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元伯爵令嬢の下克上と恋愛譚  作者: 高槻いつ


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伯爵令嬢と身代わり招聘と準備2

「おつかれ、アマーリア。良く頑張ったね」


隣国への招聘が決まって早三週間。


一月という猶予が与えられた中、アマーリアとクラウスはそれはもう寝る間を惜しみ惜しんで自らに知識を詰め込んだ。


「……はい、リアム様。貴方様のご指導ご鞭撻のお陰です」


死んだ目で遠くを見据えるアマーリアの視界に、講師であるウィリアムスは存在しない。


「まあ、最低限とはいえ、精霊達とも親交を深められたし、君もその鉱石を扱えるようになってきた。多少何かあったとしても対応出来るよ」

「はい、リアム様」


ハイディと並んでスパルタスタイルのウィリアムスの特訓と並んで行われた通常スタイルのハイディからの指導。


そんな過酷なスケジュールに、アマーリア達の心は疲弊していた。


「じゃ、僕はこれで」

「はい、本当にありがとうございました。リアム様。また、いずれ」


しかし、ウィリアムスがいなくなる、ということは、明日から特訓の時間が減るということである。


つまり、自由な時間が増えるということだ。


そんな光明を見出したアマーリアの顔に少しだけ生気が戻る。


「あ、そうだ」


玄関口まで見送り、後は頭を下げて別れるだけだ、というとき。


「明日から、新しい講師が来るみたいだよ」


にっこりと、ハイディに良く似た笑顔で、ウィリアムスは言った。


「……はい」


わかっていた。自由な時間が増えて久し振りにのんびり庭園で過ごせる訳なんてないって。


ハイディが、そんなに甘くないなんて。


「じゃ、頑張ってね?」


確信的な微笑みを残し、今度こそ意地の悪い講師は別宅を後にしたのだった。



「ハイディ様、顔を合わせる度にお茶目さが増している気がするわ」


完全に講師の背中が見えなくなった頃、頭を上げたアマーリアがぽつりと呟く。


「きっと明日お会いしたら、とても良い笑顔で挨拶を返してくださるのでしょうね」


不服な訳ではない。当初抱いたハイディへの印象が大分変わりはしたものの、それでもある程度は自分を気に入っての行動だと理解出来るから。


「残り一週間もありません。戻りましょう、アマーリア様」


玄関口で物思いに耽るアマーリアの肩に触れ、移動を促したクラウス。それに従って、アマーリアもひとまず自室へと戻る。



「アリー」


と歩き出したところで、背後から自分を止める声がした。


あまり聞きたくない声ではあったものの、聞いてしまっては聞こえなかったことに出来ないアマーリアは振り返る。


「ジーク様。お元気ですか?」


珍しく本館ではなく別宅にいるジークムートに、アマーリアは嫌味でもなんでもなく、ただそう投げ掛けた。


「ああ、うん……」


何か言いたげに、所在なさげに揺れる視線。


王城から戻ってきて以来顔を会わせていなかった婚約者のそんな態度に、アマーリアはこてりと首を傾げる。


「何かご用でしたか?」


他意はない。ただ、基本的に自分に興味ないであろうジークムートが、何の用でわざわざここに来たのかが不思議なだけなのである。


しかし、彼女に負い目のあるジークムートは、そんなアマーリアの態度が自分を責めているように見えて、益々何も言えなくなった。


「ジーク様?」


元から、会って膝を突き合わせて仲良く雑談するような関係ではない。


だから、このアマーリアの態度は、出会った当初から何一つ変わっていない。


「ごめん」


それでも、その自責から来るいたたまれなさが。


自然と、謝罪の言葉を吐かせる。


「……」


唐突に頭を下げ始めたジークムートに、アマーリアは少しだけ目を瞠った。


王女以外には興味ないと言い張るその行動から、態度から、口振りから。よもや、謝罪の言葉が出てくるなんて思ってもいなかったから。


「本当に、ごめん」


暫し頭を下げて、彼は以降無言で別邸を去っていった。



「…………ということがあったのですが」


謝罪を受けた後、アマーリアはその足で自室に戻る。そして、茶を飲んで待っていたハイディヘ今しがた起こったことを相談した。


「ふむ」


音もなくソーサーに戻されたカップはハイディお気に入りのものである。


いつの間にかアマーリアに宛がわれた自室にハイディ好みの茶葉やティーカップ類が増えていっているが、特に何も言うことなくアマーリアは増え続けるそれらを日々眺めているのが好きである。


