街の宿で一度待機していただくことになります」
暫し首を捻り、何か良い案がないかと模索していた門番は、結果として良案が浮かばなかった。
ほぼ本人で間違いない。しかし、確かである証拠が足りない。故に、門番はそういった結論を二人に告げた。
「そうですか、わかりました」
無駄に手間を掛けさせること。そんなことに普通は一言二言では済まない暴言を受けることの多い門番は、クラウスがあっさりと頷き、主であるアマーリアが何も言わないことに密かに驚く。
しかしそんな門番を意に介することなくアマーリアへ目配せをしたクラウスは、こくりと首肯した主の姿を確認してから門番へ告げた。
「こちらで貴族街の方に宿を取ります。後に何処にいるかを知らせに来ますが、こちらへ再び伺えばよろしいですか?」
「……はい、私が門の前に立っていなければ、詰め所の方へいらしていただければと」
「わかりました。では、後程」
引き継ぎの約束を交わし、ここでの用事を終えたクラウスは検閲をしている門の端に停めていた妖精馬車を手繰って先程通ったばかりの貴族街へととんぼ返りすることに。
「どうしましょうか、アマーリア様」
馬車でごったかえす貴族街と平民街を繋ぐ広場。城へ拝趨するために入る馬車は多くとも、クラウス達のように城から出て来る馬車は少ない。暗黙の了解として一方通行の守られた往路の中、邪魔にならない場所に一度馬車を停めたクラウスがアマーリアのいる籠の方へ振り返り、小窓から問い掛けた。
「何処でも構わないけれど、そういう訳にもいかないものね」
一応王国の、バーゼルト公爵領の代表として来ている身。公爵家の紋章が入った馬車は良く目立ち、下手なところに泊まろうものなら公爵家の名が傷付く。
「一番高い宿を聞いてくれば良かったですね」
「今更ね……大通りで、城に近ければ近い程高級そうに見えるけれど、看板と外観だけでは判別が付けにくいわ」
現状この広場から見える宿は数軒。貴族街のメインストリートである広場に近い場所へ宿を構えられるということはそれなりの場所であるとは思うが、決め手に欠ける、というのがアマーリアの率直な感想であった。
二人的には隙間風なく雨宿りが出来るような場所であれば何処でも構わないのだが、そうもいかないのが貴族の外聞である。
「……少し外れたところに、宿がある気がします」
「そう?ならそこにしましょうか」
じっと一点を見つめ、何かを探っていたクラウスが空を見上げる。そして、貴族街の外れも外れの方、街を取り囲む外壁の方を指差し、主へ提案した。最近増えつつあるクラウスの奇行にも慣れたアマーリアは特に仔細を聞くことなく承諾し、馬車は貴族街の外れの方へ向かう。
外れの方へ向かえば向かう程人通りが少なくなり、擦れ違う人間の毛色も変わっていく。好奇や催奇の眼で見られるのにも構わなくなった頃、細い路地を通り抜け、一面開けた場所に出た。
「……宿かしら?」
眼前に広がるのは、屋敷。小規模ではあるものの、締め切られた門の先、美しく手入れのされた庭と聳える屋敷が、どう考えても今まで知る宿の常識を超えていて、アマーリアは戸惑う。
「お客様ですか?」
そして門の先、敷地内の簡易小屋から一人の少女が現れ、馬車を一瞥して門を開けた。
「ふむふむ、大丈夫そうですね。どうぞ、お通りください」
御者台に座るクラウス、その奥の籠に座るアマーリアを一瞥し、肩口で綺麗に整えられた茶の髪を揺らして馬車を先導する少女。外から見て右側、簡易小屋の奥の方へ案内された場所は、厩舎だった。
「お馬さんはここで休ませてください。荷台の荷物は使うものを持ち込んで、使わないものは置いてくださればこちらで管理します。お食事等はこちらで用意しますし、当宿は湯浴み場を完備しておりますから、寝泊まりするものと、貴重品をお持ちいただく程度で問題ないと思います」
厩舎に併設された馬車置き場に妖精馬車を停め、宿内に持って行くものを選別しようとするクラウスにそう声を掛けた少女は、アマーリアの座る籠の扉を開けて微笑む。