ハイディの選ぶデザインが好みというのも勿論だが、こうして自分にお茶の時間を割いてくれることが、嬉しいのだ。


「仲違いでもしたか?」


そうやってぼうっと最近の新入りである乳白色のカップを眺めていれば、ハイディは漸く口を開く。


「…………仲違い、ですか」


自分にも用意されている紅茶を一口含み、香りを堪能しつつ首を傾げた。


「ああ。ジークムートが姪に甘いのは確かだが、責務を放り出すこと、そしてその皺寄せがアマーリアに行ってしまったこと。そのことに引っ掛かるんだろう。自国の社交界は今更出なくたって構いやしないが、今回はそうでもない。アイツは存外、貴族としての矜持は持ち合わせているからな。責任をアマーリアに押し付けたのが気に食わないのかもしれないな」


手元をカップで温めつつ、アマーリアはハイディの推測を聞く。


確かに、と腑に落ちる部分があるのは、婚約前にジークムートが自分のことを話す誠実さ?を持ち合わせていたからだろうか。



『好きなひとがいるんだ。勿論、君にこれから先不自由させることはない。でも、僕が君を愛することもない。けれど、その他は君の望むこと全て、叶えよう。それでも良ければ、僕と婚約してくれないか』


なんて。


夜空にぼんやりと照らされた中庭。咲き誇る甘い香りの花に囲まれて、対面には見た目王子さまの彼がひざまずく。


シチュエーションはとても完璧なのに、完璧には程遠いプロポーズをもらったアマーリアは、その言葉に頷いた。


()()()()()()よりは、どんなところでもマシだから、と、差し伸べられた手を取って。


実際、自分の望んだことは大概叶えてもらった。


この先生きていく為の術も、知識も、交流も。ジークムートがハイディヘと繋いでくれなければ、今自分はこうして公爵夫人であるハイディと話すことも、母のように面倒を見てくれるメルシスと関わることもなかっただろう。


だから、そうやって約束を守ってくれたジークムートのそんな一面を知っているからこそ、ハイディの言葉に異を唱えることもなかった。



「…………ジーク様には、感謝しているんですよ。ハイディ様」


ふん、と不貞腐れたように目を眇めるハイディに、アマーリアは庇う訳でもないが、責める訳でもないそんな感情で答える。


「私がこうしてハイディ様とお茶が出来るのも、友のように接してくれるメルシスが傍にいてくれるのも、自己研鑽を積めるのも。ジーク様がいてくださらなかったら、叶わなかったことですもの。例えその結果が今回のようなことを招いてしまう原因となっていたとしても、仕方のないことだって納得出来ます」


アマーリアは、微笑む。


一生塔で暮らしていくより、まあ、王女の身代わりとして隣国に行く方がよっぽどマシなのだ。


こうして怒ってくれるハイディがいる。静かに見守ってくれるけど、心配してくれているメルシスもいる。いつも自分に付き従ってくれる従者に関しては物申したい一言はあるものの、それでも、互いを高め合っていけるよう努力してくれる彼が、傍にいるから。


「大丈夫ですよ、ハイディ様」


だから、あまりジークムートを責めないでくれと、言外に告げる。


その意を汲んだハイディは、一応は納得することにした。当人が承諾している以上は、外野があまりとやかく言うことでもない。母として言いたいことは既に告げてあるし、と。


「ところでハイディ様?」


こほん、と咳払いを一つ。


場を仕切り直したアマーリアが、温くなったカップをテーブルに戻し、尋ねる。


「私が屋敷を発つまであと数日程ありますが、明日からは何をされるのでしょうか?」


先程別れたウィリアムスが残した一言がずっと気になっていたアマーリアは、直接ハイディヘ聞くことにした。


「…………ああ、その話か」


一瞬物思いに意識を傾けていた為に反応が遅れたが、直ぐに合点のいったハイディは表情を一変させてにこりと笑う。


そんな良く見慣れた笑顔を目にしたアマーリアはぴくりと肩を揺らし、これから伝えられるであろう無理難題に身構えた。


「お前の従兄弟が来る」

「…………従兄弟、が、ですか?」


新しい課題を用意したから今すぐ覚えろ、とか、体力作りの為に一日ぶっ通しで踊り続けてろ、とか言われると思っていたアマーリアは、虚を突かれる。


「ああ。まあ、新しく衣装を仕立てようかと。まあ、それならば最近有名になってきた工房の仕立て屋を呼んでもいいかとな」

「…………講師が来る、と、聞いていましたが?」

「ああ、お前じゃなくて、メルシスのな」

「メルシスの?」

「最近姪が出来たらしい。その子に直接仕立てたいんだと」


全てが手作りであるこの世界で、自分の親戚に服を仕立てることは珍しくない。ただ、仮にも貴族である、針子でもないメルシス当人が仕立てるというのは、珍しい話である。


ハンカチでも、スカーフでもない、服を仕立てるなんて。


「そんな訳で、お前の従兄弟が来る。お前も何か仕立てておきたいのなら、注文しておけばいい」


と、そんな許可をもらったアマーリアは、ハイディの意図に気付かぬままこくりと首肯した。



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