「初めまして、お嬢様。ここから少し歩いていただくことになるのですが、問題ありませんか?」
「ええ、大丈夫よ」
「承知しました。では、こちらへ」
軽い挨拶を交わした後、支度を終えたクラウスと共に中庭を抜けて屋敷の方へ向かう。公爵邸並みに珍しいモノが咲き誇る中庭を少し不思議に思いながらも少女に着いていくアマーリア。
「妖精処へようこそ。当宿のお代は前払いとなっておりまして、先にいただいてもよろしいでしょうか?」
屋敷の扉を引き、誰かしらが出迎えるであろうロビーは清潔に管理されているだけで、人の気配はない。何かやはりおかしいと思うアマーリアを後目に宿代を請求する少女へクラウスが頷けば、少女はにこりと笑う。
そして、充分な路銀をハイディから預かっているクラウスを困惑させる対価を、少女は要求した。
「当宿のお代は、魔力です」
金貨でも銀貨でも宝石でもない、目に見えないモノ。それをさも当然のように要求した少女の意図を察したクラウスと、依然話の呑み込めないアマーリアを見つめ、少女は饒舌に語る。
「この宿は、名前の通り妖精の棲まう宿なのです。彼らに導かれなければこの場に立ち入ることを許されない。しかし、彼らが招き入れた者は如何なる方でも歓迎する、そんな場所でございます。故に、対価は大家である彼らを喜ばせる魔力となっているのです」
合点が行き、増えた謎に諦めを抱いたアマーリアを見ながら微笑み、少女は続ける。
「支払われる方はどちら様でも、どのような方法でも構わない……すみません、少々お待ちください」
それならば、と単にクラウスがアマーリアの前に出て、空気中に魔力を溶かそうとしたとき。柔らかな表情をずっと崩さなかった少女の顔が困惑へと変わった。
「……申し訳ありません。大家の主張で、お嬢様がお弾きになられるバイオリンが良いとのことで。あと、何やらお付きの方がお持ちのバイオリンで弾いて欲しいと……」
申し訳なさそうに眉を寄せる少女に、二人は顔を見合わせる。
出立の前夜、ハイディによってお膳立てをされたアマーリアは精霊の棲むバイオリンを奏でた。きっと暫くはお目に掛かることもないだろうと思っていたのだが、しれっと荷物の中に隠れていたその楽器は、確かにハイディの所有する、自分が前日に弾いたものだった。
どういった意図でハイディが高価という言葉で括れないバイオリンをそんな風に紛れ込ませていたのかと暫くクラウスと話し合った出立日。
無論ハイディの許可なく弾く気にもなれないアマーリアは丁重に荷物として保管していたが、そんなものを目の届かぬ馬車の中に、外に保管するということは出来ないためにクラウスが持ってきていた。しかし、まさかこのような場面で必要になるとは思っていなかった。
「ええと、その楽器で最初にお嬢様が弾かれた曲を聴きたいと」
遠く離れた公爵家での出来事を知る、恐らく少女と会話しているであろう精霊の類に常識など通用しないのだろう、と割り切ったアマーリアは、クラウスからバイオリンを受け取った。
「……本当に私でよろしいのですか?」
構え、自分を見つめる少女を、その先にいるであろう精霊の類へ、アマーリアは問い掛ける。言葉なく首肯した少女をけ、慣れた手付きで弦を引いた。
妖精、精霊の棲まう楽器は、弾き手の感情を増幅させて周りの人間に届けると、ハイディは言った。
前回の反省を元に、何も考えないで弾けばきっとただ素晴らしい音色を奏でる楽器として彼らに披露出来るだろう。けれど、望まれているのはそうではない気がして、アマーリアは蓋を開けさえすれば溢れる感情のままに、弦を手繰った。
記憶を頼りに母の音色を辿れば、色々な感情と景色が混じる。
楽しい記憶。嬉しい記憶。辛い記憶。悲しい記憶。両親と過ごした日々は、どれ一つとして無くして良いものなどではない。結果として堰き止めることの出来ない心情が音に乗ったとしても、アマーリアは今度こそ手を止めることなく弾き切った。




